仲間という宝物
それはあまりに非現実的な光景だった。
倒れたエースケとアルーゼ。そして今まさに、突進したトリケラが巨人に蹴り飛ばされた。
「……」
できることなどない。
今なにをしたって、現実は変わらない。
ツァル子は折れた麻酔矢を手に取り、翼を広げ、飛び立った。
怪我がどうした! 出会って一日なんて関係ない!
「無意味なことを」
飛んで逃げることだってできる。
けれど、ツァル子は立ち向かった。
理由は単純だ。
「悔しいからよ」
「残念だったなお嬢ちゃん」
けれどツァル子は巨人にすら届かなかった。
一人の男に足首を掴まれ、そのまま地面に叩きつけられる。凄まじい衝撃に呼吸が止まり、全身に走る激痛から潰れた悲鳴が漏れる。
「ゼアル様。このガキどもどうしますか」
後方でトリケラが立ち上がろうともがいている。
巨人はゴミを拾うかのようにアルーゼを掴むと、
「好きにしろ」
そう言い残して、巨人の姿のまま歩き出した。
エースケは意識を失い、トリケラは立ち上がることもままならない。
残っているのは屈強な男が三人。筋肉の鎧をまとった上裸の男たちの体には曲線や紋様といった刺青が入っている。
ツァル子は今までに感じたことのない激痛に苦しんでいた。
「まだガキだが、ま、いいだろ」
「趣味が悪いな」
一人がエースケの状態を調べようと近づいてくる。
「……」
完全に脱力して体が丸まったエースケを、足を使って男は仰向けの状態にした。
呼吸や心音の確認など不要、生きていようと死んでいようと首を踏み砕けば済むため、男は右足を上げた。
その瞬間、エースケの体が大きく跳ねた。
生きていた、しかし間違いなく虫の息。
男は驚かされたことに舌打ちして、エースケの首を砕くために右足を勢いよく下ろした。
そして、激痛と共に鮮血が地面を濡らした。
「……どうなってやがる!」
男の右足に十本の鋭い鉤爪が突き刺さっていた。
両手で掴まれている。そう理解した瞬間に、両手が強引に引かれ、男のふくらはぎがずたずたに引き裂かれた。
激痛の衝撃でバランスを崩した男が後ろに倒れ、残り二人の男たちも異常事態に目を向けた。
「なんだ?」
さっきまでぼろ雑巾のように転がっていたエースケが飛び起きる。
両手から血が流れ落ち、鋭い鉤爪が真っ赤に染まっていた。
「グルルルルッッッ」
男たちは驚いた表情でエースケを見ている。
その異様な姿をツァル子も見ていた。
「離ぜよっ、ぞの……手をぉぉ……」
「……エース、ケ?」
人肌は鱗に包まれ、尻尾が生え、爪は鋭くなり歯は牙になっている。
意識を保つのがやっとの状態、それは無意識での本能的な恐竜化だった。
「なんだあのガキ、恐竜化できたのか」
「血塗れじゃねぇか……ん? おい、さてはあいつ」
息を思い切り吸って、目を見開く。
エースケ、否、その生物は、男たちの視界から消えた。
全員が空気が変わったと察する。と同時に、ツァル子の足を掴んでいた男の腹に鉤爪が突き刺さった。
「な!」
腹部を上方向へ一気に切り裂かれ、男が悲鳴を上げて倒れる。
その生物は攻撃後、すぐに離れて高速移動することで視界に留まる時間を減らし、速攻の優位性を保つ動きをしていた。
「クソガキが! 暴走してやがる!」
しかし男は対人戦闘に慣れている。
あくまで視界の外にいるだけで、目に見えないわけではない。攻撃の瞬間も当然至近距離まで近づいてくる。それならば、タイミングさえ合わせてしまえば接近速度を逆に利用した強烈な一撃を見舞うことができる。
グギャッ!
振り向きと同時に男は暴走した生物の腹にアッパーを打った。
攻撃性が上がっても既にボロボロになった肉体に一撃与えただけで致命傷になる。しかし腹部中心を完璧にとらえた感覚の直後に、左手に力が入らなくなった。
「野郎……腱を切りやがった!」
殴られた衝撃で吹き飛ぶ勢いを利用して、相手の腱を切る。
まず素人の動きではないし、エースケにそんな芸当は不可能だ。つまり、今エースケの肉体を動かしている意識はエースケではない。
それこそが彼らの言う暴走。能力が自我を持ち、命続く限り本能のままに暴れ回る。
エースケの肉体は殴られた衝撃で血を吐き、既に限界を超えている。
一方の男たちは、一人は右足を破壊され、一人は腹を裂かれ、一人は左手の腱を切られた。
しかし、この程度で戦意喪失するような連中ではない。
「てめぇら! さっさと立ち上がれ! それでも巨竜の民の戦士か!」
腱を切られた男が叫んだが、動いているのは右足を破壊された男だけだった。
腹を裂かれた男を見ると、その体に麻酔矢が刺さっていた。
「クソガキどもがァ!!」
右足を破壊された男はどうにか立ち上がったが、その直後、トリケラが全力で激突した。
間髪入れない怒涛の反撃で形勢逆転。トリケラに突き上げられた男は、ぼろ雑巾のように地面を転がった。
残るはたった一人。
しかし、片手を封じてもエースケの肉体が耐えられなければ意味がない。事実、吐血後はその場から一歩も動いておらず、トリケラも息が上がっている。両者ともに時間が無かった。
「戦士に、敗北はありえない……っ、許されない!」
男の脳裏にアルーゼの父親の顔がよぎる。幼少期から積み重なった痛みと支配の記憶がフラッシュバックし、なにかから逃げるように、膨れ上がる恐怖を発散するかのように、最も無防備なツァル子へ向かって走り出した。
戦場では弱い奴から着実に始末していけ。それが子供であろうと、女であろうとも徹底的に破壊しろ。
アルーゼの父親の声が脳内で反響し、男は少しでも被害を出そうと、ツァル子の始末を最優先とした。
「!!」
眼前に割り込んできた人間の形をした恐竜。圧倒的な攻撃力を兼ね備えた生物を前に、男は捨て身の覚悟で加速した。
相手がガキでも殺し、指一本でも多く破壊する。
無意識か偶然か、それとも理解しているのか、ツァル子をかばうように壁となった暴走生物は照準を定め、深く息を吸い込む。
「殺す!!」
男が叫んだその瞬間、鉤爪は既に男の顔面から数センチにまで迫っていた。
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白い天井。消毒液の匂い。
既視感のある医療場のベッド。目を覚ましてもアルーゼが話しかけてくれない。
少しも体が動かない。
誰かが上に乗っかっているわけじゃない。
まるで金縛りにあったような、力を入れても体が反応してくれない。
「おはよ……といっても夜中なんだけどね」
聴き慣れた声。隣のベッドでツァル子が横たわっていた。
「……何日経った」
ちゃんと覚えている。
アルーゼはここにいない。
「まだ半日よ」
もしこれで三日経っていたら、それだけでぞっとするが、まだ半日なら動けない事にも納得ができる。
「エースケ様」
「その声はベロニカさん! ぐっ! ベロニカ、さんの、お美しい顔を拝むためなら……!」
エースケは気合で起き上がった。
ベロニカの表情は暗く、悲しみの感情が痛いほど伝わってくる。
それがどうにも苦しくて、見ているだけで泣きそうになるが、エースケは涙をこらえていつも通りのテンションで、
「あのぉ、ベロニカさん。いきなりで申し訳ないのですが、お腹空いたんで食べ物を持ってきてもらってもよろしいですか? できればステーキとご飯超大盛りで」
「……ふふっ、エースケ様ったら、いきなり食べてしまっては体がびっくりしてしまいますよ。体に良いものを作ってきますから少々お待ち下さい」
「ベロニカさんの手作り料理! よっしゃー!!」
少しでもベロニカさんは明るくなっただろうか。そうだといいんだが。
「でだツァル子。アルーゼのこと、なんか聞いてるんだろ」
「……えぇ、ベロニカさんから一通りね。まず、アルーゼの父親の名前は『ゼアル』」
「……ゼアル」
「彼はね、竜脚類の能力を持つ人々が暮らす『ルゼアチノ』と呼ばれる独立自治領地の長で、最悪の犯罪者として有名なのよ。私も存在は知ってはいたけど、まさかあの人がアルーゼのお父さんだったなんて」
「犯罪者なのか」
「このギガン大陸で領地独立は禁止、大陸にある領地と街は集会場同士で繋がっていて、それらが協力し合うことで成り立っているのよ。当然、ルゼアチノに集会場はないし、ゼアルを逮捕するために編成された部隊はいくつも全滅しているしで申し分ない犯罪者なのよ」
「じゃ、じゃあアルーゼも犯罪者?」
「どんな思考回路してたらそんな考えになるわけ? あんたが一番理解してるでしょ、アルーゼがあんな暴力的な父親に加担するはずがないって」
初対面で飯たかられて、宿代滞納で店主と喧嘩して、あげく払わさせられたこと報告したほうがいいかな。
「……俺はアイツがどうあれ、関係を切ったりなんかしねぇよ」
病室のドアが開くと、食欲をそそる良い香りが広がった。
「レバニラ炒めです。エースケ様の血液を増やそうと思いまして」
「さすがベロニカさん気遣い完璧です。アフターケア、パーフェクトじゃん」
「あと胃を保護するためのホットミルクです」
「レバニラとホットミルク! レバニラとホットミルク!?」
ただでさえ病室なのに匂いの強いレバニラ炒めかつ、言ってしまえば相性最悪のホットミルクか。
「ベロニカさんなら全て許せます」
「ねぇ、ニラレバ炒めじゃないの」
「おい、いいかいツァル子。ニラレバレバニラしかりドロケイケイドロしかり、世の中にはどうでもいいけど火をつけたら中々終わらない論争ってのがあるんだ。こんなところで論争してる暇はない! ちょっと違うけど、デコポンて言い方人それぞれあるよね」
食事を済ませて、少し体が動くようになってきた。
本調子ではないが、調子が悪いわけでもない。
「あのベロニカさん」
「……ルゼアチノの場所が知りたいのですか」
食器の重なる音が病室に響く。
「三日後、ルゼアチノに騎士団が向かい大規模な制圧が行われます。エースケ様とツァルコア様のお体を第一に考え、後は我々、大人に任せていただけませんか」
「……ベロニカさん。俺はゼアルを捕まえたいわけじゃないんです。アルーゼを助けたいんです」
「本当に死んでしまうかもしれないんですよ!」
「……途中で無理だと思ったら素直に騎士団を待ちます。けど、こんなところで待つだけなのは耐えられません」
「……」
ベロニカは病室を出て行ってしまった。
数分後、再び戻って来ると、一枚のレポートをエースケとツァル子に渡した。
『アルーゼ様の救助』
「私からのレポートになります……危険は承知の上、けれど、救いに行く権利を奪えるほど私は強くありません。どれほど私が止めようと飛び出してしまうのでしょう。それならば正しく準備し、少しでも救出の可能性を高めるために、私は全力で支えるまでです」
「……ありがとうございます!」
レポートをしかと受け取り、エースケたちは早速準備に取り掛かった。
持ち物は食料と地図とクロスボウと矢と寝袋。
竜車を引くのはトリケラだ。
「っしゃ! トリケラ! 準備はいいか!」
ウゴォォォ
「ツァル子は!」
「もちろん!」
二人と一頭はそれぞれボロボロで、全身に傷がある。
しかし完治など待っていられない。
「……ご武運を」
アンモナイトゲートを見つけるという目標はしばらく延期になった。
まずはアルーゼの救出。これを必ず成功させる。
エースケたちは日の出とともに出発した。




