第六章 手に入らないからこそ
「たっだいまーっ! 」
「おかえり、ビーチファ……るな」
緊急イベント。
娘が公爵家のご令嬢を連れてきた、さてどうする?
「お、お初にお目にかかります、わたくしピーチファルナの母親であるレモンファルナでございます! レッドスプラッシュ公爵令嬢様につきましては、このような場に一体どのようなご用件で参られたのでございますか?」
それはもう見事な姿勢で、ちょっぴり固くなりすぎな問いを発するレモンファルナ。いくら領主の娘のメイドとして働いているとはいえ、公爵家のご令嬢にして未来の王妃を前にして冷静に対応できるわけもなかった。
対してピーチファルナの後ろに隠れるように立っていたレイ=レッドスプラッシュが何か言う、前に、
「お母さん、緊張しすぎだって。レイさんはわたしの友達だから、普通にしてていいんだよっ」
「友達、だって?」
「うんっ、友達!」
「そうで、ごぜーますね。ひとまず緊張を解くところからでごぜーますよね。ええ、ええ、ピーチファルナちゃんの言う通りですので、気楽に接して欲しいのでごぜーますよ」
おそらくレイのその言葉は初めに言おうとしていたものとは異なるものだったのだろうが、幸か不幸か気づく者はいなかった。
母親は怖いもの知らずな娘を見つめて、
「……神経が図太いのか、甘え癖のほうが強いのか、たまに凄いことやらかすよね」
「ん? そう???」
「まあ、そうね。ピーチファルナの友達だというのならば、そういう風に接しましょう!」
「あ、そうだ! レイさん今日うちに泊まることになったから!」
サラリと。
そう言った娘を見つめて、母親はパチクリ目を瞬き、そして、
「こんの馬鹿娘っ。そういうことはもうちょっと早く言うものよ! ピーチファルナの友達として接するとしても、泊まるというならそれなりの準備がいるものよ!! それを、もう、この馬鹿娘っ」
「痛っ、痛い痛い痛いっ。頭ぐりぐりはやめてよーっ!!」
「…………、」
眩しい光景だった。
ケファミアやオリミア、それにレイ=レッドスプラッシュと接する時とはまた違った、本当に柔らかくて温かな関係性がそこにあった。
家族。
魔族であるレイには一生手にできない関係性。
魔族が生まれるのに交尾は必要ない。それこそ気がつけば部屋の隅にホコリがたまるように、地面から溢れ出る形で生まれてくるものなのだ。
つまり魔族には親というものが存在しない。
母親に父親。そういった関係性がもたらす安らぎや信頼を知らないのだ。
だからこそ。
法則が見えたと、『奪う』ことこそが最善だと勘違いしていた時はピーチファルナと両親が何かしら接するのを見ないよう意識して『奪って』きた。
かけがえのないものなのだと思ってしまう前に、だ。
「ねえピーチファルナちゃん。母親とは仲がいいのでごぜーますね」
「にゃっ、にゃにっ、頭ぐりぐり地獄を見てなんでそんな風に思ったの!? いやまあ仲悪くはないけど、それはそれとしてもう許してよお母さあーんっ!!」
せめて、『今』だけは守り抜こう。
それが、最終的な結果だけは綺麗にまとめることが、レイ=レッドスプラッシュにできる唯一の償いなのだから。
ーーー☆ーーー
「記憶ちゃん読み取りっと。ふーん、今回ちゃんは前回ちゃんと違って『奪う』のはやめたちゃん? まあどんなルートちゃんを選ぼうが、最終ちゃんはピーチファルナ殺害ちゃんで終わるんだけど」
「相変わらず悪趣味で回りくどいカモ。そして油断しすぎカモ。世界の記憶だかなんだか知らないワケだけど、いくら『今を含む全時間軸での出来事』を読み取れても、それだけで何事もうまくいくとは限らないカモ」
「新入りちゃんは心配性ちゃんね。レイ=レッドスプラッシュは逃れられないちゃん。好きの呪縛がある以上、ピーチファルナを救うまで挑戦ちゃんを続けるものよ。いつか、どこかで、心ちゃんが折れて精神的に死亡ちゃんするまでね」
「……、一つ聞きたいカモ。どうしてそこまでやるカモ? 六百年前の『戦争』で何人か失ってから、表舞台から立ち去った『旧世代』、つまり旧『魔の極致』メンバーどもに人間であるゼリシアがそこまで固執するのがよく分からないカモ。『新世代』、つまり新『魔の極致』が第二席として古き金字塔はぶっ壊しておきたいってことカモ?」
「『旧世代』ちゃんだとか『新世代』ちゃんだとかは関係ないわよ。あたしは人間、それも全知全能という『持っている』女ちゃん。だから殺すちゃん。知ってるちゃん? 強者ちゃんは何をやっても許されるものよ。なぜなら強いちゃんからね」
「…………、」
「それとね、スフィア。あくまであたしの狙いは『魔王』、それ以外は単なる地均しちゃんよ」
「『魔王』はかつての『戦争』時、消息不明となったカモ」
「そんな常識ちゃん、何の慰めにもならないものよ。あたしには全知全能がある、ゆえに知っているちゃん。『魔王』はそう簡単には死なないちゃん。消息不明ちゃん? だから??? 死亡ちゃんしたという明確な証拠ちゃんがない以上、生きていると見なすべきちゃん。生きているなら、いつか、必ず、表舞台ちゃんに出てくるちゃん。その時、きちんと殺せるようやるべきことはやっておくべきちゃん」
「やっぱり回りくどいカモ」
「慎重ちゃんに慎重ちゃんを重ねるのは戦の基本ちゃん」
「まったく、魔女にしろ無表情量産人形にしろ、『新世代』にはめんどくさい奴が多すぎるカモ」
ーーー☆ーーー
「ふ、ふざけているですわよ。結局来訪予定のレッドスプラッシュ公爵令嬢はやってこないし! どれだけ急ピッチで準備を進めたと思っているんですわよ!! 公爵令嬢だからって好き勝手やりやがって、もお!! 癒し、癒しですわよ、癒しが必要ですわよ! ってなわけでピーチファルナーっ!! 抱き枕になるですわよお!!」
ドッバァン!! とそれはもう勢いよくある民家の扉を開けて、一直線に人の気配がする方向まで突き進むシンシヴィニア=セレリーン。
リビングに飛び込み、そして──そこにはピーチファルナとその母親とレイ=レッドスプラッシュが食卓を囲んでいた。
「あ、シンシヴィニアちゃんだっ。忙しいのは終わったの?」
「え、ええ!? なん、なんでそんなことになっているですわよ!? レッドスプラッシュ公爵令嬢が、なん、嘘お!?」
「なんかみんなそんな反応するよね。レイさんは友達、だから変に気にしなくていいよ。これでいいよね。それより、そんなところに立ってないでこっち来てよ。あ、ご飯まだなら一緒に食べようっ」
「……、えーっと」
短パンにシャツ一枚。それはもうラフな格好でレッドスプラッシュ公爵令嬢の前に立っているなんてものは本来であればあり得ないことだ。せっかく積み上げてきたものが崩れかねない暴挙である。
ここからどうやって取り繕うべきか。
高速で思考を回している……つもりのようでいて、完全に焼き切れてしまった。次にシンシヴィニアの口から出たのは現実から逃避した、願望そのものだった。
「もうなんでもいいですわよ! ピーチファルナーっ! 抱かせろですわよお!!」
「よっし、カモンシンシヴィニアちゃーん!」
大きく両手を広げるピーチファルナへと飛び込むシンシヴィニア。ぷにぷにで柔らかであったかな感触をぎゅうぎゅう抱きしめる。癒しをこれでもかと堪能する。
とんでもなくぶっ飛んだ状況だった気がしないでもないが、そんなの知ったことじゃないのだ。ここにはピーチファルナを抱きしめに来た、それ以上でもそれ以下でもないのだから。




