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俺様という能力

 雨粒がまだ優しく葉を叩いている中、アルーゼはせこせこと建てた簡易テントにロキとメイを鼻歌混じりに寝かせていた。

 剛力でへし折った枝を組み合わせ、もっさりした葉の屋根は雨も風も通さない、我ながら出来栄えの良いテントにアルーゼはご機嫌だった。


「ディモーン、お前も入ってメイの枕になれ」


 ギャ!?


 木々をふんだんに使用したお手製テントはディモンも楽々入るほどの大きさで、円錐形に組み立てられ、入り口には葉っぱのカーテン、中央で火が焚かれていた。


「ビリビリは動かすなよ。至るところバックリポッキリいってんだからな」


 メイは眠っているだけだが、ロキは言うまでもなく瀕死。呼吸が浅い、体温が低いなど色々気になる部分があるが、とりあえずアルーゼは傷を塞ぐことを優先した。


「生療草がありゃいいんだけど今回はしゃーなしだな」


 用意したのはそこら辺で取った樹液。アルーゼはノアと暮らしていた頃に一度だけ見た傷を塞ぐ方法を実践しようとしていた。

 小さな傷は数えきれないが特に目立っているのはモナに刺された傷で、それはそれは痛そう。


「…これをこうして」


 どっぷりとした樹液を細枝二本で絡め取り、水飴のように伸ばし始める。

 先端同士でくるくる回して、にょいーんと伸ばす。その繰り返し。

 こいつ遊んでね?という目でディモンが見ていたが、アルーゼは夢中で樹液を柔らかくし続けた。


「楽しいなこれ」


 鼻歌混じりに樹液を手に取り、今度は粘土のように手で丸め始める。

 

「♪♪♪」


 それが果たして正解なのか不正解なのか。

 とりあえずアルーゼは遊んでいる。


「んっん」


「♪♪♪」


 すっかりこねこねに夢中のアルーゼはその咳払いにも気づかなかった。


「これをこうして、こんくらいか?」


「おい」


「!?」


 やっと気づいたその声に、アルーゼは尋常じゃない瞬発力で細枝を外へ向けた。が、もちろん誰もいない。「あ?」と首を傾げて一応外に顔を出すが雨粒が当たるだけ。

 じゃあ今の声は一体なんだ。


「空耳か?」


「こっちだこっち。空耳なんかじゃねぇよ」


「!?!?」


 声の方向。それは外からではなく中からだった。

 テントの中にはアルーゼとメイとディモンとロキがいる。他の誰かが入る余地などない。


「お前っ…」


 聞き覚えのある男声。テント内には雄が一匹と男が一人。

 声を出したのはもちろん男の方。ついさっきまで死んだように意識を失っていたロキが目を覚ましていた。

 ありえない。アルーゼはそう思った。

 到底目を覚ませるダメージではない。血も流しすぎている。


「…大丈夫なのか、お前」


「あ?これが大丈夫に見えるか?目ぇ見えてんのかアンタ」


「は?」


 いきなり何を言い出すんだこいつは。

 突然の悪口にアルーゼは困惑した。

 

「ちっ、久々に起きたらこれか。ついてねぇ」


 ロキは不機嫌丸出しの表情で腕や腹の傷を確認し始めた。

 そして


「な!」


 右腕を恐竜化した。

 アルーゼが驚くのも無理はない。ロキは恐竜化できないと思っていた矢先に思い切り目の当たりにしたのだ。


「おまっ…」


「なんだ。見せもんじゃねぇぞ」


「それ…恐竜化…」


「だからなんだ。……あー、そうか。アンタは記憶にない人間だ。 よかったな、俺様はレアだぜ?会えるなんてラッキーだぜ」


 傷ついた人肌からザラザラとした恐竜の肌に変化し、そして人肌に戻る。既に傷は消えていた。

 そして腹。モナに刺された最も大きな傷も塞がっている。

 恐竜化することで自然治癒力も上昇するが、あまりに早い。早すぎる。


「どうだ?すげぇだろ」


 驚くアルーゼに自慢するように傷跡を見せつけるロキ。

 確かにすごい。

 だが、アルーゼの中で一つ疑問がわいた。

 …こいつ、こんなやつだったか?


「悪いがアンタの傷は治せねぇぜ…って、大したダメージはねぇか」


「…もう、平気なのか?」


「一応傷は塞いだからな。骨は…折れちゃいない。 それより血だ、血。アンタ、なんか食い物持ってないか?」


 ロキ?の目線はアルーゼの手にあった。

 それはさっきまでこねていた樹液の塊で、ロキ?の望む食い物ではない。


「なんだそれ」


「樹液。食えねぇぞ」


「じゃあ何で持ってんだよ」


「その腹の傷に詰めようと思って」


「は?」


「止血に使えんだよこれ。母さんがやってた」


 アルーゼの止血方法にロキ?は絶句した。

 腹の傷跡を押さえると「まだ入れてねぇよ」とアルーゼが必要なくなった樹液の塊を外に投げ捨てた。


「…アンタ、やっぱり頭に大ダメージ負ってるだろ。…大丈夫か」


「余計なお世話だわ。…つーかお前こそ血ぃ流しすぎておかしくなってるだろ。なんか別人みてぇだぞ」


 感覚が野生的なアルーゼはロキ?の雰囲気の変化に疑いの目を向けていた。

 何か違う。

 話し方もそうだが目線や息遣いも変わっている。そして何より、迫力が違う。

 迫力といっても押し潰されるような感覚というわけではない。エースケにはエースケの、ゼアルにはゼアルの迫力があり、アルーゼはそれを感じ取ることができる。

 ロキの迫力には鋭さがあった。近づけば突き刺さり、そして痺れるような、鋒を向けられているような感覚だった。

 しかし今のこいつは違う。


「……ほぉ。 分かんのか」


 触れただけで切れてしまいそうな刃を喉元ギリギリで向けられている。

 ロキにはない殺意の迫力。やけに鮮明に浮かんだイメージにアルーゼは唾を飲んだ。


「アンタ、ロキと長い付き合いじゃないだろ。それなのに気づくなんて良い勘してるな」


 冷静に、時に冷徹に。

 彼が見せた笑みはアルーゼの知るロキなら見せないだろう。

 …こいつはロキじゃない。

 野生的勘がそう告げていた。


「…お前、誰だ」


 相手はロキのはずなのに、自分でも妙なことを聞いていると自覚している。


「…知りたいか?」


 しかしそんな妙な発言に男自身が同調してくる。

 この場にエースケがいれば「二重人格!?」と驚くだろうが、アルーゼは二重人格という概念すら知らない。

 当の本人はアルーゼの困惑など気にもせず落ち着いている。


「ビリビリはどこだ」


「ビリビリ?変なあだ名だな。それに、質問を質問で返すのはよくないな。俺様が先に質問したんだ」


「なら譲れ。先に私の質問に答えろ」


「…アンタ、一度敵視したやつには強きになるタイプか。話通じないはなしだろ」


「……」


 アルーゼの目は本気だった。なにせ男の隣にはメイが寝ている。

 肉体はロキのはずなのに、アルーゼはその男を全くの別人として見ていた。故に挙動によってはぶちのめす。メイのためにロキにはここで犠牲に…。


「わかったわかった。譲るよ、譲る。さすがに今殴られたらロキがもたない」


 男が諦めて両手を上げる。

 これで安心、とはいかない。ロキがもたないなんて自分がロキではないような口ぶりに困惑するばかりで、アルーゼはむしろ警戒した。


「安心しな、何から話せばいい?何でも聞いてくれ」


「じゃあとりあえずテントから出ろ」


「…正気か?外、雨降ってんだぞ?」


「メイの安全が最優先だ。ビリビリじゃねぇならさっさと出やがれ」


「傷は治したが今外に出たら衰弱死するぞ。それに俺様はこの娘を護るためにロキに呼ばれたんだ。手ぇ出すわけがないだろ」


「は?」


 ロキに呼ばれた。また変なこと言い始めた男にアルーゼの機嫌は着実に最悪へと向かっていた。

 しかし男の言う通り、肉体はロキなのだ。謎にピンピンしているが、つい数分前まで血だらけで倒れていたはずなのだ。


「じゃあ黙って寝てろよ。ボロボロのくせしてわざわざ話しかけてきたてめぇが悪ぃ」


「アンタ辛辣だな。でもしょうがないだろ。ロキに起こされたんだ。"目を醒ませ"ってな」


 ジョーリア戦で窮地に立ったロキが言った言葉を再現した男だが、アルーゼはもちろんそれを知らない。

 

「この子を護るため、でもってこの体を治すために俺様は目を醒ましたんだ。今ロキに変わったら確実に死ぬぞ」

 

 男の目は決して冗談を言っている目ではなかった。事実、それくらいのダメージを負っていた。

 男が言うに外を治しても中までは治せていないのだろう。

 メイも大切だが、ロキを死なせるわけにもいかない。

 アルーゼは葛藤していた。


「まぁ信じなくてもいい。こっちは役目を果たすだけだ」


 少し強くなった雨音がやけにうるさく感じたのはいつになく思考を巡らせたからだろう。感覚主義かつ即断即決のアルーゼだが、状況によってはあらゆる可能性を加味して未来を予測する。

 しかし男の言葉があまりにずるかった。


「…だぁぁっ!!なんなんだよ色々と!ここどこか分かんねぇし、エースケは連れてかれるし、ビリビリはおかしくなるし、メイは可愛いし、ディモンは…特にねぇし!」


 ギャ!?


「竜滅会とかDr.とか戦士もいるし!色々ありすぎてもう頭パンッパンだわ!」


 ついにキャパオーバー。

 積もったストレスが一気に噴火して、アルーゼは金髪をぐしゃぐしゃにしながら目をがん開いている。

 

「ビリビリが死ぬだぁ!?んなこと言われたら何も言えねぇだろうが!もう好きにしやがれ!!死ぬな!」


 両肩がっしり掴んで叫んでくるアルーゼに男は唾を浴びることしかできない。

 鼻息荒く呼吸するアルーゼはもう手に負えない。死ぬな。その言葉に全て詰まっていた。

 男は軽引きの表情で


「ま、まずは、自己紹介からで、いいか?」

 

「私はアルーゼだ!」


「よ、よろしく、アルーゼ。俺様の名はローゲだ」


 興奮していたアルーゼだったがその名を聞いて、すっと熱が冷めたように


「…ローゲ?名前まで違うのか?」


「ロキとロキじゃややこしいって、陽気な銀髪につけられたんだよ」


「陽気な銀髪…。あぁ、いたなそんなやつ。でもややこしいってことはお前も同じビリビリってことか?それとも別人?」


「俺様はロキの力そのものであって、ロキではない。 アンタ、恐竜化の暴走は知ってるだろ?」


「おう」


「過去に…まぁ色々あってロキは能力が暴走した。だから力を封じた…まぁ切り離したとも言えるな」


 力を封じた、切り離した。それが恐竜化しない理由。

 にわかには信じられない話だった。


「要は俺様こそが切り離されて封じられた恐竜化という力そのもの。ロキは俺様と変わらなきゃ恐竜化できない体になっているわけだ」


 それはロキが自身にかけた戒めだった。

 その力を罪とし、剣術を研鑽し、内なる獣を鎖で縛った。

 その罪、その獣こそがローゲだ。


「封印したのにあいつはお前を呼んだのか」


「必死だったんだろ。ロキが寝ている時にこっそり変わることはあったけど、アイツが俺を呼ぶなんて初めてだった。聞き間違いかと思って変わるの遅れたしな」


 たった一時間ほどでロキがズタボロになっていたのはさすがのアルーゼも驚いた。

 恐竜化せずに恐竜化した戦士と戦うのは正直アルーゼでもきつい。

 

「じゃあジョーリアを倒したのは」


「俺様じゃない。応戦したのは、ロキが本当に封印すべきだったものだ」


「…?まさかもう一人いるんじゃねぇだろうな」


「そのまさか、と言いたいたころだが、俺様みたいに意識があるわけじゃない。あれはロキの無意識に潜んでいる、ロキですら気付いていない厄介ものだ」


 アルーゼが思ったことはただ一つ。

 その体に何人入ってんだよ。

 

「無意識の狂気…とでも言えばいいか。ロキは日頃から冷静に振る舞ってはいるが、我を失いやすいかなり短気な性格ってのは気付いてるか?」


「短気?…たまに口調は強くなるけど、あれ怒ってたのか」


「あぁ見えてすぐカッとなるんだよ。そして操られる」


「操られる?」


「無意識の狂気にのまれて自分も周囲も見えなくなって問答無用で何もかもを殺そうとする。何度か操られた感覚があったけど、アンタ、見てないのか?」


 島に来てロキは何度か我を失う瞬間があった。しかしアルーゼはその瞬間を目撃していない。


「ロキは恐竜化することにトラウマがあるわけだが、そのトラウマの原因は無意識の狂気が引き起こしたもので、恐竜化は関係ない」


「それなのに能力を切り離したのか?」


「仕方ないだろ。無意識の狂気、つまりロキはそれを自覚していない。だから勘違いして恐竜化を捨てたんだよアイツは」


「…意味ねぇじゃん」


 堅物ロキと俺様ローゲ、無意識の狂気、この三つがロキを構成し今日までに至る。

 かなりの訳あり。

 アルーゼのその予想は当たっていたが、肝心のなぜそうなってしまったのかをローゲが語ることはなかった。

 

「まぁ詳しいことはロキから聞いてくれ。アイツのことを俺様がペラペラ話してるなんて知れたら、いよいよもう二度と出てこれなくなる」


 ローゲはメイへと視線を移した。

 眠っている少女には怪我ひとつない。

 少女一人を死んでも救おうとするロキの性格をローゲは理解している。

 自身がロキにとって枷となっていることも。


「ったく、俺様の立場にもなってほしいもんだ」


「つーかお前いつまでいるんだ?」


「なんだ、引っ込めってか。失礼だなアンタ。俺様が起きなきゃ今頃ロキは死んでるんだぞ?」


「それは分かってるけどよぉ。なんつーか、その、慣れねぇんだよな」


「なにが」


「その喋り方だよ。こっちはキリッとお目目の偉そうなビリビリになれてるから、お前のその軽い喋り方がソワソワすんだよ」

 

 恐竜化によって怪我が治り一命を取り留めたわけだが、それとこれとは別。やはり慣れない。なにせ中身は変わっても外側が変わっていないのだ。

 目力は弱まり、口調も軽く、一人称は俺様。

 露骨な人格変化にアルーゼの理解は全く追いついていなかった。


「…じゃあ、んっん」


 咳払いと共にローゲの目つきが変わる。

 見覚えのある目だった。


「こんな感じか」


 低いトーンで少し圧のある声、鋭い目つき。

 ロキだった。

 

「それだ!」

 

 久しぶりの再会には懐かしさすら感じる。

 ローゲはアルーゼの反応が良かったからか、次は膝を立て腕を置き、露骨にカッコつけた表情で


「それとも、こんな感じかな」


「ブフッ!」

 

 ロキが絶対にしないポーズとキメ顔にアルーゼは思わず吹き出した。

 今度は顔に手を当てて、指の隙間からキリッとお目目を覗かせる。


「よぉ、アルーゼ」


「あはははっ!!ダッセー!!」


「こんなこともできちゃうぅぅぅ」


 ローゲが披露したのは寄り目タコチューという、ぜっっっったいにロキがやらない変顔だった。


「ギャハハハッッ!! おまっ!それっ!ビリビリが変顔してる!!」


 ぺらぺら喋って出てこれなくなることを心配していた割に、容赦なくロキを辱めるローゲ。

 これがアルーゼのツボにハマってしまったわけで、しゃくれ、白目、歯出し、アヘ顔etc…。爆笑するアルーゼに味をしめたローゲが調子に乗りまくっていた。

 

「腹痛い腹痛い!腹筋ちぎれる!はぁ!はぁ!」


「アルーゼ、お前を、愛してる」


「だぁはっはっは!!んなキメ顔で言うなよ!!恥ずい恥ずい!」


 小雨だった雨は既に豪雨と化し、外は暗く、つい数時間前とは一変した景色となっていた。

 そんな中、豪雨にも負けない笑い声が響いている場所が一つ。

 雨が降っていなければアルーゼの笑い声がカルデラ一帯に響いていたかもしれない。


「やめろ!もうやめろローゲ!笑いすぎて!死ぬ!」


 まるで凶兆のような豪雨を気にもせず、アルーゼはハイテンション、ローゲは調子に乗り、メイとディモンは爆睡。

 ロキとは違う殺意に警戒していた頃が懐かしく思えるくらい二人は打ち解けていた。

 ロキでありながらロキではない。そんな違和感を感じさせないほどローゲはアルーゼと相性がよかった。


「どうだ俺様のロキ七変化は!クオリティ高いだろ」


「七変化どころかもっと見てぇよ!」


「それは嬉しい言葉だな。だが流石にこれ以上は顔面筋肉の疲労感でロキにバレる可能性がある。もしバレたら、最悪アイツ、自分の喉を斬るかもしれない」


 ローゲの言う通り、万が一この辱めが本人に伝わったら…。

 まずい、確実に斬り殺される。そしてロキも死を選びかねない。


「ローゲ安心しろ」


 白い歯を見せながら、なんと綺麗なサムズアップ。

 言わずともわかる。こんなおもろいもの失ってたまるか。言うわけがないだろ。だから、また見せろ。

 アルーゼの目から伝わったメッセージにローゲも


「アンタ、最高だぜ。惚れそうだ」


 こちらも綺麗なサムズアップ。

 

「よせやい」


「おっと、先約がいたかな?」


 瞬間、不意を突かれたようにギクっと跳ね、アルーゼの頬が紅潮した。


「そっ、それは…」


 完全に図星の反応。

 ここまで分かりやすいかとローゲも苦笑いしている。

 

「…アンタ、分かりやすいな」

 

「う、うるせぇ!そそそれにっ、別にっ、まだっ…」


 フラッシュバックするルゼアチノでの自分の行為にアルーゼは「はぅっ」と顔を隠した。

 あの絶望の場所に馬鹿正直に真正面から突っ込んできたエースケの雄叫びを今でも鮮明に覚えている。嬉しくて、頼もしくて、傷だらけの体が辛くて、様々な感情が溢れ出したのを覚えている。

 アルーゼは自分の世界が変わっていく様を決して忘れないだろう。アルーゼにとって二人目の理解者であるエースケは心の底から大切だと思える人になっていた。

 

 そして今、改めてそれを理解した。と同時に疑問が浮かぶ。

 エースケは私に惚れているのか?

 好きだと叫んだり、やけに目を合わせてくることはあってもどこかふざけていて、それが本音なのか定かではない。

 そう思った途端、今までに感じたことのない"痛み"が走った。


「…?」


「急に無言になって、どうしたんだ?」


 ローゲは一瞬、アルーゼの表情から不安を見た。しかし本当に一瞬のこと。アルーゼは


「なんでもねぇ」


 少しはにかんだ笑顔を見せた。


「あー。さっき言ってた、エースケってやつが先約なんだろ」


「…お前、頭の回転はロキだな」


「そりゃどうも。つーか助けに行かなくていいのか?」


「お前が死にかけてなきゃ行ってた」


 あー、と気の抜けた反応をするローゲは治った傷跡を見た。既に身体機能には差し支えない程度には回復している。骨は若干痛むが、内臓は壊れていない。


「つーかよローゲ。お前が代わりに闘えばいいんじゃねぇか」


「待ってくれ待ってくれ。言っただろ?俺様はあくまでロキの能力そのもの。アイツにとって俺様は最終手段中の最終手段てのを忘れないでくれ」


「んだよ、能力だからこそ立ち上がれよ」


「ちがーう。能力だからこそロキは俺様を使いこなさなきゃいけない。今は勝手に首輪を外されて自由の身だが、本当は俺様が出てくるべきじゃないんだよ」


 ロキにとって能力はトラウマであり枷であり壁である。

 ロキはそんな能力を封じ騎士として剣の道を歩んだ。

 だが内に潜む無意識の狂気こそがロキが真に向き合うべきものであり、ロキは能力を誤解し続けている。

 

「じゃあさっさとそれを伝えりゃいいじゃねぇかよ面倒くせぇな」 


「ロキの声は俺様に聞こえるが俺様の声はロキには聞こえない。存在は知ってるだろうがな」


「書き置き残しとけよ。初めましてローゲです。首輪つけてくださいって」


「ただの変態じゃねぇか!」


「お前が言ったんだろ!」

 

 すぐそばでメイが眠っているというのに、容赦なく二人は声をぶつけ合う。

 豪雨でなければ森中に響いていたであろう二人のやりとりのその最中、なんの前触れもなく突如として閃光がアルーゼたちの視界を走り抜けた。


「!?」


 そしてそれとほぼ同時に何かが勢いよく崩れ落ちるような、爆発音のような轟音がカルデラを貫いた。

 耳を震わし、心臓に響くその轟音にアルーゼの目が開き、ディモンが飛び起きる。

 落雷だった。


「…なっ、んだ、今の」


 あまりに突然のことでアルーゼも半ば放心状態だった。

 雷の音は聞いたことがあったが、これほど近くで聞いたことはなかった。

 

「雷だろ」


 一方のローゲは全く動じていない。


「そんなに驚くことか?アンタ、ロキのグラントール見たことないのか?」


 グラントール。それは二つの雷の水晶によって電撃攻撃を繰り出す強力な剣であり、ロキの第二の能力と言っても過言ではない。


「見たことはあるけど、あんなドガァン!て感じじゃなかったぞ」


「そうか、まだ全て使ってないのか。まぁさすがに今のはいきなりすぎだったな。それにかなり近くに落ちただろうし」


 跳ね起きたディモンがガタガタと頭を隠すように震えているのに対して、ローゲはやけに嬉しそうにしていた。

 そんな彼の表情にアルーゼも「?」と首を傾げている。

 

「雨が随分と激しいからもしやと思ってたが、アンタ、やっぱりラッキーだな」


「ラッキー?雷がか?」


「まさに恵みの雷。これならロキも…」


「…んぅ」


『は!』


 少女の小さな吐息が聞こえた瞬間、話の途中だったローゲは尋常ではない速度で首を捻り、メイを見た。

 アルーゼの視線も尋常ではない速度でメイへと移る。

 その様はもはやホラーだったが、最優先絶対守護対象であるメイに対する熱い愛の表れ…のわりに二人とも目がギンギンだった。

 しかしそれもそのはず、ローゲはメイを護るために呼び覚まされ、アルーゼはメイを妹として溺愛している。心配じゃないわけがない。


「ロキの記憶情報は俺様に入ってこないのに、メイという名前は分かる。それくらいアイツはこの子のことを護ろうとしてた」


「絶対に私の方がメイを護りたいと思ってるけどな」


「なにで張り合ってんだ…」


 そしてまた、今度はもう少し遠い場所に雷が落ちる。テントの屋根を貫通する閃光と轟音はメイの眠りに降り注ぎ、目を覚まさせるには十分な威力だった。

 

「ぅぅ…」


「かっ、可愛いっ!」


 轟音に起こされて眠そうに目を擦るメイを見て、アルーゼはその可愛さのあまり口を押さえた。それをローゲが細目で見る。

 青黒色のくるんとした髪をそっと撫でるアルーゼは言わずもがな母性全開だった。

 

「メイぃ、雷うるさくてごめんなぁ。嫌だったらお姉ちゃんが吹き飛ばしてやるぞ」


「雷よりも風がうるさくないか」


「じゃあ風も吹き飛ばしてやるからな」

 

 メイが望むなら自然現象にすら立ち向かえるアルーゼのなんと頼もしいこと。

 ローゲの言う通り外は豪雨と暴風と落雷で騒がしくなっていたためメイの目が覚めてしまった。

 ロキの奮闘あって怪我はなく、能力暴走の後遺症も見られないメイはゆっくりと起き上がった。


「大丈夫かメイ、どこか痛いとこないか?」


 優しい声で頭を撫でてくれる。

 焚き火はぼんやりとテント内を照らしていた。


「…おねぇちゃんのかみ、きんいろだったんだね」


 言葉が出なくなるほどの衝撃がアルーゼの脳を強烈に震わせる。

 人は驚きすぎると声が出ないのだと、アルーゼはこの時初めて理解した。

 

 豪雨が降り注ぎ、風は吹き荒れ、空を稲妻が走る。

 死にかけたロキは復活し、メイが初めてアルーゼを"見た"。

 ここが転換点。最悪の状況が今、ひっくり返った。

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