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水没というタイムリミット

 それは突然のことだった。

 薄暗い地下牢に水滴が一滴、また一滴と落ち始める。

 エースケが天井に目を向けると天井のあちこちから水滴が滴っていた。


「雨漏りか?」


 少し前からざぁっと雨が降っているような音がしていたが、地下に閉じ込められているエースケは外が豪雨になっていることを知らない。

 しかし雨漏りにしては量が尋常ではない。

 欠陥も欠陥。ついには石壁からも水が染み出してきている。


「おいおい。どうなってんだよ」


 冷たい雨水は上から横からとめどなく地下牢を濡らしていく。

 尻が濡れないように立ち上がると、鉄格子を掴み廊下の様子を伺う。


「すみませーん!!びっちゃびちゃなんですけどぉ!!」


 溢れ出る勢いは早くなるばかりで既に石壁に小さな滝ができていた。

 慌てて滝を塞ぐが、すぐ隣から水が噴き出る。その繰り返し。天井から落ちる水滴は石床に落ちる音から水面に落ちる音に変わり、エースケは深くため息をついた。


「ついてねぇ。冷たいし座れないし最悪じゃん」


 気絶させた戦士は寝かせているため既に全身びっしょり。壁にもたれているロンもびっしょり。

 豪雨の音はよりはっきりと聞こえ始め、雨足が強まっていることがわかる。


「ロ、ロンさん、尻冷たくないですか?」


 少し前にベルーサから真実を聞いたためエースケは警戒心から話し方がぎこちなくなった。

 メイの父親であり、島崩壊の元凶。そして大量殺人者でもあるロン。目が見えないに加えて衰弱しているため身の危険はそこまで感じていないが、正直ビビって近づけない。


「……あぁ」


 低渋声での尻が冷たい報告。

 危うく聞き逃すところだったがエースケは


「あっ、そっすよね!」


 ビビる手下ムーブでそそくさと気絶した戦士を敷くと、その上にロンを座らせた。

 持ち上げた時、あまりの軽さに驚きつつも大量殺人者を抱き上げている状況に冷や汗が止まらない。

 落としたら殺される。

 戦士絨毯に座らせると衰弱した肉体でもどこか重々しく、大量殺人者に相応しいどす黒いオーラがあった。

 つい一歩退いてしまう。

 そしてその時に気づく。靴にまとわりつく雨水の多さとその音に。


「は?」


 靴底は既に水の中、波が立つほどに雨水が溜まっていた。

 落ちてくる水滴は大粒で絶え間なく、石壁は水の壁と化している。鉄格子の向こう側、薄暗い石廊下も同様で、研究所地下全体に大量の雨水が流入していた。

 エースケは恐る恐る鉄格子の扉を開ける。

 床一面の水によって近づく足音は分かりやすくなった。地下が水浸しだというのに誰一人確認しに来ないため、エースケはそっと廊下を覗いた。

 

「…やばいな、これは」


 ベルーサに気絶させられたため地下の構造を見るのはこれが初めて。

 真正面は石壁で、左を向けばすぐ突き当たり、右を向けば石廊下が真っ直ぐ続いている。そして驚いたことにさらに牢屋が隣り合わせで四つあった。

 発光の水晶が頼りない光を放っていて、地下は不気味な雰囲気に包まれていた。

 一応隣の牢を確認しようとビクビクしながら一歩目を踏み出した、まさにその瞬間。

 

「助けて!!」


 子供の声が薄暗い地下に響いた。


「!?」


 心臓が縮むような感覚とともにエースケは悲鳴をあげそうになる。

 雰囲気も相まって全身に鳥肌が立ち、急いで牢に逃げこもうとしたエースケだが、何かに気づいたように踏みとどまった。


 なんで子供の声がするんだ。


「…まさか」


 エースケは自身の思い込みに絶望した。

 閉じ込められているのはロンだけじゃない。

 血の気が引き、エースケは急いで隣の牢を確認する。

 無人。その隣も無人。その隣も無人。そして

 

「ここもか…!」


 直線の石廊下に牢屋が合計五つ。そのうちの四つが無人で、石廊下は左へと折れている。


「おい!!どこだ!!」


 反響する自分の声と水の音。

 じゃばんと足元で混ざり合う雨水の重さにエースケは「は!?」と声を出す。


 靴底辺りだった水位を確認してまだ三分も経っていない。

 靴紐が水の中で揺らいでいた。

 上空から地下へと行き着いた大量の雨水が尋常ではない速度で溜まっていく。それはエースケの想像を超えていて、天井と壁から染み出すだけでこうはならない。

 エースケは咄嗟に後ろを振り向く。置いてきたロンが心配だったが、子供の声も放っておけない。


「急がねぇと」


 左へ曲がっても続く景色は同じで、直線の石廊下に右壁が五つの牢屋で左壁に弱々しい発光の水晶が置かれていた。

 

「おい!誰かいるんだろ!返事してくれ!」


 濁流のように焦燥感も激しくなる中、エースケは片っ端から牢屋を確認していく。

 一つめは無人。二つめも無人。そして、


「!」


 三つめの牢屋の前でエースケは立ち止まった。

 

「大丈夫ですか!」


 メイやロンと同じ、青黒色の髪の女性が二人座っていた。

 エースケが突然現れたことに驚いたのか小さな悲鳴をあげて、体を寄せ合った。

 怯えている。それに首から鎖が伸びていた。


「今開けますから!」


 気絶させた戦士が持っていた鍵を何本も試して鉄格子の扉が開く。

 薄汚れた白い布一枚という最低限の衣服に身を包んだ女性二人は明らかに困惑していた。だがエースケは気にも止めずに首に取り付けられている錠を外そうとする。

 ロンの手錠と同じ鍵で一発成功。そして二人目の錠に手を伸ばそうとすると


「やめて!!」


 突き飛ばされた。

 想定外の事態にエースケは固まってしまう。


「あ、あなた!だ、だれですか!」


 震える声で女性はエースケに問いかける。

 下半身が濡れていく不快感と突き飛ばされた疑問にエースケは上手く言葉を作り出せない。

 そして


「…!」


 薄暗い牢の中、エースケは突き飛ばしてきた女性の目を見て戦慄した。

 

「…その、目」


 光がない。

 ロンやメイと同じ、視力を失っている者の目だった。錠を外した女性も同様で、つまりこの二人の女性にエースケは見えていない。

 鎖に繋がれ逃げることもできない状態で雨水が次第に高さを増し、そんな恐怖の中で突然現れた声が近づいてくる。その恐ろしさは想像を絶するものだろう。


「俺はあなたたちを助けに来たんです!」


 手短な説明で証明するものもないが今は時間がない。

 もちろん女性たちが安心した様子は全くない。


「助けにって…あの人たちがいなくなったということですか」


 あの人たち。それがDr.や戦士たちを指していることを瞬時に理解する。

 突き飛ばしていない方の女性の声が少し希望を持っていたためエースケは罪悪感で言葉に詰まった。

 状況は何一つとして変化していない。


「そ、それは…」


「…なにを仰っているのかさっぱり分かりません」


 もっともな発言だった。敵に捕まり牢に入れられ、なんとか鍵は手に入れたが、ベルーサたちを倒せる見込みはない。

 

「今彼らに見られたら間違いなく殺されます!早く出て行って!」


「だからって放っておけるわけないでしょ!」


 あまりに身勝手な解放とは分かっているが、水位は今も上昇し続けている。もしこのまま水位が上がり続ければ彼女たちは鎖に繋がれたまま…。

 エースケの力の入った言葉に彼女たちは反射的に首を少し下げる。

 怯えさせてしまった。


「あ、いや、そんなつもりは」


 明らかに焦っている。

 助けたい思いと、殺される恐怖が噛み合わない。恐怖心を覆せる説得力が今のエースケにはない。


「じゃあせめて首のやつだけは外させてください」


「だから…!そんなことすれば!」


「水が上がり続けてるんです!見捨てるなんてできない!」


 戦士のロンに対する態度を見れば、この女性たちにも戦士がどんな態度を取るのかは容易に想像ができる。

 解放されることを拒んでしまうほどの恐怖。エースケの中で煮えたぎるものがあった。これはどうしても無視できない。

 

「怖ければ繋がれたふりをしててください。だから諦めないで。俺を信じてください。必ず助けますから」


 言葉を並び立ててなんとか説得力を出そうとする。

 だがこれは無責任にすぎない。信用できる要素も証拠もなければ、必ずを保証できるわけでもない。

 でも今はそうするしかない。

 エースケは錠に鍵を入れる。今度は突き飛ばされなかった。


「…あなたは」


 無機質な金属音がして女性は錠を外した。首は擦り傷で覆われていて、外そうと試みたのがわかる。エースケはもう我慢の限界だった。


「もし何かあったらエースケって叫んでください。必ず駆けつけますから」


「…エースケ」


「それと、あとどのくらいの人が閉じ込められているか分かりますか。さっき子供の声がしたし…」


「どれくらい"残っている"かは分かりません。でも、子供たちなら下にいると思います」


 下。それは最悪のワードだった。

 エースケは「ありがとうございます」と一言、下へ向かう場所を探すため急いで走り出した。

 水位は既に足首までに迫り、さらに地下があるなら一体水位はどうなっているのか。不安は膨れ上がるばかりだが弱音を吐いている暇はない。

 廊下は一本道。四つめの牢は無人。そして五つめ。

 子供たちがいると思われるさらに地下への階段を見つけたい思いを引き止めるように、仰向けで倒れた老人が目に映った。

 転びそうになりながらも急停止して


「大丈夫ですか!!」


 咄嗟に叫んだ。

 女性二人がいた牢と同じ鍵で鉄格子の扉が開く。エースケは倒れ込むようにして駆け寄り、老人の上半身を少し起こした。

 

「お爺さん!」


 瞬間、エースケの背中に冷たい衝撃が駆け抜ける。

 支えることで分かる人間本来の重さ。腕がだらんとして身体に全く力が入っていない。そしてほんの少しだけ開いた瞼から覗く光を失った瞳。

 視力ではなく生命そのものを失った白く乾いた瞳がエースケに深い絶望感を流し込んでいく。

 遺体。うつ伏せであれば溺死するかもしれないが、亡くなったのは今ではないと直感した。

 腕に伝わる毛髪の感触、浮き出た骨、冷たい肌。人によっては悲鳴をあげて咄嗟に腕を引き抜くかもしれない。しかしエースケは老人をそっとその場に寝かせた。

 錠は両足に付けられていて、これでは歩くことどころか立ち上がることもできなかっただろう。

 痛み。唇から流れ落ちる血が雨水に溶けていく。

 

「…竜滅会」


 所詮これは彼らの持つ狂気の一欠片なのだろう。Dr.シノルもモナもあくまで竜滅会を構成する一人で、そんな理解できない狂人がさらにいる。そして狂人がばら撒く狂気に巻き込まれる人はさらにいる。

 怒りの限界だった。


「ぶっ潰してやる」


 確認した牢屋はこれで十個。そのうち七つは無人で、一つはエースケとロン、一つは女性が二人、一つは亡くなった老人が一人。しかし無人の牢でも壁から鎖が伸びていて過去に使われていた形跡があった。

 つまり無人となった七つの牢にいた者たちは女性の残っているという発言からも既に亡くなっている可能性が高い。


 廊下は再び左へと折れていた。

 しかし今度は一本道の廊下に牢屋が五つではない。

 右壁には今まで通り牢があるのだが数は三つ。エースケたちのいた牢よりも大きい、より大勢を収容するための牢は全て無人だった。

 いない。それはつまりこの地下空間において死を意味する。


「なんなんだよ!」


 殴られた鉄格子が振動を繰り返し、衝撃が波紋となって水面に広がっていく。

 物に当たろうと少しも怒りは収まらない。

 エースケは後ろを振り向く。

 今までの牢の正面はただの壁となっていたが、今回は違う。等間隔に四つ、奥へと続く出入り口があった。

 四つのうちの左から二番目にエースケは迷わず飛び込んだ。


「!?」


 そこは部屋だった。

 天井隅の蜘蛛の巣。薄汚れた本棚と適当に置かれた本。ぼんやりと光る発光の水晶に照らされた木製の机。

 そして、突然鼻を突いた血の臭い。

 ここがDr.のテリトリーだと一瞬で理解した。

 

 部屋は両隣、そして正面の部屋に行けるようになっている。隣の部屋も似たような構造で、その隣も、もう一つ奥の部屋も全て繋がっていた。

 しかしある部屋は壁右側に、ある部屋は壁左側に、ある部屋では壁中央に出入り口があり、規則性がないため方向感覚が狂いそうになる。

 四列三行の研究資料部屋の最奥へ水流音を頼りに進むと


「あった」


 地下一階に溜まっていく雨水が行き場を求めて見つけた地下二階への階段。

 雨水に続いてエースケも一気に駆け降りる。

 

「っ!」


 地下二階へ到達した瞬間、脳まで突かれたような刺激臭がエースケを襲った。

 まるで血液に飛び込んだような感覚。

 むせかえるような鉄と脂の臭いが雨水に溶け込み、地下二階に充満していた。

 

「誰かいないか!!」


 込み上げるものに耐えて必死に叫ぶ。

 脱走したことが丸分かりだが気にしてられない。

 階段を降り、廊下は正面と左右に分岐している。正面は部屋のように見え、左右は廊下が伸び、見慣れた鉄格子が見えた。

 

「おい!返事してくれ!」


 そう叫びながらも返事がない理由はなんとなく分かっていた。

 それは先ほどの二人の女性の反応からして、捕まった人たちは戦士たちに対して尋常ではない恐怖を抱いているからだろう。暴力による徹底的な支配。下手に声を上げればどんな扱いを受けるか、戦士の性格をエースケは理解している。

 あの助けを求める声は相当な勇気を振り絞ったはずだ。

 故にエースケもそれに全力で応える。

 エースケはまず右へ。地下一階とは違い、牢は両壁に四つずつあった。

 

「ーーーー」


 死が漂う地下空間で、非人道的な扱いを受ける人々。メイの抱える恐怖やロンの状態、首に鎖を繋がれた女性たちに力尽きていた老人をみればその凄惨さは痛いほど伝わってくる。

 たった今エースケが目にした光景はそういった全く理解できない狂気に対する感情を沸騰させた。 

 牢の奥で身を寄せ合う幼い少年少女たち。

 冷たい鎖に繋げられ、冷たい雨水に浸かったまま、血と脂の臭いの中で恐怖に曝された子供たちの姿にエースケは絶句した。

 女性二人を見た瞬間も凄まじい衝撃だったが、自分より一回り二回りも幼い子供たちがこんな環境に押し込まれている事実にえも言われぬ感情が込み上げてきて吐きそうになった。


「ここだよ!」


 地獄に目が眩んでいたエースケを少年の声が呼び戻す。

 廊下右側の牢の手前から三つめ。鉄格子に顔を押し当て、必死に叫ぶ少年と目が合う。

 目の前の牢には三人の少女。しかしエースケは助けを求めた少年の方へ走り出した。

 

「今開ける!」


 水位上昇によって時間がない中、エースケは突発的な判断で少年に懸けた。

 銀髪に紫髪が混じった、紫色の瞳の少年の声こそが、少し前に聞いたものだった。

 開錠するとともに鍵束から牢の鍵を取り、少年に渡す。


「怖いと思うけど、どうか他の牢も開けてくれないか!俺はみんなの鎖を外すから!絶対にここから逃すから力貸してくれ!」


 エースケが少年を優先した理由は、目が見えていたから。そして周りの子供よりも少し歳上に見えたからだ。

 開錠し、少年の手錠を外す。

 囚われた人々のほとんどが視力を失っていたために、少年と目が合ったことにいち早く気づいたエースケは押し渡すように鍵を託した。

 

「とにかく時間がない!水没したらみんな死んじまう!だから…!」


 エースケが焦っていることは一目瞭然で、少年もそれを理解しているし、少年自身も焦っていた。

 水没だけじゃなく、エースケは少年が願いを断る可能性にも焦っていた。

 しかし少年は


「大丈夫」


 渡された鍵をエースケの手ごと強く握った。


「任せて」


 刻一刻と溜まっていく水と囚われた子供たち、いつ戦士に襲われるか分からない状況でたった一人、最悪を覆そうと奔走していたエースケへ真っ直ぐ届いた少年の言葉。

 焦る心を引き止めたその力強い瞳に、心の底から湧き上がる熱いものを感じた。

 少年から伝わる力に呼応してエースケの腹に力が入る。


「おう、任せた!」


 少年は廊下に飛び出し、エースケは牢へ入る。

 手錠をつけられた少女が一人。目は包帯で巻かれ隠れていた。腕や足、至る所にも包帯が巻かれている。

 雨水に腰まで浸かっているというのに座り込んだままの少女はエースケの近づく水音に怯えている。


「もう大丈夫。今手錠外すから」


「カブトは…?」


「カブト?」


 昆虫と兜を思い浮かべる。しかしこんな状況でそんなことを気にするはずがない。

 エースケは廊下から響く解錠の音を耳にして、あの少年の名前だと理解した。


「兄ちゃん全部開け終わったぞ!」


 予想以上に早く戻ってきたカブトはエースケがまだ一人も解放していないことに


「は!?なにちんたらしてんだ馬鹿!」


 普通に悪口を吐いた。


「な!言い過ぎだろ!」


「事実だろ!」


「それはそう!」


「早くしろよ!!」


 包帯少女の手錠を外す。だが少女は一向に立ち上がろうとしなかった。

 そんなほんの一瞬の疑問に割り入るようにカブトが目の前に現れて腰を落とす。


「こいつはおれに任せて早く兄ちゃんは行ってくれ!」


 包帯少女が背負われるのを見て、エースケはカブトの言葉に押されるように廊下へ出る。

 そして受け止め難い事実を目にする。

 両壁にそれぞれ四つの牢。合計八つの牢の内、カブトが解放していたのは二つだけだった。

 これが予想以上に早く戻ってきた理由。開いていない。つまり開ける必要がないということ。


「…嘘、だろ」


「嘘じゃない。紛れもない現実だよ」


 包帯少女を背負ったカブトがそう告げる。


「おれたちが生き残り。向こうの牢には誰も残ってない」


 向こうの牢。エースケは地下二階へ降りる階段から右に曲がった。つまり左に曲がれば到達する牢。そこも同様に八つの牢がある。

 それが全て無人。

 カブトははっきりと生き残りと言った。

 つまり元々いなかったのではなく、確実にいた。だがもういない。

 あまりにも死が充満しすぎていた。

 今ならDr.シノルをなんの躊躇いもなく蹴り飛ばせる。モナやベルーサだって全員まとめてこのドス黒い気持ちを晴らすサンドバッグにしてやりたい。

 

「絶対に全員助ける!行くぞカブト!」


 しかし今は怒りを吐き散らす暇さえない。

 エースケは無我夢中で三つの牢へ飛び込んだ。

 カブト、包帯少女の他に男子が一人、女子が三人。六人全員が小学校低学年くらいの風貌で、身長からも水位上昇のタイムリミットはエースケよりもずっと早い。


「これで全員なんだな」


「うん。これで全員」


「…わかった。いいかみんな、絶対手を放しちゃだめだぞ」


「おれが先頭になる。兄ちゃんは後ろについて」


 水位はカブトたちの腰にまで迫っていた。

 太もも辺りまで浸かっているエースケが動きにくさを感じるということは、子供の負担はどれほど大きいか。

 それでもカブトは状況に負けず、リーダーシップを発揮している。


 子供が六人。問題はカブト以外目が見えていないということ。

 包帯少女を背負ったカブトを先頭に、二人一組で並び、脱出を開始する。


「カブト、俺が背負おうか」


「そしたら兄ちゃんが動けなくなるだろ。それに、スズはおれが守る」


 スズ。それが包帯少女の名前。エースケは馴染みのある名前に親近感を覚えたが、今はそんな悠長なことを考えてる場合ではない。

 子供たちが腰まで浸かっているため階段まで三倍ちかく時間がかかっていたが、ついに階段を真正面に捉える。

 しかしエースケとカブトはその光景に言葉を失った。


「分かっちゃいたけど、さっきよりも流れが強くなってやがるな…」


 地下一階から地下二階へ流れ込む大量の雨水は階段に沿って激流となっていた。

 これを上る。

 一人ならまだしも子供達を支えながらとなると時間がかかることは目に見えていた。


「行くぞみんな」


 臆さずカブトが進み始める。

 子供達もそれに続く。

 目が見えていないのに誰一人悲鳴を上げず、弱音を吐かずに耐えていた。しかしそれは精神的な強さというよりも、恐怖に抑圧され、生き残るために声を出さなくなった悲惨な姿だった。

 

「兄ちゃん、準備は」


「いつでも行けるぜ。全員俺が押し上げてやるよ」


 踏ん張り時だからこそエースケは笑顔を見せた。

 どんとこい。そんなエースケにカブトも強く頷く。

 そして、カブトが激流に踏み込もうとしたその瞬間。


「ひぃぃぃ!ワシの可愛い研究成果がぁ!!」


 響いた老人の声にエースケたちは戦慄した。

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