尻尾という土産
「あ、松明持ってきちまった」
食料調達のために洞窟から出てきたエースケは右手に持った松明を見て言った。アルーゼの作った松明は先端の木材を黒く染めながら熱と光を放っている。
「エースケ、松明は頭とか肩の真上に向けちゃダメだぞ」
そう言った直後、エースケの頭の上で松明の先端が音を立てて弾け、火の粉が花火のように降り注いだ。
「ァアッツ!!」
無数の火の粉がエースケの頭や首に着弾し、髪の毛の焦げる音と匂いが広がっていく。エースケが反射的に松明を手放すと、地面に落ちた炎は砕け、松明は焚き火と化した。
「ぁあ!お前せっかく作った松明、なに捨ててんだ!」
持ち手はまだ燃えていなかったが、針葉樹の木片はバラバラになり、持ち上げたところで、洞窟を照らすことはできないだろう。
エースケは火の粉が降りかかった頭と首を手で払いながら、燃え上がる焚き火を見ていた。
「き、きれいだな…」
「何誤魔化そうとしてんだ!さっさと消すぞ!」
アルーゼは松明が捨てられたことに声を荒げるのではなく、昇っていく煙を見て、急いで焚き火を踏み潰した。
「アルーゼ!?」
「いいから消せ!煙見られたら私たちがここにいるって言ってるのと一緒だぞ!」
森林から煙が見えればベルーサやモナは一直線に向かってくるだろう。自然界での煙や人工物がいかに目立つかを知っているアルーゼの焦りに煽られたエースケは焚き火を思い切り踏みつけた。
「いやアッッツ!!アルーゼ、お前そんな素足丸出しでよく踏めるな!!」
丈の短いズボンを履いて太ももから足首まで露出しているアルーゼは火を踏み消すにはあまりに不適切すぎる格好だった。
「気合いだ気合い」
「脳筋すぎだろ…」
二人に踏み潰された炎と炭はやがて散り散りになり、煙も目立つことなく霧散した。これで一安心、そう思ったエースケだったが、黒焦げになった地面を見て嫌な予感が頭をよぎった。
「あ、あの、アルーゼさん?まさかだけど…」
「なんだエースケ、察しがいいな。火災防止役としての務め、よろしく」
「もう出ねぇよ!」
「絞り出せ!」
「無茶言うな!空っぽだわ!」
「じゃあ補充しにいくぞ」
「俺のこと水筒かなんかだと思ってる?水見つけた瞬間にがぶ飲みさせられる未来が見えるんですけど」
不安を抱えながらも、実際に水があるかは分からないため、とりあえず二人は森を進むことにした。
ふと思えば、かなり久しぶりの二人きり。トリケラ捕獲以来の二人きりを意識した瞬間、エースケは妙な気恥ずかしさをおぼえた。
「な、なぁアルーぜ。水って言うけどさ、魚がいるくらいの水場って、見つけんのぶっちゃけ運じゃね?」
大自然での水の見つけ方。薬草知識が首ネギ巻きという論外のエースケからすれば、水の見つけ方などもってのほかだった。
砂浜に戻り海水を手に入れるか迷ったが、再び血の戦場に戻る案は二人それぞれの脳内で却下された。
「葉っぱにビニール袋被せて朝露集めたり、湿った地面掘るみたいのは聞いたことあるけど、そんな時間ねぇしさ、どうやって見つけるつもりなんだ?」
「エースケェ、こちとらルゼアチノのクソジャングルで生活してたんだぞ。水は命の源、特に水源を確保しておくのは当然。つまり!見つけるなんてちょちょいのちょいってわけよ」
「ちょ、ちょちょいのちょいて…?」
「まぁ、見とけ」
自信ありげなアルーゼは唐突に脚部を恐竜化させ、一気に巨大化させた。足だけが太く長くなっていく異様な光景にエースケは口をあんぐり開けている。改めて目にするアルゼンチノサウルスの能力にエースケはただただ眺めることしか出来なかった。
しかし、父はかの暴君ゼアル、母はノアという超人一家の一人娘はアルゼンチノサウルスの能力を完全には継承していない。ゼアルは全身の巨大化、身長約三十メートルの巨人となるが、ノアに巨大化の能力は無く、一切肉体が巨大化することなく体重のみを増加させる能力を持つ。
それ故か、アルーゼの恐竜化は任意で四肢のみの巨大化を可能とし、胴体は人間サイズで四肢は巨人という歪な姿となる。
「うーん、水がありそーな場所はぁ」
「いやいやいやいやちょっと待てぇ!!」
足だけが巨人サイズとなったアルーゼに声が届くよう、エースケは大声で叫んだ。
「さっき煙で居場所がどうのこうの言ってたやつが一番目立ってんじゃねぇか!!」
森の中からにゅっと出ているアルーゼは足だけの巨大化とはいえ、さすがに目立っている。胴体と頭も巨大化できればゼアルにも引けを取らない巨人になれるアルーゼだが、脚部だけでも十分な高さになっていた。
見晴らしは良好。しかし山形の地形を眺めても水源らしきものは見つからなかった。
「下へ参りまーす」
恐竜化を解除し、巨大な足が元に戻っていく。
みるみる縮小し、細くも筋肉質な見慣れた姿に戻ったアルーゼは何食わぬ顔をしている。
「お前はレオンみたいに透明人間にはなれねぇんだぞ!」
「煙よりはバレねぇよ」
「軽率!」
煙はダメで自分が巨大化することは許容できるガバガバなアルーゼはさらに森の奥へと進んでいった。
「ここら辺でいいか」
「…ん?」
「上へ参りまーす」
「…!待て待て待て!」
エレベーターガールのような発言にアルーゼが巨大化しようとすることを察したエースケは急いで両肩を押さえつけた。
「いててててて!」
「しれっと巨大化すんな!まじで居場所バレたらどうすんだよ!」
「洞窟からはそれなりに離れただろ」
「俺たちへの危険は眼中にないの!?」
ルゼアチノとは違ってエースケたちの転移した島には野生の恐竜が生息していた。タルボサウルスやカルノタウルスのような肉食恐竜もそうだが、なによりも戦士と再び出会うことを避けたかった。
「もっと隠密意識!ゆーあー忍者!肉食恐竜に追われるのも戦士に蹴り飛ばされるのも勘弁なんだよ!」
「にんじゃ?」
「そう忍者。隠密のプロ、今のお前にぜひ見習ってほしいやつらだよ」
「しょーがねぇだろ?水場の見つけ方知らねぇんだから」
「…え?…まじで言ってる?」
「まじ。見つけ方を知らない私たちからすれば、エースケの言う通り、運てわけ」
「だってさっき、ちょちょいのちょいて」
「運があればの話」
「……俺は完全にアルーゼのサバイバル術を頼ってたんだぞ?」
アルーゼは肩に乗ったエースケの手を握って、体の前に優しく持っていった。静かに向かい合う。突然、目を見つめられたエースケはつい息を止めてしまった。
「なんかエースケ、ずっとカリカリしてるぞ」
「…それは」
転移してからずっと胸がざわついていた。妙に緊張して体に力が入り続け、気づくと強く拳を握っている。ストレスが無意識に言葉や態度に出ていたらしい。突然の転移、自分の置かれた状況はアルーゼも同じはずなのにとエースケは自身を責めた。
「…ごめん」
アルーゼは万能ではない。能力や技術はエースケより何枚も上手なのは事実だが、頼れば必ず上手くいくわけではないだろう。慣れている人間を前へ前へと押し出すことが最良の結果を生むとは限らない。
「…でもさ。あまりにアルーゼが自信ありげだったから…」
「女の子は嘘をつく生き物だって、母さんが言ってた」
「いや、どこで噓ついとんねん」
アルーゼはてへっと舌を出した。深刻に考えているのは俺だけなのでは?と一瞬心が揺らいだが、アルーゼを責める理由が無いことに変わりはない。
「不安だけどよ、後ろ向きに考えすぎると状況に飲まれて、ポキッと折れちまうぞ」
アルーゼの発言は最もだった。ここがどこか、ティルルにどう帰るか、というか帰れるのか。不安しかない状況だが、絶望に落ち込んでいる暇はない。どうしていいか分からないからこそ立ち止まらず抗う重要性をルゼアチノで学んだではないか。
「落ち着いたか?」
「…落ち着いた」
「ならよかった」
アルーゼの手は温かく、優しくエースケの手を握っている。この手に何度救われたことか。エースケはその手を優しく握り返すと
「俺は…。もう足を引っ張らない」
「お?」
「俺がアルーゼを護る。水も見つける」
「おぉ」
「だから巨大化も目立つのも禁止。その分俺がアルーゼの力になってやる」
「おぉぉ」
アルーゼはやる気に満ちていくエースケに頼りがいと頼りなさを同時に感じていた。男らしさはあるが、どこか護ってやりたくなる。そんな彼の頭をアルーゼがそっと撫でた。
「な、なんだよ」
「いやぁ、ツァル子の言ってた意味が分かった気がするなぁって」
雑に髪を揉むアルーゼにエースケは言葉の意味が分からずに首を傾げた。
「その言葉、期待しとくぜ」
アルーゼはそう言うと、「よし!」とおもむろに履いている靴紐を緩めた。
「行くぞエースケ」
「……はい?」
掛け声とともにアルーゼの靴が高く空中へ上がっていった。木の枝に引っかかりそうな高さまで蹴り上げられた靴は、回転を繰り返し、やがて引力によって地面に引き寄せられ、落下を始めた。
「きた!」
地面との衝突。衝撃で高く跳ね上がり、横回転しながら再び地面に衝突すると、さらに数回転がり停止した。
「あっちだ!」
つま先が指したのはエースケたちの正面やや右方向。アルーゼは靴を履き、まるで神からの啓示を受けたかのように何の迷いもなく歩き出した。
まさに運試し。水場が見つかることを祈って、半信半疑…ではなく、全疑でエースケはアルーゼの背中を追っていった。
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「………」
「おいビリビリ。なんだその、何か言いたげな目は」
壁画洞窟の入り口。大きな亀裂の前に立っているロキは冷たい目をしていた。
アルーゼはそんな視線に反発するかのように睨み返し、一方のエースケは上裸だった。
「この状況に何も言わない人間がいるのか」
アルーゼは巨大な尻尾を抱いていた。付け根辺りで切断されている尻尾は明らかに哺乳類のものではない。
「まず、その尻尾はなんだ。その大きさ、どう処理するつもりだ」
「全部食えばいいだろ」
鱗に包まれた筋肉質な尻尾は少なからず食べ物には見えない。
「…エースケ。それはなんだ」
「木の実やら色々です…」
エースケは入れ物が無かったために服を脱いで、木の実やきのこ、特にブルーベリーのような紫色の小さな果実を山盛りに持って帰ってきた。
「残念ながら見ての通り水は見つけられなかった」
「魚の代わりに尻尾というわけか」
「美味そうだろ?」
これのどこに食欲が湧くというのか。ロキも野営中に恐竜を食べることはあったが、正体不明の尻尾となると容易く受け入れることができなかった。
「…とりあえず中に運べ。選別は俺がやる」
アルーゼは「尻尾!尻尾!」と呑気に洞窟へと入っていき、少し距離を置いてエースケが後に続いた。
最後、ロキが洞窟へと入る直前、ロキは周囲を見渡し追手がいないか確認した。一応の索敵だったが場所を悟らせるほど相手も馬鹿ではないだろうと、ロキはすぐに体を反転させて奥へと姿を消した。
「おいおい、まだ眠ってんのか」
アルーゼは未だに眠る少女の横にぶった切ってきた尻尾を置いて、どかっと座った。
「抱き枕感覚で生尻尾置くなよ。今目ぇ覚ましたらその子卒倒するぞ」
「いい夢見ろよー」
「生臭い悪夢にうなされるわ」
エースケもあぐらをかいて座り、服を床に広げて山盛りの木の実を一つ一つ手に取り始めた。
「うわっ、この葉っぱ、すんげー病院の匂いするんだけど」
アルーゼが果実や植物を取っては投げてエースケの服に放り込んできた中でも一際目立っていた白色の葉っぱ。楕円形で薄緑色の葉脈が伸びている葉を眺めていると、後ろから
「生療草か」
ロキが少し驚いた口調で積み重なった白い葉を手に取った。
「なんかアルーゼがテンション高めで集めてたんだよ」
「これは生療草といって、薬草の中でも特に有名な一種だ。どこにでも生える生命力が特徴だが、この地にも群生していたようだな」
あれからエースケとアルーゼは靴が示した方向に歩き続け、アルーゼが知っている食べ物や食べれそうな物をひたすら取りまくり、エースケがそれを回収していた。
「まさに薬草って感じの名前と匂いだな」
「解熱作用がある生療草は一番欲しかった。よく見つけてくれた」
「なんだビリビリ、お前、薬草について詳しいのか?」
「医者としての最低限の知識はある」
いきなりの告白にエースケとアルーゼは「へぇ、医者ねぇ」と一度受け入れたが、その情報は思考に順応しなかった。
脳内で医者という言葉が反芻され、二人は目を見合わせる。お互い理解していないことを理解し、息を吸い込み、同じタイミングで
『医者ぁ!?』
目の前で生療草を摘んでいる青年を一目で医者だと見抜く人間がどれほどいるだろうか。細く引き締まりながらも鍛えられた肉体、帯電する騎士剣、タルボサウルスや戦士との戦闘など、騎士要素が濃すぎて医者要素を到底信じることができない。
「そこまで叫ぶ必要はないだろ」
「ビリビリィ、見栄張るっつっても限度があるぞ?限度が」
「そうだぞ。騎士団長で厨二能力持ちで、さらには医者だと?欲張るのも大概にしろ。食い放題だったら腹ぶっ壊してるぞ」
二人に詰め寄られたがロキは疑問の視線を送っている。一切嘘はついていないが全力で疑われる状況にむしろ自分の信用の無さを責めかけた。
「証拠はあんのか証拠は」
「そうだ!そうだ!免許出せ!」
と言いつつも二人はロキの医者要素に心当たりがあった。今目の前で眠りについている少女の対応やティルルでのエースケへの薬の調合。しれっと行っていたが、どれも正しい知識があってこそだった。
「ティルルに戻ったら姉さ…。ベロニカ様に聞いてみろ。納得できるはずだ」
怪しむ視線を無視して、ロキは山盛りの木の実を選別し始めた。偶然ではなく知識として生療草を採取したアルーゼが集めたのだから、それほど不安はない。しかし自然界には食用に似ていながらも毒を有しているものが多々見られるため、ロキは細心の注意を払っていた。
「医者のくせに心配性だなぁビリビリは。取るときに必ず一個食べてっから問題ねぇよ」
「せめて舌にのせるくらいにしておけ。専門的な解毒方法が無い今、些細な異常でも容易く悪化するぞ。生療草にも限界はある。それと、医者のくせには余計だ」
今のところアルーゼの内臓に異常は生じていない。そう、今のところは…。と言っても、アルーゼの強靭な内臓にダメージを与える食べ物はそうないのだが。
「でも食えるやつばっかだろ?きのことかは一種類しかねぇけど、ギリ腹に溜まるし。ベリーは一応水分取れるし」
「気になってたんだけどさ。野生のきのこって食っていいの?」
エースケは散策している最中に何度か毒キノコを目にしていた。血のような赤色のキノコや王道の紫色キノコなど素人目にも分かる毒々しさに、アルーゼが採取したキノコにも一抹の不安があった。
「目の前で一口食ったろが。いけるいける」
「野生児のアルーゼは基準にならねぇよ。 ロキ、俺は止めたんだぞ」
舞茸のような見た目のきのこに毒々しさは感じられないが、赤色や紫色ではないから無毒とは限らない。躊躇いなく生で齧ったアルーゼはピンピンしているが、正体不明のきのこほど恐ろしいものはない。
「食ったらダメなのはこーゆーやつだろ?」
そう言ってアルーゼがポケットから取り出したのは赤色の傘に白い斑点が付いた、明らかに口にしてはいけないきのこだった。
「いやそれ毒キノコ!」
「見た目可愛いから持って帰ってきた」
「お花感覚で毒キノコ採るやつがいるか!てか素手で触っていいのか!?」
見た目の可愛さは色合いと丸っこい形で分からないこともないが、持って帰る思考は全く分からない。あまりにワイルドが過ぎている。
「おいロキ!お前からも何か言ってやれ!」
「…触れる分には問題ない、とは言い切れないぞ。その手で目に触れたら万が一失明する可能性もある」
「その毒キノコ触った手で尻尾持ってたのか!?」
「おいおい、触っただけだぜ?いい加減ビビりすぎなんだよ。ちょっと毒あるくらいがスパイシーで美味いって」
「ロキ、このアホをぜひとも診察してくれ。危機管理能力に重傷を負っているはずだ」
ロキは採ってきたきのこを除こうとしたが、アルーゼの「もったいない!」発言によって、結局全てアルーゼの腹に収まることになった。
だが問題はまだある。
「…この尻尾、どうやって食うよ」
「焼く以外ねぇだろ」
「待て。まずこれは何の尻尾だ」
少女の横に抱き枕のように置かれた尻尾は、少女よりも大きく、まるで猟師が獲物と背比べしているように見えた。
苔が生えたような緑色の斑模様にざらついた鱗。断面は太く白い骨を中心に赤い肉がギチギチにつまっている。
「ちゃんと草食恐竜の尻尾だぞ。尻尾以外はほとんど喰われてたから詳しくは分からん。多分、マイアサウラかイグアノドン辺りだと思う」
尻尾の持ち主を見つけたとき、それは既に死んでいた。体の大部分は最初の捕食者によって喰い尽くされ、残った肉や臓物も小型の生物たちによって片付けられていた。
見た目こそグロテスクではあったが、自然界の当然の循環にエースケは不快感や吐き気を感じることはなかった。しかし、まだ死骸に温もりがあったことがエースケの心を少しだけ締め付けた。
「この短剣、なかなかの切れ味だったぜ」
容易く鱗を裂き、筋肉繊維を抵抗なく切り開いた短剣の正体をアルーゼは知らない。
「さっさと丸焼きにしようぜ。ビリビリもどうせ食うだろ?」
正体不明に対する抵抗はあったが、分からないままだったら口にしない、ともいかない。ロキは「あぁ」と呟き、エースケは串焼きのための枝を取りに出て行った。
気づけば空は朱赤色へと染まっていた。ティルルでの奇襲、突然の転移からまだ半日も経っていなかったが、それでも空の移り変わりは時の流れによる疲労感を覚えさせる。
全身に見えない重りがのしかかり、疲れが溜息となって溢れ出るとエースケは黒く染まっていく森に向けて小さく呟いた。
「…帰れるのか、俺たち」
恐怖、不安。それらはエースケが一人になった瞬間を見逃さず、エースケを飲み込もうとする。恐竜界に一人で転移したときはここまで恐怖はなかったというのに、森の中で、それも仲間が一緒のはずが、置かれた状況をひどく恐ろしく感じてしまう。人間とは実に不思議な生き物だ。エースケは足早に枝を集め、夜へと変わっていく世界から逃げ出した。
「はい尻尾!尻尾!尻尾焼き!ぶった切って美味しい尻尾焼き!あそーれ尻尾!尻尾!尻尾焼き!」
「……」
「おいエースケ、枝拾ってきたか?あとはぶっ刺して焼くだけだぞ!さぁみなさんご一緒に!はい尻尾!尻尾!尻尾焼き!ぶった切って美味しい尻尾焼き!」
言葉が出なかった。彼女の奇行についていけなかった。どこかも分からぬ土地で、帰る方法もなく、常に危険が潜んでいる状況で、アルーゼは尻尾肉をそれはそれは嬉しそうに掲げている。
「…どしたエースケ。テンション低いぞ」
「俺の不安を返してくれ」




