ゼアルという暴君
ティルルを出発したエースケたちは順調に進んでいき、山道を登っていた。
目指す『ルゼアチノ』は大陸の最東端に位置し、『巨竜の民』とはルゼアチノに暮らす人々のことだとレポートに記載されている。
そして巨竜の民は竜脚類の能力を持つという。
「なぁツァル子〜、俺たちどのくらい進んだんだ?」
荷台でツァル子が地図と景色を見比べては首をかしげ、地図をグルグル回しては首をかしげを繰り返している。
なんか泣きそうになってるし……。
「あのぉ、ツァル子さん? まさかなんだけどさ、まさかのまさかなんだけどさ? ま、迷ったとかじゃ、ないよね?」
「…………わかんなくなっちゃった」
「(はい終わった)」
「……私、仕事でもよく道間違えて怒られてたの」
「(まさかの方向音痴! 運送員の仕事しているのに方向音痴!?)」
エースケはツァル子を傷つけないように心の中で叫んでいる。
「恐竜に襲われるとか食料が尽きるとかの心配はあったけど、まさか新たな不安要素が追加されるとはな。てか方向音痴なのによく仕事できてたな」
「……ペアの人に案内してもらってた」
「(使えな! 一番運送員に向いてないじゃん!)」
「……どーせ私なんて」
「(うっわぁ、露骨にヘコんでるよこの人。アルーゼ助けに行くぞ! って意気込みはどこにいったのやら)」
エースケはどうにか感情を押し殺して笑顔を作った。
「誰にでも得意不得意ある! 安心しろツァル子! 方向音痴がなんだ! って笑い飛ばしてやろうぜ!」
「……その慰めが私の心をさらに傷つけるのよ」
「(なんだこいつ! めんどくさっ! 親切に慰めたのにこの態度って……逆にほっといても、なにも言ってくれないのね、とか言ってくるパターンだな)」
ツァル子は膝を抱えて半泣きでいじけてしまった。
「飯でも食って元気出せよ」
ツァル子は食料の入った袋からフルーツを取り出してパクパク食べ始めた。
エースケは地図を見て、ルゼアチノまでのおおよその道のりを確認してみる。地図には細かな道まで書いてあって、街や村の名前、森や砂漠や山々の名前まで詳しく書いてある。
「えーと、今いる場所はここか〜? さすがにルゼアチノまでの正確な時間は分かんねぇな。現在地が仮にここだとしたら、山道の次は『毒沼の森』か。…なーるほど毒沼の森ね…毒沼ぁ、ね……ツァル子ってさ解毒薬とかって持ってる?」
「そんな物あるわけないじゃない」
「ひじょーーに幸先が悪い! 方向音痴がいるわ! 解毒薬持ってないのに毒沼の森入らないといけないわ! 俺たちルゼアチノに辿り着けんの!? 毒沼って絶対やばいだろ。見ろよ、地図にドクロマークついてるぞ? うわっ、その先にデカい山脈あるじゃん。途中にいくつか村あるけど補給できるかなぁ。もし恐竜に襲われたら……俺が恐竜化すんの? 闘い方なんて分からんよ?」
「ねぇエースケ、そんなペラペラ喋ってたら疲れるわよ?」
口の周りが果汁でびっちゃびちゃのツァル子がぼやいた。
「どっかの方向音痴さんのせいで、そりゃペラペラ喋りたくもなりますが!?」
「誰が方向音痴よ!」
ツァル子がフルーツを一つ、エースケに向けてぶん投げた。
「っぶね! くぉらぁ! 食べ物を粗末にするんじゃありませんよ!」
「かわさなきゃいいのよ!」
「理不尽!!」
迷子のまま山道を進むエースケたち。元気が有り余っていることは確かだった。
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「起きろアルーゼ」
世界で一番嫌いな声によって、アルーゼが目を覚ました。
記憶はハッキリとしている。エースケの倒れた姿もツァル子の泣きそうな顔も、父親に敗北したことも全て鮮明に覚えている。
「見ろ」
アルーゼは自分のいる場所が巨木の枝の上だと気づいた。
父親と二人きりの空間は息苦しくて居心地が悪い。
しかしゼアルにとってアルーゼの放つ嫌悪感などどうでもよかった。
「雄のティラノサウルスだ。年齢は十歳ほど、空腹状態でかなり気が立っている」
◯ティラノサウルス
体長約10〜15メートル 白亜紀後期北アメリカ生息
意味「暴君のトカゲ」
「……」
アルーゼは会話をする気にならず、ゼアルを無視する。
「殺してこい」
だがこの一言にはつい反応してしまった。
「ふざけんな! もう私は巨竜の民じゃない! てめぇの言うことを聞く筋合いはねぇ!」
ゼアルにとって自分より弱い存在の意見など動物が鳴いているのと同様の感覚であり、他者の存在理由など自身への絶対服従以外ありえない。
故にアルーゼの言葉など聞こえておらず、
「くそっ! 離せぇえ!」
アルーゼの頭部を容易く掴み、空中へ投げ捨てた。
ティラノサウルスからすれば突然頭上から小さな生物が落ちてくるのだから理解し難い状況であったが、所詮は恐竜。空腹も相まって即座に闘争心剥き出しの怪物と化した。
ギャャャャァァアアァァァア!!!!!
「殺すことに何の意味がある!」
この戦いには意味がない。ただアルーゼの力を試したいだけ。
ゼアルの思惑に付き合うつもりは断じて無かったが、ティラノサウルスは本気で殺しに来ている。
「何もしないのは構わないが、死ぬだけだぞ」
空腹状態に加えて恐らくここはティラノサウルスのテリトリー。興奮状態になってしまった恐竜に対してはテリトリーから出ることが効果的だが、それをゼアルは許さないだろう。
「てめぇの思い通りになんのも、死ぬのもまっぴらごめんだ」
ティラノサウルスは一直線にアルーゼへ突進していく。
アルーゼは右腕を巨大化させ、巨大な口を開けたティラノサウルスの顎にアッパーを撃ち込んだ。
衝撃音とともに大きくのけぞったティラノサウルスがバランスなど取れるわけもなく、その場に倒れて動かなくなった。
決して死んでなどいない。
大体の獣脚類は顎へのアッパーで脳震盪を起こし無力化させることができるとアルーゼは知っていた。
「四肢のみの巨大化、戦闘では対象を殺害しない……未熟者が。やはりお前は血を引いただけの出来損ないだったな」
言われ慣れたゼアルの言葉にアルーゼは何の感情も抱かなかった。
「その出来損ないを作った、てめぇこそが出来損ないだろうが」
グルルルルッッ
「!?」
気絶させたはずのティラノサウルスが動き出してしまった。
誤算。いきなり立ち上がることはないが、この時点でアルーゼは最悪の光景を想像していた。
そして想像通りにそれは現実となる。
「やめろ!!」
空中へと跳んだゼアルは巨人となり、一切の躊躇なくティラノサウルスの頭を踏み砕いた。
骨の砕ける嫌な音が響き、辺りに大量の血液が飛散する。植物の匂いは生臭い鉄の臭いへと変貌し、父親への恐怖と怒りでアルーゼの心はどうにかなってしまいそうだった。
「弱者の選択肢を強者は支配できる。それを放棄するなど、やはりお前は『戦士』に相応しくない出来損ないだ」
「黙れ!! クソ野郎が……てめぇらはそんなに偉いのか!!」
「強者こそが全てだ。支配とはれっきとした権利だ。弱者であるお前は喚くだけで何も変えられない、この支配からも逃れることはできない。逃げ出したいのなら俺を殺せ。支配から逃れる術は反攻だけだ」
返す言葉がなかった。
ゼアルに反論など意味がない。自身の経験から証明した持論を語り、圧倒的な暴力をもって反論をねじ伏せ支配する。そして暴君は地位を築き、恐怖による洗脳によって戦闘集団を作り、領地独立にまで至った。
「では、本題に入る」
「……」
「お前には確かに巨竜の民を追放すると言った。だが、とある意見が出た。戦士としては使い物にならないお前でも、この俺の血を引いている。故に、子を産め。巨竜の民繁栄のためにその身を捧げろ」
アルーゼは確信した。
この男は壊れている、と。
「父親はこちら側で用意した。戦士の中でも才ある者たちだ」
この明確な殺意をぶつけようとしてもゼアルには決して届かない。それを自覚してしまっている敗北感がアルーゼから力を奪っていく。
「抵抗した場合はお前を堕落させた三人を殺す」
瞬間、ゼアルは肌が痺れる感覚を覚えた。
空気を揺らすような殺意。実の父親を破壊する鮮明なイメージがアルーゼの思考を埋め尽くし、それは鋭利なプレッシャーとなってゼアルに突き刺さる。
出来損ないと呼んだ娘だが、ゼアルはやはり自身の血を引いていると実感した。
「『師匠』とあいつらには手を出すな」
「それはお前次第だ」
ゼアルはアルーゼの返事を待たず歩き出した。
アルーゼが拒否したとて力づくに連れて行かれることは明白であり、これは取引ではなく、ただの脅迫であるためゼアルにとって返答は必要なかった。
しかしすでにエースケとツァル子に戦士たちの魔の手が迫っているのだった。
「……結局、こうなるのか」
絶望するアルーゼは走馬灯のように過去を思い出した。




