ツァル子という再会
「おはようございますエースケ様、アルーゼ様はご一緒ではないのですか?」
「アイツならまだ宿で寝てますよ。もう十一時だっつーのに、ホンットだらしないやつですよ」
昨日の食事で盛り上がりすぎて、アルーゼは起きる気配がなかった。
ただぼーっと過ごすのももったいないため、美しきベロニカさんに会いに行くことにした。
「今日はこの街のこと聞きに来たんです」
ベロニカさんはどこからともなくパネルを取り出し、紙芝居のように説明し始めた。
「この街の名は『ティルル』、ギガン大陸の中心の街でございます」
「あれ? 確かティルルって、集会場の名前じゃないんすか?」
「はい、集会場ティルルとこの街の名前は同じです。集会場ティルルはティルルの中心地に建てられており、ティルルは転移者様が最初に訪れる集会場となっております」
こんなにティルル、ティルルって……まさかベロニカさんボケてらっしゃる?
しかし、ふざけているようには見えない。万が一ツッコんでもキョトンとされるのが一番キツイが、もし渾身のボケだったらと考えると、無視するのはベロニカさんに申し訳ない。
「集会場ティルルは三つの」
「いや! ティルル、ティルル言い過ぎですよ!」
するとベロニカさんは深く頭を下げた。
「も、申し訳ありません。分かりやすく説明しようとしたのですが、私の説明力の無さでご不快な気持ちにさせてしまいましたか。大変申し訳ありません」
周りの人達がすっごい目で見てくる。だってベロニカさんが頭を深く下げて謝っているのだ。
周りの目が痛い! そしてなにより心が痛い!
美しき女神のようなベロニカさんに頭を下げさせるなんて!しかもベロニカさん一ミリも悪くないし!
「いやいやいや! ベロニカさんなーんにも悪くないですよ! 俺が悪いんです! 極悪人です! クソ野郎です! どうかこの頭を踏みつけ蔑んでください! 罵ってください!」
なんとか状況を打破するべく精一杯の謝罪をしていると、ベロニカさんからの返事ではなく集会場の扉が勢いよく開く音が響き渡った。
「大変だぁ! ウチの運送員が『霧の岩場』で動けなくなっちまったらしい! 誰か! 誰か助けに行ってくれないか!」
猛烈に焦っているおじさんとアルーゼと同い年くらいの女の子が集会場に飛び込んできた。
二人の顔色は悪く、まさに切羽詰まった状況だというのが嫌でも伝わってくる。
「霧の岩場だって!?」
「おい、誰か行ってやれよ」
集会場は一気に不穏な空気に包まれた。
まるで二人の焦りが伝染したかのようにみんな焦っている。
「その運送員の名前は!? 今の時期は濃霧になりやすいのになんで行かせたんですか!?」
一人理解できていない状態だったが、ベロニカさんの焦る顔を見た瞬間、これが緊急事態ってのを即理解した。
「名前はツァルコア。今朝早くにこの子と二人で『アロール村』へ荷物を届ける途中で『霧の岩場』を通ちまったらしいんだ」
おじさんと共に入ってきた女の子はずっと泣いている。
「お願い……私が近道しようなんて言ったから、ツァルコアは岩にぶつかりそうになった私を守るために……ごめんなさい……ごめんなさい」
悲痛な泣き声からは罪悪感と後悔が溢れていた。
女の子はついにその場で泣き崩れてしまう。
そんな状況の中、ふと疑問を抱いた。誰一人として助けに行こうとする気配がないのだ。
顔を合わせてお互いに押し付けているやつ、黙り込みを決めるやつ、立ち去るやつ。
「なんで、誰も助けに行こうとしないんだよ! 目の前で泣いてるんだぞ! それなのに……なんで」
思わず大声で叫んでしまった。
だが、やはり誰一人として動こうとはしなかった。
「おい。お前は霧の岩場がどんな場所か知ってんのか」
若い男が睨みつけて聞いてきた。
「知らない」
「ったく、なんも知らねぇくせに、しゃしゃり出てくんなよ」
みんなの反応から、霧の岩場ってのが危険な場所だってのはビシビシ伝わってきた。
「でもだからって! 助けに行かないなんておかしいだろ! 知る知らねぇなんて関係ない! 俺は行くぞ!」
声が集会場に反響する。
はたから見たら偽善者だ。イキッてる、カッコつけてる、元いた世界だったらそう言われるに決まっている。
いつだって結局は集団の意見が絶対だ。今の状況だってこちらがイレギュラーな存在。
当然、そんなイレギュラーな存在の意見なんて誰も聞いちゃくれない。この声はみんなに届きはしない。
「よく言ったぁぁ!!!」
静寂を切り裂いたのはよく知る声だった。
「ったく! 女はまだしも、男がビビってるなんて情けねぇ話だな! しゃしゃんなだぁ? エースケがなんか間違ったこと言ったか!!」
さっきまでだらしない寝顔で爆睡してたくせに、とんでもないタイミングで、それもカッコよく登場しやがったよ。
「なにぼーっとしてんだよエースケ!行くぞ!」
アルーゼの呼びかけに答えるようにエースケは集会場を飛び出した。
集会場の前には荷車がドドンと置かれていた。
「急ぎだからこれに乗ってくぞ。それにコイツなら爆速ってわけよ。エースケは見覚えあるだろ?」
荷車を引っ張る役を務めていたのはトリケラトプスだった。
しかも見覚えがある。
ウゴォォオオオ
「昨日捕獲したトリケラか!」
「しっかり掴まれよ!!」
荷車に乗るとトリケラは猛スピードで発進した。
瞬く間にティルルの西門を抜けていく。
「もう気付いてるだろうけどな、霧の岩場ってのは危険地帯だ。年中霧に包まれてて、なおかつ岩場だからコイツらも簡単には通れない」
「だからみんな助けに行くって言わなかったのか」
「いいや、危険地帯と言っても岩があちこちにあって、時期によっては濃霧が発生するだけなんだよ。アイツらがビビッてるのはそこに生息してる『アロサウルス』だ」
「アロサウルス? あの肉食恐竜の?」
「そうそう。すんげー凶暴なんだよ」
「なぁ、アルーゼ」
「なんだよ」
「やっぱ行くのやめよーかな」
アルーゼはさらに竜車の速度を上げた。
まるで「もう逃げられねぇんだよ」と言っているようだ。
「ちなみにな、霧の岩場の先にアロール村ってのがあって、アロサウルスを祀ってる村なんだけど、昔から食べ物を捧げてるお陰でそこのアロサウルスは代々人を襲うことはなかったんだよ。村人からはアロ様なんて呼ばれてたりする」
「アロ様? なんか可愛いな、餌付けされてんのになんでみんな怖がってんだ?」
「最近、捧げ物をする人が減ったらしくて村に降りてきて村人を何人か食い殺したらしいんだよ。それで討伐レポートが発行されたんだけど、討伐しに行ったやつらも食われたんだ」
「アロ様危険じゃん!」
人食いはやばいだろ。
てかアルーゼのやつペラペラ説明してるけど、レポートの説明欄カンニングしてるよな。見えてるぞ?
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彼女が助けを呼びに行ってくると言ってどれくらい経っただろうか。右腕と左脚が痛い。岩への激突と着陸の失敗で歩くのも困難になってしまった。
どうにか岩の下の空間に隠れているけど、いつ見つかるか分からない。濃霧のせいで助けに来てくれた人にも見つけてもらえないかもしれない。
地面が揺れる足音が迫る。
振動は全身に伝わり、鳥肌が立って息が荒くなる。恐怖でどうにかなりそうだった。
見つかるのも時間の問題かもしれない。
グァァアャャャオォォオ!!!!!
耳を塞がずにはいられないほどの強烈な咆哮が響き渡った瞬間、真上にあった岩が砕け散った。
数メートル先も見えない濃霧の中、その巨体をハッキリと目で捉えてしまっている。
巨大な体、鋭い牙、鋭い爪、特徴的な目の上にある小さな角。
間違いない、アロサウルスだ。
◯アロサウルス
体長約10メートル ジュラ紀後期北アメリカ生息
意味「異なるトカゲ」
死を覚悟した。
生きることを諦めてしまうほどの恐怖が涙となって溢れてくる。奇跡を信じてももう遅い。
私は……ここで死ぬんだ。
「死にたくないよ……」
ギャァァアアァィイォォオオオ!!!!!!
アロサウルスは力を誇示するためか、咆哮を轟かせた。
息を止めて目を瞑り、生きることを諦めた。
「……そぉこかぁぁあああ!!!!!!!」
ギャャャアッッ!!
大きな鈍い音がして、次に何かが倒れる音がした。
驚きのあまり目を開けると、アロサウルスが地面に倒れている。
「ふぃぃ、セーフセーフ。いやぁ危なかったな」
目の前には巨大な腕を縮めていく金髪の女の子が立っていた。
「お前がツァルコアだな。あの竜車まで歩けるか?」
指差す方向には霧でシルエットとなった竜車が見えた。
それに誰かが近づいてくる。
「このアロサウルスは私がぶっ潰したから安心しろよ。おーいエースケ! 早く早く!」
「分かってるって! つかお前が速すぎんだよ! って、え!? あんなに強そうに説明したアロ様倒しちゃってるじゃん! 一撃じゃん! 熱い戦闘シーンは!? 男が憧れる必殺技は!?」
「あ? 戦闘シーン? んなのいらねぇよ」
「いるだろ!」
この二人はなぜこんな状況なのに明るくいられるのだろうか。
この金髪の子は笑ってすらいる。
「大丈夫か? 怪我してて歩くの辛いだろ? エースケ、おぶれ」
さぁ、こっからはエースケの番。
アロ様はアルーゼが倒してくれちゃったせいで、今回の見せ場ゼロ。
あんな「助けに行く!」とか叫んでおいて実はなにもしませんでしたは、ベロニカさんに合わす顔がない。
「で、でも」
「遠慮すんなって! これは俺の見せ場……君を助けるためなんだ!」
「じゃ、じゃあ、よろしく、お願い、します」
むにゅん。
「これは!!!!!」
背中に伝わる柔らかさ。
女の子なんておんぶしたことないから、急にドキドキしてきた。取り乱してはいけない、平常心平常心。
「やっ! やっぱ降りる! アンタ今変な事考えてるでしょ! ちょっと! 離してよ! 離しなさいよ!」
「いや、怪我してるだろ。絶対に離さないから」
「いやぁぁ!!」
彼女がどんなに暴れても決して離すことなく竜車へと運んだ。
「ふぅ。ありがと……じゃなかった。怪我は大丈夫かい」
「最低!!」
竜車に乗せるやいなや顔面に強烈なキックが炸裂した。
「顔面殴りはまだしも! 蹴りって!!」
異世界二度目の顔面キックだよ……。
それにあのむにゅん感触も初めてじゃないような。
エースケは女の子のオレンジ色の髪を見て、あの噴水での出来事を思い出した。
「まさかアンタ! あの時の!」
「まさかお前! あの時の!」
まさに運命の再会というやつだ。まさかのタイミングで再会を果たしてしまった。
ダイナソーファングから落とされたエースケを助けてくれた女の子。それがツァルコアだった。
「なんでよりによってアンタなのよ!」
「これはこれは、その節はどうも」
「なにがどうもよ! 二度も人の胸をっ!」
「顔面キックはもうやめてっ!!」
はるか上空から噴水に落とされ、顔面を蹴られているためエースケはちゃんとトラウマになっている。
「おぉ、もう仲良くなったか」
「なってない!」
「なっとらん!」
アルーゼが妙にご機嫌で、ツァルコアはこっちを見てくれない。
「あれ? アルーゼ、アロ様どーなった?」
「気絶してるだけだから心配ねぇよ。まさか一撃でのされちまうとは私も驚きだけどな」
「さすがに殺しはしないんだな」
「当たり前だろ、人が食べ物を与えたから住みついて、いざ人を襲ったら殺されるなんて、そんなの酷すぎるし、勝手すぎる」
アルーゼはこんなに優しいことを言う女の子だっただろうか。
つい数分前、霧の岩場に入るやいなや竜車を通すために邪魔な岩を殴っては砕き、砕いては蹴り飛ばしと怪獣みたいになってたくせに。
「帰ったら飯にしようぜ! エースケ! ツァル子!」
「ツァル子って私のこと!? 私はツァルコアよ!」
「ツル子よりはましだろ? これからは仲間なんだからさ! 呼びやすい名前の方がいいって!」
「アルーゼ!? ツァル子が仲間ってどゆこと!?」
「そーよ! 勝手に決めないでよ!」
「だってお前ら、蹴る蹴られるの仲だろ? 運命的じゃねぇか! 絶対盛り上がるって!」
「まさか! 全部知ってて助けに来たのか!?」
アルーゼのやつめ、助けに来た本当の理由はこれか!
蹴り飛ばしたのがツァル子だって知ってやがったな!
「たっ、助けてなんて言ってないし!」
「なんだぁ? お前まさか命の恩人の言うこと聞かないってわけじゃぁねぇよなぁ?」
「お前、命の恩人って言葉好きすぎだろ……」
それからツァル子は半ば強制で……いや、完全に強制で宿へと連れてこられた。
「運送の仕事がぁ」とか言ってるけど、足の怪我のせいで暫くは飛べないそうだ。
ちなみにアロ様はしっかりとアロール村の人達が世話をするらしく、討伐レポートは削除された。
「パーティーメンバー確保!」
「勝手すぎるわよ!」
「い、の、ち、の、お、ん、じ、ん」
ツァル子はその言葉に弱く、アルーゼは命の恩人という言葉に完全に味をしめている。
「パーティーはエースケとツァル子と私と、あともう一人は欲しいかな! なんか面白いやついないかなぁ!」
命の恩人を理由に仲間にしていくとは恐ろしいやつだ。恩人脅しの被害者がまだ増えるかもしれないとは、未来の被害者に同情してしまう。
「というか! なんでこの男と同じ部屋なのよ!」
「何か文句でも?」
「文句しかないわよ!」
「それは大丈夫! コイツはぜっーたいそんな事できないから。安心して眠ってくれて構わない」
「私、もう被害にあってるんですけど……」
ドスンッ!
首に衝撃が走ると、エースケはベッドに倒れた。
「ほらな。これで安心」
ツァル子がドン引きしていた。




