のんびりそしてぴぃぴぃ
猫が寝込んだ。
そんなバナナ。
ごめんなさい。言いたかっただけなんです。悪気はなかったんです。
この世界に青年が来てから30日、元の世界で言えば一月が経った。
相変わらず青年は猫とのんびり暮らしている。
管理人補助システムのカンリは新たな住人を欲しているが、今の状態でも生活は困っていない上にマスター自身が他国に出向くことを恐れている為、現状に甘んじている。
彼等が暮らすのは”魔境”と呼ばれる領域で、人類が開拓を何百年と試んで来たが幾度も跳ね返されて来た未開拓地である。
この地は魔物の聖地と揶揄されるほどで、各国の森などに潜む魔物とは数、質共に桁違いであるとされている。
そんな場所に呑気に住んでいる青年ははっきり言って気狂いの類と言える。
そして、このことを権力者たちが知れば決して彼の事を皆放ってはおかないだろう。
この土地についてカンリが青年に説明した当初は青年もオロオロしていたが、建物の移設に対してのペナルティ、猫の強さ、そしてこの世界の国家への恐怖、これらを天秤にかけた結果、彼はここに居ることを選んだのである。
「いやぁ、平和だねぇ」
「にゃ~」
勘違いしないで欲しいのだが、この建物の外では数多の魔物が命を奪い合っている。
それこそ弱肉強食等と言う言葉では言い表せない厳しい世界だ。
強者が強者と鎬を削り、かろうじで勝利を収めた獣は、漁夫の利を狙っていた群れに襲われ、その群れはまた絶対的な強者の餌へと目まぐるしく状況は変化している。
だが、この建物の中だけは全く違う。
「よし、ご飯にしよっか、ネム助」
「にゃっ!にゃ~」
ご飯!と猫、ネム助は目を輝かせる。
因みにこの名前だが、青年がカンリを名付けた後、「コイツにも名前がいるんじゃ?」と思い至り付けた次第である。名前の由来はこの猫が横になるのが好きな事、そしてこれからも自分を助けて欲しいとの青年の思いから命名された、と本人は言っているが実際それっぽく言っただけで、前述のようなことは全く考えていなかった。だが、猫自身は大好きな青年から名前が貰えて嬉しそうであった。
「じゃあ~お、刺身があるから簡単にご飯と味噌汁だけでいっか」
冷蔵庫を漁っていた青年はパックに入った刺身用の切り身の魚を発見する。
青年は家事についてはズボラである。それを咎める者も今はこの場にいないので好きにやるのである。
「んじゃ、米を炊かなきゃな」
台所の棚から精米の入った袋を取り出し1合半ざるに移す。
そこから軽く水で研いでから炊飯器に放り込み、水を入れて炊飯器のスイッチを押す。
これで準備はほぼ完了。味噌汁は当然インスタントである。
大学生のズボラ飯ここに極まれり。
「にゃ、にゃ~」
「あー、ネム助を待たせちゃうか。だったら」
青年、ネム助に非常に甘い。じっと見つめられると大抵の事は許してしまう。
と言ってもそのほとんどがご飯のおねだりなのだが。
青年は棚をまたごそごそと探し始める。そして少ししてお目当てのものを見つける。
「あった、あった。ほら、ネム助。猫缶だぞ~」
そう言って猫用の缶詰を開ける。
「うみゃ~」
ネム助は美味しそうに差し出された猫缶の中身をパクパク食べて行く。
その姿をデレデレとした顔で青年は見つめるのである。
これもまた1人と1匹の日課であった。
食べ終わったネム助の口元を拭き拭きし、後片付けを終えると青年はまたソファーに腰を下ろす。
そして何故か元の世界と繋がっているテレビを見るのである。
お昼の情報番組を見ていたが、もう青年のニュースはどの局も取り扱っていない。
こちらに来て数日はちょくちょく自分の事故について報道されていた。
運転していたボンボンはひき逃げに加え証拠隠滅を試みていたことが報道され、それなりに反響を呼んでいた様だった。
現在の(?)お昼の顔のMCが自分の事故について意見を述べている映像に不謹慎ながらも青年はある種の感動を覚えていた。
だが、人の噂もと言う言葉がある様に彼の事故についてのニュースに変わり政治家のカネの問題が浮上して来て、世間の関心はコロッとそちらに移ってしまったようである。
ぼーっとテレビを見ていると炊飯器からメロディーが流れて来た。
それを聞きご飯にしようかと思ったその時だった。
・・・・・・・・・ぴぃ~
「ん?今、声がしたような」
するとネム助がベランダの方を見ている。
青年は無警戒に窓際へ向かう。
平和ボケとネム助への信頼が織り成す高等技術である。
窓を開けるとそこには黄色い毛玉の様なものが転がっていた。
よく見ると羽の様なものと細い足の様なものがそれぞれ生えていた。恐らく雛なのだろうが少し大き過ぎる気もする。
そしてその体は所々汚れていおり、その毛玉は大分弱っている様に見えた。
「だ、だいじょぶか!?」
青年、警戒心が全くと言って良いほど足りない。
カンリがこの姿を見ていたなら2時間正座でお説教コース間違いなしだっただろう。
最近彼女は青年のオカンと化しているのだ。
「ぴ・・・・ぴぃ~」
青年はすぐさま毛玉を優しく拾い上げると室内に入り、カンリを呼んだ。
「マスター、如何・・・マスター?後でしっかりとした説明をお願いしますね?」
笑っているが、その後ろには般若が見える。
カンリはこの20日ほどでかなり感情豊かになった。これは話し相手を求める青年にとっても嬉しい事である。だが、彼女は怒らせると怖い。それだけはいくら寂しい青年も遠慮したいものであった。
「わ、分かった。ちゃんと説明するから。だから、この子を助けてやってくれ!」
「それについては問題ありません。汚れてはいますが、この魔物は疲労と栄養不足から倒れていたのでしょう。余りにも弱っているので私やネム助様も気付くのが遅れました」
「じゃ、じゃあ大丈夫なんだね?良かったぁ~」
「ですが、かなり弱っているのは間違いありません。睡眠と食事、これらをしっかりと摂る必要があります」
雛は少し落ち着いたのだろう、ぴぃ、ぴぃと眠りについている。
なので青年は食事の用意に取り掛かる。
「カンリ、その子って何をあげればいいの?」
「基本、魔物は雑食です。人間の食べる物なら何でも食べます」
「そっか、ありがと」
青年は台所の鬼と化す。
自分1人の為の料理なら大体手を抜くが、誰かの為なら全力で。
主体性の無さは相変わらずである。
じゅーじゅー
ぐつぐつ
とんとんとんとん
台所からは料理の音と共に食欲をそそる香りが流れて来る。
「ぴ・・・ぴぃ。ぴぃ?」
雛?が起きたようである。
辺りを見回し、そして美味しそうな匂いに気付く。
「ぴぃ!ぴぃ!」
すると、声に気付いたカンリとネム助が近寄って来た。
「起きましたか。では、こちらに付いて来て下さい」
「にゃ~お」
雛はとてとてと付いて行く。この子も警戒心が薄いように見える。
誰かさんにそっくりである。
そして着いたのは風呂場。
そこには小さい桶があり中にはお湯が入っている。
「では、ここで体を綺麗にします。じゃないとご飯は食べられませんよ?」
「ぴ、ぴぃ!」
空腹の雛は一目散に桶にダイブした。
一体どれほどお腹が空いているというのか。
脅したカンリは少し自己嫌悪した。
そして雛は桶の中でバシャバシャしている。
「落ち着いて下さい!そんな慌てる必要はないのです」
カンリは雛を何とか落ち着かせ、お湯で目に見える汚れを落とさせる。
それから動物用シャンプーを雛の体に塗りたくる。
そして弱めのシャワーでシャンプーを落とし、一段落。
「はい、それでは水気を取るので拭きますよ?」
「ぴぃ!」
「分かった!」と雛は良い返事である。
拭き終えるとネム助がカンリと雛を背に乗せ、リビングへと帰還する。
すると机の上には料理が盛り沢山並んでいた。
青年気合を入れ過ぎたようである。
「お、戻ったか。じゃあ、ちょっと遅いけど昼ご飯にしようか」
そう言うと待ち切れなかったのか雛がネム助から飛び降り、駆け出す。
が、お腹が減っているので躓きそうになるが、青年がそれを見事にキャッチする。
「お腹減ってるのは分かるけど、焦っちゃだめだぞ?怪我したら危ないからな?」
優しく言い聞かせる。
「ぴ、ぴゅい~」
ごめんなさいと謝る雛。
宛ら親子の様に見えなくもない。
「分かればいいさ。よし、食べよう」
皆が所定の位置に着く。
毎度の如く青年が掛け声を出す。
「それでは、いただきます」
「いただきます」
「にゃ~」
「ぴぃぴぃ!」
どの料理もほかほかと湯気が上がっている。
これは資材置き場に出来た料理を片っ端から保存していた為である。
まぁ、そのおかげで青年は次から次へと料理を量産してしまった訳だが。
因みにその料理だが、ハンバーグ・とんかつ・フライドポテト・唐揚げと中々ずっしり来るものばかりである。しかも、料理は他にもあるのだ。晩御飯でも中々見ないようなラインナップである。
「ぱくぱくぱくぱく」
「がつがつがつがつ」
「ぴっぴっぴっぴっ」
3人(?)共よく食べる。
カンリと雛は何でも食べらるが、ネム助の方もこちらの世界に来てからは雑食になっていた。
どんどん器が空になって行く。
自分の作った料理を美味しそうに食べて貰えるのが嬉しくて青年はニコニコしてしまう。
結局、青年が山の様に作った料理のほとんどは3人の腹の中に消えてしまった。
彼等の胃袋はどうなっているのだろう。
そして洗い物を片付け、机を拭き終えソファーに腰を下ろす。
すると「ぴぃぴぃ」と雛が寄って来る。
「さて、お前をどうするか」
「ぴぃ?」
首をこてんと傾ける姿はとても可愛らしい。
そんな雛に青年は一応聞いてみる。
「お前帰る場所はあるのか?」
「ぴぃ~」
ふるふると頭を左右に振っている。どうやらないらしい。
と言う事は親の存在も微妙な所だと青年は判断する。
「お前は外の世界に戻りたいか?」
本人(?)の意思は大事だと思い青年は更に尋ねる。
「ぴぃ!ぴぃぴぃ。ぴゅい~」
何か訴えているのは分かるが、内容までは分からない。
青年が四苦八苦していると、カンリが雛の言葉を教えてくれた。
「此処に居たいと申しています。如何しますか?」
コイツも独りは寂しいのだろうと思い、青年は雛を抱き上げる。
「よし!じゃあ、一緒に暮らすか?」
「ぴゅい!ぴぃぴぃ~♪」
雛も嬉しそうである。
ここに新しい家族が誕生したのであった。
しかし、住人は未だ0である。
管理人への道は険しい。
雛鳥ちゃんが仲間になりたそうにこちらを見ている。
断れる筈がない。
小動物ってやっぱり狡いと思う。
それと言語翻訳を熟すカンリさん有能。




