一本の電話がことの始まり。
翌日。
午前8:20.
私はケータイの着信で起こされた。
眠気まなこでそれを開くと、穂波からだった。全く、朝から何の用だろ?
寝起きの悪い私は、かなり不機嫌だった。
「…もしもし?穂波、朝からどうしたの?」
「……」
「?ちょっと、どうした!?」
電話の向こう側で、穂波の嗚咽が聞こえてギョッとした。
何かあったのだろうか?もしかしたら、昨日私が帰った後に何かが…?
どうしよう…一緒に帰ってあげるんだった!
眠気なんか吹っ飛び、どうしようもない後悔が生まれてきた。
「みっ、美空…私、私ね…」
「う、うん!…どうしたの?」
穂波が語り出したので、優しく聞き返した。
「私、諌早くんにフラれちゃったの…」
「へ?」
思いがけない言葉に、間抜けな声が出た。
諌早くん、と言いますと…アルデンテくんのことですよね?
「え…ど、どういうこと?」
「だからぁ、昨日私諌早くんに告白したのっ!そしたら、そしたらね…」
思い出したのか、また穂波は泣き出した。
つまり、私と別れた後穂波はアルデンテくんに告白し、フラれた、という訳ですか。
何だそりゃ。変な心配して損した。
「それは…その…。アルデンテくんが悪いよ!だ、だって普通、穂波みたいな可愛い子に告白されたら、絶ッ対にオッケーするって!」
私の必死のフォローに、穂波は何の反応も返してこない。電話口からの沈黙が痛い…。
「だ…大体さ、アルデンテボーイな訳でしょ?うじうじ悩んで決めきれなくて、断っちゃったのよ。絶対後悔するわ、あいつ!」
「…即答だった、のよ。全然悩んだりしなくて…それが、余計悲しくて…」
電話越しに聞こえてくる泣き声が、心なしか大きくなった気がする。
墓穴掘ったぁあ!!
心の中で、激しく後悔する。
何なんだ、アルデンテボーイ!?そこは、煮えきっちゃうのか?ズバッと即答しちゃうのか!?
「つ、つまりさぁ!アルデンテくんの趣味が極悪だったのよ!私たちの基準から大幅にズレてる訳で…」
「あんまり悪く、言わないでよぅ…」
涙声で穂波が訴えた。
何なんだろう?乙女ゴコロというやつがよくわからない。
アルデンテくんのこと、嫌いな訳じゃないんだ?…まぁ、好きだから告白した訳だけれども。
もはや、私が返す言葉がなくなってしまった。
ここは、話題を変えたほうがいいのだろうか?
「美空ぁ…」
「な、何?」
突然名前を呼ばれて驚いた。
「今日は、仕事休む…こんな顔じゃ行けないよ。それに…顔、合わせづらいし。ごめんね」
「い、いいのよ!じゃあ、またね」
「うん…」
そう言って、電話は切れた。
しばらく、ケータイのディスプレイを見つめる。そしてため息をついた。
最悪よ…。
朝からなんだってこんな暗い話題なのよ。
午後2:45
「木下さん!これ、11番です」
「……」
私は返事をせずにアルデンテくんの手から皿を受け取った。今までと明らかに違う私の態度にアルデンテくんはたじろいだ。
だが、そんなこと気にしない。穂波を傷つけたんだ、このアホは。
「お待たせいたしました。ぺペロン特製ティーノでございます」
それでも営業スマイルは崩さない。切り替えの速さなら負ける気がしないわ!
「どうしたんですか、木下さん?元気がありませんね」
空いたテーブルの片づけをしていると、飯島さんが声をかけてきた。
「…はい」
「三崎さん、今日お休みでしたね」
「!!」
「そのことと、関係があるみたいですね」
私の反応を見て、朗らかな笑みを崩さずに飯島さんは言った。本当、コワイ人だ。
「アルデンテボーイ…知ってますか、飯島さんは?」
「えーっと、諌早さんのことですよね?」
私は頷く。少し間があって、飯島さんが少し驚いた表情をした。
やっぱり女性のカンって鋭いんだなぁ…。
「かわいそうですよ。…あんなに傷つけた彼が、許せないんです」
私が置いたグラスがガチャンと派手な音をたてた。慌てて近くのお客様にお詫びをする。
そんな私を飯島さんは複雑そうな顔で見た。
「木下さん…確かに彼は、三崎さんを傷つけたかもしれません。でも、彼にも恋愛の自由はありますよ?…もしかすると、もう彼の心は誰かに奪われているのかもしれませんね」
まじめそうな先生のような口調で言ったかと思うと、突然イタズラっぽく微笑んだ。
飯島さんの言っていることはわかる。でも…やっぱり、わからないよ。
「でも…それでも…」
「木下さんは、優しいんですね。本当に、三崎さんが大切なんですね」
「…そう見えますか?」
私が尋ねると、優しい微笑みで飯島さんは頷く。だが、突然その表情を曇らせた。
木下さん、そう名前を呼ばれ、私は彼女の顔を見た。だが、なかなか口を開こうとしない。
「…傷つけても、傷つけられても…時間が解決してくれますよ」
「穂波は、明日には元気になってると思いますか?」
私が問うと、飯島さんは複雑そうな顔をした。そしてゆっくりと頭を振る。
「わからないわ…ねぇ、木下さん…」
「あ!!」
飯島さんの言葉をさえぎって、私は驚いた声を出した。厨房から、チーフの顔が見えたのだ。その眉間には深いしわが刻まれている。
「まずいですよ、飯島さん!チーフ、かなりご立腹…」
飯島さんは何か言いたげな顔をしたが、気にならなかった。
私は慌てて食器を両手に持ち、厨房の方へ戻った。
飯島さんは人生のベテランさんです。まだ26歳だけど…。




