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無邪気という狂気

 太陽が頂点に達する時刻のはずが、カルデラは分厚い灰色の雲によって不気味な薄暗さに包まれていた。


「お前知ってるか」


 死火山となったカルデラには大小様々な森林が形成されている。曇天に加えて深緑の葉がさらに日光を遮り、戦士二人が歩く森の中は異様なほど暗かった。


「なにがだ」


「なにがだって、迎えのことに決まってんだろ」


「お前死ぬのか」


「そっちの迎えじゃない。本部に戻るって話だ。知らないってことはまたどこかでサボってたんだろ」


「転移者を捕まえたのは知ってるぞ」


「その転移者を手に入れたこともあってか、Dr.がやっと本部に戻ると言ってな」


 若い戦士二人は警戒もせずにだらだらと話しながら暗い森の中を歩いている。

 否、警戒していても気づかないだろう。

 頭上、静かに二人の様子を伺う金色の竜がいることを。


「戻る、あぁ、だから迎えか」


「そういうことだ。来た時と同じで船なんだろうが…」


「なーに、やっと島から出られるんだ。今回の報酬金の使い道でも考えていろ」


「ちなみに迎えは遅れるらしいぞ」


「……明日にでもと考えていたんだが。それを最後に言うところがお前の性格の悪さだな」


 迎えがくると教えられた戦士は一歩二歩と歩みを進める。

 気づかない。まだ気づかない。


「……」


 そしてゆっくりと立ち止まる。若いといえど戦士は戦士。ついさっきまで会話していた仲間が姿を消したくらいで焦って振り向くことはしない。

 ただ考える。眼球を左右に動かし、気配を探る。

 

「!?」


 瞬間、背中に感じた気配に戦士は反転しながら距離をとった。

 ドサッという音とともに無力化された戦士が目に映る。そして側に立つ何者かと目があった。

 暗闇のせいで薄らとシルエットが分かる程度だったが確かに目が合っている。

 敵。本能的に感じ取った敵意に戦士が恐竜化する、と同時に強烈な衝撃が腹部を揺らした。


「グォっ!」


 後方へ吹き飛ばさず、的確に内臓を揺らすインパクト。

 恐竜化は間に合っていたが相手もまた恐竜化していた。戦士はこのたった一発の攻撃で相手が強者だと確信した。


「死ねっ!!」


 無理矢理に腕を振るうがシルエットには当たらない。

 

「詰みだ」


「(女!?)」


 エースケの他にアルーゼとロキが転移していることを戦士は知らない。しかも相手が女となると一体何が起きているのか全く不明だった。

 しかし女は、アルーゼにとってはそんなことどうでもいい。

 戦士には見えていない。だがアルーゼには見えている。

 暗視ゴーグルのようではなくそれは戦闘センスの差だった。眼球を恐竜化したところで戦士とアルーゼの視界に大した差は生まれていない。

 振られた右腕を掴み、飛び上がると同時に両足を戦士の体に巻き付ける。掴んだ右腕と頭を両足で挟み、両手で右腕を固定、そして一気に絞めあげた。

 

「ゥゥッ」


 一瞬で完成した三角絞めが戦士の気道を完全に潰す。

 戦士は驚愕した。恐竜化し肉体強化されているはずの力が通用しない。それどころかさらに強くなる圧力に戦士の視界は狭まっていくばかりだった。

 

「…ぎっ、ざ…ま」


 アルーゼを地面に叩きつけようと力を込めるが絞めあげる力はさらに強くなる。

 振り上げることすらできずに戦士が膝をつくとアルーゼは一切力を弱めることなく絞め続けた。

 アルーゼに元々備わっている堅牢な筋肉に加え、恐竜化による殺さない程度の巨大化。これから逃れる術はない。ましてや相手が戦士なら決して容赦はしない。


「……」


 膝をついた戦士から段々と力が抜けていく。だがまだアルーゼは力を抜かない。

 静かに的確に圧倒的な力を発揮するアルーゼには油断も高慢もなく、戦士が沈黙するのを待った。

 力が抜けた後も戦士の肉体から恐竜化が消えてやっとアルーゼは三角絞めを解いた。


「やっと落ちた」


 太ももをぱんぱんと軽く叩き、気絶した二人を茂みにポイっと投げ捨てる。


「うし、証拠隠滅かんりょと」


 周囲を確認して素早く樹上へ飛び上がる。ロキたちと別れてからたった数分で戦士と接触するとはアルーゼも予想外だった。


「こいつらDr.って言ってたけど、まさかロキが言ってたDr.のことか?」


 ロキの言っていた、かつてティルルを襲撃した人物Dr.シノル。エースケは既にDr.に出会っているが、アルーゼからするとまだ確信まではいかない。


「まぁとりあえず情報は手に入れたけど、ここまでクソ戦士どもに彷徨かれてると後々めんどーなことになりそうだよなぁ」


 目線の先、小さいが建造物が見えている。

 ここからどう動くか。約束の時間は一時間。目的は騒ぎを起こさずにエースケ救出のための情報を手に入れること。

 しかし最初に手に入れた情報がよくなかった。

 『現状、島からの脱出方法がない』

 この情報によってエースケが連れていかれる不安がなくなった。しかも迎えが遅れているとなると時間的にはだいぶ余裕があると見える。


「…間引くか」


 今にも降り出しそうな曇天はすでに島全体に影を落としている。

 好機。

 アルーゼは髪を撫でる嫌な風とともに再び姿を消した。



 ********************



「…おじさん」


 少女の声にロキがそっと目を開ける。

 

「どうした」


 アルーゼが移動した後、ロキもメイを連れて移動していた。隠れ場所は古樹の空洞で、メイを奥に座らせて、樹上にはディモンを待機させている。


「…その。…ぇと」


「どこか痛むのか」


「ううん、いたくない」


「…そうか」


 気配を探るためにロキは再び目を閉じてしまう。

 メイはまさかここで会話が終わるとは思わず、返答がこない間に戸惑った。


「あ、ち、ちがうの!」


「…痛いのか」


「そうじゃなくて!…その、あの」


「メイ、言葉にしてくれないと分からない。決して怒らないから隠さず正直に言ってくれ」


 しかしロキおじさんは気づいていない。

 あなたの口調が冷静すぎてメイが怖がっているんですよ。

 アルーゼは優しくいい匂いのするお姉ちゃん。エースケはよく分からない人。ロキは怖いおじさん。

 メイの中で確立したイメージはメイのコミュニケーション能力にかなり影響している。


「…おこらない?」


「あぁ、絶対に怒らない」


「…て」


 メイがそっと手を差し出した。


「てを、つないでください」


 細々と恥ずかしそうにしているメイにロキは「あぁ」と優しくその小さな手を握った。

 暖かい。

 まだこの子には命が宿っているのだ。

 砂浜での死闘、倒れた戦士たちは今どうなっているだろうか。斬った手応えはあった。だが命までは奪っていない。

 戦士たちの命を奪ったのは散布された緑煙の吸引による覚醒、その副作用によるものだ。

 ロキは大量の吐血と痙攣に苦しんでいた戦士を状況にのまれて無視せざるおえなかった。騎士としては敵だが、医者としては負傷者に味方も敵も関係ない。

 

「…メイ。目のことを少し聞いてもいいか」


 医者として心残りがあったロキはより一層強くメイを救おうと考えを巡らせている。


「……」


 メイをすぐには答えなかった。

 メイがDr.と聞いただけで発狂したこと、モナが竜滅会幹部であったこと、危険薬品の存在など、この島にDr.シノルがいることは確信している。

 心深く刻まれてしまったトラウマを、Dr.のことを聞く気はない。だがこれだけははっきりしておきたかった。


「嫌なら答えなくていい。…メイ、君は元々目が見えていなかったのか」


 先天性ならどうすることもできないが、後天性、ましてやDr.シノルによるものならば処置できる可能性がある。

 

「……」


 しかしメイは答えなかった。

 答えたくない、というより言葉が出ないほど恐怖している。伝わる震えにロキは手を握り返すことしかできない。


「すまない。今のは忘れ…」


「けむり。…むらさきいろの、けむり」


 それは質問に対する答えではなく恐怖から絞り出た記憶の断片だったが、確信を得た。

 治る。

 メイの目を最初に見たときによぎった可能性に希望が灯った。


「それ以上は言わなくていい。大丈夫だ。メイ、教えてくれてありがとう」


「…うん」


 あとはアルーゼがどんな情報を手に入れてくるか。現状優先すべきはエースケの救出で、次に竜滅会及び戦士の制圧、そして島からの脱出だろう。

 ロキは再びこの後の状況に考えを巡らせ…


ギャァッ!

 

 ようとしたその時、頭上、見張りをしていたディモンが鳴いた。


「ひゃっ!」


 メイの悲鳴と同時にロキが周囲の気配を探る。

 人間状態でもロキの気配探知能力は尋常ではない。相手は戦士、戦闘においては決して油断できないし、ディモンはまだしもメイの悲鳴を聞き逃すはずがない。

 巨大化され古樹ごと吹き飛ばされてもメイを守れるよう構える。


 ざくっざくっと足音は一人分。こちらに近づいてきていた。

 制圧。それ以外ないが、問題は方法だ。

 最も手早く確実なのは致命傷を与えるもしくは殺害すること。斬る突く、それが一番手慣れている。

 しかしメイがいる。血に、暴力に恐怖している彼女の前で剣はあまり使いたくない。そうなると戦士との戦闘力差は大きく変動する。

 肉体を武器に、さらに竜脚類の破壊力とタフさが備わった戦士と剣無しで戦うのは骨が折れるだろう。


「…おじさ」


「静かに」


 雷の水晶は尽き、腹には刺し傷。剣を使わず、メイも考慮しながら応援も呼ばれずに戦士を制圧する。

 既に足音はすぐそばまで来ていた。 

 ディモンも一度鳴いたきり相手の強さを感じ取ったのか黙り込んでいる。

 

「……」


 理想はこのまま通り過ぎること。奇襲をかけようにも古樹の空洞からでは出入り口の真正面に来ない限り不可能だ。

 これ以上メイに怖い思いをさせるわけにはいかない。ロキは少しでもメイが見つからないようにと、団服を被せようとした。

 その瞬間


 バギッ!!


 粉砕音とともに視界が一転する。


「!?」


 古樹をぶち破ってきた巨大な「手」によって大量の木片が飛散し、ロキはその手につかまれた。


「隠れてないで!出てこーい!!」


 抵抗する暇もなく、まるで木の枝を投げるかのようにロキは容赦なく引きずり出されぶん投げられた。

 地面に叩きつけられ数回転転がったが空中で立て直し、両足と左手でブレーキをかけ停止した。


「やった!やった!強そうなやつみぃーっけ!!」


 肩を回しながら腕を収縮させる男は嬉しそうに笑っている。

 新しいおもちゃへの好奇心と小さな虫に対する悪気のない殺意、そんな子供のような目でロキを見ていた。


「あんなへなちょこ転移者に手こずるわけねぇって思ったけど大正解だったな!やぁっぱり仲間がいた!!」


 白目に青色の刺青を入れた男の双眸は実に不気味で、腰に青布を巻き、全身には青線の刺青が走っている。

 突如現れた青色戦士に吹き飛ばされたロキは間髪入れず走り出した。


「およ?」


 敵とメイとの距離を開けることが最優先。

 全速力で男との距離を詰め、高速の回し蹴りを打ち込む。


「お前やるなぁ!ジョーリア、お前のこと気に入ったぞ!」


 片腕で蹴りを受け止めた青色戦士、ジョーリアはロキが闘えるやつだと子供のように嬉しそうに笑った。

 

「ぅぅぅ!どがぁぁん!!」 


 喜びを放出するように腕を振り払い、ロキはこれを間一髪屈んでかわす。反撃、の前にメイへ視線を向ける。

 砕け散り大穴が空いた古樹の中でメイは頭を抱えながら怯えていた。


「……」


 一瞬でメイに怪我がないことを確認したロキは低い姿勢から全力でジョーリアへタックル。胴体をがっちりと掴み一気に押し出した。


「んが!」

 

 しかしメイと距離を取るはずが、バランスを崩したことで倒れたジョーリアにロキが馬乗りした形になる。

 メイに戦闘の影響が及ばないように、そう考えていたが、ジョーリアに対して有利な状況になった途端にロキは迷いなく顔面めがけて拳を振り落とした。

 ジョーリアはそれを即座にガード。しかし一撃で終わるはずもなく、ロキは連続で拳を振り続ける。


「くっ!」


 ロキは素手のまま、ジョーリアは恐竜化された腕でガードしているため、攻防のダメージはいつのまにか逆転していた。

 無論、ジョーリアはノーダメージ。むしろ生やした長い尻尾でロキの首を巻き締め、反撃に出た。


「お前!しつこいぞ!」


 恐竜化した戦士に生身の人間が力で敵うはずもなく、首を締められたロキはそのまま放り投げられる。

 跳ね起きたジョーリアは不機嫌そうにロキへ怒鳴った。


「それに!お前はジョーリアをなめてるだろ!なんで恐竜化しない!剣も使わない!台無しだ!!台無し台無し!!」


 地団駄を踏むジョーリア。しかしロキは気に留めることなく考えを巡らせていた。

 "剣無しでは勝てない"ことは認めざるおえない。雷の水晶が尽きている今、正直剣技だけで圧倒できるかも微妙なところである。

 それほどに、鍛え上げられた竜脚類の能力は油断できない。


「剣を持っておいて使わないなんてそれは飾りか!」


「貴様にとやかく言われる筋合いはない」


「とやかく〜?ジョーリアは全力で戦いたいんだ!!お前の全力を潰すから気持ちいいんじゃないか!!」


 興奮しながらギャーギャー言ってるジョーリアだが、ふと何かに気付いたのかピクっと動きを止めた。

 ジョーリアの視線がロキの後ろ側へとずれる。それと同時に企みある笑顔を浮かべた。


「あれ殺せばお前、全力出すか?」


 瞬間、ロキの頭にバチバチッと電撃のような衝撃が走る。

 視界が狭まり、毛が逆立つ。

 呼吸を忘れるほどの激昂だった。

 思考が焼き切れ、意志に残るのは殺意のみ。

 なぜこうも簡単に人を殺そうと思えるのか。人のことを言えやしないが、今はただこの戦士を殺したい。絶対に殺すしかない。

 なにより一瞬だけジョーリアの笑顔がある人物と重なったのだ。そしてあの時の景色が、臭いが、音が、感触が、味が、五感で感じ取った忌々しい過去がまたフラッシュバックしてしまった。

 モナへ刃を振り下ろした時と同じように、ロキは我を忘れて抜剣しジョーリアへ襲いかかった。


「おお!?急にどした!」


 驚いたのも僅か、本能的に後方へ跳んだジョーリアの右肩から左下腹部にかけて浅いが裂けた。

 冷徹なロキが一斬りで止まるはずなく、振り下ろした体勢から突きの構えとなりジョーリアを追う。

 既に戦えるやつだと認めていはいたが、肉弾戦との差にジョーリアは怯んだ。

 一直線に突き進む刃に対してジョーリアの狙いは持ち手。蹴る動作中に右足を巨大化させることでリーチを埋め、加えてその速度はロキの突きよりも速かった。


「!?」


 しかしジョーリアが見たのはロキの手が砕ける、ではなく自身の右足にグラントールが貫通している光景だった。

 突きの構えから持ち手を急転させ、太ももへ一気に押し込まれた刃は恐竜化した硬質皮膚、筋肉を容赦なく貫通した。


「おまえっ!!ははっ!そうこなくちゃなぁ!!」


 大抵の人間なら激痛と衝撃で絶叫しているだろうが、子供っぽくとも戦士は戦士。ジョーリアは退くどころか筋肉に力を込めて剣を固定した。

 しかしロキはグラントールを引き抜くのではなくさらに押し込むために、柄頭に拳を叩き込んだ。

 熱い鮮血が噴き出し顔を赤く染め上げ、これにはロキの覚醒に喜んだジョーリアも表情を歪めた。


「!!」


 一切躊躇いなく剣を突き刺し、血を浴びてなお表情を変えない。激昂し我を見失ったロキは追撃を入れようと今までの戦いでは決してすることのなかった恐竜化を発動しようとした。


「っ!」


 しかしロキは割れるような頭痛によって恐竜化する感覚を絶たれその場に止まってしまう。

 激昂していても感じる強烈な頭痛。そして停止。

 これが戦闘においてどれほどの隙を生むか。

 当然、ジョーリアは隙を見逃さず巨大化させた手でロキの全身を掴んで持ち上げた。


「かはっ!」


「今のは減点だぞ!減点!やぁっと盛り上がってきたのになんで止まった!」


 手だけでなく、両腕両足、胴体、頭とジョーリアは全身を巨大化させる。大きさは三メートル程度で完全体の半分の大きさもないがそれでも常人と比較すれば圧倒的だった。

 完全に拘束された状況にロキは半ば意識を失ったような状態で抵抗することもできない。


「……」


「答えもしない! 戦いも中途半端! …お前、一体何のためにここにいるんだ?」


 メイに血を感じさせないために剣を使わずして戦士を倒す。そう考えていたのも怒りによって一瞬で破られた。そして結果は散々。


「(……なにが…騎士だ)」


 医師としても騎士としても何一つ全うしきれない。救えず、護れず、なにが騎士団長だろうか。なにが、雷刃だろうか。


「期待はずれも大はずれ。お前じゃジョーリアは楽しい気分になれない。お前は台無し能無し生きる価値無しだ」


 虫を捕まえたような、少しの力加減で生かすことも殺すこともできる優越感。無邪気な殺意がみしみしとロキの体を締め付け、骨肉が悲鳴を上げ始める。


「ありゃ?痛くないのか?」


 力なくぐったりして期待していた声を上げない、どこまでも退屈な男にジョーリアは呆れ果てている。

 血や臓物を吐いて肉体が潰れていく苦しみに絶叫する、そんな声が聞きたいのにどうにも思い通りにならない。


「はぁぁ。ほんとつまんない男だなお前は。つまんないやつ、ジョーリア嫌い。もう……いいや」


 飽きたジョーリアはロキを殺そうと光のない目になった。



「ーーやめて!!」



「……?」


 ゆっくりと視線をずらした先に、小さな少女が立っていた。

 存在は分かっていたが手を出したところで退屈なことも分かっていたからロキを優先した。

 ジョーリアにとってその程度の存在。見せ物にしてもいいと思っていた程度の、羽虫と変わらない存在。

 それが今ふらふらとこちらへ歩いてくる。


「…メ、イ」


 絶対に出てくるべきではなかった。

 今、メイを助ける術がない。


「よせ…」


 文字通りメイにはジョーリアの姿が見えていない。相手が自分の何倍も巨大なことを知らない。

 嫌な予感がメイを動かしていた。何が起きているのか詳しく分からなくてもメイは悪い状況を肌で感じ取っていた。


「なんだ?なんで出てきた?馬鹿なのか?」


 メイの登場にロキは痛みをおして力を入れるがジョーリアの手はびくともしない。

 

「自分から殺されにくるなんてお前、本気出し損だったなぁ」


 メイを殺してロキの実力を発揮させようと企てるくらいにジョーリアは狂っている。だが既にジョーリアはロキに飽きていた。

 そんな中、この飽きを多少でも面白くするおもちゃが現れた。

 

「…おじ、さん」


「それってぇコレのことか?」


 雑に突き出されたロキの姿はメイにはもちろん見えていない。しかし消えかけた意識でもロキにはメイが見えていた。

 絶対に護らなくてはいけない。絶対に。絶対に。


「……」


 恐竜化。もうそれしかない。


「おいガキ。ジョーリアは今からこの期待はずれを殺す」


「…え」


「でもそれじゃぁただ死ぬだけで面白くないよな。やっぱり死ぬ時はぎゃーって叫ばないと!」


 盲目のメイでも目の前の狂人が笑っていることが分かった。

 残酷に、残虐に。暴力が掌握した状況は地獄でしかない。メイはあの日を、竜滅会が島に現れた日を思い出した。


「だからジョーリアはこの期待はずれの腕と足をちぎってやろうと思う!! だからガキ、お前は右腕左腕右足左足どれからちぎるか選べ!」

 

 意気揚々と最悪の選択肢を与えたジョーリアにメイは絶句した。与えられた選択肢が選択肢ではない狂気の支配。意味の分からない狂気が頭を駆け巡り、返す言葉が見つからない。

 ジョーリアはその表情を待っていたと言わんばかりに満足げに笑っていた。


「うんうん!やぁぁっぱ絶望感はそうでなくちゃ!!いいねぇ!ジョーリア大満足!!」


 外道。汚れすぎた殺意と人格が最高潮に溢れていた。

 

「どうした!早く答えろよ!」


「……ぁ」


 目に見えない恐怖。響く怒号は誰に支配権があるかを強調し、ロキの声が聞こえない不安が呼吸を乱れさせる。

 嫌な予感は当たっていた。

 おじさんは…敗けたんだ。


「メイ!」


「!?」


 精一杯絞り出された声にメイは顔を上げた。

 声が、声が聞こえた。

 伝わる情報は声のみで吐血した姿は見えていない。だからメイには、その声だけで希望になってしまう。

 逃げろ! そう言ってどうなる。

 なんのために叫んだのか。本人ですら理解できない衝動にロキ自身が困惑し、後悔した。

 無責任。これはただの無責任だ。

 


 万が一恐竜化するときは絶対に僕たちがいるときにしてね。ほんっと大変だったんだから!絶対に絶対に約束だかんね!

 ははっ。またあれを止めるのは骨が折れるね。次は止められるかな。

 ロキ、約束ですよ。あんな無茶なこと二度としてはいけません。次は怒りますからね。



 幼少期。ユタとクロト、ベロニカと結んだ約束が意識に響く。

 恐竜化。ロキにとってそれは他者の恐竜化とは毛色の異なるものだ。

 過去に一度だけ発動し、そして禁忌とした自身の罪。


 

「(目を……醒ませ)」



 約束が。

 戒めという名の鎖に縛られた怪物が。

 血に飢えた衝動が、ゆっくりと鼓動し始めた。

 

「おーい。大声出した割に結局くたばってんじゃんこいつ」


「…おじさん」


「おいガキ、お前も早く答えろよ。ほーら早く!五秒以内な!五秒たったらこいつ握り潰しちゃうから!!」


 死の宣告にメイの心臓が跳ねた。


「ごー!よん!」

 

「まって!」


「さーん!にー!」


 体が冷たくなる絶望感にメイは膝から崩れ落ちた。

 選ぶことなんてできない。

 どうすることもできない。

 声がしたのに、なんで。なんで。

 

「やめて…」


「いーち!!」


「いやだ…」


「はい!おーしまい!!」


 命を掌握する快感が満面の笑みとなったジョーリアは少女の懇願を無視して力一杯ロキを握り潰した。


「やめてぇ!!!!」

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