最終話 甘美なるハッピーエンド
猛火に呑まれて焼け死ぬはずだった。
その寸前、猛火は弾けて消えた。その理由は分からない。だけど、そう、理由なんてどうでもいい。
道は開けた。
後は突っ込むだけだ。
「お、おおおおっ!!」
深く、深く、領主の娘の懐へと飛び込む。切り込む。
「この、馬鹿が! まだ気づいてないんですわね!! あの人たちは殺──」
「うるさいっ! 黙れ!! わたしの特別を傷つけさせるものかあ!!」
ゴッドォ!! と振り上げた拳が領主の娘の顎を打ち抜く。ギヂビヂと殴った拳自体が痛むほどであったが、ピーチファルナはその痛みさえも呑み込む。
レイ=レッドスプラッシュを守るためにゴロツキを殺した。もう後戻りはできないし、そもそもそこまで『できてしまう』ことは証明している。
有象無象をどれだけ殺そうとも、特別だけは守りたい。そう思えてしまうのがピーチファルナなのだ。
(お父さんもお母さんも領主暗殺なんて目論んでいなかった。それだけは胸を張って言える。だけど)
ギヂィ!! と拳を固く強く握り締める。
死んでしまえと、殺してでも守り抜くと、そう思えてしまうことに一つの結論を導く。
(犯罪者の娘というレッテルは間違いだとしても、わたしに『犯罪者になる素質がある』のは正しかったみたい)
甘い匂いはすでに拭い去られている。
匂いの素だった棒状の魔法道具『ハニートラップ』はとっくの昔に手放しているのだから。
だけど、だから。
ピーチファルナは己の意思で前に進む。
ゴドンッッッ!!!! と。
領主の娘の鼻っ面にピーチファルナの拳が突き刺さる。
ーーー☆ーーー
領主の娘は地面に崩れ落ちた。無力化できた。
それ以上、『念のために殺しておこう』とまでは思えなかったピーチファルナは一つ息を吐き、踵を返す。
視線の先ではレイ=レッドスプラッシュが立っていた。言いたいことはたくさんあったが、今は一つだけ。
「逃げよう、レイさん。今はとにかく安全を確保しないといけないしね」
何かが吹っ切れた。
その直後のことだった。
「甘いんですわよ」
ザシュウ!! と。
背中に走る衝撃があった。
ぶしゅっと何かが噴き出す音があった。ゆっくりと振り返り、どこから取り出したのか剣を振り抜いた格好の領主の娘を捉える。その刃は赤く濡れていた。なぜ? ピーチファルナの背中を斬り裂いたからに決まっている。
「あの人の力は超常を無効化することですわよ。逆に言えば単純な物理はどうにもできないということですわよ」
猛火の消失、ピーチファルナもよく分かっていない先の現象をピーチファルナ以上に『理解している』といった風に領主の娘は言う。
「くたばっているんですわよ。わらわが全部終わらせておいてあげるから」
「う、ぐ……」
ぐらり、と揺らぐ。倒れそうになる。
倒れたらどうなる? くたばったら、その後は? 全部終わってしまう。凶刃がピーチファルナの特別を殺す。
だから。
だから。
だから。
ゴッバァンッッッ!!!! と。
領主の娘を薙ぎ払う一つの影があった。
それは漆黒のフードを深くかぶっていたため顔は分からなかった。ばさりと同じく漆黒のマントを靡かせるその影は特徴的な剣を持っていた。
剣服に刻まれしはこの国の国旗にも使われている模様。つまりは騎士のみが持つことを許された正義の刃。
「本当『つまらない』お仕事ですね。騎士として終わって、人間としても終わって……だけど、それでも、と繋げてしまったんです」
それはピーチファルナに向けた言葉ではなかった。
それは騎士の剣持つ者が薙ぎ払った領主の娘へと向けたものだった。
「私が欲しい未来を確約するためのお仕事です。恨みはありませんが、私の幸せのために終わってください、領主の娘よ」
「こ、んの……どいつもこいつも余計なことばっかりしてくれるんですわよねえ!!」
直後に激突があった。
騎士の剣持つ者と領主の娘、両者共にピーチファルナとは比べものにならない暴虐をぶつけ合う。
ピーチファルナではついていけないレベルの殺し合いである。だからどうした。そもそもピーチファルナの目的は殺し合うことではない。
殺し合いから背を向けて、走る。
背中から炸裂する痛みを、知ったことかと意思の力でねじ伏せる。
感情のままに、昂ぶる魂に従って、レイ=レッドスプラッシュへと手を伸ばす。
「レイさんっ、逃げよう!!」
「……あ。でも、あの、ピーチファルナちゃん」
「いいから、早く!!」
何かを迷っている、いいや何かに怯えていた。レイ=レッドスプラッシュが、いつも余裕たっぷりに甘く微笑む美女が、である。
それだけ騎士の剣持つ者と領主の娘は怪物なのか。レイほどの実力者でも怯えてしまうくらいの力を持っているのか。
関係ない。
別に彼女たちを倒す必要はないのだから。
がしぃっ!! と力強く、思いっきり、レイの手を握るピーチファルナ。もう離さないと、助けてやると、逃がしてやらないと、言外に告げるように。
「大丈夫、わたしが何とかするから!! だから逃げよう、ね?」
「ピーチ、ファルナちゃん……。うん、逃げようでごぜーます。私を誰の手も及ばない、二人っきりで過ごせる理想郷に逃がしてでごぜーます」
引き寄せる、抱きしめる。
レイから、ではなく、ピーチファルナから。
これまで与えてくれた分だけ、これからは与えてあげると示してみせる。
ーーー☆ーーー
レイ=レッドスプラッシュ。かつて公爵令嬢に君臨していたばかりか、第一王子と婚約を結んでいた女。未来の王妃が確定していた彼女は一夜にして全てを失った。
『不浄汚染罪』。
どこぞの女騎士と同じく犯罪者を庇ったために罪に塗れた結果、第一王子との婚約が破棄されたばかりか、レッドスプラッシュ公爵家から勘当された。
輝かしい、絵本の中のお姫様のような看板の全てを失い、『ただの』レイとなった女はというと──
「ピーチファルナちゃんはかわいいなぁ!!」
ぎゅう!! と錆びた鉄のようにくすんだ少女を抱きしめていた。
「あわ、あわあわあわっ!! にゃにしゅふのレイひゃあん!!」
「かわいいものを愛でるのは自然なことでごぜーますよ」
「む、むぐぐう!」
光り輝く看板、誰もが羨む立場を失い、しかし女はこれまでで一番の満たされた笑みを浮かべていた。
なぜなら腕の中に最も『大きな』ものがあるから。ありとあらゆるものを切り捨てて、切り捨てさせて、お互いだけで頭の先から爪先まで満たせる状況を作り出せたのだから。
世界の片隅。
誰の手も及ばない、二人だけの理想郷。
お互いだけで完結した甘美なる箱庭にこそ、レイ=レッドスプラッシュが求めた幸せが詰め込まれていた。
「私、ピーチファルナちゃんのことが好きでごぜーます。ピーチファルナちゃんはどうでごぜーますか?」
「ぅえ!? それ、その、ええと……まあ、うん。わたしもレイさんのことすっすすす、好きだよっ!!」
「くふっ、くふふ、くふふふふふっ☆ ああ、幸せでごぜーますぅ」
愛し合う二人は誰に邪魔されることもなく、幸せに暮らしました。ゆえに、これこそが紛うことなきハッピーエンドであった。
これにて本編は完結です! 甘々溺愛純愛モノを目指してみましたが、どうだったでしょうか? 楽しんで頂けたなら幸いです。ついでに下のほうで評価いただけたり、感想いただけると凄く嬉しいです。
もちろんまだ続きます。イチャラブが足りませんし、それはそれとしてもいい加減説明不足なアレやソレを回収しないとですしね。
……唐突なバトル展開も真っ青な、甘くない真相が出てきそうですね、はい。




