火山という壮観
「メイ、腹減ってねぇか?」
頂上へ向かうべく、まだ緩やかな傾斜を踏みしめながら、アルーゼがそう言った。
背中に身を委ねているメイが首を振ると、アルーゼは少し残念そうに口を尖らせた。
「腹減ってんのはアルーゼだろ?尻尾の骨かじるか?」
ここでメイがお腹減ってると一言言えば行動を食料調達に全振りできたが、残念ながらロキは常にマルチタスク派。頂上を目指しつつ食料も探していた。だが、そんな都合よく見つかることもなく、アルーゼの空腹感は毎秒増大していた。
それに何より深刻だったのが水不足。ベリーで補っていた水分も既に手元には無く、ロキは食料よりも水を見つけるために周辺を探っていた。
「飯!水!腹減った!喉乾いた!」
「わざわざ声に出すなよ。俺だって我慢してんだぞ」
空腹はなんとか我慢できても水分不足は身体機能に影響が出てくる。頂上といっても地形が全く把握できていないエースケたちは何もかもが手探りの状態だった。
メイに聞くのが妥当なのだが、昨夜の発狂もあって正直聞きにくい。そんな手探り状態にロキは少しだけ焦りを感じていた。
「腹減ってなくても喉は渇いたよなぁメイぃ」
「メイを巻き込むな!」
一応まだ元気なエースケとアルーゼ、神経を張り巡らせているロキ、怯えているメイ。なんとも歪なパーティは深刻な食料・水不足はあったが順調に頂上へと向かっていた。
「……」
「メイ?」
返事がない。その瞬間、アルーゼとエースケの心臓に寒気が走った。異変を察知したロキが振り向き、即座にアルーゼの元へ駆け降りてくる。
状況が状況、容態の変化は全く油断ができない。アルーゼならまだしもメイとなれば嫌でも不安になってしまう。
「首に手を当てるぞ」
そう言って脈拍を数えるロキだったが、原因は分かりきっていた。事実メイはまる二日水を飲んでいない。
「…メイ。君が住んでいたところと水場を教えてほしい」
「…!おいビリビリ!」
「時間がないんだ。いつまでも聞かないわけにはいかない」
昨夜のメイの様子から何かしらのトラウマを抱えているのは明白だった。
そんな恐怖の傷口をロキは躊躇いなく開こうとする。アルーゼは咄嗟に制止したが、ロキの言い分にも十分すぎる説得力があった。
だが、メイは答えなかった。
「…ぅ」
メイの頭の中で、絶叫が響いていた。
父とともに見た、自分が生きていた世界が崩壊していく光景が脳に焼き付いて離れない。暴力から逃げて、逃げて、逃げて、ただひたすらに逃げたあの日から、メイは全てを失った。
父が、友達が、どうなってしまったのか。唐突な蹂躙に何もかもを奪われた精神負荷は凄まじく、メイは一人、盲目の世界でその苦しみに飲まれていた。
「…おとうさん!!」
「メイ!逃げなさい!!」
「…いや!おとうさん!!」
「必ず!必ず迎えに行く!行きなさい!メイ!!
最後に見た父は泣いていた。もう父を見ることはできないかもしれない。
全てを失って、もう希望はなかった。光はとうに死んでいた。
「(…どうせ、みんな、しんじゃう)」
覆ることのない絶望。故に、メイは賭けに出た。
「…ビリビリ」
「あぁ。…行くぞ」
弱々しく、震えながら、声も出せず、メイは頂上へ向かって指差した。
そこからのアルーゼとロキは実に速かった。頂上を目指したのは何か手がかりが見つかればという半ば山勘での行動だったが、それがやっと意味を持った。
メイが指差した先、頂上にいけば何かがわかる。
「ちょまっ、はやっ、はやいって…!」
ロキは周囲に気を張りながら、アルーゼはメイに負担がかからないように、それなのに二人は傾斜をものともせずにエースケの倍以上の速度で走り抜けていく。
「待って…!速すぎっ…、ほんとに待って?」
「---」
「あれ?アルーゼさん?ロキさん?」
もう二人の背中はだいぶ小さくなっている。容赦がない。まじで置いてかれている。
「俺がかわいそうすぎるだろぅがぁああっ!!!」
雄叫びとともにエースケ、全力疾走開始。プライドが恐竜化を拒み、エースケは目を血走らせながら二人を追った。
尻尾肉の太く長い骨が特大バトンのように見えて、なんとも滑稽だったが気にしてられない。
「いっそへし折って捨ててやろうか!」
空腹感を殺して、喉が乾くことを恐れず、なんだかんだで尻尾骨を大切に持ちながらエースケはひたすらに走った。
傾斜を駆け上る、ひたすらの坂道ダッシュ。
「どこぞの全力坂か!! はぁ! はぁ! きっつい!」
頂上が遥か先というわけではないが、あまりに体力が続かない。
運動不足の肺に空気を送ってもすぐに出てきてしまう。
「はぁぁっ! 死ぬっ! これぁ死ぬやつだ!」
これでもゼアルを倒した経験があるのだが、やはりアドレナリンというものはすごいのだと改めて実感する。
うさぎとかめ的な、少し先でアルーゼとロキが待っていると、か細い可能性も信じていたが、か細いどころか無だった。
エースケは普通に置いてかれた。
「やっってられるか!! はい!俺が頂上に着くまでカァァットッ!!!」
*******************
標高二百五十メートル頂上地点。アルーゼはその光景に思わず息を呑んだ。
「カルデラか」
断崖絶壁に囲まれた広大な盆地を見下ろしながらロキはそう言った。
「カルデラ?」
「簡単に言えば盆地状の地形のことだ。大規模噴火によって形成される場合が多いが…」
広大なカルデラの向こう側。カルデラだけで十分な迫力があったが、見下ろしていたアルーゼが今度は見上げていた。
「カルデラと火山が隣接しているのは初めて見る光景だ」
ロキたちの真正面。カルデラの向こう側に黒茶色の巨大な火山が猛々しく聳え立っている。
天を突くような巨大な火山と深いカルデラ。
カルデラの深さによって火山の巨大さがより強調され、山頂からの光景など想像もつかない。
そしてロキは頂上に来たことで、予想していたことが確信に変わっていた。
「それに、やはりここは島のようだな」
全方位、コバルトブルーの大海原が彼方まで続いていた。
島の外周部分は森林で埋め尽くされ、中心部はカルデラの断崖絶壁により隔絶され、北部にはまるで象徴かのように火山が聳え立っている。
しかし、島だと分かっただけで、地理的位置や名称は不明のままだ。
「メイ!あの山、なんて名前だ!?高さは!登ったことあるか?」
ここが島だという事実などなんのその。そんなことよりもアルーゼは火山の色々を知りたいようで、ワクワクをメイにぶつけていた。そんなテンションぶち上げアルーゼにメイは全くついていけていない。
「師匠から聞いたことあるぜ!火山て爆発すんだろ!?」
「というよりも、地下深部で発生したマグマが溶岩となって火山噴出物とともに噴き出てくるんだ。爆発ではなく噴火と言うのが正しい」
「…?それは…爆発じゃねぇの?」
「…まず火山というのはな」
「今、話長くなりそうセンサーがビビッときたぞ。ビリビリ今すぐ黙りやがれ」
砂浜や森林からでは角度的に見えていなかったため、突然現れた火山はより衝撃的だった。そんな壮観にロキの長ったらしい説明など求めていない。
「今知りてぇのはアレの名前なの。お前のせいでメイが喋れないだろ?なぁ、メイぃ」
「…そ、そんな、ことは、ない…けど」
「そうか?正直に言っていいんだぞ?ビリビリなんてきらーいってな」
「き、きらいじゃ、ないよ…?」
その瞬間、アルーゼの強烈な嫉妬ビームがロキを貫いた。嫌いじゃないはアルーゼにとって好きと同意。妹を渇望するアルーゼからすれば羨ましいかぎりである。
「(なぜ睨まれている)」
「ぅぅぅうううう」
「(なぜ唸っている)」
「メイ?わたしは?きらいか?」
「…え。…あ、き、きらいじゃ、ないよ」
見事な空気読みだったが、アルーゼは空気を読まれたことを読まない、空気は吸うもの主義のため
「……にひっ」
露骨に喜んだ。しかしここでさらに好きを求めるのは二流のやること。アルーゼはあえて好き発言を後追いせず、きらいじゃない発言を心に染み込ませていった。今はこれで十分。そう…今はまだ…。
「火山の名前を知りたいんじゃないのか」
「…あ、そうだった。さぁメイメイ、"きらいじゃない"私にあの火山の名前を教えてくださいな」
深く、広大なカルデラと繋がっている、荒々しい岩肌を剥き出しにした巨大な黒茶色の火山。その姿をメイは思い浮かべていた。
いつの日にか父から教わった、その名は
「…エピタフ・アルゲステス」
名から地理的位置を把握できるかと期待したが、その名をロキは一度も聞いたことがなかった。
「おぉ!エピタフ・アルゲステス!」
「…まさか知ってるのか」
「まさか!」
「……」
なぜ一瞬でも期待してしまったのだろうか。そんな微かな希望にも縋りたい絶望的状況なのだが、アルーゼは全く気にしていない。
「メイはアレにのぼったことあるのか?」
「…ないよ」
「ないのか!?ぜってー景色最高だろ!行ってみてぇなぁ!」
好奇心をくすぐる火山にアルーゼはカルデラそっちのけで盛り上がっている。逆にロキは火山よりもカルデラに目を凝らしていた。
濃緑色の草原が広がり、所々が森林化しているカルデラの中央部。自然食に溶け込んでいるが、明らかに人工物が建造されている。
「…あれか」
メイが指差した理由。かつてメイたちが暮らしていた場所には石造の建物が建てられているが、ロキたちの位置からでは鮮明に見ることはできなかった。
「アルーゼ。君ならあれをどう攻める」
「…エピタフ・アルゲステス!」
「聞いているのか」
「あ?…ったく、こちとら人生初火山でテンション上がってんのによ。空気読めよな」
「そんなことはどうでもいい。もし敵拠点だとすれば、三人でどうするかをだな」
「敵拠点ってのが分かってんだったら正面突破以外にねぇだろが!つーか私の人生初火山をどうでもいいだと!?いい度胸してんなぁビリビリィ、女の子は初めてを大切にするって師匠が言ってたぞぉ?あぁ?」
既にアルーゼもDr.の研究所を視認していた。だが、特にやることは変わらない。敵がいるならぶちのめす、ただそれだけ。
メイの震えは背中から伝わっている。肩を握る力が強くなったことも、あの場所がメイにとってどんな意味を持つかも。
だからこそアルーゼは今すぐにでもぶっ壊してやりたい衝動を抑えていた。
自分ならまだしも、戦士というクソな存在が、罪のない少女に影響を及ぼすのなら、私は絶対に許さない。
この感情がメイに伝わらないように。叫びたくなるほどの怒りを噛み潰し、アルーゼは平然を意識してロキと会話していた。
「拠点の可能性が高いだけで確定ではない。一度偵察してから」
「どうせ確定だろ。それに偵察なんていらねぇって。戦士ってのは、どう攻めたって最後は殴り合いになる生き物なんだよ。なら最初から潰してった方が手っ取り早い」
「それはあまりに無策すぎる。メイもいるんだぞ、今は真剣に考えるべきだ」
「…私がいい加減って言いてぇのかよ」
再び二人の間に火花が散った。今回は火消し役のエースケがいない。どうもそりが合わない二人の空気にメイは肌がひりつく感覚がした。
互いの中で渦巻く焦りや怒りは、たとえ冷静な平常心を保とうとしても隙を見て感情的な言動を呼び覚まそうとする。
小さな綻び。これ以上の口論は無意味でマイナスしかない。
「もう少し状況を深く受け止めて…」
瞬間、ロキと向き合うアルーゼの視界に黒い影が映った。
幸か不幸か、火花が火炎となる前に、アルーゼの意識は黒い影へと集中した。
「!!」
「見ぃぃいいつけたぁぁあ」
********************
巨大な水晶に座っている少女は不敵な笑みを浮かべて、アルーゼたちを指差した。浮遊する水晶、ビビットカラーのペンキを叩きつけたかのようなド派手なパーカー。
竜滅会幹部モナの登場にアルーゼは叫んだ。
「ビリビリ!!」
振り向かずとも、その表情から状況が一転したのを察したロキは反射的に柄に手をかけた。
しかしモナは剣を抜いたとて到底斬ることなどできない位置にいる。
「!?」
だが本能的にロキは剣を抜くべきだと、手に力を込めた。モナに対してではない、刺すような鋭い殺気に対して、ロキは剣を抜いた。
ガギンッッ
想定外の金属音にアルーゼは理解ができなかった。ロキが雷晶の剣グラントールを鞘から半身抜剣し、もう一本の剣を受け止めていたのだ。
アルーゼには全く見えておらず、ロキ自身もよく反応できたと思うほど、突然現れた長身の男。
鍔迫り合いの金属音。ロキは渾身の力を込めて抜剣した。
「おいベルーサ!なに押し負けてんだよ!」
ロキの振り払った剣に対して後方へ跳び下がったベルーサに怒号が飛んでくる。
「まさか本当にいるとは思わなかったので、少々手荒い攻撃になってしまいました」
「言い訳すんな雑魚!」
端正な顔つきの青年は「これは手厳しぃ」と長剣を僅かに振った。
前日からエースケたちの行方を追っていたモナとベルーサは、モナが目を覚ました後、同様に頂上を目指し移動していた。
「……」
ベルーサの持つ剣にロキは目をやった。長身に長腕、とはいえ刃の切先が地面に触れている。
騎士剣にしては剣身がやたら長かった。
「失礼、雷刃ロキとお見受けしますが」
穏やかな声音、ラプトル騎士団団長のロキを目の前にしてベルーサは落ち着いていた。
「わたしの名はベルーサ。以後、お見知り置きを」
「なに呑気に挨拶してんだよ雑魚ベルーサ!さっさと殺せよ!全員殺せ!」
位置も態度も上からのモナとは正反対に、穏やかに落ち着いているベルーサ。その温度差がどこか異様だった。
「そして貴女が、ゼアル様のご息女アルーゼ様ですね。そう周りを気にする必要はありませんよ。わたしとモナ様以外、誰もいませんから」
大袈裟に目線を動かしていたわけではない。悟られないようにとも思っていなかったが、見抜かれた。
しかしそんなことよりも
「あのクソ親父を様付けってことは、てめぇもクソ戦士ってわけだ。そんなもん持ってたら怒られんぞ、捨ててこいよ」
戦士とは己の肉体こそが武器となる。剣など言語道断の禁忌、だがベルーサは剣を所持している。
「クソ親父と呼びながらも考えはゼアル様と同じですか。やはり、親子ですね」
「ぶち殺す」
「待て」
まんまと乗せられたアルーゼにロキが立ち塞がる。完全に地雷を踏まれたアルーゼは血管を浮かび上がらせてブチ切れていた。
「完全にキレたわ。もうプッツンどころかブッチンキレたわ。どけビリビリ、あいつの顔面ぐちゃぐちゃにしてくるからよ」
「…メイを忘れるな」
「……」
相手を倒すこととメイを守ること、天秤にかけずとも答えは出ている。
「んっん。…わりぃなメイ。つい感情的になっちまった」
「…ううん」
ロキが半歩前に出て間合いを詰める。ベルーサの長い腕と長剣が合わさったリーチに気を払いつつ、モナにも意識を向けなくてはならない。
「さてと、モナ様も手伝ってくださいね」
「気が向いたらな」
左はカルデラへ真っ逆さまの断崖絶壁、右は樹々が密集した下り坂。空間を広く使われれば厄介だったが、直線上での戦闘ならばアルーゼにメイを一任できる。
互いに抜剣済み。間合いはベルーサが比較的長く広い。雷の水晶の力はほぼ使えず、相手の技量は未知数。モナの追撃も考慮しつつ、この後の戦闘も視野にできるだけ無傷で切り抜けたい。
「では、雷刃の首をいただきましょうか」
穏やかな口調はまるで冗談を言っているようで、エースケだったら「またぁまたぁ」なんて言っていただろう。
しかしロキはそうはいかない。
両者、ほぼ同時に動き出し、ベルーサの長剣が一気に振り下ろされたのをロキが受け止める。水平に受け止めたグラントールの剣先が落ちるほどの剛力だったが、剣身に刃を伝わせ、ベルーサの剛力を流し、長剣が地面を叩いた。
完全に剣を振り下ろしてしまったベルーサの大きな隙を逃さず、グラントールは左腕へと振るわれ…。
そうしたかったが、ロキは左半身を守ろうと防御姿勢に入っていた。
「っ!」
豪快な金属音が響き、ロキが衝撃を殺そうと後方へ跳んだ。
もし左腕を狙っていれば斬られていた。
最初の鍔迫り合いでロキが危険視したのはベルーサの砂浜で闘った巨躯の戦士に引けを取らない剛力だった。
振り下ろした状態から高速で斬り上げることが可能な力とリーチの長さがロキとの速度差を埋めている。
「…やっぱりビリビリのやつ」
アルーゼはロキの戦い方に思うことがあったが、それはベルーサも同様だった。
だが会話している暇などない。ベルーサは一気に距離を詰めてくる。右手に握られた長剣を引きずり、地面を切りながら、ロキを間合いに入れた。
全力で斬り上げたことで乾いた土煙と土塊が破壊力を帯びて吹き飛ぶ。しかし
「…!」
ロキの姿はそこになかった。土煙と土塊は空を切り、長剣は行き場を失う。
ロキの姿はベルーサの視界から完全に消えたが、アルーゼとモナは彼の動きを目の当たりにしていた。
土煙が巻き上がる直前、両手首に装着された雷輪が光を放ち、刹那よりも早く、まるで転移したかのようにロキはベルーサの真後ろに移動した。僅かに残った雷の水晶のエネルギーを利用した一秒にも満たない超加速。
電流が尾を引いてロキの軌跡を描いていたが、それに気づいたとてもう遅い。
右肩から左腰へ、グラントールはベルーサの背中を完全に捉えている。雷の水晶による加速が続けばよかったが、回り込んだ時点でエネルギーが尽きた。
「(…な!?)」
背後を取り、間髪をいれず斬った。僅かな時間で相手の動きを読み、対応し、ロキの立ち回りは完璧だった。
だが、その異様な光景と思わぬ金属音にロキは驚愕した。グラントールは鉄を斬ったのだ。
ベルーサは長剣を背に、ロキの剣筋と重ねたことで剣身の面を盾代わりにして斬撃を防ぎきった。
「馬鹿な…」
「何事も挑戦してみるべきですね」
ベルーサは振り向く勢いで横一線、何度目かの金属音が響き、二人の状況は振り出しに戻った、と言いたいところだがロキは雷の水晶を完全に使い切っている。アドバンテージはもうない。
「モナ様、少しは手伝ってください。見たでしょう?やはり雷刃は一筋縄ではいきませんよ」
「モナは剣持ってない」
「さっき、気が向いたらって言ってましたよね」
「おいビリビリ、大丈夫か」
「あぁ」
並の戦士ならば余裕で斬り伏せるロキの技量を持ってしても、ベルーサは無傷で息も上がっていない。片やベルーサも剣の腕前にはかなりの自信があったが、仕掛けた攻撃は全てロキに読まれていた。
余裕があるようで無い、一瞬の隙が敗北に繋がる両者の技量は、鋭利な空気を生み出している。そんな張り詰めた空気が漂う最中、
「はぁ! はぁ! はぁ! はぁ!」
場違いな激しい呼吸音が聞こえてきた。
「もぉ無理! もぉ足が動かない! しんどいしんどいしんどい! あぁしんどい!」
でかい独り言には疲労がどっさり乗っかっていた。無駄に抑揚がついて、疲れてるとか言っておいて、それを必死に伝えようと体力を使う矛盾が起きている。
「喉が張り付く感覚分かる!?血の味がしてるわ!肺が痛い!足も痛い!ぁあ!ほんっとキツい!息が吸いたいのに吸えない!」
一体誰に話しかけているんだか。アルーゼやロキだけでなくベルーサやモナも声の方向をじっと見ている。
しかし自分に視線が集中していることなんて知らず、尻尾骨を杖代わりに、我らがエースケがヘトヘトヨボヨボの状態でようやく頂上へ到着した。
「いや、お前誰だよ」
「エースケだよ!」
なんか老けてるエースケにアルーゼの冷たい言葉が突き刺さる。
普通にロキとアルーゼに置いてかれ、頂上までの急斜面をヤケクソ全力で駆け登ってきたエースケ。高校帰宅部の全力坂はあまりにキツすぎた。
「なーに置いてってくれてんだ!どんなに不安で怖かったか!ルゼアチノでも一回置いてかれて、ここでもか!」
疲れている割に声を張ってるエースケに一同はポカンとしている。
そしてやっと、自分に集まる視線が多いことに気がついた。
「なんか増えてる!!しかもピアスっ娘いんじゃん!」
「モナ様と呼べクソ野郎!死ね!」
「もう死にそうになっとるわ!」
二人への文句と疲労によって短気になったエースケは猛犬のように唸っている。
「なんだよエースケ、何でそんな不機嫌なんだよ」
「…まれ」
「あ?」
「謝れ!俺を置いてったことを謝れ!あ!や!ま!れ!あやまれぇ!!」
「うわうるさ」
「おいアルーゼ聞こえてるからな!てかなにあれ!火山!?それに、クレーター!?」
「カルデラだ」
「カルデラ!?」
アルーゼとロキがもう済ました驚きシーンを一人でこなしていくエースケ。
驚きたいのも山々なのだが、アルーゼたちへの文句も言いたくて感情が忙しい。
「モナ様、彼が例の転移者…ですか?」
「あぁ。"あれ"が例の転移者で間違いねぇ」
「おいそこの敵二人!なんだその可哀想なものを見る目は!分かってるからな!辛い時こそ他人の視線には敏感だぞ!」
もう何から何まで気になるエースケは、荒ぶる感情を所構わずぶつけていく。
「お前も剣持ってんな長身!イケメン剣士は一人で十分だろうが!供給過多なんだよ!」
もはや嫉妬心で叫んでいるエースケは、緊張していた空間を破壊していく。それはエースケ自身の危機感にも影響を及ぼしていることを本人が気づいていない。
エースケが現れたからモナたちが攻撃を止めるはずもない。
「!!」
ベルーサの初動に最も早く反応したのはロキだった。
しかし
「雷刃ぅ!」
ロキめがけて水晶が投げられる。それが空中で閃光を放った。
予想外だったのはモナ自身が浮遊・保管の水晶から飛び降りて向かってきたことだった。
「てめぇ!ベルーサ相手になんもしねぇなんて電撃が尽きたんだろ!」
砂浜戦では逃げ続けたモナだが、厄介な電撃が使えないのなら話は変わる。竜血の短剣を引き抜き、殺意剥き出しに低姿勢で疾走してくる。
「エースケ!」
アルーゼが動いたところで、ベルーサは既にエースケの眼前にまで迫っていた。
「剣士はお嫌いですか?」
「え?」
斬られる。ベルーサの急接近にエースケはそう思った。右手に握られた長剣の刃はエースケの衣服など簡単に斬り裂くだろう。
「(やばい!)」
斬られると脳が判断しても体が動かない。しかしベルーサは長剣を振るわず、エースケの腕を掴んで真上へ放り投げた。
「ぬわっ!」
視界が乱転し、内臓が揺れる感覚に息が詰まる。
まさか片手一本で空中に放り投げられるとは。想定外すぎる状況にエースケは姿勢をなんとか立て直そうと試みたが、空中ではあまりに無力すぎた。
一方、放り投げた張本人はエースケに狙いを定め、高く跳び上がる。
直後、強烈な衝撃がエースケの尻を撃ち抜いた。お仕置きレベルではない威力が尻肉を震わせ、エースケをカルデラ方向へ吹き飛ばす。
「モナ様!」
ベルーサは着地と同時にロキと交戦中のモナ向けて走り出す。
短剣ならではの連続攻撃に足止めをくらったロキの頭上をエースケが通過し
「狙いはエースケか…!」
「正解っ!」
連続で響く金属音。小回りのきく体格と竜血の短剣のコンビネーションは騎士剣とは相性が悪い。
「ぁぁぁああああああ!!!!!」
勢いそのままにエースケはカルデラへ放り出された。カルデラ地上部分までの落差は約二百メートル。
急斜面を登った次は真っ逆さまの垂直落下なんて酷すぎやしないか。
既にエースケの視界では崖部分が真上に見えていた。
「エースケェエ!!」
アルーゼが腕を巨大化させたが、落下速度には追いつかず、飛び込もうにもメイを背負っている。
「行くなっ!!」
それでも飛び込もうとしたアルーゼがロキの力強い叫びによって踏みとどまった。
「安心しろよ雷刃。てめぇはいい判断をしたぜ?」
「…黙れ」
「まぁ!てめぇはあん時みてぇに誰も救えねぇんだけどな!!ァハハハハッ!!」
不敵な笑みを浮かべたモナにロキは思考が焼き切れる感覚を覚えた。
神経が逆立つこの感覚を、殴り潰したくなる、斬り刻みたくなる、喰らいたくなるほどの殺意がロキの精神に闇を落とす。
「わたしの主人を斬られては困りますよ」
死を望むグラントールと主人を守る長剣が痛烈な金属音を響かせ、モナの鼓膜を叩いた。寸前でベルーサによって阻まれたグラントールはぶつかり合う力によって震えている。
「(…これは)」
グラントールの一撃をベルーサの剛力でも返すことができなかった。かろうじて拮抗していたが、
「(崩される!)」
押し込まれる感覚にベルーサの表情が険しくなった。
しかしロキが咄嗟に後方へ下がる。
「ちっ、浅ぇ」
団服を裂いた刃が鮮血に塗れ、団服が赤く染まっていた。




