第五章 お泊りの誘い
「ふっはぁーっ! どうだやっぱり隠れた名店的雰囲気のパン屋から買ってきただけあってとびきり美味しかったじゃん!!」
「た、確かに美味しいんだけど、もうこれ酢豚でも何でもないですよ。全く別のものです! なんでこれにイチゴ入り酢豚パンなんて名付けたんでしょう?」
「なんとかと天才は紙一重ってことさ。普通の感性していたら、イチゴ入り酢豚パンなんて名前つけないというか、そもそも作ろうとすら思わないさ」
むぐむぐゲテモノを食べ回ししながら、少女三人はそんなことを話していた。イチゴ入り酢豚パンなんてゲテモノを美味しく仕上げる腕を褒めるべきなのだろうが、そもそもそんなゲテモノを美味しく仕上げる腕があるなら普通のパンでも作っていれば有名パン屋になれただろうにと言いたくもなる。なんとかと天才は紙一重なのだ。
「はい、レイさんもどうぞっ」
ぐいっと。
イチゴ入り酢豚パンを持った手を突き出すピーチファルナ。それは、つまりは、
「え、あ、ではいただくでごぜーます」
パクリと。
ピーチファルナが差し出したパンにかじりつくレイ=レッドスプラッシュ。自然に、なんてことなく、『あーん』ができるのが今の、いいや本来のピーチファルナなのだ。
「どう? 美味しいよね、ね!」
「ええ、やっぱり美味しいでごぜーますね。本当どういった調理をすれば、この組み合わせで美味しく仕上げることができるのか未だに謎でごぜーます」
甘く、苦く。
一つの感情では表現できない、ぐちゃぐちゃな笑みを浮かべるレイを見つめて、ピーチファルナはもう片方の手も突き出していた。
そっと。
レイの額に触れたのだ。
「大丈夫? 熱は……ないか。なんだか元気なさそうだけど」
「……、大丈夫でごぜーますよ。ちょっと、ええちょっと考え事をしていただけでごぜーますから」
「考え事? 悩みがあるなら相談に乗るよ! まあわたしにできることなんて聞いてあげることくらいだろうけど、誰かに話すだけでも楽になるものだしね!!」
「ええ、ええ、そうでごぜーますね。もう少し、あと少しだけ待ってほしいでごぜーます。勇気が出たら、その時はきちんと話すでごぜーますから」
「そっか。無理しないでね?」
「……、ええ」
それより、と。
強引に流れを変えて、レイはこう続けた。
「ご飯食べたら、どこに行くでごぜーますか? ピーチファルナちゃんが楽しいところに案内してほしいでごぜーます」
「うーん、楽しいところかあ。平凡極まっているこの街で楽しいところって言ってもなあ。友達と一緒にいる場所がわたしにとっての楽しい場所だから、具合的にどこってのはないんだよなあ」
「…………、ええ。そんなの、分かっていたでごぜーますよ。あくまで確認でごぜーますから」
小さく、噛み締めるように、それでいて己に刻みつけるその呟きはピーチファルナには聞こえていなかった。
ーーー☆ーーー
「いやあ、遊んだ遊んだ。どうだったレイさんっ、楽しかったかな?」
「ええ。ピーチファルナちゃんが楽しそうだったでごぜーますもの。ええ、ええ、楽しかったでごぜーますよ」
夕日が街を染めていた。
あれからぶらぶらと町を歩いて買い食いをしたり、服屋で着せ替えショーに突入したりとしていたら、時間はすぐに過ぎていった。
ケファミアとオリミアはというと、『夜にしか顔を出さないレアな魔獣が出没中ですので、ちょっくら討伐して旅費を稼いできます』ということで街を出ていた。
つまりは二人きり。もちろん周囲には帰路についているのか何人かの人がいるが、実質的には二人きりと呼んでいいはずだ。
「ねえレイさんっ、そういえば今日はどこかに泊まっていくの? それとも日帰り?」
「何泊かはする予定でごぜーます。とはいえそう長い時間をかけられるわけではないでごぜーますが。ネフィレンス曰く全知全能の中には世界に刻まれし記憶を読み取るなんてものもあるみたいだし、いくらネフィレンスの力で誤魔化すにしても限度があるでごぜーますから」
「全知、全能……? 何かの本の話???」
「ああ、駄目でごぜーますね。口が滑りすぎでごぜーます。中々に精神的にキているのでごぜーますかね」
「ええと、疲れちゃったってことかな?」
「ええ、そうでごぜーますね。ちょっと、ほんのちょっとだけ、疲れているのかもしれないでごぜーます」
「それじゃあ、うちに来る? というか何泊かする予定なら、わたしの家に泊まっちゃおうよ! ね!!」
名案とばかりに目を輝かせるピーチファルナ。
対してレイ=レッドスプラッシュは困ったように表情を苦く歪めて……やがて塗り潰すように甘く微笑んだ。
「そうでごぜーますね。いずれにしろ対峙するべきでごぜーますしね。時間を無駄にしないためにも、お邪魔するでごぜーますよ」
「やったっ! レイさんとお泊りだっ」
さて。
『今』のピーチファルナが知らない、簡単な復習を一つ。
『前』、ピーチファルナの両親が自殺したとされる現場には蜜のような甘い匂いが残っていた。自殺に見せかけて甘い匂いの主が殺害したというわけだ。
その犯人の名はレイ=レッドスプラッシュ。
いくら『前』のことであり、『今』この瞬間では両親が健在だとしても、罪の重さは変わったりしない。
(因果応報、自業自得。ええ分かっているでごぜーます。それでも、だとしても、ピーチファルナちゃんの幸せのためならなんだってやると決めたでごぜーます。……だけど、覚悟していたとしても、無意味に『奪っていた』のだと見せつけられるのはキツイものでごぜーますね。『前』までと違って『今』は己の行為は救いになんて繋がらず、無意味にピーチファルナちゃんを苦しめていただけだと知っているでごぜーますからね)
ーーー☆ーーー
「きひひ☆ そろそろ例の『敵』との戦争だっけ?」
「世界の記憶を改ざんするのにも限度があるからネ。そろそろバレるだろうシ、バレたら後は全面戦争になるよネ」
「世界の記憶ねえ。ベルゼ、ああいや今はレイだっけ。レイは魂魄に蓄積された記憶やら何やらを過去に送ることができて、その結果事前情報ありきで行動するわけだから『前』とは違った行動をする、と。つまり過去の行動が変わるわけだから連動して今もまた変わる、なんて風に作用する現実改変を行ってきたのよねえ。つまり『変える前の情報』を持っているのは変えた当人であるレイのみ、なんだけど、実は世界とかいう大きなくくりにも『変える前の情報』ってヤツが残るって話よね。パラレルワールドやら何やらってわけではなく、あくまで『変える前の情報』が傷跡のように世界に刻まれている、なーんて言われても現実味ないわねえ。どこにそんなのあるわけ?」
「マァ、普通に生きているだけだと目にすることはないわよネ。五感では観測できない領域、世界と世界を区切る壁にも分類される土台にして下地、ゼロにして無限なりし白にして黒、なんて言葉で説明してもピンとこないデショ? 私チャンも実際に世界を渡り歩いているから、なんとなく感じることができる程度でしかないシ。魔法やらスキルやらは使えるケド、具体的にどんなエネルギーがどんな風に変質して魔法やらスキルやらになっているかは分からないようなものかネ」
「うえ。それって世界の記憶なんてものについて実はろくすっぽ理解できていないってこと? そんなんでよく改ざんできたわね」
「細かい理屈なんて知らなくても案外なんとかなるものヨ。さっき言った通リ、魔法やスキルが出来上がる具体的なメカニズムがわかってなくとモ、なんとなくで魔法やらスキルやらは使えているんだかラ。一緒ヨ一緒」
「ネフィレンスがそういうならそうなんでしょうね。小難しいのは丸投げするに限るし、いい感じにしておいてよ。ワタシにとっては『敵』がどれだけ強いのかが重要なんだしね。六百年前、ワタシが殺す前に消息不明になった『魔王』ミーナの代わりになってくれるなら、なんだっていいわよ。きひひ☆ 未だ退屈が消えないのは、第二席で止まっちゃっているからに決まっているもの。『魔王』を殺すか、『魔王』以上に強い奴を殺すかしないと、遥か高みにのぼりつめた実感が湧かないものだしねえ! 実感が湧かないから、退屈は消えないのよ!!」
「ちょっと視野が狭くなってなイ? どうやらレイは暴力以外で退屈を克服したみたいだシ、暴力以外のアプローチも試してみるべきだと思うケド?」
「はぁ? 暴力以外でどうやって退屈を消すってのよ。そんな方法あるわけないわよ。レイがあんなに真剣に頼み込んできたのだって、どうせ『敵』を確実に粉砕する力を求めてに決まっているわよ。人間を巻き込もうとしている時点で、よっぽどなりふり構っていないのがわかるし。まったく、魔族のくせに『敵』の一つや二つぶっ殺すのに大げさなんだから。第七席だし、しょーがないのかもしれないけどさ」
「うーんト……マァ、キアラはそれでいいのかもネ。レイがあんなに変わったのには驚いたケド、流石にキアラがあんな風になるとは思えないしサ」




