元凶ピエロ。
午後10:40.
閉店後。
「あの…穂波?」
「何?」
着替え終わってケータイをいじっている穂波におそるおそる声をかける。そっけない返事が返ってきた。
「その、怒ってる?」
「別に」
怒ってるじゃないですか、十分に!
その時、突然パタンとケータイを閉じて私の方を穂波が見た。何ていうか、本当に冷たい目。
「美空さ、何で諌早くんのこと意識してるの?」
「え…?」
私が、アルデンテくんを、意識?
別にまったく無自覚というわけではない。なんとなくだけど、自分でもわかっていて嫌だった。
でも、どうして穂波はわかっちゃってるの?
「わかるのよ、諌早くんのこと見てると。ね、どうして美空が諌早くんのこと意識するのよ?もう気にしないでいいって言ってるのに…」
「ご、ごめん」
「なんで謝るのよ?」
穂波に指摘されてあせった。
口が裂けても、アルデンテくんに告白されて意識せずにはいられないんです、なんて言えないし。
「とにかく…もう、やめよう?普通に戻ろうよ」
涙をにじませて穂波は訴えるように言ってきた。
何よ、それ…?
私は沸きあがってきた反感を抑えられなかった。
普通に戻ろうよ?…やめてよ、そんな言葉。
その普通ってやつが乱れるかもしれない、そんな覚悟で告白したんじゃないの?
初めての禍々しいまでの悪感情に私は戸惑った。
入社したときから友達で、ずっと大切に思ってきた。穂波は綺麗だし、優しい。だから幸せになって欲しい、ずっとそう願ってきた。
だけど、何でだろう?
すごく反感を覚えてしまう。
中途半端な覚悟でアルデンテくんに告白をしたことが、なんだかとても腹立たしい。
「何よ、普通って?アルデンテくんが好きだから告白したんでしょ?そんな、簡単に普通に戻りたいなんて都合が良すぎないかな」
「なんで、美空に責められなきゃいけないのよ」
「別に、そんなつもりはないけど?」
思った以上にとげのある言葉が口をついて出てくる。
その時、穂波が何かを悟ったかのように目を見開いた。そして、私に向ける目をさらに冷ややかにする。
「まさか、美空。…諌早くんのこと、好きになった訳?」
「は?」
穂波の突拍子もない発言に、不機嫌極まりない声が出る。
私がアルデンテくんを好き?ことの元凶であるやつのことが、好き?
はっ、ありえない。
もう、鼻で笑ってしまうくらいありえないわ。
「言ったでしょ?諌早くんのこと見てるとわかる、って。美空の顔、真っ赤だった…」
「は…ありえないわよ!私の好みじゃないって知ってるでしょ?」
私の言葉に穂波は何も言わない。視線を閉じたケータイに向けるだけだ。
「ごめん。私、先に帰ってもいい?」
「うん…美空、突然ごめん」
「謝らないでよ。…また、明日ね」
気まずい空気に耐えかねて、私はそそくさと更衣室を後にした。
帰り際厨房を通ると、菅野さんとアルデンテくんが仕込みを終えたところだった。
「お疲れ。…今日もやってくのか?」
「あ、はい。俺、足引っぱってばっかなんで。それに…目標もありますし」
「ああ、そうだったな。まぁ、無理すんなよ?」
「はい、ありがとうございます!」
菅野さんは一度頷いて、こちらを見た。ちょうど目が合ってしまって、慌てた。
「何突っ立ってんだよ、木下?」
「わ、木下さん!?…気付かなかった」
怪訝そうに声をかけてくる管野さんに対し、アルデンテくんはお化けでも見たかのような驚きようだ。まったく、失礼なやつ。
なんだか、こんなやつに振り回されている自分が情けない。そう思う反面、おかしかった。
不思議とアルデンテくんを見ると笑ってしまう。まるでピエロみたい、優柔不断な全然煮え切らないピエロ。
「帰らないのか?」
「帰りますよ。話し声が聞こえたからつい…」
「はぁ…女ってどうしてこう、何でも聞きたがるんだろうな?俺にはわかんないよ」
半ば呆れた調子で菅野さんは言う。きっと百合さんのことと重ねてるんだろうな。そんなこと考えると、ちょっと複雑。
「とりあえず、俺は上がらせてもらうぞ。お前も早めに上がれよ、諌早。体壊しちゃ意味ないからな」
「わかりました。あ…菅野さん!また、試作品食べてみてくださいね」
「お…おう」
笑顔で言うアルデンテくんに菅野さんの表情が一瞬こわばった。きっとアルデンテくんは無自覚なんだろうけど…いや、それが一番厄介かもしれない。
「そ、そうだ!今度は木下に試食してもらえ、な?」
「ええっ、わ…私ですか!?」
菅野さん、それは無茶振りというもんです。
「え…でも」
「ほ、ほら、女性の口にもあう料理じゃないとダメだろ?」
「確かにそうですけど…」
菅野さん、無茶振りにもっともらしい理由をくっつけないでください。
「じゃあ決まりだ!木下も、いいよな?」
菅野さん、目で訴えないでください。いいよな、って強調しないでください。断らせないつもりですね?そうなんですね!?
「……ハイ」
渋々承諾すると、菅野さんはそりゃもう爽やかに笑った。うぅー、人を身代わりにしといてぇ。
「あ、じゃあ試作品ができたときは、木下さんお願いします」
「…あはは、」
お手柔らかに、そう言いそうになるのを私は必死でこらえた。
女の人同士のドロドロって本当、苦手です…。けどー、がんばります!感想など、ください!!




