第十七話 突破口にこそ理想の破滅あり
ピーチファルナには目まぐるしく移ろう状況を正しく分析する余裕なんてなかった。分かることはピーチファルナが殺人犯として確定しており、その罪にレイ=レッドスプラッシュを巻き込んだことである。
……先に手を出してきたのはゴロツキどもだが、だからといって誰かを殺した事実がなくなるわけではない。ゆえにピーチファルナ『は』どうなろうが構わない。
だけど。
レイを巻き込むわけにはいかない。
世界は甘くない。両親は領主暗殺をたくらんだ末に自殺したことになっている。ピーチファルナは殺人犯として扱われている。だからといって、ピーチファルナを守るために立ち上がってくれた特別を失っていいわけがない。
せめて、レイ=レッドスプラッシュだけでも地獄の底からすくい上げる。そのためならなんだってやる。
と、格好つけて覚悟を決めるまでは良かったのだが……、
「見つけたぞ殺人犯……ごぶばあ!?」
「大人しく投降し……ぎゃぶぅ!?」
「ちょっと待て、なんで被害者のはずの公爵令嬢が……あぶぐぼっ!?」
無双であった。
レイ=レッドスプラッシュが蠱惑的な四肢を振るうたびに治安維持部隊の人間が木っ端のように軽々と吹き飛んでいくのだ。
「れっレイさんあんまりやりすぎると『不浄汚染罪』を払拭できたとしても、別の罪で雁字搦めになるって!!」
「そんなのどうでもいいでごぜーます。そもそも『誰かを殺す』ことが罪であるなら、私に罪がないとは言えないでごぜーます。それこそ私を守るために戦ってくれたピーチファルナちゃんよりも多くの殺しを積み重ねてきたでごぜーますよ」
「先に手を出してきたのはあっちだよ! レイさんは悪くない、あんなの罪にはならない!!」
「そう言ってくれる人間がどれだけいることでごぜーますかね。少なくとも『評判』第一な王族や公爵家が聞き入れるとは思えないでごぜーますよ」
「っ!!」
とっくの昔に。
あの時、殺しに手を出した時点で。
レイ=レッドスプラッシュは『大きな』ものを失っていた。
だから。
だとしても。
「そして、そんなものどうでもいいでごぜーます。さっきも言いましたけど、好きを守るためならなんだってやるのが女の子でごぜーますもの。そのためなら他のものなんていらないでごぜーます。例え世の全てが『大きい』と判断するアレソレだろうとも、私にとってはピーチファルナちゃん以上に『大きい』ものなんて存在しないでごぜーますから。だから『それ以下』を捨てることに迷いはないでごぜーますよ」
「どう、して」
追っ手から逃げるように街の中を走りながら、ピーチファルナは戸惑ったように口を開く。
「どうして、そこまで? わたしとレイさんは出会って数日しか経っていなくて、そもそもわたしはレイさんに与えてもらってばっかりで、わたしなんかにここまでしてもらう価値なんてなくて、なのになんで!?」
「くふふ☆ さっきも答えたでごぜーますよ。好きだから、それ以上の理由が必要でごぜーますか?」
即答だった。
迷うまでもないと示すように。
「しゅっしゅきって、だからそれがわかんないんだよ。なんで、なんで! わたしのことそこまで好きになってくれるの!? 公爵令嬢に未来の王妃、輝かしいものを捨てられるくらいに好きになってもらえるような理由がわかんないっ!!」
「ん? 好きになるのに理由なんて存在するでごぜーますか? まあそうでごぜーますね。もしも何らかの理由を提示してほしいのなら、くふふ☆ ピーチファルナちゃんがかわいいから、でごぜーますかね」
「かわっ、もう! ふざけてないでよ!!」
「私は真剣でごぜーますよ」
「うぐっ。レイさん、もお!!」
うがーっ!! と頭を抱えて叫ぶピーチファルナ。真っ赤な顔も、暴れる心臓も、甘く沈む思考も、これっぽっちも誤魔化すことはできなかった。
好きだと、かわいいと。
特別にそう言ってもらえて、何も感じないわけがないのだ。
ああ、と。
ピーチファルナは胸の奥に光る『何か』が浮き彫りになっていくのを感じていた。
おそらくははじめて出会ったあの瞬間から、ピーチファルナはレイ=レッドスプラッシュのことを──
ゴッドォン!!!! と。
轟音と共にレイ=レッドスプラッシュが真横に吹き飛んだ。
「な、え? レイさん!?」
そのまま近くの民家に突っ込むレイの代わりに、ピーチファルナの隣に降り立つ影が一つ。豪華な縦ロールを靡かせる、お高いだけの服で全身を包むその女。
領主の娘。
ピーチファルナと同年代の女が嘲るように口元を歪める。
「レッドスプラッシュ公爵令嬢は『不浄汚染罪』に沈んだですわよ。だったら! 『犯罪者への対応』を突きつけることもできますわよ!! それこそ抵抗すれば殺害もやむなし、ですわよねえ!!」
嘲る、嘲る、嘲る。
憎悪に内側から表情を歪ませて、領主の娘はニタニタと笑う。
「下がっているんですわよ、ピーチファルナ。もうお前がどうこうされるのは終わりですわよ。レッドスプラッシュ公爵令嬢、その地位は底に沈んだんですわよ! ここから先はこれまでの法則は通じない、己が失敗に沈んで消えるんですわよ、レッドスプラッシュ公爵令嬢ォ!!」
魔法陣が展開される。
禍々しく光るそれから放つ暴虐でもってレイ=レッドスプラッシュを貫くつもりなのだろう。
だから。
だんっ!! と。
魔法陣から放たれた猛火へと飛び込むように、ピーチファルナは地面を蹴った。
「な、ん……っ!?」
気がつけば猛火の前に飛び出していた。合理性なんてどこにもない。必勝法なんてあるわけない。だけど、それでも、
「もうこれ以上! レイさんから奪わせてたまるものかあ!!」
魔法陣を展開、水の剣を構築、猛火に叩き込み──蒸発して消えた。
領主の娘、英才教育と『実戦』によって磨かれたその力は初級魔法しか使えないピーチファルナを遥かに凌駕している。
ゆえにそれは必然の結果だった。
猛火がピーチファルナを呑み込む。
ーーー☆ーーー
ゆらり、と起き上がる影が一つ。
レイ=レッドスプラッシュ。公爵令嬢にして未来の王妃という看板はすでに危うく揺らいでいる。ゆえに、だろう。密かにレッドスプラッシュ公爵令嬢の護衛として展開されていた防衛網はすでに崩壊している。この様子だと公爵令嬢という立場さえも壊れて消えてしまったのだろう。
『ただの』レイとなった。
そのことを認識して、漆黒の美女は──くふふ☆ と。甘く、甘く、笑みを広げていく。
「さあ、今こそ……え?」
そこで。
レイ=レッドスプラッシュは迫る猛火へと飛び込む少女を視認した。叫びを、聞いた。
「もうこれ以上! レイさんから奪わせてたまるものかあ!!」
ピーチファルナ。
彼女は水の剣片手に人間を丸々呑み込んだって足りないほどに強大な猛火へと立ち向かったのだ。
レイ=レッドスプラッシュの『力』は存分に見せている。怪我の一つや二つ治せるのは証明しているし、少なくともピーチファルナよりも強いことも分かっているはずだ。
わざわざピーチファルナが戦う必要はない。甘く、甘く、頼ってくれていい。なのに、それなのに、
「待って、ピーチファルナちゃんっ。私は自分以外を治すことはできないでごぜーます! ピーチファルナちゃんが怪我をしたら、私、私っ!!」
軋む、歪む。
今までの余裕たっぷりな甘い笑みは吹き飛び、恐怖に表情が歪んでいく。
そして。
そして。
そして。
ぱちゅんっっっ!!!! と。
ピーチファルナに触れた猛火が弾けて消えた。
「……、まさか」
それは。
その現象は。
「ピーチファルナちゃんの、父親の力、でごぜーますか?」
助かった、傷つくことはなかった。
だから、だからこそ、レイ=レッドスプラッシュはより一層の恐怖に表情を歪めていく。




