因果接続地点
『最初』は希望を持っていた。
十を超えるくらいは想定の内で。
百を超えた辺りで不安がよぎって。
千を超えた時には感覚なんて麻痺していて。
万を超えたと自覚した瞬間、数えることをやめて。
おそらく億なんてとっくに超えていた。
それでも、諦めることだけはできなかった。
ザザ、ザザザザッ!!
分かれ道があったとして、片方を選べば即死したからもう片方を選ぶ。その繰り返しで安全なルートが浮かび上がるはずだ。そのはずなのに、現実はうまくいかない。
安全を確認していたルートが、いつかどこかのタイミングで即死の落とし穴へと切り替わるのだ。全く同じように行動しているつもりでも細部に違いが出ているのか、無数に繰り返していくうちに記憶が混在してしまい安全だったと思い違いをしてしまっているのか。
ザザザッ!!
ザザジジザザザッ!!
繰り返し、何度でも。
特別をその手に掴むためならどんなことだってやる。
十でも百でも千でも万でも億でも繰り返すその行為は確かに経験という形で蓄積していっている。安全で、確実で、妥協した末に特別を守るためのルートは構築できるはずだ。
自分だけが記憶していればいい。
例えその旅路が誰の記憶にも残ることはないとしても、最後の最後に特別を手に入れることができたならばそれがハッピーエンドというものだ。
ザザザザザザッ!!
ジジッ、ザザザザザザザザザザッ!!
ザザザザザザッ、ザザザザザザザザザザッ!!
世界というものは様々な法則に支配されている。では、その全てをつまびらかにできていると断言はできるのだろうか?
星空が移ろう様から天が地の周りを回るという法則が存在すると言われていた時代があった。研究が進むにつれて天ではなく地が回っているのだということが判明した。
たかが矮小なる生命体に世界に蔓延る膨大な法則の全てを正確に暴き出すことなんてできるわけがないのだ。全て暴き出したつもりでも、どこかに未発見の法則が眠っていたり、暴いた法則自体が間違っている可能性は大いにある。
ゆえに。
自分だけが経験を記憶として残している、なんて考えは間違いなのかもしれない。矮小なる生命体が把握できていないだけで、巡り巡ったその軌跡がどこかに残っている可能性はゼロではないのだ。
そう考えれば、見えてくるものもあるだろう。
その答えに価値を見出すかどうかは当人が決めることである。
ーーー☆ーーー
「レイひゃん、うへへえ……」
どんな夢を見ているのか、ピーチファルナは惚けたような笑みを浮かべていた。
完全に膝枕状態でスヤスヤしているピーチファルナの頭を撫でながら、レイ=レッドスプラッシュは静かを目を閉じる。
ようやくのハッピーエンド。
こうして二人きりで過ごせる理想郷に到達するまでに幾度挑戦してきたことだろうか。
魂の送信、情報の上書き。
もって時間を遡る魔法道具があったからこそ、そう、可能性があったからこそ、諦めることなんてできなかった。
もしも一切の手段がなければ、長い年月をかけてでも受け入れざるを得なかっただろうが、なまじ可能性があったばかりに挑戦してしまった。
その結果、レイ=レッドスプラッシュは特別を手に入れて、幸せを掴み取った。だけど、ピーチファルナは?
膝の上の特別は『奪われた』ことすら気づいていない。今この瞬間、この結末が幾度となく繰り返された試行錯誤の末であることなんて知らない。
レイ=レッドスプラッシュは幸せだ。
だけど、この結末はピーチファルナにとっての幸せなのか?
「く、くふ、くふふ☆ 余裕でごぜーますね。こんなことを考えられるくらいになったのでごぜーますね」
『魔の極致』第七席。
今でこそ強大な力を宿す元の肉体を捨てているため、本来の力を発揮することはできない。できることと言えば人間の肉の器が秘めし能力を引き出すことくらいか。
肉体が自壊するのも構わなければ人並み以上の膂力を発揮できるし、細胞分裂を促進すれば自然治癒力を底上げすることで本来なら即死の怪我も癒すことができる。
どうやらレイ=レッドスプラッシュという肉の器は超常的な才能はあまり持ち合わせていないようなので、できることといえばそれくらいだ。今の彼女ではこうする以外に特別を守り抜く手段はなかったのは幾度となく経験済みだ。
だから、だけど。
仕方ないで片付けるかどうかはレイではなくピーチファルナの主観に基づくもののはずだ。選択の自由を奪ったのはレイだ。それも自分勝手な欲望のために。
突き進んでいた間は考えずに済んでいたことだ。辿り着いてしまったからこそ、考えてしまうことだ。
正解なんてないのだろう。
何が正しいかは当人が決めることなのだから。
少なくとも、一つだけ言えることがあるとすれば──『最初』の頃のピーチファルナが持っていた積極性が失われているのは、レイ=レッドスプラッシュが『奪った』からだ。どちらが良いか、なんて言うつもりはないが、かけがえのないものを『奪った』ことだけは確実だろう。
「それでも、なんて繋げてしまうからこそ、私はここまでやってしまうのでごぜーますよね。いくら肉体が人間のものだろうとも、本質は『魔の極致』第七席。人間とはどこまでも違う生き物なのでごぜーます」
だから。
だから。
だから。
瞬間、森の奥にある隠れ家が両断された。
果たして尋常ならざる射程を誇る斬撃によるものだと気づくことはできたのか。
間一髪であった。
ソファの右側、もって壁や天井などお構いなしに上から下へと綺麗に切断されていた。レイ=レッドスプラッシュが何か回避や防御をしたのではない。外したのか、外すつもりだったのかは不明だが、とにかく斬撃が当たることはなかった。
距離が長大なら、厚みも極悪であった。
人間一人軽々と押し潰すくらいの横幅がある斬撃だったのか、壁や天井には人間が余裕で通ることができるほどの亀裂が走っていた。
ゆえに。
斬り裂かれた亀裂より一人の少女が隠れ家に入ってくるのは必然だった。
「見つけました」
感情の起伏が感じられない、平坦な声音だった。
能面のような、無機質な顔がそこにあった。
とはいえ何も感じていないわけではないのだろう。あまりにも巨大な感情の奔流に表情が追いついていないのだ。内側より炸裂する激情をそのまま表情として出したならば、皮も肉も骨も神経もズタズタに引き千切れてしまう。
ぼたぼたと赤が垂れていた。
その手に握るは柄が砕けた剣。必然的に刃を掴み持っているのだ。
「見つけました」
ケファミア。
騎士の剣持つ女は平坦で無機質な声音と共に一歩ずつ前に進む。その距離がゼロとなった時、皮も肉も骨も神経もズタズタにしてしまうほどの激情が叩きつけられることだろう。




