そして今回もまた失敗する
『魔の極致』第七席ベルゼ=クイーンエッジ。
人間と酷似した外見でありながら、人間よりも遥かに優れた身体能力や超常能力を持つ魔族の上位ランカーである。
六百年前の大規模な『戦争』ではたった数百人の魔族が大陸中に戦火を広げ、甚大なる被害を撒き散らしたという記録もある。つまりベルゼはその『戦争』の後の混乱期によりにもよって人間の国の女王となったのだ。
魔法道具。
万能を作り出せる道具で人の認識でも狂わせていたのだろう。
ベルゼ=クイーンエッジはありとあらゆることを思い通りにできるだけの力があるからこそ退屈だと感じていた。そんなベルゼ=クイーンエッジだが、完全なる力を持ってしても逃げるしかなかったこともある。
『戦争』の前。
表側の世界に進出した後のことだ。
前触れなんて何もなかった。というよりも、ベルゼ=クイーンエッジを狙ったものですらなかった。周囲二百キロに及ぶ広範囲へと万物抹消なんて無茶苦茶な力が撒き散らされたのだ。
即死だった。
抗いようがなかった。
これは後日判明することなのだが、万物抹消なんて馬鹿げた力を撒き散らしたのは同じ『魔の極致』の第一席だった。とにかく暴れたかった、と本人は語っていたとか。
そんなくだらない理由で暴れたとしても、そこに込められた力は本物だ。少なくとも一国の頂点に君臨することなど容易いベルゼ=クイーンエッジが瞬殺されるくらいには。
だが、そこがベルゼの死地ではなかった。
そうならないよう、『保険』をかけていたのだ。
魂の保全機構。
現在の魂魄漂流式転生術にも使われている、情報伝達システム。
肉体を捨てて、魂魄だけと自己を固定、魂魄に刻まれし情報を過去に送信、情報を上書きすることで時間逆行にも似た効果を発揮する魔法道具である(今どこかにある受精卵へと魂魄情報を上書きすることで新たな肉体に乗り移るという応用も可能である)。
過去に情報伝達できれば、無秩序でロクな理由もない破壊に巻き込まれないよう行動することもできる。
そう。
この時、すでに過去に遡ることも可能な魔法道具は完成していた。今の肉体には戻れないという制約があるため、『蠅の女王』を構築するために肉体を手放した時点でベルゼ=クイーンエッジとして再誕することはできなくなったが、過去への情報伝達及び別の肉の器に乗り移ることは可能なのだ。
ゆえにレイ=レッドスプラッシュは過去へ情報伝達することが可能であり──幾度となく挑戦し続けてきたのだろう。
ーーー☆ーーー
騎士の剣持つ女。
ケファミア。
柄が壊れて、刃のみとなった剣を思いきり握りしめているのか、鮮血は止まらず、刃自体が軋んでいるほどだった。
「見つけました」
無機質で平坦で感情の一切が削ぎ落とされた、その声。あまりにも膨大な激情が収まりきれないがゆえのそれと共に女は一歩前に踏みこみ──柄が潰れ壊れた刃を縦に振り下ろす。
「っ!?」
それは外れたのか、外したのか。
レイ=レッドスプラッシュがピーチファルナを抱きかかえて横に転がった次の瞬間には彼女たちが座っていたソファへと斬撃が炸裂した。
ゾッパァァァンッッッ!!!! と。
再度の両断。
壁も天井もお構いなしであった。そもそも刃の幅はそうあるものでもないというのに、人間が簡単に通り抜けられるほどの亀裂が出来上がること自体が無茶苦茶であった。
この国唯一の正式な女騎士、ケファミア。
『古き慣習』をねじ伏せて騎士の座を獲得できた、ということは、それだけ絶大な力を宿しているということだ。
超常的な力を抜きにして。
これだけの結果を叩き出すほどに。
「んにゅ……むにゃ?」
「くふふ☆ お目覚めでごぜーますか、ピーチファルナちゃん」
「あ、レイさん。……って、あれ? なんだか色々ぶっ壊れて、あれえ!?」
「ちょっと揺れるでごぜーますよ」
言下にレイ=レッドスプラッシュの身体がブレる。ゴッドォ!! と床を踏み抜き砕く音が後に続く。
肉体のリミッターの解除。
太ももが破裂するように砕けるだけの負荷を許容すれば、人間の肉の器でも馬を超える速度を叩き出すことができる。
立ち向かうのではなく、後ろへと。
女騎士が斬り裂いた亀裂から外に逃げようと──
「逃がすとでも?」
ザッシュウ!! と。
レイ=レッドスプラッシュの両足が消失した。
「ぐ、ぐううう!?」
「え、え? レイさん、そんな、レイさん!?」
人間が軽々と通過できるだけの幅がある亀裂を生み出すほどの斬撃を横に振るった結果であった。レイの膝から下が斬り裂かれて、消失したのだ。
支えを失ったレイが床に倒れる。
その腕に抱えていたピーチファルナが投げ出される。
今更、ようやく、現状を視認したピーチファルナが慌てて身を起こして、レイへと駆け寄る。その様子を見て、女騎士の口元がギヂリッ!! と軋む。
「それが貴様の特別ですか。私の特別を見殺しにしておいて、自分だけが特別を保持しているだなんて随分と舐めていますね」
「なに、を? 例の件なら解決したはずでごぜーます」
それを。
レイ=レッドスプラッシュはどういった意味で口にしたのか。
オリミアは処刑という形で終わった。
あんな結末を解決したなんて言葉で済ませるつもりなのか?
「…………、」
言葉なんて。
表情なんて。
そんなもので表現できる次元はとっくの昔に超えていた。ゆえにこそ、行動でもって示すのみ。
斬撃があった。
レイ=レッドスプラッシュ、ではなく、ピーチファルナの胴体が両断、消失した。
ーーー☆ーーー
──失敗の原因はどこにあるのだろう?
実際に暗躍していたのはレイ=レッドスプラッシュかもしれない。己がために好き勝手に奪い続けてきた悪である事実は変わらないだろう。
だけど、もしも、だ。
レイの暗躍が失敗するように手を回していた者が存在したとすれば?
そう、そうなのだ。
『ハニートラップ』を筆頭とした魔法道具にレッドスプラッシュ公爵家、これだけ強大な力があって、それでも失敗し続けるほうがおかしいのだ。
特別を守りたい、ただそれだけの意思が踏みにじられてきたのには必ず理由が存在するはずだ。
例えば、今回の失敗の原因はケファミアに襲撃を受けたことだが、そもそもケファミアの幼馴染みであるオリミアの罪はレッドスプラッシュ公爵家の手で冤罪として処理しているはずなのだ。
では、どこで狂った?
レイ=レッドスプラッシュという怪物さえも翻弄する『何か』の正体はなんだ?




