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トリケラトプスという初陣

 出来すぎた偶然は運命なんて言葉に言い換えられるが、さすがにこのタイミングでアルーゼに再会するのが運命とは信じたくない。

 再会と言っても遠くから見つけただけで、しかもよりによって誰かともめている最中だった。


「触らぬ神に祟りなしってやつだな」


 しかし、多少でも顔見知りのやつが困っていそうな場面はつい見てしまう。アルーゼに絡んでいる男は腕や脚やらに傷跡がたくさんあって、体もかなり大きい。

 アルーゼは男を睨み上げて、男は睨み下している。このまま無視してもいいが、何を思ったか次第にアルーゼとの距離を詰めてしまっていた。


「嬢ちゃんよぉ、いい加減言うこと聞いてくれないと困るんだよねぇ、さっさと金払ってくんないかなぁ」


「あぁ?それが人へ頼む態度かぁ? さっきから言ってんだろうが、金なんて持ってねぇんだよ。一文なしなんだよ。何度も言うが払えねぇ! 払えねぇもんは払えねぇ!」


 ついさっきカツアゲしていたヤンキー女がカツアゲされている。大男に「そのカツアゲまじで意味ないぞ!」と叫んでやりたいが、なんたってゴツいし怖いしイカツいし、巻き込まれたくない。


「そんな理由で逃げられると思ってんのか! いいから金出せ!」


「だーかーらー!! 今は手持ちがねぇんだよ!」


 下手すれば殴り合いとかになるかもしれない。いくらヤンキーのアルーゼでもあんな大男のパンチをくらったら大怪我ではすまないだろう。

 

「覚悟を決めろ俺。異世界に来たら女の子を助ける、現実世界じゃ絶対にできないことも異世界ならできる! 恥ずかしがるな、怖がるな、俺にはエウストレプトスポンディ、エウポンの力があるだろ! どんな能力か知らんけど」


 漢、永介、いざ参る。

 

「待たれぃ! 男が女にカツアゲとは! 恥を知れぃ! 抵抗するならば! このエウポンの力でお前を!」


「あ、エースケじゃん。なぁ聞いてくれよ、このおっさん私に金払えって言ってくるんだよ。確かに三日も宿代滞納してるけどさぁ、いくらなんでもいきなり払えはないよなぁ。エースケもなんか言ってやってくれよ」


「心配すんなアルーゼ! 俺が来たからに、は……」


 滞納?

 コイツ、滞納って言ったのか?


「坊主、この嬢ちゃんの知り合いか? この嬢ちゃん、ウチの宿代三日も払ってないんだよ。坊主からも言ってやってくれないか」


 俺はすっと正気に戻り、こんなやつ放っておいて、さっさと宿へ向かうことにした。そこに全速力でアルーゼが走ってきて、抱きついてきた。


「待ってくれヨォ、宿代払ってくれヨォ、頼むヨォ、今日一緒に泊めてくれヨォ、明日一緒にディノル稼ぎに行ってあげるからヨォ」


 とんでもない力で抱きついてくるアルーゼの金髪頭を必死に押し戻そうとするが、全く離れる気がしなかった。


「離せっ! 飯奢らせたあげく、滞納した宿代払わせて、寝床まで用意しろだと!? 心配した俺が馬鹿だったよ! 離せって! 痛い!! 締まってるから! アバラ折れるから! アルーゼさん!? 痛いです! 離して!?」


 予想外にもアルーゼはすっと腕を離した。


「エースケェ、おねがぁい」


「(また上目遣いだと!!! 体をへし折らんとするほどの痛みを与えた後に上目遣いだと!(可愛いいのが悔しい)コイツやり手だ! どこでそんな手を!)」


 エースケはアルーゼの世渡りテクニックに脱帽した。


「これが……アメとムチってやつか」


「坊主、それは違うと思うぞ」


「そんな目で俺を見ないでくれアルーゼ! 誰か、誰かコイツの上目遣いを止めてくれ! おっさん! このヤンキーを止めてくれ! やめろアルーゼ! やめてくれ! 俺にアメを与えないでくれ!」


 なんで心配なんてしてしまったのだろうか。真偽は定かではないが、アルーゼに助けられた時点でこうなることは確定していたのかもしれない。

 ダイナソーファングから派手に落下しているところをオレンジ髪の女の子に助けてもらい、ちょっと胸の方を楽しませてもらったら、空中で捨てられて、蹴り飛ばされて散々だった。


「原因はぁ……俺か……そうか、やっぱり、運命ってのはあるんだな……ふっ、負けたよ。俺の負けだ。おっさん、アルーゼの宿代はいくらだい。ここは俺が払おう」


「二千と四百ディノルだ」


「これでいいかな。さぁ、行こうかアルーゼ」


「さっすがエースケ!」


 アルーゼと共に宿へと歩き出した。異世界生活一日目、俺の残金は百ディノルになった。その半分以上がアルーゼへの出費なんて考えたくもない。


「じょ、嬢ちゃん、坊主のこと、大切にしてやれよ……」


「にっししし! 大切にするぜ! 私はなんたってエースケの命の恩人だからな!」


 

 ********************

 


「二名様でございますね。ベロニカ様からお話は聞いております。お連れの方も無料ですので、ごゆっくりどうぞ」


 部屋の鍵を受け取ったエースケは露骨にへこんでいた。


「スマホと所持金が勝手にディノルに換金されて、初日でほぼ文無しって……。あぁ、さようなら俺のゲームデータたち……」


「いい加減泣き止めよエースケ。お詫びに同部屋にしてやったんだぜ? 年頃の女子と同部屋なんて幸せの限りだろ?」


「誰がヤンキーと同じ部屋で喜ぶんだよ! 上目遣いなんてしやがって卑怯者! 泊まれると分かった瞬間ケロっとしやがって!」


「ギャーギャーうっせぇなぁ。お礼として明日『レポート』手伝ってやるからさ。な?」


 木製の扉を開ければ、至って普通の部屋とご対面。ベッドとトイレと風呂。寝るだけの施設なのだから申し分ない。

 アルーゼは早速、ベッドにダイブした。


「いいか? 『レポート』ってのはこの大陸中から集まる依頼を発行場が配布している、いわば仕事のことだ。レポートは大きく分けて三つあって

◯水晶や資源や化石などを発見して持ち帰る『発掘レポート』

◯対象の恐竜を討伐する『討伐レポート』

◯対象の恐竜を捕獲する『捕獲レポート』

それぞれに必要・推奨レベルがあって、高難易度のレポートを完成させるほど自分のレベルは上がっていく。でもレベルが高いからって身体機能とかが上がるってわけじゃないぞ。ただの称号みたいなもんだ。ちなみにレベルはマイカードで確認できる。そしてレベルは1からスタートだ」


「……」


「なに黙り込んでんだよ」


「いや、意外にまともな事も話せるのかと驚きを隠せない俺がいる。お前誰だ。いつアルーゼと入れ替わりやがった」


「私はいつだってアルーゼだ!! まぁ全部、ベロニカが教えてくれたことだけどな」


「でしょうね」


 取り敢えずレポートという存在は理解した。今後はこれで稼ぐことになるのだろう。


「さてと」


「どこ行くんだよ」


「どこって、風呂だよ」


「ん!?」


 部屋を入ってすぐ真横にある簡易的なシャワールーム。異世界にもシャワーがあるのかという感動もそうだが、アルーゼと同部屋だということに希望の光が見えた。


「あぁ、風呂か。風呂ね。そうだよな風呂くらい誰だって入るってもんだよな。いいぞ先入って。俺はちょっと仮眠するからさ。ゆっーくり入ってこいよ」


「……エースケ。お前、もう少し上手く嘘つけよ」


「嘘!? 俺が!? まっさかぁ!」


「急に目の色変えやがって。覗いてやろうって顔に書いてあるぞ。いいか、私は女。お前は男。そこんとこ分かってんだよな」


「ったりめぇだろ! 俺はこう見えて紳士だからな! 覗きなんてしないしない!」


 アルーゼの疑いの目を欺くことは難しいだろう。だがしかし、覗く可能性があるからって風呂に入らない選択をするとも思えない。ならばここは紳士として真摯に嘘をつけば乗り切れる!


「紳士か」


「そう紳士。俺は仮眠してるから出たら起こしてくれ」


「じゃあ紳士さん? おやすみなさい」


 アルーゼの両手刀が首を挟むかたちで撃ち込まれ、そのまま仮眠どころか気絶。風呂を覗くどころか風呂に入ることすら出来ずにエースケは次の日を迎えた。

 目が覚めるとすっかり朝で、アルーゼは「朝飯食いにくぞー!」とかいって部屋を出て行ってしまったため大急ぎで風呂に入って大急ぎでアルーゼの後を追った。



 ********************



「来たはいいものの、実は朝食を食べるお金がありません!」


 アルーゼは口を開けて固まった。食事場に着いたが金は払えないという残酷な現実。アルーゼに与えられた精神ダメージは凄まじいものだろう。


「エースケ、また嘘ついてるだろ……」

 

「ついてねぇよ。しょうがないだろ、昨日の飯代とお前の滞納した宿代で俺の残金たったの百ディノルなの」


「……エースケ」


「な、なに」


「レポート行くぞ!」


 大慌てのアルーゼに腕を掴まれ、昨日ぶりのベロニカさんの元へと連れてこられた。美しい青色の髪、美しく優しい笑顔は金欠のストレスを一瞬にして浄化してくれる。


「おはようございますベロニ……」

「ベロニカ! 近場で手軽なレポートないか! もちろん討伐意外で!」


「おはようございます、アルーゼ様、永介様。それでしたら丁度アルーゼ様にうってつけの『捕獲レポート』がございますよ。『トリケラトプス一頭の捕獲』なんですが」


◯トリケラトプス

体長約7〜9メートル 白亜紀後期北アメリカ生息

意味「3本の角を持つ顔」


「このトリケラトプスは城壁の西門付近に現れてしまい、人との接触はまだですが西門まで来てしまうと被害が出る可能性があるので捕獲して欲しいのです。まだ幼い個体なので、永介様にも危険は少ないかと」


「それに決定! エースケ! 行くぞ!」


「待て待て! 展開早すぎだろ! トリケラトプスってあのトリケラトプス!? それを捕獲!? しかもたった二人で!? 俺にも心の準備ってのが」


 アルーゼがじとーっとした視線を向けてくる。まるで「情けな」と言われているようだ。


「情けな」


「声に出ちゃってるよ!」


「ご心配なさらずとも、アルーゼ様のレベルなら問題ないレポートですので、油断さえしなければ命に関わるような事態にはならないかと」


「ちなみにアルーゼ、レベルは?」


「3」


「基準が分からんからなんとも言えない!」


「ではエースケ様にはこれを」


「なんだかんだでベロニカさんも話をポンポン進めてくの怖いですよ!? 本当に大丈夫なんですか!?

 というかいつの間にかエースケ呼びになってますよ!?」


 カウンターに置かれたクロスボウと矢筒。想像しているトリケラトプスはたくましい角と肉体の、あのトリケラトプスだ。それを捕獲ってものおかしいが、装備がいたって普通の木製クロスボウと矢というのは正気を疑ってしまう。


「よし行くぞ」


「俺クロスボウ使ったことないよ!? 防具は!? 転移者なのにチート能力とかないよ!? エウポンなんだよ?」


「うるせぇなぁ。私強ぇんだよ、信じて着いて来いって。パパーッと終わらして飯食おうぜ。エースケも腹減ってるだろ?」


 アルーゼは装備を所持していない。それなのに意気揚々と集会場を出て行ってしまった。

 

「移動用小型恐竜借りると金がかかるし、西門付近だから歩いて行こうぜ」


「借りる金ねぇよ」


 この街は城壁に囲まれていて東西南北に大きな門がある。

 今回は西門へ行くらしく、不安要素を大量に抱えながらもアルーゼの背中を追っていく。

 舗装された石道を歩いているとあちこちの出店から漂ってくる香ばしい香りが空腹をより加速させ、アルーゼの腹が豪快に音を鳴らした。


「はらぁへったぁぁ」


 アルーゼもかなり限界がきている。昨日、あれほど飯を食っていたはずなのにもう空腹とは末恐ろしい。


「トリケラトプス喰うとか言うなよ?」


「……おう」


「その間はなに!」


 空腹の状態で黙って歩いていると、食事以外考えられなくなる。

 飯! 飯! 飯!

 思考回路は飯が食いたいで溢れかえっている。


「なぁ、アルーゼ。あの空に浮かんでる城みたいなやつは"ダイナソーファング"なんだよな」

  

 空腹と飯からなんとか離れるために、街の上空に浮かぶ建造物について質問をする。異世界転移して最初に目覚めた場所こそが、あの空に浮かぶ謎の建造物ダイナソーファング。あの高さから落下したと考えただけで玉ヒュンしてしまう。


「なんで浮いてんだ?」


 見上げているからもちろん全体像は見えない。だがうっすらと壁や窓が見え、西洋の小城のような構造が確認できる。


「浮いてんのは"浮遊の水晶"のおかげだな。いつからか現れた転移者のために用意された始まりの場所。数年ぶりに転移者が現れたとかでお前ともう一人の転移者は結構有名になってる」


 もう一人の転移者はベロニカさんが言ってた『ファガナ』ってやつに間違いない。にしても有名だなんて初耳だった。


「有名にしては、あんまり盛り上がってないみたいだけど」


「そりゃ、パッと見でエースケが転移者だって証明する方法が無いからな。ベロニカとかは分かってるだろうけど、コジンジョウホウてのが守られてんだろ」


 自分が特別な存在だからってチヤホヤされる訳ではない現実に肩を落とし、ダイナソーファングを再び見上げる。


「もう一人のやつは、普通に有名人らしいけど私はよく知らない」


 転移者特別待遇が無いのならわざわざ自分が転移者だと公開する必要はない。この世界に馴染むことが優先すべきことだ。

 集会場から三十分ほど歩くと遂に巨大な西門へ到着。人間が通るには十分すぎる巨大な門は堅牢な構造をしていた。


「なんでボーッとしてんだよ」


「いや、こんな馬鹿でかい門見たことなかったからさ。雷門の何倍あるんだこれ。記念に写真撮りたいな」


「か、かみ、なりもん?」


「お! その反応、異世界っぽい!!」


 エースケの不可解な行動に呆れてため息をついたアルーゼは「先行ってんぞ〜」と一人、街の外へと向かっていった。


「す、すげぇ……」


 眼前に広がる超広大な大地。黄緑色の草原を吹き抜ける風が心地よく頬を撫でた。目を凝らせば草食恐竜らしき生物の群れが走っているのが見え、空には鳥の群れが羽ばたいている。

 小さな林、頂上が白くなった山脈。大自然から得る情報は感動のあまり処理が追いつかない。


「おぉ! ザ・異世界! 俺は本当に異世界に来たんだぁぁ!!!」


「ったく、子供じゃねぇんだからよぉ。そんな大声で叫ばなくても」


「アルーゼ! 俺、すんげーテンション上がってる!」


「見たら分かるよ」


 空腹のアルーゼはあからさまにロウテンションで、一方のエースケはテンションフルスロットルで深呼吸を繰り返している。


「さすがに門まではまだ来てねぇか。エースケ、ちゃんと麻酔矢装填しておけよ。いきなり現れたりするからな」


 ついに異世界生活初戦闘! 初レポート!

 胸高鳴るとはまさにこの事を言うのだろう。暮らしていたど田舎の自然なんて、この景色と比べてしまえば大したことがない。全てが新鮮。湧き上がる興奮は空腹を見事に忘れさせた。


「本当に西門付近かぁ? 足跡すらねぇぞ」


 そんな興奮も少し落ちついた頃。エースケとアルーゼは未だトリケラトプスを見つけられないでいた。


「アルーゼはさ、この街で生まれたのか?」


 暇つぶしの素朴な疑問。なんだかんだでアルーゼのことを詳しく知らないエースケからすれば、いつかは聞くであろう質問のうちの一つだった。

 

「いや、最近この街に来たんだ。まぁ、ちょっと色々あってな」

 

 その時のアルーゼの表情は暗かった。エースケは腹が減ってるからだろうと思ったが、食事場でボソッと何かを言ったときみたいな、なにかを考えている顔だった。


「あーあ! さっさとトリケラ捕獲して朝飯食べてぇなぁ!」


 なんとも分かりやすい誤魔化し方に、エースケはこれ以上の詮索はやめようと「だな! 腹減った!」と話を終わらした。


「(人は誰しも一つくらいは隠したいことがあるよな)」


「……止まれ」


 いきなり発令された停止命令に、反射的に片足立ちで停止したエースケは、そのままバランスを崩してアルーゼに抱きついた。


「急になに!」


「これ見てみろ。そんで早く離れろ」


 アルーゼの目線の先、地面にくっきり残った丸形の足跡が先へと続いていた。


「足跡だな」


「間違いなくトリケラトプスだ。サイズ的にも成体じゃないから私たちが狙ってるやつだろ。ベロニカめ、西門付近って言ってたけど結構離れてんじゃんかよ」


「足跡で分かるってすげぇな、恐竜に詳しいのか?」


 恐竜界の人間に対しては愚問と思ったが、エースケはつい聞いてしまった。


「ある人に教えてもらったんだよ」


 足跡は時々消えていたが、確実に目標のトリケラトプスと距離が縮まっていくような気がしている。西門どころか城壁からも離れ始めた頃、アルーゼが宝を見つけたかのようにニヤッと笑った。


「おでましだ」


 前方、百メートルは確実に離れている。それでも、一瞬でこちらに向かっていることは理解できた。化石標本でしか見たことのない生物が筋肉を纏い、二本角を突き出し、一直線に猛進してくる。


「どうだエースケ。初めてのトリケラトプスは」


「ちょ、ちょー怖いんですけど……」


 アルーゼは笑っていた。やっと見つけた、これで朝飯が食える、色々な考えが伝わってくる笑みだった。


「自分から来てくれるなんてラッキーなこった。さてさてエースケ、麻酔矢は一発でも撃ち込めば数分で寝るからな。私が合図したら撃ってくれよ」


「撃ってって……俺、初めてだよ?」


「よしっ!!よく見とけよエースケ。私が本当に強いってとこを見せてやる!」


 エースケの戸惑いを無視して、容赦なく猛進してくるトリケラトプスに決して臆することなく走り出すアルーゼ。一歩一歩を力強く踏み込み、勇敢に立ち向かっていく。


「いくぜオラァ!!」


 気合のこもった叫びとともにアルーゼの外見が大きく変わっていく。やわらかい人肌に鱗が現れ、爬虫類のような皮膚になり、ぎらつく瞳孔を動かしピントを合わせ、しなる尾っぽでバランスをとる。

 

「やっぱアルーゼも恐竜化できんのか!」


 聖母マイア様の恐竜化を一度見ていたエースケは恐竜化に対しての驚きは少なかったが、それでも「なんだ!?」と声を上げた。

 突然、アルーゼの両腕が巨大化したのだ。本来の腕の大きさの二倍どころではすまない、体の大きさと全く調和のとれていない異様な巨腕を前に突き出し、トリケラトプスとの距離を詰めていく。


 ウゴォォォ!!


 突然巨大化した腕に一瞬、気圧されたトリケラトプスが自身を鼓舞するために咆え、さらに速度を上げた。かたや恐竜。かたや巨腕の金髪女。恐竜界だからこそ勃発した異種族タイマンは、交通事故を連想させるほどの衝撃音を放った。

 

「はっはっはー! どうしたどうした! そんなもんかよ!」


 ウゴォォォ!!


 化石でしか見たことのない恐竜が今目の前に、それも生きている。それだけでハイカロリーな情報なのに、さらに追加情報でアルーゼが巨大化した両腕でその恐竜を真正面から受け止めているなんて、一体どうやって脳内処理すればいいのかエースケは文字通りパンク寸前だった。

 ベロニカさんは目標のトリケラトプスは幼い個体だと言っていたが、三本の角は鋭く、体も人間と比べてしまえば圧倒的に大きい。


「なにがどうなってんだよ……!」


 あろうことかトリケラトプスの突進は停止していた。巨大化した両腕で二本の角をがっしりと掴んでいるアルーゼは、人間など到底敵わない生物と渡り合っているのだ。


「まだまだぁぁあ!!!」


 驚きと興奮でその状況から目を離せなくなった。声すら出せず、息をすることさえも忘れて、ゆっくりとだがトリケラトプスを押し返しているアルーゼに手汗を滲ませていた。

 

「エースケ! 首んとこに撃ち込め! おいエースケ!!」


 ウゴォォ!


「はっ!!」


 衝撃的な光景に意識を飲み込まれていたところをアルーゼの声によって引き戻され、自分の役目を思い出す。右腕に装着したクロスボウの照準をトリケラトプスへと合わせた。


「バカッ! 初めて撃つやつがそんな距離から当てられるわけねぇだろ! 至近距離で撃て!!」


 恐竜化して両腕が巨大化しようと、一頭の恐竜を抑え込むことがどれほどの力を要することか。アルーゼの声色は強くなり、エースケは命令通りにトリケラトプスの真横まで全力疾走した。


「発射ぁぁあ!!」


 中指をトリガーに通し、拳を握れば麻酔矢は発射される。アドレナリンによってハイになっていたエースケは迷うことなくトリガーを引いた。


 カチッ


 軽い音が伝える圧倒的違和感にエースケの表情が青ざめる。

 "矢が発射されていない"


「故障か!?」


「くぉぉんんのぉスカポンタン!!!」

「スカポンタン!?」


「ちゃんと最初に麻酔矢を装填しとけって言ったよなぁ!! なぁぁにが、発射ぁだバカ!! 故障してんのはお前の頭だろ!!」


「う、うっせー!! 初めてなんだからミスだってするだろうが!! 人のミスをそこまで責める必要があんのか!!!」


「いいから早く撃て!! これ結構キツイんだぞ!!」


「お前が勝手に突っ走ったんだろ!!」


「いいからぁぁ早くしろぉぉぉぉ!!!」


 鬼の形相と化しているアルーゼの圧力に大急ぎで麻酔矢を装填しようとするエースケだったが、大問題に直面した。


「アルーゼ隊長! どうやって矢をセットするんでしょうか!!」


「なぁんでさっき聞かなかったんだよ!!」


 弦を引っ張ったり、あちこちをガチャガチャいじってみるもののエースケにこの難問は解けなかった。アルーゼの限界は刻一刻と近づき、助けを呼ぶにも街からはそれなりに離れてしまっている。


 ウゴォォォ!!!


 トリケラトプスも負けじと全力でアルーゼを倒そうとしている。万が一アルーゼが負けたら、エースケが張り合えるわけがない。溢れ出る汗と焦りが呼吸を加速させ、思考を狭めていく。

 

「やるっきゃないか……」


 即座に思い浮かんだ方法。麻酔薬が塗られている鏃を見つめ、篦を力強く握る。


「うおおおらぁぁぁああ!!!!」


 気合の雄叫びが響き、エースケは麻酔矢を持って走り出した。一直線、狙うは首元。大きく振りかぶり、硬い皮膚に鏃を突き刺す。

 鏃が硬い鱗を貫いたが、あまりの硬さに反動で数歩後ろへ退き、尻餅をついた。


 そこから決着は早かった。麻酔は高速でトリケラトプスの肉体を巡り、意識を眠りへと誘う。凄まじい力は段々と弱まっていき、気づけば目を閉じ沈黙した。


「やるじゃん」


 エースケへ差し伸べられたアルーゼの右腕はいつも通りの大きさへと戻っていた。


「あのでっかい腕って恐竜の力なのか?」


「あぁ、そうだぜ。私の恐竜の能力は『アルゼンチノサウルス』のもんだ。腕とか、あと脚とかも大きくできるぜ。まぁ本物のアルゼンチノサウルス並の大きさにはなれないけどな」


◯アルゼンチノサウルス

体長約30〜35メートル 白亜紀後期南アメリカ生息

意味「アルゼンチンのトカゲ」


「んじゃあエースケ!」


「なんだよそれ」


「ハイタッチだよ! ハイタッチ!」


「子供かよ!」


「いいんだよ! 記念だ記念!」


 パチンッ!!

 綺麗な音を立て、エースケの恐竜界初レポートは終了した。



 **********************



「捕獲レポートクリアおめでとうございます。エースケ様とアルーゼ様には一万ディノルの報酬です」


 ベロニカさんがそう言うとマイカードに一万ディノルが入金された。入金の仕組みが全く分からないのが少し怖い。


「よし! エースケ! 朝飯兼昼飯兼打ち上げだ!」


 言われてみればと、腹の虫が爆音で飯を要求する。速攻で食事場に行き、二人とも大皿に大盛りの料理を乗せて、食事を楽しんだ。


「私とエースケの、パーティー結成おめでとう! これからよろしくな!」


「いぇーい!! ……パーティー?」


「そうパーティー!」


 美味い食事とレポートの達成感。興奮の熱も冷めていないからか、アルーゼの言葉に反論する気など起きなかった。

 冷静に考えれば色々引っかかる事が出てくるかもしれないが、今は流れに身を任せよう!

 エースケはアルーゼの手を握り、乾杯した。


「パーティー!!」



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