美人監督と菅野さん。
「美空、休憩取らなくて大丈夫なの?」
昼休憩も取らずに働きつづける私を心配して、穂波が声をかけてきた。
「うん…さっき迷惑かけちゃったからね」
菅野さんにも迷惑かけちゃったし、名誉挽回しなきゃ!
連休最終日ということもあって、お客さんの入りはいつもより多い。
働き甲斐があるってもんだ。
「木下さん、10番ですっ!」
アルデンテくんから皿を受け取ってもっていく。
それにしても…
「お待たせいたしました。ぺペロン特製ピッツアでございます」
「よーっし、みんなージャンッジャン食べてねー!」
「アザーッス!!」
体育会系の部員が4,5人パスタを、ピッツアを、ひたすらに食べていた。監督であろうか、美人さんがさきほどからハンパじゃない量を注文してくる。
会計のとき、払えないなんてことはやめて欲しい…。
「木下さーん…また、10番です…っ」
アルデンテくんがパスタの皿を4,5枚差し出してきた。目が回るほど忙しい、っていう言葉の意味がわかった気がする。
私の方も運ぶの大変なんだよね…空の皿はさげないとテーブルが大変なことになってるし。
「お待たせいたしました…こちら、おさげしてもよろしいでしょうか?」
「あ、うん。お願い。…みんなー、次こそ勝つんだよー!」
そんなことを、美人さんが叫んだ。切実な叫びなのだろう、涙目になっている。
私は黙って、皿をさげる。そっとしてあげた方がよさそうだ。
「はぁ…」
厨房に戻ると自然にため息が出た。何か、本当に疲れた。
「大丈夫か、木下?頑張りすぎだろ、少し休め」
「!?菅野さん…っ」
「何だよ?」
ため息の出た口を思わずおさえた。菅野さんはいぶかしんだ顔をする。
「いえっ、大丈夫ですよ。菅野さんこそ忙しいんですから、マメに休憩取らないと!」
「ばっか、人を年より扱いしやがって!」
はたかれると思ったけど、菅野さんはそうしなかった。私は拍子抜けした顔になる。
「あのなぁ…俺手が早いけどな、さすがに女性には手は上げねぇよ」
頬を掻きながら菅野さんは言う。
うっわ…くさい!けど、かっこいい!
心の中で感動した。
「木下!ワイン、10番に!」
原田さんが短く言った。
くぅー、いいところだったのに…。原田さんタイミング悪すぎ!
とはいえども仕事中なので仕方ない。
「はーい!…じゃあ、仕事戻りますね」
「がんばれよ」
幸せすぎる。菅野さんとこんなたくさん話せるなんて…。
「お待たせいたしましたー!ワインでございます!」
「おっそーい!遅いわよ、ウエイターさん!もう、待ちくたびれちゃったじゃなーい」
「あ、申し訳ありません!」
「まぁ、いいけどぉ?…あんたたちー、食べてるー?」
この人、アルコール入る前からかなり出来上がってませんか?
「監督、大丈夫ッスか?そろそろ出たほうがいいんじゃ…」
部員たちもタジタジだ。
「なぁに言っちゃってるの?これからよ、これから!」
「お客様…申し訳ございませんが、アルコールはお出しできません」
「何で?」
「当店では、他のお客様のご迷惑になりませんようにとの配慮でございます」
「何でよ?出しなさい!私は客よ!?」
美人さんが逆上してきた。なんか、迫力あるな…。
「申し訳ございません。決定事項ですので、ご理解ください」
「納得いかないわよ!責任者出しなさいよ、責任者!!」
そう言って、美人さんが掴みかかってきた。
ちょ、ちょっと!なんで最近こんなに絡まれちゃうのよ!?
厨房の方に目を向けた。
あぁ…目が合ったのはあろうことか、アルデンテくん。
初め、激しく動揺したが意を決したようにこちらに向かってきた。
ダメだって、あなたは責任者じゃないでしょう!こんなときの対応なんて、できるはずがない。
「お…お客様、おっ、落ち着いてください!お願いします!」
そういって、頭を下げた。
あーあ…。
がっくりきた。そんなことで感情的になったお客様は、なだめられないわよ。
「なに?あなたが責任者っていうの?まったく、ふざけた決まりを作ってくれたわね!ワイン出しなさいよ!!」
頭を上げたアルデンテくんはきょとんとした顔をしている。助けを求めてか私の方を見てきた。
ばーか、口パクでそう言う。
「…すみません、下っ端が出てきちゃいまして…」
「木下さん…」
アルデンテくんはショックだったようだ。悲愴な顔で私を見てくる。
仕方ないでしょ、事実なんだから!
「じゃあ、ソムリエ出しなさいよ!いるんでしょ?」
美人さんがやっと放してくれた。
ソムリエ…?そういえば、この店っているのかな?あんまり意識したことがなかったから、よくわからない。
私がどう対応して良いのか戸惑っていると、
「…すみませんでした。木下、諌早…悪かった」
突然菅野さんが来て、頭を下げた。だけど、なんで私たちに頭を下げるんですか!?
「百合…いい加減にしないか。ウチのスタッフを困らせないでくれ」
え!?菅野さん、どういうご関係…?
「だって、あなたの職場見たかったんだもん。それにこの女、あなたのことが気になるみたいだし…ちょっといじめたくなっちゃって」
「えぇっ!?」
「か、菅野さんの奥さんなんですか?この、女性!?」
アルデンテくんがそう言うと、菅野さんの鋭い視線が向けられた。
「なんだ、その意外そうな顔は。…いいから百合、もう帰りなさい。大切な生徒さんたちが困っているだろう?」
「うん。わかったわ、帰る…家で、待ってるから。…皆ごめんね、困らせちゃって。さっ、帰りましょう、明日からまた練習よ!」
「はい!」
そう言って美人さんたちは帰っていった。最後に私に不敵な笑みを投げかけて…。
ああ…菅野さんが、結婚してたなんて。
このときの私の頭には、そのことしかなかった。
穂波「菅野さんは奥さんにとっても優しいんだって。」美空「うう、菅野さん結婚してるなんて…。」穂波「…奪っちゃえば?」美空「ど…ドロドロの三角関係?」




