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零話 ちいさなおんなのこ

 腕に抱いた幼子は、まるで死んだように眠り続ける。

 抱きかかえたままその魔女は、静かに慣れ親しんだ自宅へと戻ってきた。

「おかえりなさい、お師匠様!」

 走ってくるのは寝巻き姿の弟子。金色の髪は濡れていて、さっきまでお風呂に入っていたのがわかる。彼女は、師の腕に抱かれた子供を見て、あっけにとられた様子だ。

「あの……お師匠様、その子」

「お前の妹弟子だよミレアナ。名前は……そうだな、そのうちつける」

 孤児なんだよ、と苦笑し、ひとまずソファーに横たわらせた。

「お、お部屋の準備は」

「お前はもう休んでいいよ。湯冷めすると身体に悪い。あとはアタシがやっておくから」

「でも」

「健康管理もできないようじゃ、姉としてダメじゃないかねぇ、ミレアナ?」

 う、と言葉に詰まったミレアナは、師と幼子を交互に見て、そして頭を下げた。

「じゃあ、おやすみなさい、お師匠様」

「あぁ、おやすみ」

 ミレアナは自室に戻り、そして小さな寝息だけが残る。

 パメラは自分のことなど後回しに、まずは新しい弟子のための部屋の準備をした。とはいえ今は部屋を決めるだけにして、今夜は自分のベッドで寝かすことにする。

 さっと汗を流して着替えた彼女は、幼子を抱き上げて部屋に入った。

 一人で寝るには少々大きいベッドに、そっとその軽い身体を横たわらせる。明かりの強さを弱くして、パメラはその隣に静かに横たわった。名のない子供は、すやすやと良く寝ている。

 そこに重なる面影は、遠い昔に、小さな町で果てたある魔女の名を思い出させた。


「……ファリ・ニルヴェルヘーナ」


 似ている、と思った。

 すべてを拒絶して、すべてを呪ったあの魔女に。

 ただ一人を愛して死んだ、あの少女に。

「……色は、ぜんぜん違うのにねぇ」

 と、パメラは幼子の美しい黒髪に触れた。何もかも違う。

 子孫、ということもないだろう。パメラが知る情報が正しければ、あの魔女は生涯ただ一人を愛していて――その男は、彼女と肌を重ねることも無く、共に死んでいったはずだから。


「トウヤ……あんたは、何から何まで嘘が多い男だったねぇ」

 魔女に家族を殺されたと嘯く瞳には、隠し切れないほどに愛が満ちていた。恨みの裏側であの男は愛を囁いていたのだろう。とんだうそつきと知り合って、狂った魔女と関わった。

 まぁ、でも。

 その結果がこのめぐり合いなら、悪くはない。

「……名前は、どうしようかね。名付けはあまり得意じゃないんだけど」

 件の男によく茶化されたことを思い出し、パメラは苦笑する。

 もしかすると、自分の初恋はあの男だったのではないだろうか。壊れた魔女にひたむきな愛を向ける、その姿に惹かれてしまったのではないだろうか。だから、今も忘れられない。

 そういえば、彼が『恋人』の話を、したことがあった。それはおそらく、いや確実にあの魔女のことなのだろうけれど、彼は、その『恋人』と結婚したかったのだと繰り返し語った。

 何も無ければ、何人か子供だって欲しかったのだと。

 子供の名前だって、男女別にいくつか決めているんだと。

 そうだ、たしかその名前は。


「アルテミシア」


 ぽつり、とつぶやくと、幼子がどこかうれしそうに微笑む。

 よほどいい夢を見ているのか、あるいは、この名前が気に入ったのか。

「アルテミシア……アルテミシア・シェルシュタイン」

 後者ととることにしたパメラは、繰り返し彼女をその名で呼ぶ。幼子はくすぐったそうに身じろいで、パメラの手をぎゅっと握った。無意識の行動に、彼女の心の中が暖かくなる。

 こんなに気に入ってくれたなら、この子はアルテミシアでいいのだろう。



 あぁ、明日からは忙しい。

 新しい弟子に、ここでの生活を教えなければ。

 何より、名無しの彼女に、名前を贈らなければいけない。どんな顔をするだろう。それなりに物心がついているこの幼子は、いきなり与えられた名前にどんな反応を示すだろう。

 いくつかの予想を浮かべながら、パメラも眠りに落ちていった。

 その孤児院の前に、人影がある。腕に赤子を抱いた女だ。彼女は、我が子ではないが、どこかで薄く繋がったその子をここに捨てにきた。捨てるための存在である子に、名前は無い。

 願うのは、一族の繁栄だ。

 この子がいずれ世界にその血肉を捧げ、めぐりめぐって一族の糧となることを願う。

 そのためだけに、この子は産み落とされたのだ。かの一族は世界中から優秀な血を集めてきたのだが、されどそれで枯渇されては困る。永遠に、世界には潤沢でいてもらわなければ。

 それゆえに、こうして世に放つ子を彼らは作るのだ。それに最も適した子を作るための試行錯誤も欠かさない。そうして作り出された、ある種の栄養剤である子は、世界中にばら撒かれていく。気づかれはしないだろう。容姿もそれぞれ異なるよう、調整しているから。

「我らが麗しの《狂姫》へと、いつか至るために」

 子を置き去りに去るのは、白い髪に白い肌、そして赤い瞳の女。

 一部の界隈で『禁忌』とされる、ある魔法使い一門の特徴を有する女だった。

 されど残された、生まれて少しばかり経った子は、実に艶やかな黒髪をしている。しばらくして外に出てきた一人の老女が抱き上げると、その子はきゃっきゃと笑い声を上げた。

 どこまでも澄んだ青い瞳で、己を抱く者を見つめながら。




 ――『??????』

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