地図という世界
エースケたちが未知の島で奔走する最中、各地でも行動を起こす者たちがいた。
ティルルでは
「あ!レオン君またこんな時間に!」
驚きと少しの怒りを含ませたツァル子の声がベロニカ宅のリビングで響いた。
「なんだ、レオンいなかったこと気づかなかったのか」
「え!?ノアさん気づいてたんですか!?」
「そりゃ昨日もこんくらいの時間に出てったからな」
「なんで止めなかったんですか!」
「止めたところでこっそり出ていったさ。男ってのは思い立ったが最後、突拍子もなく行動する生き物なんだよ」
エースケたちが消失してから二度目の夜。
月光に照らされながら、月光のような白髪の少年がティルル城壁外周を走っていた。
息を弾ませながら、柄にもないと思いつつ、レオンは息苦しさを堪えて走り続けている。
「はっ! はっ! はっ!」
前々からの日課ではなく、ノアの言う通り突拍子もなく、ただ突然に昨日から始めたランニングだった。
エースケたちが消えてしまった日の夜、レオンは集会場ティルル受付嬢であり行方不明となったロキの姉であるベロニカの家に迎えられた。
理由は、ノアの「今夜一人で眠るのは辛いだろ?」という言葉に対して「では」とベロニカがノア、ツァル子、レオンの三人を招待したからだ。
そして、その夜にレオンはツァル子の涙を見た。
「はっ! はっ! はっ!」
ノアに抱きしめられ、ツァル子が泣いていた。
取り乱しながらも気丈に振る舞っていたツァル子の本心を見たレオンは、言葉にできない感情を散らすように外へ飛び出した。
散々走って、走って、走って、倒れるまで走って、今日もまた走っている。
昨日は溢れる感情を溶かすために走っていたが、今日は少し違った。
「もっと…! 強く…!」
今の自分にできること。そう考えた時、レオンは改めて自分の無力さを痛感した。
エースケたちは全くの行方知れず。大陸中の騎士や冒険者、商人が各地をくまなく捜索し続けているが、有益な情報すら手に入らない。加えて優秀なロキ側から何もアクションが起こらない事実に不安が膨れるばかりだった。
ウゴォォ
「!」
暗闇の向こうから聞こえた野太い唸りにレオンの足が止まる。
巨大なシルエットがゆっくりと近づいてくるが、レオンが驚いたのは恐怖からではない。
「トリケラ君!」
見慣れたシルエットの正体はレオンの親友、トリケラトプスのトリケラ君だった。
「また竜舎抜け出してきたの?」
ウゴォ
「ダメだよ勝手に出てきちゃ。街のみんながびっくりしちゃうでしょ」
レオンの保護者、もとい保護竜のトリケラは昨夜も竜舎を抜け出してレオンを見守っていた。
抜け出したといっても単純に柵を破壊して出てきているため中々問題なのだが、トリケラからすればどうでもいいこと。レオンの方がよっぽど重要だった。
ウゴゥ
「心配してくれてるの?」
ウゴ
「平気だよ。 トリケラ君、優しいね」
ルゼアチノで共に戦ったレオンとトリケラは誰よりも心が通じていた。ご飯も掃除も全てレオンが世話していたため、竜舎に入るのを拒んで暴れたトリケラでもレオンの言うことはすんなりと聞き入れるほど、なつき方が尋常ではなかった。
オゴォォ
「ん?まだ帰らないよ?」
ウゴ!?
「ノアさんには言ってあるし、体力作りはもっと自分を追い込まないと!」
エースケたちの捜索は各地で行動している人々に任せ、日中は集まった情報や竜滅会についてを整理し、夜は体力作りのためにトレーニングをする。
これがレオンの決めたこと。
自分にできることとできないことを明確にして、手がつけられることから徹底的にこなしていく。
もちろんエースケたちへの不安はあるが、信頼もしていた。彼らがそう簡単に死ぬはずがない。半ば自分を安心させるためでもあったが、その信頼は本物だった。
「また竜滅会が攻めてきた時に、僕も力になりたいからさ。 もちろんトリケラ君は応援してくれるよね!」
下角を両手で掴みながら、トリケラの目を覗き込む。トリケラもまた、彼の覚悟を声音から理解した。
言葉が分からなくても思いは伝わる。
トリケラは鼻先をレオンに擦り寄せ、優しく喉を鳴らした。
「くすぐったいよぉ」
ざらついた鱗を撫でながらレオンは嬉しそうに微笑んでいる。
心を許した恐竜は、どんな動物よりも逞しく頼りがいがあった。
僕もトリケラ君みたいな頼れる存在に!
そんなレオンが自分なりの強さに気付くのはまだ少し先の事。今はまだ自分の意志を具現化するために努力する期間であって、後に彼が『無垢なる純白の騎士』と謳われるとは、まだ知るよしもない。
「あぁ! いたぁ!!」
「!?」
暗闇の向こう側から響く聞き覚えのある声にレオンは咄嗟にその方向へ視線を移した。
昨夜、ベロニカ宅へこっそり帰ったレオンはツァル子にこっぴどくお説教をくらっている。それを思い出し、レオンはトリケラの後ろに隠れた。
「あ!隠れたってだめだよレオン君!そこにいるのは分かってるんだから!」
探してきます!とノアの言葉を押し返してツァル子はベロニカ宅を飛び出してきた。
いつもの方向音痴は空を飛んでしまえば発動しにくい……とはいかず、あっちこっち飛び回ってようやく見つけた。
「ツァル子さん…」
「なぁにその残念そうな言い方。レオン君、ここでなにしてるの」
翼をしまい、ツァル子がレオンの元へ着地する。
「それは…」
いざ聞かれると素直に、強くなるためです、と口に出せなかった。
心配してくれているツァル子にこれ以上心配をかけるのか。そんな思いでレオンは言葉を詰まらせる。
「トリケラも勝手に竜舎から出てきちゃだめでしょ?」
ウゴォ…
レオンがいないことを知った時は少し怒っていたツァル子だったが、今の声音には不安と悲しみがあった。
「レオン君とトリケラまでいなくなったら私…」
「いなくなりませんよ!」
どきりと胸を刺すツァル子の悲しげな声にレオンが反射的に手を取る。
「…!」
咄嗟のことでつい力が入った。
それに気づいたが、一息置いて
「…僕もトリケラ君もいなくなりませんよ。今の僕じゃ説得力はないけど、それでも、僕たちは絶対にいなくなりません」
自分が誰かの力無しに誰かを護ったり、救うことができないのは重々承知している。
盗賊団から解放されたのもルゼアチノを生き延びることができたのも、エースケたちがいたからだ。
この言葉はあまりに軽すぎるし説得力がない。心からの言葉ではあったが、レオンはそう自分を責めた。
「…それに」
言い放ってみたものの、自分の力不足を改めて痛感したことでレオンの真っ直ぐとした目から力が抜ける。
それでも言いたいことがあった。言わなくてはいけないことがあった。
「…ツァル子さんは僕が護ります」
もう一度ツァル子の目を見て、思いが届くように、言い放った。
軽い言葉が重くなるように強くなればいい。説得力を出すために、責任を持てるようにあえて言葉にして原動力へ変えていく。
自信が無いからこそレオンは覚悟に拍車をかけた。
「……!」
真っ直ぐ見つめてくるレオンにツァル子の頬が、火がついたように染まる。
ほんの少しの頼りなさが可愛らしくて、護ってくれる優しさがとても嬉しい。
「僕が、ずっとあなたのそばにいます」
小さな手が頭を撫でた。
背伸びをして、ほんの少しの気恥ずかしさと覚悟と願いを胸に、レオンが優しく微笑んだ。
さぁ、もう弱いままではいられない。
もちろん、ツァル子を護るだけの存在として見ているのではない。
強くなる理由だけの存在でもない。
この想いを言葉にするのならば…。
「…レオン…君」
あと一息のところで先にツァル子が口を開いた。瞬間、想いを伝えるかどうかの選択は
「もう、夜も遅いし、さ。今日は…帰らない?」
まだ今はここまで。そう答えを出した。
ツァル子の手を取って、
「…そうですね!ノアさんが知ってるとはいえ、いつまでも帰らないのは心配かけちゃいますから!」
ほんの一瞬ツァル子の表情がどこか哀しげに、残念そうにしたのが見えたが、
「そ!そうだよ! 私、レオン君のこと迎えに来たんだから!」
もどかしさを誤魔化して、二人は心の傷を埋め合うように手を繋いだ。
エースケたちの発見が絶望的な今、レオンは大きく成長しようとしている。
無垢なる純白の騎士。後に名声を博することとなる少年は、月下、誓いを胸に大きな一歩を踏み出した。
********************
「よろしいんですか、一人で行かせてしまって」
「レオンか?ツァルコアか?」
「どちらもです。二人にもしものことがあったら」
「レオンもツァルコアもどこまでが危険かくらい分かる歳頃だよ。それに、子どもたちだけで考えたり話したりする時間だって必要だと私は思うぜ?」
ベロニカ宅、ふかふかのソファーに背中を預けているノアが時計の秒針を目で追っている。
一方のベロニカは窓から不安げに月を見上げていた。
「…私たち大人は、無力ですね」
無力。その感覚をノアは嫌ほど知っている。
エースケたちの捜索はまさに無力そのものだった。
ティルルを中心とした捜索網はギガン大陸中の冒険者や騎士、商人によって各地に張り巡らされていたが、竜滅会の動向や三名の行方は未だ一つの情報すら手に入らない。
ロキに対する信頼は大きかったが、なんの手掛かりもなく、優秀なロキからアクションがないことが返って事態の深刻さと多くの人の不安を煽っていた。
「どいつもこいつも適当な事抜かしやがってよ、あんなの気にしてちゃ、いつか倒れちまうぞ」
「…ぇぇ」
根も歯もない噂にベロニカは憔悴していた。様々な憶測が飛び交い、竜滅会関係で行方不明になった人間が数多くいることからもロキたちに対する声は後ろ向きなものが増えてきている。
「そのぉ、りゅうおう…?だっけか? そいつからの連絡はまだなのかよ」
「剣騎会議が開かれていませんし、まだ少しかかるかと。スー様のことですから、既に対応はなさっていると思いますが、おそらく…」
「私たちと進捗は似たようなもん…か」
「竜滅会の動向を掴めないのは今に始まったことではありませんし、各所での捜索もいずれ限界がきます。…もはやロキたちは」
「おい!諦めるのは…!」
「違います! ロキたちはこの大陸にはいない可能性が高い、という話です」
ソファーから飛び上がったノアが、重力に任せてぽすんと座り直す。
大陸にはいない。その言葉がノアの頭を駆け巡る。
「…大陸の外って…どうなってんだ?」
「…はい?」
「ずっとルゼアチノで生きてきたんだぞ?私とアルーゼには一般常識が通じないっての忘れたか?」
「あ、あ! そうでした!」
「そうでしたって…。認められると認められるとでくるものがあるな」
「ちょっと待っててください!」
ベロニカが早足でリビングから出ていく。
地図を取りに行ったのだろうが、ノアは改めて自分が何も知らないことに小さくため息をついた。生まれてからずっとルゼアチノで育ち、ゼアルに追放されてからもアルーゼを救うために動いていたため、世界を学ぶ時間などなかった。
そしてそれはアルーゼも同じこと。生存能力、戦闘能力の高さは申し分ないが、我が娘ながら竜滅会なんて組織を知っているはずがないだろう。
「アルーゼ、暴れてんだろうなぁ…。 って、何呑気なこと言ってんだ私は!」
絶対にみんな生きている。しかしどうにも体に力が入らない。
どれだけ信じようとも決して拭えない不安があって、助けたくて堪らないのにその方法が見つからない、そんな痛いほどの無力感にノアも憔悴しきっていた。
踏ん張りたい、折れるわけにはいかない、それなのに今日も一点を見つめたまま動かないことが何度かあった。とツァルコアに言われた。
「つーか!!こんなに離れ離れになる親子はいねぇぞ!!そんなに私とアルーゼのラブラブチュッチュを邪魔してぇのか!!あ!?」
「ちょっとノア様!ご近所に迷惑ですよ!」
「あ、わり」
しぃーっと口に指を当てるベロニカは丸められた地図を持っていた。
テーブルに乗せ、四隅に錘を置くと、ノアが「おぉぉ」と声を出した。
「これが世界地図ってやつか!」
「世界…とまではいきませんが、我々人類が把握している地形情報が記載された最新の地図になります」
「すっげーな!初めて見た!」
精巧に描かれた地図にノアは釘付けになっている。
だが、
「…どれがなにで、ここはどこ…なんだ?」
「ふふっ、では、地理のお勉強をしましょうか」
紅茶を淹れ、ノアの隣にベロニカが座る。まじまじと地図を見ているノアは歳上とは思えないほど子供っぽく見えた。
「まず我々がいるのは、この中央にあるギガン大陸です」
ベロニカは地図中央やや上に位置する長方形の陸地を指差した。さらに、各所に都市を示した印がある中でベロニカは"ティルル"と書かれた場所を指差した。
「そしてここがティルルです」
「待て待て待て待て待て」
「どうされましたか?」
「これがギガン?ギガン大陸?」
「はい。これがギガン大陸ですよ」
「ちっっっっさ!!!!!」
そこには全くギガンらしくない小さな陸地があった。
勝手なイメージでギガン大陸はでかいと思っていたノアだったが、実際は、これで大陸?というほどに小さい。
「この大きさはギガン島のほうがしっくりくるぞ」
「ギガン大陸は人類が発見した大陸の中で最も小さい陸地で、ノア様の言う通り、ギガン島派もいました。しかしギガン大陸派とギガン島派のギガン論争において大陸派が勝利し、ギガン大陸が定着しました」
「じゃあ、さすがにこれは大陸じゃないよな」
ノアの視線を見てベロニカはギガン大陸より西側に指をずらした。大陸に比べて遥かに小さな島々が集まっていて、そこには"翼竜諸島"と書かれている。
「ここは島に該当します。翼竜の楽園とも呼ばれる場所で、大陸外調査が最も行われています」
「ん?大陸の西っかわ…。あー、私、この島のどれかに行ったことあるかもな」
ノアはいつかの小島へ転移した記憶を辿っていた。
ゼアル襲撃からアルーゼを脱出させた後、自分も転移の水晶で脱出したのだが、転移先は何故か海のど真ん中にぽつんと浮かぶ小島だった。
特に考えもなしにそのまま海へ飛び込み、勘を頼りに泳ぎ続け、なんとかたどり着いたのはギガン大陸の西側。
対してルゼアチノはギガン大陸最東端に位置し、ノアはアルーゼに会いたい一心で大海と大陸を横断した。
そんな諸々の出来事を手短にベロニカに話したが
「翼竜諸島からギガン大陸を泳いで渡るなんて、ノア様は冗談がお上手ですね」
「あー!信じてねぇな!」
事実、ノアは翼竜諸島の外れにあった小島に転移し、見事にギガン大陸まで泳ぎきったのだが、この超人的偉業にベロニカは可愛らしく微笑むだけだった。
「もういい、次々!この細長いやつ教えてくれ!」
説明してもまた笑われるだけだと、ノアはギガン大陸より左下に描かれた細い、島、と呼ぶには少し大きな場所を指差した。
左上から右下へ伸びたその島には『メテオストル』と記されている。
「メテオストル島は最近名前が付けられた、現在調査中の島です」
「調査中?」
「ニ年前からとある探検隊が島の調査を行なっているんです。メテオストル島の地形、生態系の情報は彼らによって日々解明され続けています」
「…ふーん」
受付嬢として世界の情報を知り尽くしているベロニカだが、ノアが何か腑に落ちていない表情をしている理由はすでに察している。
「ベロニカ。私の言いたいこと分かるよな」
「……えぇ」
ギガン大陸とメテオストル島。地図で見ると一目瞭然、ギガン大陸よりもメテオストル島の方が大きい。
それなのメテオストルは大陸ではなく島と表記されている。ノアはそれが気になってしょうがなかった。
「なぁんでギガン大陸よりもでけぇメテオストルが、大陸、じゃなくて島呼びなんだよ。すっげー腑に落ちねぇんだけど」
「それは…メテオストル論争で島派が勝ったので…」
「どんだけ論争好きなんだよ!」
論争好きの学者にむず痒い気持ちを吠えるノアに、ベロニカはある人物が重なった。
「エオ様と同じことを言いますね」
「エオ?」
「探検家エオ。メテオストル島探検隊隊長であり、この世界地図を作った張本人です」
「この地図を作ったねぇ。……は!?」
今目の前にある世界の情報、それを描いた男。ノアが見たことない世界を見た男。
想像もしえない探検家エオという存在に、ノアは地図を改めて凝視している。
「彼がいなければこの地図は間違いなく存在していません。エオ様による各分野への貢献は凄まじいものですよ。それに、ノア様は雰囲気がエオ様に似ている気がします」
「そんなすんげーやつと私が、似てる?」
「エオ様は豪快な人柄も有名で、ティルルに来た時は食事場のお酒を全て一人で飲み干してしまったこともあるんです」
「ほう?それはたしかに似てるな」
改めてメテオストル島を見たノアはふと、あることに気がついた。
「ん?でも地図作ったって、この地図所々黒く塗り潰されてんのは意味があんのか?ギガン大陸以外はほとんど黒いぞ」
「それは正確な情報が無いということです。つまり人類未到の地。メテオストル島も二年で外周部分は調査されましたが、島内部はまだ謎ばかりです。ですから、内側は黒く塗りつぶされています」
「なるほどね。んじゃ、この馬鹿でかいやつもか」
ノアの言う馬鹿でかいやつ。それはメテオストル島から東に位置した、ギガン大陸から見ると南東に位置する巨大な大陸のことで、メテオストル島すら簡単に収まってしまう。
「それはダイナ大陸です。見ての通り、分かっているのはおおよその形のみで、人類が抱える大きな謎の一つと言われています」
「これを見つけたのもエオか?」
「はい。しかし元々ダイナ大陸は伝承や文献、御伽噺などでその存在は知られていました。エオ様はこれらをもとにダイナ大陸を発見、記録したのです」
「でも上陸はしてねぇってことか」
「えぇ。エオ様率いる探検隊は海から地形を記録しました。ダイナ大陸を一周しましたが、上陸は一切していません」
巨大な黒い大陸。まるで世界に深い穴が空いたような、探検家エオですら知らない場所。
そんな一際目の引く未知を、ノアは黒色を払うようになぞった。
「さすがにルゼアチノにはダイナ大陸の御伽噺はなかったな」
「では、とある噺に出てくる一節を…」
始まりの王は自ら舟を漕いだ
終わりの王は人々に壁を築かせた
荒波は進むことを阻み
城壁は逃げることを阻む
未知を夢見る勇敢な王は星々に祈りを
未知に怯える傲慢な王は星々に怒りを
やがて始まりの王は地を踏み
やがて終わりの王は血を踏んだ
「これは、二人の王が異なる道を進み、一人は幸福な、一人は悲劇的な死を迎える『王の一生』という御伽噺です」
「王ねぇ…」
「この御伽噺含め、ダイナ大陸が出てくる文献や物語には、人々は元々ダイナ大陸に住んでいて、やがてこのギガン大陸に渡ってきたという共通点が挙げられます」
「つまり…ダイナ大陸は人類未踏の地じゃない?」
「人類がいたはずの大陸。もしくは、まだいるかもしれない大陸。エオ様は後者の可能性を考慮してダイナ大陸には上陸しなかったのです」
現状、ギガン大陸にいる者たちの手も目も届かない場所であるダイナ大陸。ダイナ大陸どころかギガン大陸から出てしまえば、どこに行っても身を隠せるだろう。
ベロニカの言った「ロキたちはギガン大陸にいない可能性がある」ということがあながち間違っていないのでは。
ノアは目星がついたようで、より状況の深刻さが酷くなった仮説に小さくため息をついた。
その時、玄関から鈴の音が響いた。
「お?帰ってきたか?」
ノアの予想通り、リビングの扉がゆっくりと動き出した。
「た、ただいまぁ」
そぉっと覗き込んでくるツァル子とレオンは、顔半分出したところで動きを止めた。
「…二人とも」
青色の視線に二人がビクッと跳ねて、ゆっくりと扉の向こうへ隠れようとするが
「隠れるのは禁止です」
「……はい」
もう絶対に怒られる声音に扉の前へ出てきた二人のテンションはあからさまに下がっている。普段は綺麗な笑顔で見守ってくれるベロニカも、ロキの姉ともあって真剣な眼差しには圧がある。
しかしベロニカには責める気持ちなど微塵もなかった。子供たちだけで考える時間。それはとても大切なものだと理解しているし、今は特に慎重に接しなくてはならない。
「次からはちゃんと、私にも伝えてから行くんですよ。分かりましたね?」
「はい…。ごめんなさい」
俯くレオンに鋭い目から一転、優しく微笑んだベロニカの手が白い髪を撫でた。
「約束ですよ。もちろん、お二人も」
「はい…。約束します…」
「私もか!?」
反省するツァル子は分かるが、まさか自分が呼ばれるとは思っていなかったノアが勢いよく振り向いた。
「信頼は大切ですが、大人には大人の責任があることをお忘れずに」
「…は、はい」
と、振り向いたことで当然ノアはツァル子とレオンを見るわけだが、放任しすぎを反省すると同時にレオンを行かせて正解だったと確信した。
「そ、れ、は、そ、う、と、ベロニカー?」
「はい」
「ちょーっと下がってもらっていいか?」
言われた通りベロニカが一歩、二歩と下がると、ノアの位置からでは死角になって見えなかったものが顕になった。
「やっーぱりレオンは、私の見込み通りの男だな」
「え?」
視線の先、レオンとツァル子の繋がれた手にノアはグッと親指を立てた。
見守るベロニカと違い、ノアは行け行けと背中を押すタイプ。何より、二人の、特にレオンの成長が嬉しくて堪らないのだ。
帰り道、ずっと手を繋いでいたツァル子とレオンはいつのまにか無意識になっていたそれにゆっくりと視線を向ける。
「あ」
意識した途端に熱が手から全身へと広がり、咄嗟に二人は手を離してしまった。
「ありゃま」
「ぼぼぼぼぼく!おふ、おふろははははいってててききますね!!」
爆発する感情にあたふたと目を回して、レオンは風呂場へ逃げていった。初日のベロニカ宅お風呂はドキドキしたものだが、今のレオンにドキドキする余裕などない。
「余計なこと言ったかな」
「欲を言うならもう少し見ていたかったですね」
「すまんすまん。でもよ、今更手繋いでおいて恥ずかしがるか?」
「可愛らしいじゃありませんか」
逃げたレオンに対してツァル子は耳まで赤くして固まっている。それをニヤニヤと近付いてくるのはもちろんノアだ。
「ツァルコアァ、可愛く照れちゃってよぉ。とか言っといて実はチューとかしたんだろ?」
「チュー!?」
容赦なく追い討ちをかけるノアにツァル子が変な声をあげた。そんなノアから逃げるように
「しししてませんよ!!わわわたしもおおおふろにはははいってきます!!」
「ちょ待っ、それはレオンが…」
ツァル子はリビングを飛び出し、風呂場の扉を勢いよく開けた。
「ぴあっ!? ツァル子さん!?!?なにして!!」
扉を開いたのがエースケならば即座に飛びつく、もしくは鼻血を吹き出していただろう。
絹のような白い肌、華奢で可愛らしい体、お風呂に入ろうと服を脱いでいたレオンはツァル子の登場に顔を真っ赤にした。
男の子、いや男の娘?というか最早女の子。
ツァル子もちゃんと鼻血を出していた。
ガチャン
「ちょっと!? ツァル子さ…! やめ! そこは!! ノアさぁぁあああん!!!」
背中を押しすぎたというか、ツァル子が大胆すぎるというか。相変わらず突拍子もないおてんば娘にノアはポカンとしている。
「え、なんなのあいつら」




