Episode 9 春夏秋冬、ジウ限定サンタ
宿に戻ったジウは、
温かいシャワーを長いこと浴びた。
濡れた髪を乾かしながら鏡を見ていると、
ふいに、さっきのことが頭に浮かんだ。
ハン・ソジュンの胸の中で泣いてしまったこと。
その瞬間、
顔が一気に熱くなった。
「……どうかしてる。」
ジウは意味もなく、
ドライヤーの風を一段強くした。
そして、また思い出す。
『私の胸が必要になったら、いつでも来てください。』
いたずらっぽく笑っていた顔。
なのに不思議と、
少しも軽くは聞こえなかった声。
ジウの口元に、
自分でも気づかないうちに笑みが浮かんだ。
───
一方。
ソジュンは宿の部屋に戻るなり、
ベッドの上にばさりと倒れ込んだ。
そして枕を抱きしめたまま、
何度もごろごろと寝返りを打つ。
「……イ・ジウが。」
「……私の胸に飛び込んできた……。」
小さくて柔らかな身体が、
本当にすっぽりと自分の腕の中に収まった。
その瞬間が、
何度も何度も頭に浮かんでくる。
「……うわ、ほんと……。」
どうしても口元が緩んでしまう。
嬉しくて、
どうしていいのかわからなかった。
けれど、ふと。
あることを思い出した。
「……あ。」
「先生の足。」
ソジュンは勢いよく起き上がると、
近くのコンビニへ走った。
そして、しばらくして。
貼るタイプの湿布。
スプレータイプ。
塗るタイプ。
鎮痛剤に消炎剤、
絆創膏まで。
両手いっぱいに買い込んで戻ってきた。
宿の廊下。
ソジュンはジウの部屋の前に
袋をそっと置いた。
そしてスマートフォンを取り出し、
メッセージを送った。
【メッセージ】
先生の部屋の前に、
サンタが来てましたよ。
ピコン。
メッセージの通知音に、
ジウはスマートフォンを手に取った。
その瞬間。
画面いっぱいに、
不在着信の通知が並んでいることに気づいた。
ハン・ソジュン俳優さん(1)
ハン・ソジュン俳優さん(7)
ハン・ソジュン俳優さん(15)
ハン・ソジュン俳優さん(23)
ジウは目を見開いた。
「……いったい、何回かけたの。」
時間を見ると、
自分が山道を下りていた頃だった。
その瞬間。
なぜだか胸の奥が、
くすぐったくなった。
ジウはメッセージを確認してから、
ドアを開けた。
コンビニの袋が一つ置かれていた。
中には、
貼る湿布。
スプレータイプの湿布。
塗り薬。
鎮痛剤に消炎剤まで。
種類ごとに、
これでもかというほど入っていた。
そして、小さなメモが一枚。
『寝る前に薬を飲んで、
湿布もちゃんと貼って寝てください。』
ジウは思わず笑った。
「……なんでこんなにたくさん買ってきたの。」
こぼれそうになる笑いを
わざと堪えながら、
ジウはスマートフォンを手に取った。
【メッセージ】
こんなに種類別に買ってきたんですか?
それに、この時期にサンタって(笑)
とにかく、ありがとうございます。
メッセージを受け取ったソジュンは、
その場で固まった。
「……先生から。」
「……初めてメッセージが来た。」
口元が、
どうしようもなく緩んでいく。
ソジュンは意味もなく、
もう一度スマートフォンの画面を確認した。
間違いなく、
ジウから届いたメッセージだった。
「……うわ。」
小さく笑いが漏れた。
堪えようとしても、
笑みが次から次へとこぼれてくる。
とうとうベッドに倒れ込み、
枕をぎゅっと抱きしめた。
「……やばい。本当に。」
しばらく一人で笑っていたソジュンは、
ようやく息を整えると、
もう一度メッセージを打った。
【メッセージ】
どれが効くかわからなかったので、
種類別に買ってきました。へへ
それから私は、
春夏秋冬いつでも
ジウ限定のサンタです。
メッセージを読んだジウは、
とうとう吹き出した。
「……何なの、本当に。」
「この可愛さは、また何なの……。」
一歩間違えれば気障になりそうな言葉まで、
なぜか全部、
可愛さで包んでしまう人だった。
ジウはもう一度、
ゆっくりとメッセージを打った。
【メッセージ】
ところで、さっきから
私の名前、普通に呼んでません?(--)
そのメッセージを見た瞬間、
ソジュンの目が大きくなった。
「……聞こえてた?」
山の中で夢中になって、
「イ・ジウ!」
と何度も呼んだことを思い出した。
ソジュンはそのまま、
枕に顔を埋めた。
「……ああ、やばい。本当に。」
そして、また返信する。
【メッセージ】
私がですか?
いつですか?
イ・ジ・ウ先生?(^^)
ジウはとうとう、
声を上げて笑ってしまった。
そして、その夜。
二人は
山歩きの疲れも忘れたまま、
夜更けまで、
文章を交わし続けた。
───
翌朝。
ソジュンが買ってきてくれた薬のおかげなのか、
昨日あれほど腫れていた足首は、
ずいぶん落ち着いていた。
痛みも、
我慢できる程度だった。
朝の撮影が始まると、
ソジュンは合間合間に
ちらちらとジウの様子を窺っていた。
足を引きずっていないか。
辛そうな顔をしていないか。
ジウもまた、
知らず知らずのうちに
ソジュンの芝居を目で追っていた。
どうして、
こんなにも役を理解できるんだろう。
チョン・ウジンの眼差し。
好きな人を見つめる目。
言葉にできない想いの重さ。
そのすべてを、
あまりにも自然に表現していた。
いや。
演じているときのハン・ソジュンは、
チョン・ウジン以上に、
チョン・ウジンそのものだった。
───
「カット!」
監督の声とともに、
今日最後の撮影が終わった。
スタッフたちは慌ただしく動きながら、
レフ板を畳み、
ケーブルをまとめ、
機材を運び始めた。
ジウも監督やスタッフたちに挨拶をして、
ゆっくりその場を離れようとした。
そのときだった。
トントン。
誰かがそっと、
ジウの両肩を軽く叩いた。
「先生。」
振り返ると、
すぐ目の前にソジュンが立っていた。
「足、大丈夫ですか?」
「まだ少し辛そうですけど。」
いつもよりずっと、
心配そうな顔をしていた。
ジウはその瞬間、
胸の奥がふっと温かくなった。
「おかげで、だいぶよくなりました。」
ジウは小さく笑った。
「ありがとう。」
「心配してくれて。」
その瞬間。
ソジュンの瞳が、
ほんのわずかに揺れた。
そして、
背を向けようとしたジウの手首を
そっと掴んだ。
「私が送ります。」
「……え?」
「とりあえず、鍼灸院に行きましょう。」
「こういうのは、
鍼を打ってもらえばすぐ楽になりますから。」
ジウが戸惑った顔で見つめている間に、
ソジュンはあまりにも自然に、
ジウを自分の車の助手席へ座らせていた。
「え、ちょっと……。」
ジウは状況についていけないまま、
助手席に座った。
ソジュンは運転席に乗り込むと、
何も言わずに身体を傾けた。
突然、
近くなる距離。
ジウの心臓が、
どきりと大きく跳ねた。
カチッ。
ソジュンの手が、
ジウのシートベルトを締めていた。
「……自分でできますけど?」
ジウの顔が赤くなる。
思わず、
少し拗ねたような声になった。
「子どもじゃないんですから……。」
ふっと視線を逸らす。
「恋愛もの、
ちょっと撮りすぎなんじゃないですか?」
「もう完全に、
日常生活にまで染みついてますよ。」
ソジュンは笑いを堪えるように、
ぎゅっと唇を噛んだ。
「……それに、このくらいなら。」
「一日か二日、
薬を飲めば治ります。」
「いきなり鍼灸院だなんて……。」
ソジュンはとうとう、
くすっと笑った。
「意外と頑固なんですね。」
「私、怪我は何度もしてるから
わかるんですけど。」
「こういうの、
一週間以上長引きますよ。」
エンジンをかけながら、
付け加えた。
「鍼灸院なら、
一日で良くなりますから。」
そして一瞬、
ジウのほうを見る。
「……もう、言うとおりにしてください。」
車がゆっくりと走り出した。
───
しばらくして。
静かなバラードが流れ始めた。
窓の外を眺めていたジウは、
ふと瞬きをした。
聞き覚えのある曲ばかりだった。
この人……。
私と音楽の趣味、
似てるんだ。
ジウはそっと、
ソジュンの横顔を見た。
その視線に気づいたソジュンが、
笑いながら尋ねる。
「どうしました?」
「曲、気に入りませんか、先生?」
ジウは小さく笑って、
首を横に振った。
「いいえ。」
「音楽の趣味が、
見た目とはちょっと違うなと思って。」
「意外ですね。」
ソジュンも静かに笑った。
「先生と似ていて、
よかったです。」
その瞬間。
ジウの心臓が、
また一度、小さく揺れた。
窓の外を流れていく景色の向こうで、
静かなバラードが続いていた。
昨夜は、
文章でつながって。
今日は、
同じ音楽を聴いている。
ジウはもう一度、
窓の外へ視線を戻した。
口元に浮かんだ小さな笑みは、
なかなか消えなかった。




