ベルーサという剣士
「これだけやって刺し傷一つですか。割りに合いませんね」
「文句言ってる暇あんならてめぇがもっと動きゃいいんだよボケ」
左下腹部からの出血は団服をじわりと赤く染めていた。
傷は浅い、しかし雷刃に一撃与えることもできずに倒れた者たちがどれほどいるか。そう考えるとベルーサの苦労が少しは報われるというものだ。
「我を忘れるほどモナ様の言葉が癪に触りましたか?こちらとしても転移者を殺す気は…」
「エースケ!」
崖下を覗いていたアルーゼの叫びに、ロキは振り返らずに耳だけ傾ける。
ただ理由無しにエースケが放り投げられたのなら、ロキが真っ先に飛び込んでいた。それでもアルーゼを止めたのは
「アルーゼぇ!助けてぇ!」
エースケは死んでいなかった。
カルデラへ蹴り飛ばされ、垂直に落下していたエースケはかつてないほど死をイメージしたが、着地は予想よりも早く、現在は空中で大の字に広がっている。
握っていた尻尾骨は今まさに地面へ激突し、砕け散った。
「モナ専用の水晶にあのクソ野郎を乗せるなんて吐き気がするがよ、今回は、今回だけは許してやる。感謝しろよクソ雷刃。殺そうと思えばいつでも殺せんだからな」
モナの浮遊・保管の水晶の上で寝そべっているエースケはそのバランスの悪さと筋力不足によって身動きが取れず悶絶している。
「少なからず彼の安全は保障しましょう。…とりあえず
長剣が音を立てて鞘へ収まる。
「一度解散です。わたしも本領を発揮できない状況ですし、中途半端な殺し合いほどつまらないものはないでしょう?次は万全な準備を整えてお待ちしています」
「ふざけるな!」
相手が剣を収めようと関係ない。ロキが敵と見なせば最後は斬るのみ。
瞬間、ロキの体を白煙が包んだ。
「!?」
何かを踏んだ。その何かが小さな水晶だということに気づいたのはすぐのこと。
ティルルを襲った煙幕と同様の白煙が視界を完全に遮り、ロキは一人、白い空間に閉じ込められた。
「ばら撒いた水晶にも気づかねぇとはなぁ!爪があめぇなぁバァァカ!」
それとほぼ同時、エースケの背中に嫌な感覚が伝わった。水晶の上に乗っているはずが、体だけが落ちていく。全く抗えない引力にエースケは
「これ!やばいパターンだ!!」
沈んでいく、飲み込まれていく、言いようはいくらでもあるがどちらにせよ緊急事態に変わりはない。
まさかゼアルと同じ羽目になるとは。
「エースケ!」
異変に気づいたアルーゼの叫びに応えたかったが、水晶の中からでは声が届かない。
「(アルーゼ!!)」
ロキに続いてアルーゼも白煙に飲み込まれた瞬間、エースケも完全に保管の水晶に閉じ込められた。
「さて」
崖の淵に立ったベルーサはモナを抱え、白煙を背にカルデラを見下ろした。
「帰りましょうか」
「なに帰ろうとしてんだボケカス!全員殺せっつったろうが!しかもなにちゃっかりモナのこと抱っこしてんだよ!」
「引き時ですよ。雷刃はまだしもアルーゼ様も加わればさすがに無理です。それに、どうせなら"水利剣"で手合わせをしたい」
「なんでてめぇのわがままに付き合わなきゃいけねぇんだよ!」
「さ、掴まっててくださいね」
「無視すんな!」
地面の終わりから躊躇いなく足を前に出し、ベルーサは重力に身を委ねた。風圧に黒髪が逆立ち、モナとともに落下していく。
しかし落下といっても秒数にすればニ秒ほど。ベルーサは軽やかにエースケの入った浮遊・保管の水晶に着地した。
「転移者、入っていますね」
浮遊する球体に容易く着地したベルーサは水晶の中に人影があるのを確認したが、人影は中で暴れているように見えた。
カルデラ中央部に建造されたDr.の実験場を目指して、体重を若干前に傾けると、浮遊・保管の水晶は平行移動を開始する。
既に崖から飛んだとしても絶対に届かない距離は離れたが、ベルーサは一応白煙の方を振り向いた。
濃霧よりも濃い、完全に視界が遮られる煙幕は未だにロキたちを包んでいる。
「ビリビリ!しゃがめ!」
アルーゼの掛け声の直後に巨腕が煙幕を突き破り、全力で振り払われた。強引な風圧は煙幕を散らしたが、既にベルーサは声も届かない位置にいる。
「エースケは」
「あの水晶ん中だ!」
安全は保障する。ベルーサの言葉が頭をよぎり、ロキは周囲を見渡す。
飛行能力がない以上、飛び込めば落下死は不可避、アルーゼの巨大化を持ってしてもカルデラの平原までは届かない。
「空中で巨大化して壁掴めばいけるか?」
「高すぎる。落下の速度と衝撃を相殺できずに死ぬぞ」
「なんで死ぬって決めつけてんだよ、分かんねぇだろ」
アルーゼは何故か成功する気でいるが、高さ二百メートルは伊達じゃない。しかし伝っていける植物も見当たらず、ベルーサとの距離も既に姿が点となって見えている。
一度飛び込もうと覚悟するとそれ以外の方法が全て遠回りのようが気がして、アルーゼとロキは焦燥感に溺れかけていた。
「…しってるよ」
どうしようもないもどかしさに思考もままならず、リスクを背負ってでも最速最短を選ぶ流れになる直前にメイが口を開いた。
その言葉の意味をアルーゼとロキは理解できていない。
「メイ、今、なんつった?」
「え、あ……えぇと」
アルーゼの背中でメイはまごまごしている。なぜ自分でもこんなことを言ったのだろう、メイは咄嗟に口にしてしまった言葉を自分の感情と組み合わせていた。
なぜ、なぜわたしは、あのおとこのひとを…。
「メイ?」
「…わたし」
モナとベルーサの声が怖くて、一言も発せずにずっと怯えていたメイ。なぜわざわざ怖いところへ行くことに力を貸すのか。なぜ頂上を指差したのか。
生活を、父を、視力さえ奪われて、生きる希望はとうに無いというのに、出会って一日程度のどこの誰かも分からない人たちに力を貸す必要があるのか。
「おりかた、しって…る」
渦巻く葛藤の答えを心の内で出す前に、メイは自ら怖い場所へと踏み出した。
もう引き返すことはできない。
*******************
「まじか!」
「本当か」
メイはアルーゼたちに賭けた。それはある種、自暴自棄とも言えるし、自殺意識であったかもしれない。
どうせ全て失うのなら最後くらい足掻いてみよう。そんな投げやりな苦肉の抵抗意思はアルーゼたちにとって希望の光となった。
アルーゼと手を繋ぎ、盲目の少女は吹き抜けていく逆風を浴びながら、聳え立つエピタフ・アルゲステスを思い浮かべる。
アルーゼが不安げに
「ま、まさかメイ、お前も飛び降り派なのか?」
「そんなことしたらしんじゃうでしょ」
ロキはメイを見守りながら、腹部の傷に視線を落とした。
痛みはあるが、出血は止まっている。頼みの生療草はエースケが全て持っているため応急処置はできないが、短剣に毒が塗られていないことが幸いだった。
「てめぇはあん時みてぇに誰も救えねぇんだけどな!!」
モナの言葉が傷の痛みと共に響いてくる。過去の自分に、そして今の自分に重なる彼女の言葉。
思い出したくない、されど忘れるわけにはいかない記憶が火傷のように痛みだす。
まるで走馬灯のように、
「転がるいくつもの死体」「雪を染める血」「涙を流すベロニカ」「瓦礫の下敷きになったユタ」「嗤う男」「生暖かい誰かの心臓」
フラッシュバックする殺された故郷の断片的な映像がロキの意識を沈めていく。
殺したくなるほどの悲しみと死にたくなるほどの怒りは思い出せる、しかし、そんな感情を抱いていた時の自分自身の姿だけが思い出せなかった。
「……くるよ」
メイの小さな一声にロキは渦巻く感情を潰し、過去の記憶を断ち切る。
今、自分のことはどうだっていい。ロキはグラントールを鞘に収め、これから"くる"なにかを待った。
「 」
瞬間、向かい風が止んだ。時が止まった、そう錯覚するほどの静寂にアルーゼは反射的にメイを見たが、盲目の少女に驚く様子はない。
そして
「!?」
静寂を吹き破る追い風がアルーゼたちの背中を押した。向かい風の次は追い風。まるでカルデラが呼吸しているかのような強風をメイは待っていた。
メイは深く息を吸い込んで
「---!」
タイミング予想通りの追い風とともにメイが思い切り指笛を吹いた。
たった二本の指で小さな少女が吹いた高音は風音にも負けない音量でカルデラへ響いていく。
「(まさか)」
ロキはメイの指笛の音が砂浜戦にて戦士がタルボサウルスを呼ぶために吹いた笛と重なっていた。
意味も無しにやるはずがない。メイは何かを呼んでいる。
そう察したロキだったが、もちろんアルーゼはなんのこっちゃという顔をしていた。
「メイ、今の指笛は」
察したとはいえ、聞かない理由もない。メイはゆっくりと振り向き
「おとうさんに、おしえてもらったの」
父親からの数えきれない贈り物の一つ。メイは少し悲しげにそう答えた。
必死に逃してくれた父親が生きているのか。その事実を知りたくも知りたくない。いくつもの葛藤が苦しかったが、メイに立ち止まる気はなかった。
覚悟した、というよりも割り切ったのだ。流れに身を任せて、アルーゼたちに賭けた。
指笛の音はきっと届いている。きっとあれは来てくれる。
「なななんだメイ今のピィィィ!ってやつ!どうやってやんだ!?」
「……え」
もうエースケの心配よりも指笛に興味全振りのアルーゼがメイに詰め寄る。基本、すごいと思ったことはやりたくなるアルーゼにとって指笛は実に覚えたい技だろう。
「指輪っかにすんのか!?」
「う、うん」
「フスゥゥゥゥ!! だめだ出ねぇ!」
一人大盛り上がりのアルーゼに相変わらずメイは一歩どころか五歩は引いている。
何度も吹いても音は出ず、
「おいビリビリ、お前もやってみろよ」
悔しいからロキにもやらせる。
自分だけ悔しさを味わうのは許せない。さぁ、ビリビリ、お前も指笛吹けないだろ?
と思いきや、ロキは見事に「ヒュイッ」と音を出した。
「………」
アルーゼのじつに不機嫌な表情。目を細めて口を曲げて、不服そうにロキを見ている。
ここでロキがドヤ顔でもすれば、悔しさを声に出せるのだが
「……」
ロキは何も言わない。できるけど?ではなく、できるのが当然すぎて特に何の感情も湧かない表情が癪に触ってしょうがなかった。
「ビリビリ、お前の指でやらせろ」
「ふざけるな」
「…じゃあメイの」
「なぜそうなる」
指をくねらせながらメイへ魔の手が迫る。メイはアルーゼの魔の手が見えていないが、頭に迫るゾワゾワする嫌な気配に首を引っ込めた。
ゆっくりゆっくりと迫るアルーゼの左手のいやらしさはエースケにも負けていない。
「…なぁんてな。エースケじゃあるまいし可愛い可愛い妹にそんなことしねぇよ」
「い、いもう…と…?」
「そうそう。メイは私にとって可愛い可愛い妹ってわけよ。妹を守るのがアルーゼお姉ちゃんの役目。いつでも私が怖いやつをぶっ飛ばしてやるからな!」
エースケアルーゼ公式妹のメイだったが、一方的な公式設定にメイは困惑している。
だが、父親への寂しさがほんの少し和らいだアルーゼの明るさに、メイはアルーゼの暖かい手を改めてぎゅっと握った。
ギァァッ
「ん?」
メイとの絆を深められると思っていた矢先、アルーゼは空から降ってきた奇音に眉を顰めた。
「なんだ今のきったない音、なんかの鳴き声か?」
しかしロキとメイはそのきったない音が聴こえていないようだった。一際感覚が鋭いアルーゼは確かに聞こえた音に空を見回している。
ギァアッ!!
「あっ、きた」
今度はメイ、ロキの耳にも届いた。
そしてその鳴き声の正体が、黒い影となって上空を飛んでいるのを二人は目にする。
「きた…って、メイ?まさかきたってあれのこと言ってねぇよな」
上空をふらつく黒い影がこちらへ段々と近づいてくる。指笛を吹いて、状況的には間違いなく呼んだのはあの黒い飛行体だろう。
救世主メイが呼んだもう一体の救世主、状況の打開役とでも言おうか。そんな黒い飛行生物は
ギアアッ!!
なぜかふらいついていて今にも墜落しそうだった。そして何より声が汚い。全貌は見えていないが、翼竜であることは確かで、しかしプテラノドンやケツァルコアトルスのような巨体ではなく素早くもない。
「このこえはまちがいないよ。ディモンのこえ、ディモンがきてくれた」
はばたき、ふらつき、はばたき、ふらつきを繰り返しながら、ディモンとやらがついに見えた。
黄土色と深緑色が混ざった皮膚に灰色の皮膜。広げた翼をなんとか上下に振りながら、やたら頭部の大きな翼竜が時折ギァアッ!と吠えている。
「ディモン…。ディモルフォドンか」
なんと安直な名付け方だろうか。いやほんと安直すぎるが、今は気にしていられない。
なによりロキはディモンことディモルフォドンの到着に正直歓喜していなかった。
バサッ、バサッと音を立てて、ディモンがアルーゼたちの元へ着地。
ギァァ…ギァァ…
まるで先程のエースケのように呼吸を繰り返し、涎を垂らし、ディモンは疲れ果てていた。
言葉を失うほど疲れ果てていた。もはや心配してしまうくらい疲れ果てていた。
「え、まじか…」
これにはアルーゼすら絶句してしまう。予想に反しすぎている疲労困憊のディモン、これが…救世主?
ギァァ…ギァァ…
「(か、かわいくねぇ…)」
翼兼前足と小さな後ろ足でなんとか体をささえているが、頭部が重たいのか、疲れも合わさってぐったりしている。
まるで獣脚類のような大きな頭部は体と比率が合っていないように見えた。
◯ディモルフォドン
体長約1〜1.5メートル ジュラ紀ヨーロッパ生息
意味「二型の歯」
「つか、小っさくね?」
アルーゼの言葉を理解しているのか驚き気味にディモンが頭を持ち上げた。
「いやこの個体、通常のディモルフォドンよりも一回りほど大きい」
ギァッ!ギァッ!
仲間よりも大きな自分に自信のあったディモンはロキの言葉に激しく頷いた。
されどディモルフォドンの中では大きいだけで、プテラノドンなどと比較してしまえば小さい翼竜といえる。
「こいつが、ここから降りる方法か…」
メイには申し訳ないが、一抹の、いや、めちゃくちゃ不安だ。
約二百メートルの高さから降りる、すなわちディモンに……乗る?
「メイ、ほんとにこいつが降りる方法なんだよな」
「うん。わたしとおとうさん、いつもディモンでおりてるよ」
疲れ方からして老体なのだろうか。心なしか皮膚にハリがない。
しかしディモンで降りるとはなんとアドベンチャーな父親だろうか。
乗れないこともないが、飛んでいる時のふらつき方からして到底人を運べるとは思えない。
「それに…。ディモンがわたしをこわいひとたちからにがしてくれたんだよ」
ディモンが視力を失いかけていたメイを崖上まで運んだことでメイは戦士からの追跡を逃れていた。
そして砂浜を目指す途中、視界がついに閉ざされ、体力の限界を迎えたことでメイは森の中で倒れた。
そこから二日、エースケが見つけるまであの場で倒れていたわけだが、獣脚類も生息しているあの森で一切襲われなかったのはまさに奇跡といえる。
「じゃあなんでディモンと一緒にいなかったんだ?」
「だってディモンとはべつになかよしじゃないもん」
メイにとってはまさに救世主なディモン、しかし意外に淡白だったメイにアルーゼは「そ、そっか」と言葉を詰まらせた。
確かにこいつと仲良しってのは難しいな。
つまるところエレベーター役。どうやってメイの父親がディモンを従えているのかは分からない。
「さすがに三人同時ってのは無理だよな」
「アルーゼとメイなら問題ないだろう。なによりエースケを早急に助けるには、今はメイを、そしてディモンを信じるしかない」
しかない、つまりロキも信用していないわけだ。
ディモンは呼吸が整うと親鳥を追う雛のようにメイの元へヨチヨチと歩き、そのまま
ギァッ!!
落ちていった。
「おぉぉい!!!落ちたぞ!!」
ギァァァ
とはいえ腐っても翼竜は翼竜。危なかったぁと言わんばかりにディモンが上昇してきた。
「なぁメイ、一発こいつのことぶん殴っていいか?」
「おりたあとならいいよ」
ギァ!?
ブラックジョークにしてはたちが悪い。中々不安にならないアルーゼですら不安を覚えるこの頼りなさ。自力で壁を伝って降りたり、飛び込む方がまだマシと思えてくる。
「アルーゼ、この高さを決して侮ってはいけない。君の能力でも対応できないことはあるということを忘れるな」
「わぁってるよ」
高所に全く恐怖心がないアルーゼだが、さすがにこの高さには危険信号が鳴っている。かつて暮らしていた巨大樹の二倍はあろうか。
「やさしくあしをもってあげて」
最年少のメイがこの状況に最も落ち着いている。目が見えないとはいえ、この高さに臆しないとは、ぜひともエースケに見習ってほしいものだ。
メイをおんぶして左手で支え、右手でディモンの足へ手を伸ばす。
「…よし、行くぞ」
一歩先に地面はない。
「じゃあビリビリ、下で待ってるぜ」
「あぁ」
ただ飛び降りるとは違う感覚。アルーゼは小さく一呼吸置いて、ディモンの片足を握った。
そして遂に
ギァッ!
ディモンもろとも落ちていった。
「ふざけんなあああアアアァァァァッッ!!!!」
*********************
一瞬の消失。目の前からアルーゼたちが消え、さすがのロキも声を出さなかったものの驚きが表情に出ている。
ギァァァァァアアアッッ!!!
「なぁんでてめぇが叫んでんだディモン!!翼をもっと動かせぇえ!!」
全く安全性を感じない高速の垂直落下。耳を震わす風音と髪を逆立てる風圧がその速度を物語っている。
それなのにディモンが全く羽ばたかない。完全に重量に耐えきれず、体を反らせて汚く絶叫している。
「ディモォォン!!!」
ギィィィ!!!
「全筋肉に力ぁ入れろ!歯ぁ食いしばれぇ!飛ぶイメージをしろぉぉ!!」
ギィギイイッ!!!
目を血走らせながらディモンが文字通り命懸けで翼を動かすが、落下速度が落ちない。
「もっとだぁ!!もっと気張れぇ!!」
アルーゼ、メイはもちろんのこと、このまま落下すればディモンも死ぬ。人間に巻き込まれたディモンからすればたまったものではない。
ディモンが現れたのは別にメイに懐いていたわけではなく、メイの父親が指笛を鳴らしては餌を与えて餌付けしていたからで、いつ餌をくれるかと待っていたら足を掴まれて今に至る。
ギィィアアッッ!!
「お!? いいぞディモン!速度が落ちたような気がする!」
ギァァ!
「あ、気のせいだ」
ギィィアァァ!!
と言いつつ、実際には落下速度が徐々に落ちていた。しかしアルーゼからすれば垂直落下に変わりはなく、速度は二の次、しかも軽くパニック状態のため正確な速度が不明だった。
もうとにかく速すぎる。
「はえぇぇぇ!!!」
「………」
「メイ!?落ち着きすぎだろ!」
「…なれてるから」
「慣れてる!?」
どんな慣れだと言う間もなく、既に地上まで半分を切っている事実にアルーゼは焦りまくっていた。
しかしメイは異様なほど落ち着いている。一方のディモンは満身創痍、全身全霊で筋肉を躍動させていた。
ンギッ!ンギッ!ギィィアッ!!
「もっとだ!もっと速度落とせ!!」
残像が見えるほど翼を動かし、あろうことか速度がみるみる落ちていく。比較的大きな体格とそれに伴う力、そしてなによりこの超危機的状況がディモンのリミッターを破壊した。
しかし落下速度をいつまでも気にしているわけにいかない。着地をどうするか。眼下には木々が生えているが、アルーゼは木々の間からちらほらと見えている地面に直接着地することを即決した。
現速度はノアと暮らしていた巨大樹から飛び降りたときに比べれば遅いのなんの。これも全てディモンのおかげだが、まさか地面までの到達がここまで早いとは予想だにしなかった。
「メイ!舌噛むなよ!」
おおよその落下地点に照準を定めて、アルーゼはディモンの足から手を離した。
足を離されたことで必死に羽ばたいていたディモンが浮き上がる。
ギァッ!?
「とうちゃーーっ!!」
一時はどうなるかと思ったが、比較的安全?な方法でアルーゼが遂にカルデラの地へ
「くぅぅぅ!!」
着地した。
じんわりと両足に熱が広がるが、ダメージはない。ディモンの頼りなさを危惧した垂直落下を無傷で終え、アルーゼは深く息を吐いた。
「あぁぁ死ぬかと思った。メイは平気か?」
「へいきだよ」
肝心のメイが無傷だったアルーゼは「そっかそっか」と一安心の笑みを浮かべた。
そんな二人の元に半気絶状態のディモンが目を血走らせながら落下してきた。
「ディモーン、お前は平気そうじゃねぇな」
ギ…ギァ、ギァァ
舌を放り出し、酷使した筋肉がピクピクと痙攣している。
まさに完全燃焼。全てを出し切ったディモンはよく分からないが真っ白になっていた。
「な、なんかお前白くね…」
ギィ…
「んじゃ休憩したらビリビリ迎え行けよ」
ギァ!?
特に労いの言葉もなし。あまりに鬼畜すぎるアルーゼにディモンは絶句した。
「うっわ、あそこから落ちてきたのかよ」
見上げた視線の先には断崖絶壁の頂上がある。目線をほぼ真上に向けなければ見えないほどの高さ。この高さを僅か十数秒で落下してきたのだから、ディモン様様である。
「メイはいつも今みたいに降りてたのか?」
「うん。お父さんといっしょにいまみたいにおりてるよ」
言い方からして一度や二度ではない。危険すぎるがそのおかげでカルデラの地に最短で辿り着いた。
「でもおとうさんはいつもけがしてた」
「…怪我?」
「それにおとうさん、さいごはきをつかうんだぞっていってた」
「きって、ここにある木のことか?」
「うん。わたしはへいきだけど、おとうさんいっつもちまみれになってた」
アルーゼは「あぁ〜」とメイの父親が血まみれになる理由を想像した。
メイの父親はアルーゼのように地面に直接着地するのではなく、一度樹冠を緩衝材にして着地する。枝葉でメイが怪我をしないように庇うため、いつも自分は傷だらけになる。
アルーゼはメイの頭に手を置いて
「メイの父さんはメイのこと大好きなんだな」
にっしっしと笑いながらメイの頭を撫でる。思っていたことを言い当てられたメイは恥ずかしそうに、そして自慢げに微笑んだ。
ギィ…
「お?もう復活か?」
全体力を絞り出したディモンが喉から乾いた音を出しながら、ゆっくり立ち上がる。呼吸は落ち着いているが、明らかに目が虚だ。
それなのにディモンは空を見上げている。
「もーちょい休憩したほうがいいんじゃねぇの」
ギァ!!
ディモンは首を横に振った。
「…おまえ」
ギァ!ギァ!
何言ってんのかはさっぱりだが、アルーゼはディモンのやる気ある返事に胸が熱くなった。応援したくなる、こいつはまだやる気なんだ、生物の強さ、人間への強い忠誠心、アルーゼはディモンが一皮剥けたように見えた。
ギァ!ギァ!
初めて聞く声音は力強く、語りかけてくるようだった。やってやるぜ!!そう叫んでいるような、いつもと違う鳴き声をアルーゼはそう捉えた。
無論、その鳴き声が仲間に助けを求める救援信号だとアルーゼは気づいていない。
ギァ!ギァ!
「よぉし分かった!お前のやる気感じたぜディモン!」
アルーゼは右腕を巨大化させ、ディモンを鷲掴みにする。
ギァ!?
木々がちょうど開けた場所にいるため、周りを気にする必要はない。
「お前のやる気、少しは手伝わせてくれよ。感動したぜディモン。お前は最高の翼竜だ」
ギァ!!ギァ!!
アルーゼ、投球姿勢、完了。
振りかぶり、狙いを定め、
「ぅおおらぁっ!!」
巨腕に込められた凄まじい剛力がディモンをロケットのように上空へと投げ飛ばす。
猛烈な勢いでディモンが上昇していく。自身の飛行能力では絶対に有り得ない速度で、目もまともに開いておけないような速度でディモンは空気を貫通していった。
ギィィィィィ!!!
「いっけぇぇ!!!ディモォォン!!!」
惨すぎる人間の身勝手な解釈によってディモンは星になったのだ。




