父親という存在
「人間界に現れた植物がジュラ紀の植物だというのは館長から聞いているだろう! そういった植物が群生した場所に行ってみたが! 手がかりなしだ!」
と、ファガナが最後に教えてくれた。
「ジュラ紀の植物って言っても、この恐竜界じゃ大量にあるんだろうし、こりゃ見つけんの大変だぞ」
とりあえずレポートをこなして、それっぽい場所があったら探していくという、なんとも非効率かつ低確率の方法しか思いつかなかった。
「エースケ! この捕獲レポートはどうだ!?」
アルーゼはディノルを大量に稼げる高難易度レポートばかり見ている。
『殺人巨大マンモスを捕獲 報酬五十万ディノル』
「誰が行くか! よく見ろ! 殺人と巨大! 関わっちゃいけないワードだらけでしょうが! 異世界生活初期の冒険はもっとイージーかつセーフティーに進めてくもんなの!」
恐竜界には恐竜だけでなく、マンモスのような巨大哺乳類も生息しているらしい。
サーベルタイガーとかメガテリウムとか知ってる名前がちらほらあった。
「じゃあこれなんてどうだ?」
『アリオラムスの捕獲 報酬三万ディノル』
「三万か。ちょうど一人一万だし挑戦してみるか? なんだろアリオラムスって、初めて聞く名前だな」
エースケとツァル子は竜車の準備、アルーゼはトリケラの捕獲の時にも使った装着型クロスボウと麻酔矢を取りに向かった。
「おぉ、またお前か! さすがに愛着湧いてくるぞ! このやろう!」
竜車を引いてくれるのは、例のトリケラだった。
荷台にツァル子と乗り、御者はアルーゼが。
早速目的地に向けて出発したが、東門へ向かっている途中でツァル子が「ちょっと止めて!」と言って荷台から勢いよく飛び出した。
「なんだ、トイレか?」
ツァル子が見知らぬ男の人に抱きついて笑顔でなにやら話している。
それもかなり親しげに。まさかのまさかでそーゆー関係?
「ツァルコア、これから仕事に行くのかい?」
「そうだよ! 今から行ってくるの。あ、この人たちは私の仲間? 友達? のアルーゼとエースケよ」
「おいツァル子、なんで疑問形なんだよ」
「君たちがツァルコアのお友達か。娘をよろしく頼むよ」
「娘!?」
つい大きな声を出してしまった。
「(てかよく考えりゃそうか、父親だよな。そーゆー関係って、我ながら最低かよ。お父さんの笑顔が素敵すぎて罪悪感がすごい)」
「この子はたまに無茶をする時があるから、その時は護ってやってくれないか」
「はいもちろん! 命に変えてもお護りいたします!」
珍しくアルーゼが大人しい。いつもならガンガン絡みに行くだろうに、こっちを見てすらいない。
「それはそうと……君はツァルコアとどんな関係なんだい? まさか、手は出してないだろうな? 二人も女の子を連れ回して、もしツァルコアを泣かすことがあったら……」
「優しいオーラは何処へ!? ボソボソと耳元で怖いですよ、お父さん!」
「お父さん!? 君はツァルコアの……その…彼氏なのかい」
返答をしくじればどうなるかは容易に想像できる。
殺される。間違いなく殺される。
結局は、優しそうな見た目の人が怒ると一番怖い。
「かかかか彼氏なんて、めめめめっそうもない、ツァル子となんて」
「となんて?」
痛恨のミスッ!
心なしか肩を組む強さが強まっていってる気が!
「なにしてんのよ二人とも。エースケ、早く乗りなさいよ。お父さんも仕事でしょ?」
「そうだけど、お父さん、ちょっと彼に聞きたいことが」
「すみませんお父さん! 急用なもので!」
すぐさま荷台に逃げこみ、竜車は東門へと走り出した。
「ねぇアルーゼ、なんか、嫌な思いさせちゃったかな」
ツァル子もアルーゼの違和感を感じ取っていた。
「わりぃ、誤解させちまったな……ちょっと親父を思い出しただけだよ。私の親父、ツァル子の親父さんみたいに優しくねぇからさ」
なるほど、反抗期ってやつか。年頃の娘と父との関係ってのはどの世界だろうと複雑なんだな。
それにしてもアルーゼの父親か。どんな人なのだろうか。
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東門を出て、一時間は経った。
街の城壁も見えなくなって、辺りは文明の気配のない大自然と化した。
ギャャャアアォォ!!
「また聞こえたな」
アルーゼとトリケラは冷静だが、先ほどから聞こえてくる不気味な鳴き声にエースケとツァル子はビビりまくっている。
「アリオラムスの鳴き声なんだよな?」
「多分な」
誤算だった。
アリオラムスと聞いて、肉食恐竜だと想像できる人は何人いるのか。少なからずエースケは違った。玉子料理みたいな名前だからもっと危険のないヤツだと思っていた。
「ここが恐竜の名前の厄介なところだよな! 普通サウルスだろ? なんでラムス? それともオラムス? 肉食恐竜って知ってたら来なかったよ!」
アルーゼめ、そこそこ進んだ頃に言いやがって。竜車の準備じゃなくてクロスボウ取りに行ってたらベロニカさんに詳細を聞いて運命は変わっていたかもしれないのに。
「でもよ、なんつーか、ただ鳴いてる感じじゃないんだよな。威嚇というかなんというか」
「俺たちにか!?」
「いや、さすがにそれはないだろ。どちらかというと追い詰められてる時の鳴き声に聞こえる」
「聞いただけで予想できるってすごくね? 一体どこで教わるんだよそんな技」
ギャァャヤァァッッ!
アルーゼは竜車を突然止めた。今の鳴き声は素人のエースケやツァル子でも感じ取れる違和感だった。
鳴き声というより、
「……断末魔」
その時、森の奥から鳥たちが一斉に羽ばたいた。
気のせいか、誰かに睨まれた、そんな圧を感じた。
「……くそっ!! おいエースケ、ツァル子! ちゃんと捕まってろよ!」
トリケラが一気に方向転換し、砂煙を舞い上がらせながら元来た道を全速力で猛進していく。
エースケとツァル子は突然のことに目を合わせることしかできない。
だが、初めて見るアルーゼの焦る表情からただならぬ緊急事態が起きていることを悟らせた。
「くそっ! くそっ! くそっ! 最悪だ! よりによってなんでこのタイミングなんだよ!」
そしてついにエースケとツァル子は緊急事態の原因を見ることになった。
猛スピードで走る竜車のやや後ろを『ナニか』が追いかけてきている。
周りの自然に上手く溶け込んでいるせいで、その正体をハッキリと視認することはできないが、肉食恐竜のようなサイズではないことは確かだった。
「おいアルーゼ! なんなんだよ!」
「説明してる暇ねぇよ! 舌噛むぞ!」
「アルーゼ!! 避けて!!」
ツァル子の叫び声とほぼ同時に竜車の右車輪に黒い物体が直撃した。その衝撃で竜車が大きく跳ねて、音を立てながら竜車は横転し大破した。
気は失わなかった。まさかのまさか痛みもない。
「ナイスキャッチだぜ、アルーゼ」
エースケとツァル子はアルーゼの巨大化した腕で受け止められていた。
「ごめんなトリケラ! お前はさすがに無理だった!」
ド派手に転んだトリケラも無事だった。
安心、とはいかず、エースケたちは竜車にぶつけられた物体の正体に固まった。
自分の目を疑った。目の前に横たわる黒い塊は紛れもなく恐竜だった。それも肉食の恐竜だ。
「コイツは、アリオラムスだ」
アルーゼの声は震えていた。
悲しみの震えではない。怒りの震えだ。
「今更なにしに来やがった!!!!!!!!」
アルーゼは見えない、だが確かにそこにいるであろうナニかに怒号を飛ばした。
トリケラは地面を踏みつけ、鼻を鳴らし威嚇している。
「お前が言ったんだ!! 私はもう『巨竜の民』じゃない!」
「……そうだ。お前はもう『巨竜の民』ではない』
金色の髪に筋骨隆々とした巨体。威圧的な声と眼差し。肉食恐竜よりも恐ろしい男が現れた。
「だが状況が変わった。故に連れ戻しに来たのだ。抵抗は許さん。関係のない者を巻き込みたくないだろう」
ツァル子が落ちたクロスボウを取りに走り出すと、もう一人新たな男が現れ、クロスボウを踏み砕いた。
ツァル子の動きが止まったが、現れた男は止まることなく拳をツァル子へと振り下ろした。
エースケの脳内でツァル子の父親の言葉が響いた。
護ってやってくれないか。
エースケが踏み出した時、アルーゼの拳が男の顎を撃ち抜いていた。
目にも止まらぬ速攻。両腕を人間サイズに戻し、正確なコントロールでそれも一撃で成人男性一人を気絶させた。
「……抵抗するなと言ったはずだ」
「お前の教育不足のせいだろ、クソ親父。私は絶対に戻らない」
続々と屈強な男たちがエースケたちを囲むように現れる。
アルーゼはどうしようもない状況に舌打ちした。
「黙れ。打開できる可能性など無い。これ以上、時間を割かせるな」
「……自分勝手すぎやしませんかね!!!」
エースケが叫んでも、金髪の男の目線はアルーゼに向けられたまま、アルーゼ以外など眼中にない様子だった。
「一応聞きますけど、アルーゼのお父さんですよね」
「……」
アルーゼの父親の目線はエースケに向けられた。
ここで目をそらしたら負けだ。
「事情は知らねぇけど、アルーゼは戻らないって言ってんだ! 力尽くなんて、いくらなんでもアンタ身勝手すぎだろ!!」
これでどうにかなるなんて思っちゃいない。
でも、意見を言わずに黙ってるなんてできやしない。
「……」
アルーゼの父親の肉体が震え始める。
内に秘めた力が外へ外へと出ていくように、血管が浮き出て筋肉が膨張していく。
アルーゼの父親、故にアルーゼと能力が似ていることを予想していたが、まさかここまでとは思っていなかった。
元より巨大だった肉体はさらに巨大化し、その姿はまさに巨人そのものとなった。
生命の危機を直感する圧倒的なプレッシャーにエースケたちは言葉を失った。
「これでもまだ同じことが言えるか」
激しく鼓動する心臓、背中を伝う汗、早まる呼吸、その全てが恐怖を原因としている。
それでも目線は決してそらさない。
「じゃあもう一度! アンタは身勝手すぎだ!!」
十七年も生きていれば、人のキレるタイミングを察する力がつく。
今、目の前の巨人がキレたのを全身で感じている。
眼前に超巨大な拳が迫っていた。
「エースケェェ!!!」
アルーゼの声が聞こえた。
最後に聞くのがアルーゼの声か。
まぁ、悪くはないな。
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巨人の拳が大地を砕き、吹き飛ばされたエースケがぼろ雑巾のように地面を転がった。
「エースケ!」
アルーゼの呼びかけに反応はない。
「実に無駄な時間だ」
娘の友人を殴り飛ばしても、感情は少しも揺らがない。
父親の冷酷な目に、アルーゼは殺意剥き出しで睨み返した。
「アルーゼ! やめて!!」
ツァル子の制止など意味をなさず、怒りが爆発したアルーゼは声を上げて対格差十倍以上の巨人に向かって跳んだ。
その一撃にアルーゼの全てが込められていた。
だが、それが届くことはない。
再び振り下ろされた巨拳は実の娘すらも容赦なく叩き潰した。




