恐竜界という世界
受付嬢は集会場にいるらしい。
早急に向かいたいが、空腹と飯の美味さに食べる手を止められないでいた。
「ここの飯、美味すぎだろ! アルーゼは毎日こんな美味いもん食べてんのか!?」
「ふぁべたいけ! このま、に、ない!」
なに言ってるかさっぱり分からん。
それもそのはず、テーブルサイズの大皿に大盛りの料理を乗せて、アルーゼは次々と口に放り込んでいる。
身長はエースケよりも少し低いくらいで、むしろ少食そうな細身の体型。その量が入るスペースがどこにあるというのか。
食べ放題、一人につき千二百ディノル。
記念すべき異世界生活の初食事で全財産のほぼ半分を使ってしまった。
「ふぃぃぃ、腹いっぱいだぁ。エースケぇ、またよろしくな」
「またって、受付嬢の情報だけで奢りは理不尽すぎるだろ。次は自分で払えよ」
「またまたぁ、冗談にもほどがあるぞ、いいか? 私はお前の命の恩人。オレンジ髪の女に蹴り飛ばされたお前を病室に運んでやったんだぞ? つまりエースケは一生、私に食事を提供する義務がある」
「なぁにが義務だ。てかそのドヤ顔、めっちゃ腹立つんですけど!」
「ギムギム」
「ノー! ノー! ノー! ギムじゃない! さてはお前、飯奢ってもらうためだけに俺のこと助けたな!?」
「……そうだけど?」
「即答したよ……なんて正直なやつなんだ。しかも真顔で言いやがったぞコイツ。人の命を飯の糧にしやがった!」
しかし理由はどうあれ助けてくれたのは事実らしい。
なにより、同年代の女の子……。
よからぬ思考が巡ったエースケは頭を振って邪念を消した。
「(口にはしたくないが、まぁ、あと一回くらいは奢ってやってもいいかなぁなんて思っちゃったりして? 優しくして損はないかなぁなんて……)」
「それにしてもよぉ、女に蹴られて気絶とかだっせぇよなぁ! ド派手に吹っ飛んでさ、まぁじで笑ったなぁ!」
「やっぱ撤回ぃぃ!! 優しくしようとした俺がバカだった!! 少しは奢ってもいいかなと思ってたのになぁ! その気なくしたぁ! もぉやだぁ! 絶対に奢らないぃ!」
「なっ……! あぁそぉかよ! こっちだって願い下げだ! べーっだ! しっしっ!」
途端に態度を変えたアルーゼは蝿を追い払うかのように手を振った。
まさに豹変。
怒り心頭のエースケは残りの飯を掻き込んで、勢いよく席を立った。
「んだよその態度! お前! 二度と俺の前に現れんな!」
「こっちのセリフだ貧乏人!」
睨み合い、視線をちぎって、さっさと食事場から出て行こうとした瞬間、
「……どうせ私を助けてくれる奴なんて」
アルーゼがなにか呟いたような気がしたが、聞き返さず、受付嬢のいる集会場へと向かった。
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威勢よく飛び出したものの、肝心な集会場の場所を聞いていないという初歩的なミスに気づく。
集会場ティルルを彷徨う……かと思いきや、食事場からまっすぐ続いている廊下の先に大きな扉があった。
すでに賑やかな声が聞こえていて、エースケは大きな扉を躊躇うことなく押し開けた。
「おぉ! いかにもな集会場感!」
縦も横も奥行きも広い、木材が目立つ空間。
植物に絵画、旗に織物、骨までも装飾品として空間を賑やかに、華やかに彩っている。
特に目を奪われたのは二か所。巨大な一枚のコルクボードに数えきれないほどの紙が貼られていて、そこには大勢の人が集まっていた。
なによりも目立っているのは、集会場中央に設置されている高さ三、四メートルはある巨大な水晶柱だった。先端が鋭く尖っている無数の角柱が様々な方向に伸びていて、半透明の水晶柱の内部で小さな光の粒が点滅したり動き回ったりしている。
「お待ちしておりました転移者永介様」
巨大な水晶柱に見惚れていたエースケはいつのまに現れた綺麗な女性に気がつかなかった。
青色の髪と瞳、今度はこの女性に見惚れてしまう。
さっきの聖母様しかり、悔しいがアルーゼも、恐竜界の女性は綺麗な人ばかりだ。
「あ、あ! はい! そうです! 俺が永介です!」
一瞬で緊張し、言葉に詰まってしまう。
だがしかし、こんなに綺麗な人を目の前にしてテンパらない男はいるのだろうか。
「集会場ティルル、受付嬢ベロニカでございます。本日より永介様が恐竜界で心地よくお過ごしいただけるよう、私〈わたくし〉がサポートさせていただきます。以後お見知りおきください」
なんて知的な女性だろうか。どっかの大食い女とは天と地の差のおしとやかさがある。
「って、なんで俺の名前知ってるんですか。転移者ってのも分かるもんですか? あの馬鹿でかい水晶なんですか?」
ぶしつけな突然の質問攻めでも、受付嬢ベロニカは嫌な顔一つしていない。
「まず、あの水晶は『伝達の水晶』でございます。永介様のお名前など、様々な情報は全てあの水晶が管理しております。この恐竜界には多種多様の『水晶』が存在しており、多種多様な能力を秘めているのです」
なんと丁寧な説明。話を丸投げしたどっかの金髪女とは違うなやっぱり。
「俺はアンモナイトの化石のせいでこの世界に来たんですけど、元の世界に戻れる方法とかってありますか」
サイコおじさんから戻る方法とか詳しい説明がなにもないまま、今ここにいる。
帰れる方法があるなら知りたいところだが……。
「永介様が使用されたアンモナイトゲートは人間界に二つ、恐竜界に二つ存在しており、それぞれ入口と出口の役割を持っています。ですが一つ問題がございまして……」
「……問題、ですか」
このような場合の問題とは大概、簡単に解決できない難題というのがセオリー。
すごい嫌な予感がする。
「恐竜界へ入るゲートはダイナソーファングと永介様の使用されたものがセット。つまりニコイチなのですが、一方の人間界へ帰るためのゲートが……行方不明になっているのです」
はい、詰んだ。
はい、終わった。
はい、死んだ。
はい、帰れません。
「ですが! 多くの冒険者や先週来られた転移者様が行方不明になったゲートを懸命に探しております!」
ベロニカさんが必死に慰めてくれるということは、よっぽど反応が酷かったのだろう。
帰れないと知った途端、頭が真っ白になっていく。
「……ん? 先週来られた転移者?」
「はい、お名前は、さがわ……いえ、ファガナ様と……」
一瞬、さがわって言った気がする。いや確実に言った。
どう考えても佐川だ。
「先週ってことは、おじさんが言ってたアルバイトの兄ちゃんはソイツか! その、ファ、ファガナ? なんか言ってなかったですか」
どうせアルバイトにも特に詳しい説明なく化石を触らせたのだろうが、一応、聞いておく。
「一言一句、きちんと覚えております。こほん、このファガナ、館長殿に、もしもジュラ紀にタイムスリップできたら自分で戻ってくる方法を考えろと言われた、とおっしゃっていました」
「いや予想通りだけど、おじさん最低だな。ほんとに丸投げじゃん。どっかのアルーゼと一緒じゃん」
「現在ファガナ様はゲートを探すとともに、受注された『討伐レポート』で長期遠征中のため、しばらく会うことは難しいと思われます」
レポートとは、と聞こうと思ったエースケだったが、質問攻めも申し訳ないし外も暗くなってきたため、明日また来ますと話を切り上げた。
「今夜はこちらの宿をご利用くださいませ。集会場ティルルは二十四時間、営業しておりますので、困ったことがあればいつでも来てくださいね」
優しすぎるベロニカさんとの別れを惜しみつつ、地図に書いてある宿へと向かった。建物は全体的にレンガ造りのものが多く、ヨーロッパに似た雰囲気の街並みをしている。
街灯になっているのは電球ではなく光り輝く水晶球で、元いた世界との些細な相違点からここは異世界なのだと改めて感じさせられる。
「伝達の水晶って呼ぶんだから、これは光の水晶ってとこか」
今のところケモ耳やエルフには会えていない。街行く人みな、見た目は普通の人間だった。
しかし聖母様のように、恐竜の姿になれると考えると、まさかベロニカさんも……。
「アルーゼの能力ってなんだろ」
なんだかんだアルーゼが頭から離れない。
咄嗟に口を抑えて周囲を見渡す。こんな独り言を万が一、本人に聞かれていたらと思ったが、
「……うっわぁ、偶然にしては出来過ぎだろ」
アルーゼが誰かと言い合っているのを見つけてしまった。




