妹という憧れ
肉の焼ける音、匂いが壁画空間に広がっていくのをアルーゼはプレゼントを開ける前の子供のような表情で楽しんでいた。
「さぁ焼けろ。今焼けろ。さっさと焼けて、私に食われるがいい」
「独り言が食いしん坊すぎるだろ」
枝に突き刺された尻尾肉は豪快な焚き火の直焼きで脂を滴らせている。脂が落ちる度に弾ける肉の匂いが食欲を掻き立て、丸一日何も食べていないエースケは口に溜まった唾液を勢いよく飲み込んだ。
「にしても美味そうだな」
「こんだけ腹減ってりゃ、エースケの腕ですら美味そうに見えるぞ」
「唐突な食欲殺しやめなさい」
あまりの食欲でエースケとアルーゼは両手で一つずつ尻尾肉を焼いている。一方のロキは生療草をベリーと一緒に潰しながら、ペースト状の飲み薬を作っていた。
「さぁてと、そろそろ食いどきかな」
じっくり焼き目がついた尻尾肉は香ばしい香りを放ち、熱々と湯気がたっている。アルーゼはそんな熱々の尻尾肉を冷ましもせずに一気にかぶりついた。
一瞬、筋繊維に阻まれたが、歯を押し込んで豪快に噛みちぎる。熱々の脂が口にじゅわぁっと広がり、肉の香りが鼻を突き抜け、アルーゼは目を見開いた。
「うんまっ!!」
肉を喰らうアルーゼは野生の獅子のようだった。食欲のまま、目の前の飯にただかぶりつく。その姿を真似るようにエースケも熱々に焼けた肉へかぶりついた。
「うま!」
トカゲの肉は鶏肉に似ている。そう思っていたエースケだったが、尻尾肉の予想外のジューシーさに思わず唸った。
塩すらかかっていない、しかも恐竜の肉だが空腹の体は何の抵抗もなく受け入れた。空腹は最高のスパイスとでも言うべきか。
「ほいロキの分」
「あぁ。ありがとう」
生療草をすり潰す手を止めて、ロキはエースケから尻尾肉焼きを受け取った。
とくに感想もなく黙々と肉を口にしていくロキは、食事というよりも栄養補給のための作業に見えた。
「郷に入っては郷に従えって言うけど、俺ってば恐竜界という郷にすっかり従ってるよな」
「なんだよ急に」
「いや、恐竜の肉ってほぼゲテモノじゃん?俺全然抵抗なく食べれるもん」
「ゲテモノって…。ティルルの食事場に並んでる料理のほとんどが恐竜肉だぞ?ゲテモノじゃなくて、普通に恐竜は食べ物だろ」
食事場で口にしたステーキも唐揚げもハンバーグも全て原材料恐竜肉だという事実に、エースケは嫌いな食べ物を気づかずに食べた気分になった。
「美味そうに食ってたくせに」
「家畜っていないの?」
「さぁな。どうなんだビリビリ」
「食用の家畜はもちろんいるが、冒険者、恐竜専門のハンターが多く、流通の中心地になっているティルルだからこそ当然のように恐竜肉が振る舞われているだけだ」
既に体は恐竜肉を受け入れている。今更ゲテモノ扱いしても、結局のところ美味いならそれで良い。エースケは尻尾肉にかじりつき、素材本来の味も悪くないと舌鼓を打つのだった。
「私、マンモス肉、食ってみてぇな」
肉を齧るアルーゼから出てきた嫌な名前にエースケの口が止まった。ルゼアチノへ向かう途中の山岳地帯でエースケとツァル子が遭遇した巨大マンモス。討伐レポートに登録され、レオンを拉致した盗賊団を壊滅、エースケの恐竜化成功のきっかけにもなった例のマンモスを思い出し、襲われた張本人は戦慄した。
「やめろ!その名を出すな!」
「帰り道にツァル子から聞いたぜ?馬鹿でかいマンモスに襲われたんだってな」
「そんなニヤニヤしながら言うなよ!ほんとに死にかけたんだからな!?」
恐竜界にマンモスがいたことは意外だったが、なにより驚愕したのはその巨体だった。到底人間が敵うとは思えない迫力に圧倒され、恐竜化して全力疾走で逃げたのは今でもトラウマとして脳に焼き付いている。
「帰り道会わなくてほんとよかったわ」
「ーーあのマンモスはユタが討伐した」
アルーゼに視線を向けていたエースケはロキへと急反転。首がおかしくなる勢いで振り向いた。
「医者発言に続いて、お前はどんだけぶっ込んでくんだよ!」
ロキはどれほど驚き要素を隠しているのだろうか。たとえ本人に隠している意識がなくとも、不意に放たれる発言は確実にエースケの驚愕点を打ち抜いてくる。
「さてはわざとだなビリビリぃ」
「事実を言っているまでだ」
「ユタってあの銀髪のやつだろ!?あのアホでかマンモスをどう倒せんだよ!」
エースケは興味津々でロキに詰め寄ったが、ロキは持っていた尻尾肉をエースケの口に押し込んで進行を食い止めた。
「むぐっ」
「それは本人に聞け」
盗賊団を壊滅させた巨大マンモスはエースケたちが去った後、一足先に山岳地帯へ踏み込んだラプトル騎士団副団長ユタによって巨大な肉塊へと変わり果てていた。無数の傷から流れた血液が体毛を固め、瞳から光を失った巨躯に騎士たちは言葉を失っていたが、一切疲労を見せず、鼻歌混じりで笑みを浮かべていたユタにこそ戦慄していた。
「ユタって言ったって他の騎士たちもいたんだよな…?」
「いや、ユタ一人だ」
エースケはもはや力が入らず、アルーゼの肩にもたれた。あの生物をどうやって一人で倒すというのか。
尻尾焼きをもう食べ終えたアルーゼは胡座の状態でエースケを膝枕で受け止めると、エースケの顔を覗き込んだ。
「ヘナチョコエースケ」
「うっせ」
エースケもトリケラも全速力で逃げたというのに、堂々と倒したなんて言われると恥ずかしさを感じざるおえない。アルーゼに笑われているような気がして、つい視線を逸らした。
「なーに今更気にしてんだよ。うりうりぃ」
「やめぇろ、かおぉを、もむぅなぁ」
アルーゼに頬を遊ばれながらエースケはある危機感を感じていた。
二人の戦士に盛大に吹っ飛ばされ、砂浜の戦闘では一切貢献せず、タルボサウルスからひたすら逃げ続け、あげく強者との格差を突きつけられる始末。
「パーティーのリーダーとして面目が立たんぜよ」
「リーダーは私ぜよ」
おでこにチョップが落とされ、リーダー権は呆気なく剥奪された。戦績も貢献度もアルーゼリーダーとの格差が大きすぎて膝枕されてることも情けなくなってくる。
「いっそのことそのまま俺を太ももで挟み殺してくれ」
「太ももが可哀想だからやだ」
「そんなこと言われてる俺が可哀想! もういい!自分から挟まれてやる!」
「な!」
太ももに押し付けられたエースケの顔を必死に引き剥がそうとするが、なにか力強い執念で全く離れず、少女が眠っているというのに
「殺せぇ!俺を殺してくれぇ!」
絶叫しているエースケのなんと見苦しいこと。
「太もも揉むなぁ!」
孤立し帰る方法が無い、詰まるところ絶望的な状況でも、騒がしくらしさ全開のエースケにアルーゼの内心にあった不安が溶けていく。
ロキが止めに入る様子はなく、エースケも止まる様子はない。
「しつこい!」
バキッ
アルーゼは決して甘やかさず、顎と脳天に手を置いて、そのまま左右に手を引いてエースケの首をへし折った。白目をむいたまま無気力に倒れ、まるで吊り糸の切れた人形のようなエースケにロキは冷たい視線を送る。
「あまりに度を越すのであれば拘束するが」
「大袈裟大袈裟。逐一こうやってお仕置きすればいいんだよ。それに、エースケは縛ったところで変わるような人間じゃねぇし」
気の抜けたエースケは白目をむいて完全に沈黙している。アルーゼは再び顎と脳天に手を置くと、今度は折った時とは逆方向に手を引いた。
ゴキッ
鈍い骨音が響く。瞬間、目と口を大きく開き、エースケは思い切り空気を吸い込んだ。まるで数分間、息を止めていたかのように必死に空気を取り込み、過呼吸になっている。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ…。な、なにが、おきた…」
アルーゼの太ももを堪能していたまでは覚えているが、それ以降が全く思い出せず、エースケはアルーゼを見つめた。
「命の再接続完了。おかえり、エースケ」
何をされたか、何が起きたか、全く分からないが、ただひたすらに怖くて仕方がなかった。首に刃を当てられていた、否、へし折られた感覚がある。確実に自分の身に何か起きた謎の空白にエースケは恐怖を抱いた。
「お、おれは」
思い当たる節はある。むしろそれしか理由がない。少しだけ痛む首に手を当てながら、アルーゼからの返答を待つ。アルーゼは微笑んでいた。
「何か言うことはあるかね?エースケ君」
この恐怖。完全に超えてはいけない線を超えた感じ。エースケはそっと両膝をついた。
「…なんか、すみませんでした」
改めて、アルーゼには勝てないと痛感したエースケはそっと距離を置いて、正座している。
「お手」
「ワン」
「三回回って下僕宣言」
「ワン!ワン!ワン!わたくしエースケはアルーゼ様の下僕です!女王様、万歳!」
ロキと部下である騎士たちのような上下関係とはかけ離れた、全く見習いたくない支配関係。アルーゼが四つん這いのエースケに跨り、二人の上下関係が遂に確定した。
ワンワン鳴き続けるエースケをツァル子たちが見たら何を思うか。しかしアルーゼ様が鳴けと仰れば鳴くのが下僕の役目。
「ワンワン!」
「よぉしよしよし!」
「ワンワン!アルーゼ様、万歳!アルーゼ様、最高!ワンワン!わたくしは一生、貴女様の下僕…で、す……ワ…」
声高らかに宣言していたエースケの言葉が段々と死んでいったのは
「………」
少女が目を覚まし、こちらに顔を向けていたからだった。
**********************
「(このタイミングはやばすぎる…)」
青黒色の天然パーマが可愛らしい少女の視線にエースケは震え上がった。
「……ぁ」
それは少女ができる限界の反応だった。小さな声に、エースケたちもどうすべきか見つめ返すことしかできない。
「い…」
逃げ出したくなるほどの静寂を破ったのはアルーゼだった。
「…良い夢、見れた…か?」
「……」
地獄の静寂の波は再びエースケたちを飲み込んだ。これはアルーゼがよくない。眠りから覚め、目の前に四つん這いの男とそれに跨る女がいて平常心でいられる人が、ましてや少女がいるだろうか。片やワンワンと鳴き、なんなら今から悪夢が始まったと思って差し支えない。
するとエースケが小声で
「どうすんだよこの空気!アルーゼ、お前のせいだぞ!」
アルーゼもまた小声で
「なんで私のせいなんだよ!ぶち殺すぞ!」
「いや口悪!!」
二人のやり取りに少女は怯えていた。
そんな二人を無視してロキが話しかける。
「ーー起き上がれるか」
少女は少しだけ首を傾けた。
「…ぁ」
「ゆっくりでいい」
ロキから敵意を感じなかったから、ではなくロキの言葉を命令だと、少女は右手を支えにゆっくりと体を起こした。
「名前は言えるか」
「……メイ」
小さな声だったがなんとか聞こえた名前。ロキは片膝をついて返事を待つ少女へ手を伸ばした。
「ロキだ。メイ、と呼んでも構わないか?」
「…うん」
ロキの手に収まってしまうほどの小さな手が差し出され、ロキはメイの手を優しく握った。
体温やや高い。脈は問題無し。軽度の脱水症状有り。
「どこか痛い場所はあるか」
メイは首を横に振った。
「おいアルーゼ。いつまで乗ってんだ。さっさと降りろって」
「なんだ下僕の分際で」
「ドS女王様タイムは終了!」
エースケは背中を反らして、ずり落ちたアルーゼはおんぶされるようにエースケの肩に腕をかけた。
「離れんかい」
「やぁ!ぼくはエースケ!よろしくね!」
「勝手に声を当てるな!でもってなんでそんなアホっぽい声なんだよ!」
メイはエースケとアルーゼを無視した。一方でロキは生療草とベリーで作った即席の飲み薬を緑色の葉に乗せ、メイへと差し出した。
モーニング薬はきついだろ。
「怖がらなくていい。そこまで害はないやつらだ」
「おま、害って…」
差し出されたペースト状の即席の薬。生療草の放つ薬品臭にメイは体が跳ねるほど激しく驚いた。
「今、ビクッってなったよな」
メイは即席の薬の臭いに固まっている。ティルルで二日酔いに効くと言われて粉薬を出された瞬間によく似た、初見薬に対するメイの不安な表情に、エースケは「分かるわぁ」と独りごちた。
何が起きたか分からない素振りで、メイは周囲を見渡している。何かを探しているような、怯えているような、まるで初めて我が家にやってきた子猫のようだった。
「エースケ、そのニヤニヤ超キモいぞ。……お前まさか!!」
「なに変な誤解してんだよ!人をロリコンみたいに言うんじゃありません!」
アルーゼのイカれた観察眼はエースケへ冷ややかな視線を送る。
「妹ってこんな感じかなって思っただけだから」
「妹ねぇぇ」
姉しか知らないエースケからすると妹は羨ましい存在であったりする。妹がいる友人にこれを言うと必ず否定されるのだが、姉なんかよりよっぽど良いに決まっている。
「アルーゼは妹欲しくないのかよ」
「むちゃくちゃ欲しい」
「欲しいのかよ」
「弟も欲しい。レオンとかまじで可愛い。お兄ちゃんもお姉ちゃんも欲しい。甘やかしたいし甘えたい」
「いや急に怖い怖い。真顔で淡々と欲望を語らないで」
そんな中、ロキの表情が曇っていく。何かに気づき、少しの驚きとともに
「エースケ」
ロキに呼ばれて、エースケからため息が無意識に吐き出される。呼ばれた理由が分かりきっているからだ。
「飲めと」
山火事防止役兼手作り薬毒味役とは実に素晴らしい配役だこと。しかしそこでお前が飲めよと言わないのが毒味役。嫌がりながらも人差し指をペーストへ伸ばした。
「違う」
「…え?」
てっきり、毒味役と思っていたエースケの手が止まる。
しかし名前を呼んだ本人は黙ったまま、メイの目を見ていた。
「ロキ?どした?」
「俺の髪は何色に見えている」
突然の質問にエースケとアルーゼは「は?」と疑問が声に出てしまった。
群青色の髪と瞳、今更何を言うか。整った顔に筋肉質でありながら引き締まった、程々の長身。羨ましい限りのハイスペックではないか。
「青色だけど」
「…メイ。俺の瞳が何色かわかるか」
ついにおかしくなったかこのイケメン。
そう思いながら、エースケはロキの青い瞳を見ていた。
「……」
「ん?」
炎は充分に壁画部屋を照らしている。ましてやロキが至近距離にいるため、分からないはずがない。それなのに一向にメイが口を開かない。
メイとロキの視線は交差、していたはずだった。
「……見えていないのか」
「!?」
エースケとアルーゼは疑いなく驚愕した。言われてみれば、目が合わない。瞳は白く混濁し、生療草の匂いに過敏に反応したのも納得できる。
メイは小さく頷き
「……」
何をどう言うべきか。アルーゼすら言葉に迷っていると
「やぁやぁ可愛いお嬢さん。エースケだ。よろしく」
気まずい空気を破るようにエースケが迷わずメイの手をとった。
しっかり声はかけたがメイは驚いて声がだせず、手を掴んだエースケに返ってきたのは笑顔の返事ではなく半泣きのビンタだった。
乾いた音、頬に溜まっていく熱。痛みはあったが驚きのあまり、無痛と大差無かった。
「え、なんで…?」
「ふつうに馴れ馴れしいからだろ」
アルーゼの冷たい一言とメイの怖がる表情が辛くて、エースケは壁画部屋の隅で膝を抱えた。
「これだからエースケは。女の子と接することに慣れてないのがバレバレだっつーの」
落ち込むエースケに呆れながら、今度はアルーゼがメイの前に腰を落とし、手を差し出した。
「驚かしてごめんな。変態がいきなり手触って怖かったよな」
女声に多少警戒が解けたのか、ビンタはこない。
「私はアルーゼっていうんだ。ぜひともアルーゼお姉ちゃんって呼んでくれ」
「……」
しばしの静寂。メイは黙ったまま、返答待ちのアルーゼは固まっている。
「……お、おーい」
「……」
まるで何もない空間に話しかけたような無反応に、コミュ強のアルーゼも言葉を詰まらせている。引っ込めるに引っ込めることのできない手は震え始め、その光景をエースケが「しめしめ」という顔で見ていた。
「……ぃ」
「…!!なんだ!なんて言った!」
声が小さすぎて聞き取れなかったのを力強く詰め寄ったアルーゼにメイは思わず首をすくめた。まるでいじめっ子といじめられっ子のようだ。
メイは小さな声で
「……こわい」
電撃が駆け抜けるように少女の言葉のショックが全身を震わせる。
怖い。
エースケはまだしも、まさか自分までとは。思いもよらぬ拒否にアルーゼは弾丸に撃ち抜かれたように背中を反らせ、仰向けに倒れた。
「ププッ」
「あ?」
「こちらの世界へようこそアルーゼくん」
一足先に嫌われ地獄に堕ちていたエースケが新たな仲間の登場に心を躍らせていた。人の不幸は蜜の味。自分だけなら心底落ち込んでいたが、アルーゼもとなると話は違う。
「声が怖かったんだろうな」
「な!人を声で判断すんな!」
「どすが利いてるからなぁ、アルーゼの声は」
「…てめぇ」
「なんだ?この状況で俺を殴れるかな!?ここで今俺を殴ればお前は完全に暴力女として一生怖いと言われ続けるぞ!」
ここぞとばかりに調子に乗り始めたエースケに、アルーゼのこめかみに血管が浮き出る。殺意を視線に乗せて、それでもなんとかメイを怖がらせまいと、心を落ち着かせるために深呼吸を繰り返した。
「……」
「ビリビリ、お前はなにポカーンとしてんだよ」
ロキは面食らっていた。盲人の騎士を数人知っていたが、彼らは病室で会うたびに「会話にどこか壁を感じる」と言っていた。
事故や戦闘で腕や足を失った騎士は、義手や義足を見た相手の表情が変わる時が一番辛いとも言っていた。
健常者と異なる点、それを見たとき感じ取ったとき全員が健常者と同等の扱いをできるかどうか。明確な差別、正しい配慮、慣れているから、全く理解できないから、ロキは医師という立場で今までに病や障害によって人間関係が複雑化していくのを嫌というほど見ている。
しかし、二人は全くメイに一線を引いていない。決して驚くことでも意外と思うことでもないが、エースケとアルーゼはあまりにも普通に接していた。
「おーいビリビリィ」
グゥゥ
アルーゼに返事したかのように、壁画部屋に空腹の音色が響いた。意外な人物の奏でた音色にアルーゼとエースケは案の定ニヤリと笑った。
しかしロキは冷静な表情を崩さず
「俺ではないぞ」
「かぁぁ!この期に及んで嘘つくかよ!」
アルーゼが呆れている横でメイが顔を赤くして蹲っている。何事かと一瞬焦った三人だったが、恥ずかしそうにしているメイを見て
「…飯、食うか?」
アルーゼの声にメイは小さく頷いた。
*********************
三人がメイに驚いていたのは、その食欲もそうだが、なぜか食べながら泣いているからだった。
「おいアルーゼ。お前まさかあの毒キノコふりかけたりしてないよな。舌が痺れて泣いてるんじゃねぇよな」
「誰がそんなことするかよ。美味すぎて泣いてんだろ」
病み上がりということで少量ではあったが、メイは味付けされていない尻尾肉を美味しそうに頬張っている。
「きのこも食うかな」
「食わねぇよ。てか食わせねぇよ」
ロキが口に運んでいく肉をあっという間に平らげたメイは涙を拭って、満足そうに息を吐いた。そのタイミングを逃さず、ロキがすかさず薬を差し出すと、メイは薬品臭に反射的に息を止め、手で口を覆った。
「……やだ」
メイは首を振っている。
「だそうだぜ」
「……それは、困るな」
明らかにお薬拒否モードのメイ。これをどう突破するか。
「(あ、あれは!)」
ロキの右手には木製のスプーンが握られていた。
「(スプーンだと!!)」
「(いつの間に!?)」
薬品臭によって閉ざされた門を突破する為の切り札。メイの小さな口でも飲みやすくするために、ロキは木製スプーンすら作っていた。
「(いや待てビリビリ!)」
「(スプーンは確かに飲みやすくしているが!)」
『(あの独特の臭いは消えはしない!!)』
スプーンに乗った紫色のペーストは薬品臭もさることながら色も毒々しく、目が見えないとはいえ少女にはやはりハードルが高いように見えた。
「(メイは既に生療草の臭いを覚えちまってるぞ)」
「ロキ、お前はどうやってお薬嫌々の壁を越えるんだ!)」
しかしエースケたちは気づいていない。既にロキがさらにベリーを追加していたことを。生療草独特の薬品臭を完全に消すことはできずとも、追加ベリーによってその臭いはかなり封じられていた。
「(嗅いでいる!薬を嗅いでいるぞビリビリ!)」
「(いけるか!?)」
スプーンはゆっくりとメイの口元へ近づいていく。エースケとアルーゼはその光景に見入っていた。
「(あと一押し!)」
「(どうするんだ!ロキ!)」
次の瞬間、二人はその衝撃に息を呑んだ。
「(あああああれは!!)」
「(ままままさかそんな!!)」
ロキは優しく微笑んで
「あーん、できるか?」
『(イケメンボイスだぁあ!!)』
青い瞳は優しくメイを見つめ、静かなトーンでそっと囁く。
騎士、医者、イケメン。これ以上何を積めばいいのかというハイスペックさはエースケとアルーゼの思考に電撃を走らせ、メイは素直に口を開けた。
一口、一口、また一口。メイは薬をゆっくりではあるが頑張って飲み込んでいく。そんな姿にエースケとアルーゼは感激していた。
「見ろエースケ。私たちの妹が薬を飲んでるぞっ!」
「あぁ…見てるぞ。お兄ちゃんは見てるぞ!」
いよいよ最後の一口。拍手とともにメイはロキお手製の薬を飲みきり、エースケとアルーゼは喝采を飛ばした。
つい先程、ビンタして、怖いと言って、会話を拒否したはずの二人が異様なテンションで褒めてくることに違和感があったが、メイは微笑んだ。
「メイの食べっぷり見てたら腹減ってきたな」
「まじでか」
腹ぺこアルーゼは尻尾肉のおかわりと、食べれるか不明のきのこを焼き始めた。エースケは差し出された焼ききのこを丁重に断り、アルーゼはよく分からないきのこを口に詰めていく。
「…メイ、少し話を」
瞬間、落ち着いた空気の流れる壁画部屋でロキは負の視線を感じた。
何故か…。メイにあーんを繰り返し、私たちの妹を独り占めされたと勘違いしている馬鹿二人がいるからである。
「おいビリビリ。なーにちゃっかり話しかけてんだ?てめぇにメイはわたさねぇぞ?」
「話しかけることに何か問題でも」
「おいおいロキくぅん。君はこの苦しさが分からないからそんなことが言えるんだよぉ?」
数分前にメイに喝采を飛ばしていたとは思えない豹変ぶり。嫉妬に燃える二人は仲良くロキに詰め寄った。エースケは右から、アルーゼは左から、ロキの顔ギリギリまで近づき、睨みつけている。
率直に言ってメイは可愛い。妹が欲しい二人からするとまたとない機会だったが、結果はまさかの惨敗。一人はビンタされ、一人は怖い人扱い。
「お医者さんだからって合法的に可愛い女の子とお喋りだぁ?しかもあーんまで、てめぇもエースケ同様、風上に置けねぇなぁ?ぁあ?」
「それに加えて騎士団長だぁ?不埒な騎士め!今すぐその剣を捨ててこい!それとも俺とお医者さんごっこするかぁ?ぁあ?」
とにかく可愛い女の子とお喋りがしたい、あーんしてあげたいアルーゼとエースケの私欲増し増しのクレームをロキは鬱陶しそうに聞き流している。
「彼女から話を聞くだけだ。大人しくしておけ」
「話だぁ?森の中で倒れてた子だぞ?ましてや目が見えないって、訳ありに決まってんだろ。それを傷抉るような真似して、この鬼畜!さてはてめぇエースケ同様、彼女いたことねぇだろ!」
「うん、ちょっと待って?」
ロキを攻め立てる流れが断ち切られたことに、アルーゼは不機嫌そうに睨みつけた。
「なんだよ」
「俺への飛び火がすごいな。俺このままじゃ火だるまになるよ?」
「んだよ、事実だろうが」
「冷たい言葉は時に人の心を焼き尽くすのだよ。ロキ、俺を抱きしめてくれ」
「何故そうなる」
誰もエースケの傷を癒してくれない。アルーゼに言い返すこともできず、エースケは「ちくしょぉ!!」と拳を地面に叩きつけた。
「つか、んなことより」
「んなことより!?」
「まじで色々聞くつもりか?どうせ戦士やらあのピアスっ娘に繋がんだから、わざわざ」
「だからこそだ。 得られる情報は全て得ておきたい」
冷徹でありながらも真っ当な言葉にアルーゼは口を閉ざした。実際問題ここがどこか。なぜ戦士がいるのか。メイの素性すら分かっていない。それぞれ意見はあるが、メイが重要な情報源に変わりなかった。
「あ」
アルーゼの声に男二人の視線はメイへと移る。
「あ」
大きなあくびを一回。尻尾肉を食べ、薬を飲み、程よく満腹になったメイが横になっていた。




