盲目という暗闇
新月の夜。島は暗黒に包まれていた。星の光を樹々が遮り、地上は完全に闇に飲み込まれ、生物たちは夜明けを待っている。
「モナ様。早く来てください」
方向感覚が失われるほどの暗闇に響くベルーサの声にモナは舌打ちしで返事した。こんな暗闇では浮遊の水晶で飛ぶこともできず、周囲を照らす明かりもない。
猛烈に不機嫌なモナの前にベルーサが現れた。
「死骸もなくて綺麗でしたよ」
「死骸がねぇのは当たり前だろうが。あと、綺麗な洞窟なんてねぇよ」
「洞窟というか、岩壁の窪みですよ?人一人寝れるかどうかの」
「あ?」
「快適な洞窟が見つかったなんて言ってないでしょう?寝るならわたしに寄りかかってください。わたしは起きてますから」
エースケたちを見つけるためにDr.の研究所から出発したモナとベルーサは、島中心部を囲う断崖絶壁を容易く乗り越えて、島の外周、森林地帯にいた。
モナは上空から、ベルーサは地上からエースケたちを捜索したが、結局見つからず、モナのわがままに散々付き合って、やっとのこと今夜の寝床を確保した最中だった。
「さすがに嫌だとは言わないでください。もうこれ以上動くのは無理です。ここまで暗いと彼らも動いていないでしょうし、無駄ですよ」
「ちっ」
まだ島に闇が落ちる前。ベルーサが最初に見つけた洞穴は鼻を突く腐臭と大量の骨が転がっていて、モナは絶句し、ベルーサに怒鳴り散らかした。
移動してもすぐに休めるような場所は見つからず、樹上はダメ、地下もダメの連続。
「じゃあ適当になにか殺してくるので寝袋にしましょう」
ベルーサがそう言ったとき、モナが研究所に帰ろうとして、毎度恒例の機嫌取りが始まり、最終的に岩壁の窪みに辿り着いた。
今までに比べればかなりマシだが、この暗闇でこれ以上動くのも無理な話。ベルーサは死骸を寝袋にしても全く気にしないが、モナが絶対にそれを許さない。
「水晶どうすんだよ」
「置いとくか、浮かしとけばいいでしょう?大丈夫ですよ、わたしは寝ませんから。 それか水晶の中で寝ればよいのでは?」
モナの乗る浮遊の水晶は半分が浮遊、半分が保管の水晶という、特殊な加工が施されている。
「モナは邪魔者か?」
「まさか。モナ様がいないと結構寂しいですよ?」
文句を言いつつも抱き上げられて、ベルーサが跳躍、高さをものともせず岩壁の窪みに収まり、腰を下ろした。
様々な気配を感じながら、ベルーサは暗黒を見つめている。浮遊・保管の水晶は地面に置いてきたため、気を配らなくてはいけなかったが大したことはない。
星空ですら照らしきれない暗闇ではモナの表情がはっきり見えず、顔の至る所に付けられたピアスが僅かな光を反射していた。
「くそせめぇなぁ」
「死骸の中よりは快適でしょう?」
「おいクソベルーサ、てめぇこのモナ様がクソ汚ねぇ死骸の中で本気で寝ると思ってんのか?思ってんだったら死にやがれ」
怒りが収まらないモナだったが、抱き抱えられているためいまいち気迫が伝わらない。
ベルーサは「内臓取りますし、暖かいんですよ?」と明らかに火に油な言葉を飲み込んで
「死にませんよ」
「あ?」
「友達が作れないモナ様をひとりぼっちにするわけにはいきませんから」
「一言多いんだよ!」
結局、機嫌はしばらく最悪のまま、モナの怒声がベルーサにぶつけられ続けた。騒がしい小娘の声に目を覚ます生物たちは迷惑そうにその場を後にし、ベルーサは「えぇ」や「はいはい」と適当な返事でモナをいなしていた。
「…おい」
「どうされましたか?」
「…寝る」
「えぇ。おやすみなさい」
電池が切れたように突然静かになるモナ。突然キレて突然収まる。それはベルーサにも予想がつかない出会った頃からの厄介極まりない性格だった。
窪みはモナが寝転がるには十分な奥行きがあったが、結局ベルーサの腕の中で眠った。
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「話聞くとか言って、爆睡してるじゃない」
尻尾肉を食べ、生療草の薬を飲んだメイは再び深い眠りについていた。
「泣いて、笑って、寝てって、忙しいやつだな。可愛いすぎるだろ」
「エースケェ、最後の可愛すぎるだろのトーン気持ち悪かったわぁ。真顔ってのが引く」
自分の腕を枕にして眠っているメイの表情に、くまや疲れは消えていた。ロキは二人の執拗な妹愛を止めるために、メイの枕元に座っている。
意外にもエースケではなく、アルーゼが隙を見つけてはメイの頬や腕の感触を楽しもうとするため、ロキとアルーゼの気迫がぶつかり合っていた。
今夜メイから話を聞くことはできそうにない。すると、ロキが懐から竜血の短剣を取り出した。
「なんだぁビリビリ。やろうってのか?」
「違う。アルーゼ、君にとっても重要な話だ」
採ってきたきのこや木の実、残りの尻尾肉も全て焼いて、全て平らげたアルーゼは満腹からか妙にテンションが高い。
「重要な話ぃ?」
「あぁ。今この状況、そして君の父ゼアル。これらに深く関わっているであろう、『竜滅会』についての話だ」
耳にたこができるほど聞いた暴君の名前。しかし、竜滅会はエースケとアルーゼが初めて聞く単語だった。
「…私たちの状況とクソ親父がその竜滅会ってのと関係あんのか?」
暗闇を短剣の形に切り取ったような、竜滅会幹部の証である竜血の短剣にアルーゼは見覚えがない。ロキは血管のような装飾が悪趣味な短剣を地面に置き
「まず竜滅会とは、今この大陸で最も危険視されている組織の名称だ。恐竜の絶滅を目的に、各地で破壊行為を行なっている、我々、ラプトル騎士団結成のきっかけとなった組織でもある」
恐竜の絶滅。あまりの壮大な目的に反応を迷った二人はロキの言葉を待った。
「やつらの最大の目的は人類の繁栄。そのため、恐竜の絶滅にとどまらず、あらゆる生物を絶滅させようと各地で無差別な破壊が行われ続けている。しかし、そんな竜滅会についての情報は限りなく少ない」
淡々と語られる竜滅会についての説明。エースケは転移者ゆえに、アルーゼは社会と隔絶されたルゼアチノで育ったゆえに、竜滅会のりの字も知らなかった。
「あらゆる生物を絶滅って…。本気で言ってんのか?」
エースケの質問にロキが頷く。
「この情報は全て、ある男が言ったことだ」
「ある男?」
「竜滅会幹部、通称"毒医者"。ティルル医療場元医師長、Dr.シノルという男だ」
あらゆる言葉に疑問が生まれたが、Dr.シノルという名前に対して大きな反応を見せたのは眠っていたはずのメイだった。
突然、何かを思い出したように目を見開き
「……ゃ」
全身が震え始める。
「…ぃゃ」
「…メイ?」
「--やめて!!」
「!?」
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突然の絶叫。溢れ出る恐怖が一つの大きな叫びとなって壁画洞窟に響いた。
爆発のような悲鳴とともにメイは頭を抱えて、心を侵食していく恐怖に震え続けている。
激痛に苦しんでいるかのような耳を塞ぎたくなる断続的な悲鳴に、ロキはメイを抱えて、名前を呼び続けた。
「メイ!!」
「やだ!!やめて!!いやぁぁ!!!」
絶望の涙に濡れ、絶え間ない絶叫によって声が枯れ始めている。息の続く限り吐き出される悲鳴にエースケは絶句していた。
「いかないで!たすけて!!…おとうさん!!」
「おいロキ!どうなって…!」
その瞬間、絶望に濡れた瞳にアルーゼの瞳が至近距離で映った。
「メイ!しっかりしろ!!」
怒号とは違う、魂の叫びが洞窟部屋に響く。
メイを飲み込もうとする恐怖を吹き飛ばすように、飲まれていくメイに手を差し出すように、アルーゼの言葉はメイの悲鳴を断ち切った。
「……ぁ」
メイにアルーゼは見えていない。しかし、真っ直ぐ、ひたすらに真っ直ぐ、アルーゼはメイと目を合わせている。
恐怖心の伝染で全身に鳥肌が立ち、息が上がっていた。
アルーゼは両親指で混濁した瞳から溢れ出る涙を拭って
「…ビリビリ」
ロキはそっと腕を抜いて、小さな体をアルーゼが抱きしめた。
恐怖の残滓に啜り泣くメイを安心させようと、体を密着させて、頭を撫でる。震えが伝わるたびに耳元で「大丈夫、大丈夫」と言い続けた。
付近に集落や人の気配のない森の中で、たった一人で倒れていた少女。砂浜で戦ったルゼアチノの戦士たち。
確証はなかったが、アルーゼの中で点と点が結ばれていく感覚があった。
「…ビリビリ。結局、その竜滅会ってのがクソ親父とか私たちの状況にどう結びつくんだよ」
絶叫が消え去り、より静寂が際立つ空間で炎が弾けた。
「…あのモナと呼ばれていた少女は、Dr.シノルと同様、竜滅会に所属している可能性が高いと考えている」
それは到底信じられない予想だった。善行、悪行に限らず、組織と呼ばれる団体に、ましてや竜滅会に幼い子どもが所属していることに違和感を感じざるおえない。
声音も、体格も子どもとしか思えなかった。年齢もレオンと近しいのではないか。
「この、竜血の短剣は竜滅会幹部に与えられる、言わば証のようなものだ。そしてこれは、ゼアルの自宅から見つかっている」
「は!?」
エースケは声を上げたが、アルーゼに驚いた様子はなかった。
「…たしかに、偶然にしちゃできすぎてんな」
竜滅会幹部であろうゼアルを倒したエースケたちが、あのタイミングで襲撃を受けたのをただの偶然と考えるにはあまりに無理がある。
島にいる戦士たちはゼアルやルゼアチノが壊滅した情報をベルーサとモナを除いて、まだ知らないがどちらにせよ戦士がいる時点で可笑しな話だった。
「そういえばあの子、ティルルで俺たちのこと名指ししたよな」
「私たちは最初から狙われてたってわけだろ。あのピアスっ娘が巨竜の民ってなら単純な報復だけどよ、私はあのピアスっ娘が巨竜の民には見えなかったぜ」
巨竜の民にとって強靭な肉体こそが武器となる戦闘方法において、モナのように多種多様な水晶を扱うなど、ゼアルが絶対に許さない戦い方だった。
「ルゼアチノにいた巨竜の民が異様に少なかったのは…」
「竜滅会に人員割いてたってことか?つか実際に砂浜で闘ったの戦士なんだから、竜滅会と巨竜の民が手を組んでるの確定じゃね?」
モナが竜滅会のメンバーだとして、ゼアルも同じく竜滅会、まして幹部クラスとなれば、命令一つで戦士は竜滅会の駒となるだろう。
その幹部を倒したから、襲撃を受けた。
エースケとアルーゼの中で状況が腑に落ちた。可能性としては十分にあり得る。
「それを証明するためにメイから話を聞こうとしたのか」
「……もう聞く必要なんてどこにもねぇだろ」
エースケとロキの会話が始まる前にアルーゼが怒りに満ちた声で遮った。
「先に言っとくぞ。メイは絶対に巨竜の民なんかじゃねぇ」
ロキが考えているであろう可能性の一つをアルーゼは真っ先に叩き潰しにきた。しかしその発言には何の確証もない。
張り詰める空気にエースケはかける言葉が見つからなかった。その言葉に込められている意味をロキは理解していたし、だからこそ
「そう言い切るにはまだ早い」
喧嘩を売った、とはまた違うが、直後にロキは猛烈な圧迫感を感じた。彼女の手は優しくメイの頭を撫で、体を抱きしめている。
だが、エースケとロキに伝わっていたのは少女など一瞬で砕いてしまいそうなほどの怒りだった。
エースケはこのプレッシャーを知っている。来るもの全てを蹂躙する巨竜の王、それに似た圧がアルーゼから放たれている。
「じゃあよ、メイが万が一巨竜の民だったとしたら」
「……」
「ましてや竜滅会に入ってたとしたらよ」
見開かれた竜の瞳は壁画を睨みつけ、彼女の覇気に怯えた炎が空中へ逃げるように強く弾けた。
「…てめぇはメイをどうするつもりだ?」
それは返答を求めていないアルーゼからの警告だった。
メイに刃が向けられたら。そんなこと想像したくなかったが、エースケの脳内に最悪のシナリオが構築されていく。
「答えを急ぎすぎだ」
「はぐらかすなよ。私はどうするつもりだって聞いたんだ」
アルーゼは砂浜での戦闘でロキに対して危機感を感じていた。人間を斬ることに躊躇いが見えない立ち回りはアルーゼに衝撃を与えていたのだ。
人間の体を斬る。アルーゼ自身、襲ってきた相手に対して拳を喰らわせることに抵抗はなかった。しかし人間を斬った経験のないアルーゼには相手を傷つける点では同じでも、斬る、という感覚がどうしても理解できないでいる。
ロキがラプトル騎士団誕生のきっかけにもなった竜滅会に敵意を抱いているのは明白だった。故に、可能性段階のはずのモナに容赦なく電撃を与えていたし、万が一メイが竜滅会のメンバーと分かったらロキに躊躇いは無いだろう。
「はーいはい!!もうお終い!二人ともギスギスタイムお終い!」
エースケが格闘技の審判のように広げた両腕を上下に振りながら、張り詰めた空気をかき消そうと割り込んでくる。
「アルーゼはとりあえずその恐ろしいオーラを出すのストップ。ロキもアルーゼを試すような口調、ストップだからな」
メイの突然の絶叫に気が立ってしまうのは仕方がない。しかし多少の口喧嘩ほどならまだしも、今にも殺し合いが始まりそうになっては、流石にエースケも止めに入る。
アルーゼの優しさとロキの合理的な考えが発生させた火花をなんとか鎮火し、壁画部屋に再び静寂が訪れた。
「メイのこと、竜滅会のこと、帰る方法もそう。色々考えることだらけでストレス溜まるけどよ、今日はもう寝ちまおう。考えのは明日明日!」
エースケの軽い口調に反応はない。
アルーゼはメイを抱いたまま横になり、ロキは竜血の短剣を懐にしまった。
「みんな寝る準備できたか?今日一日お疲れ様でした!おやすみなさい!」
返事はない。硬い地面に寝転がり、腕を枕にエースケは体を丸めた。「(硬くて眠れん!)」そう思っていたのも僅かな時間。一日の尋常ではない疲労の蓄積によってエースケは気絶したように眠ってしまった。
「……」
それから暫くアルーゼは眠らずにいたが、ロキと言葉が交わされることはなかった。
しこりの残るロキの返答にむず痒い思いはしていたが、これ以上の会話はアルーゼ自身が爆発してしまいそうで、無理矢理に目を瞑った。
「……ぅ」
時折、メイが震えるのを胸に感じながら、アルーゼはかつての自分がノアにしてもらったようにメイを一晩中抱きしめ続けていた。
壁画部屋を照らす炎は夜明けと共に光を失っていく。炎が死んでいく音、エースケたちの寝息を聞きながら、ロキは一瞬も眠らずに夜が明けるのを待っていた。
無論、愛用の枕じゃないとなんて可愛い理由ではない。
不気味なほどに静かな夜はやがて強烈な朝日によって切り裂かれ、島は朝を迎える。それまでのゆっくりと過ぎる時間をロキ、そしてベルーサはモナを守るため、アルーゼたちを守るために気を張り続けた。
*******************
朝。といっても前日の疲労によって、エースケが目を覚ましたのは昼と大して差のない時刻だった。
天高く昇る太陽に木々が照らされ、エースケは出入り口である亀裂を背に、伸びをする。
「んっんー!」
熟睡のおかげか倦怠感はない。目を覚ました時、既にアルーゼが起きていたが、ロキと会話している様子はなかった。
メイの発作もあってか空気はかなり重たい。
「だめ!!」
少女の声にエースケは咄嗟に振り向いた。中から聞こえたのはメイの声だ。エースケは何事かと壁画部屋に戻ると、アルーゼとロキが困惑している最中だった。
「なんだなんだ?急にでっかい声出して」
「ここははいっちゃだめなの!」
ここ、つまり壁画洞窟のことだろうか。正面と左右それぞれに描かれた、山のような三角形の中で逆さになった人間と恐竜、恐竜と戦う人間、船と人間を飲み込む巨大な怪物。
どれも何かしらのメッセージが込められているであろう壁画をエースケは今一度確認した。
「私がこの絵は誰が描いたんだって聞いたんだ。そしたら…」
「ここはとくべつなの!こどもははいっちゃ…!」
「分かった分かった!とりあえず落ち着けって!」
エースケの声にメイは言葉を止めた。しかし落ち着かないのかお腹の前で手をもどかしそうに動かしている。
「…メイ。どうして入ってはいけないのか教えてくれないか」
「お、おとうさんが…、ここはこどもははいっちゃだめって」
詳しい理由は分からないが、とにかくここは入ってはいけない。
これは困ったと、エースケは予想外のことに唸り声を出した。
「だったらいつまでもいる訳にはいかねぇな」
そんな中、アルーゼが膝を叩き、軽やかに立ち上がった。
「まじで言ってる?」
「そりゃダメなんだから出るだろ」
即断即決。アルーゼに迷いはなかった。まさかの引っ越し決定にエースケは驚きが隠せていない。
「どうせいつまでもいるわけにゃいかねぇし。つーかエースケお前、可愛い可愛いメイの言うこと聞けねぇってのか?」
「あまりの決断の速さにビビったんだよ!」
「ビリビリは」
「賛成だ」
「んじゃ出発決定。悪かったなメイ、勝手に入っちまって」
あまりにもすんなり事が運んだからかメイ自身が驚いていた。火を完全に消して、余った生療草はエースケの腰に括り、洞窟を出る。
アルーゼがメイをおんぶし、エースケの手には尻尾の骨が握られていた。
「俺、完全に荷物持ちじゃん…」
「昨日エースケがメイのことおんぶしてたんだから、今日は私の番だ!」
元気よく出発したはいいものの、かなりリスクが伴う行動にロキは既に警戒をしていた。戦士だけでなく恐竜もいる危険地帯を、盲目のメイを護衛しながら進んでいく。今夜過ごす場所だけでなく、水や食料も確保しなればならない。
「頂上へ向かうぞ」
傾斜になった森林地帯を見上げると中々の高さがあった。木々によって頂上は見えないが、相当歩かなければ辿り着けないだろう。
ロキの背中を追ってエースケは歩いていくが、アルーゼは立ち止まったまま動かずにいる。
「…怖いのか?」
まるで頂上に怯えるかのようにメイが震えていた。アルーゼは昨夜のように発狂してしまうのではないかと構えたが、悲鳴はあがらない。
メイが怯えるのは必ず理由がある。アルーゼはそう確信していたが、メイを案じて動かないわけにもいかない。洞窟を出た以上、次の安地を見つけるまではメイには耐えてもらうしかなかった。
「もっとぎゅーってしていいぞ」
目が見えないことがどれほど恐怖を増幅させているか。アルーゼは試しに目を瞑ってみた。
黒い闇と僅かな光。左右、上下、どこを向いても光の加減が変化するだけで、伝わる情報は一切ない。
ゼアルはトウガラシ爆弾によって視覚を失ってもアルーゼたちと渡り合ったが、それはあくまでも超人であるゆえの能力。
アルーゼですら一歩踏み出すことに恐怖を覚える暗闇に少女は耐え続けているのだ。
「…ん」
縋るように密着したメイの温もりを背中に感じながら、アルーゼはゆっくりと歩き出した。
ロキは全方向にあらゆる感覚を研ぎ澄まして先陣を切り、エースケは尻尾骨を杖代わりに傾斜を登っている。
周辺に恐竜のような巨大生物の気配は感じなかったが、戦士はこうもいかない。気配を殺し、今この瞬間も見られている可能性はある。戦士によって戦闘センスはかなりばらつきがあるが、手練れはちゃんとアルーゼでも苦戦する強さを備えているため、砂浜のような混戦状態でメイを守っていられるかは未知数だった。
「この傾斜登ってくのしんどすぎねぇか」
「まだ五分も登っていないのにもう文句か」
「こんなときトリケラがいたら…」
「木々同士の幅をよく見ろ。上に行けば行くほどより木々が密集している。トリケラトプスが通るのは無理だ」
「なんて憎たらしい森だこと…。つかよ、呼吸するたびに生療草の薬品臭が俺を苦しめるんだけど」
「虫除けになる。我慢しろ」
完全に荷物持ちとなったエースケは目を細めて不服ビームを撃ったが、ロキに効果はなし。エースケに背を向けて、軽い足取りで傾斜を登っていった。
遅れていたアルーゼもエースケの寸前まで追いついている。エースケはため息をついて、仕方なくロキの背中を追うのだった。




