トランス缶というガンギマリ
大海を背に雄叫びを上げようと特に何も起きず。電気属性なんてどれほど憧れたものか。強キャラ属性を見てしまった以上、何としても魔法を取得したい。
「脱肉体派、来たれ魔法時代」
エウポンの恐竜化のような無意識の覚醒が起きるかどうか。まぁ、起きるはずがないが。とりあえず念じ続けて、エースケは右手を思い切り前に突き出した。
電流どころか魔法の感覚すら全く感じない。されどここは異世界。非日常的現象が起きてもなんら違和感はない。
「サンダガ!!」
「………」
無、ただの無。もちろん何も起きないし、なんならエースケも察していた。ただの厨二に成り下がったエースケに集まる視線は実に冷たい。
「おい、俺たちを馬鹿にしてんのか?」
「……。サンダジャ!!」
「よし殺すぞ」
拳を固め、肉体を巨大化させる筋肉男二人。隆々とした筋肉に堅い鱗が広がり、しなる尾で巨体を支えている。ルゼアチノで見慣れた巨大な男たちに
「巨大ガチムチ系なんて誰も得しねぇんだよ」
堅牢な肉体と圧倒的な体力、巨体から放たれる破壊力は竜脚類の特徴。筋肉男二人の図体はゼアルと比べれば笑ってしまうほど小さい。
「ゼアルまじでマンションサイズだったからな。お前らなんてちっせーちっせー。三メーターもないだろ」
竜脚類能力者が全員、能力となった恐竜と同サイズまで巨大化できるわけではない。いかに能力に馴染むかは当人のセンスにかかっている。
「捻り潰して海に捨ててやる。覚悟しろよ」
「その発言、典型的なやられ役にありがちなやつじゃん。隣の人見習えば?余計なことは喋らず、寡黙で冷静沈着。まぁモブ故のセリフゼロ説もあるが」
「誰がモブだ!サブめ!」
二人同時に飛び出し、エースケと直線相対する。砂を巻き上げながら力強く走り向かってくる二人に対し、エースケはそれ以上の速度で真正面から迎えうった。
ロキはタルボサウルスと、アルーゼは多勢に囲まれ、一方のエースケはたった二人との戦闘。一番弱く見えたのか、サブという発言にはエースケのプライドに刺さるものがあった。
「誰がサブじゃぁぁ!!!」
渾身の怒りドロップキックがフラグ立て筋肉男の腹に突き刺さる。エウポンもといエウストレプトスポンディルスは獣脚類。牙と爪が発達し、強靭な脚力によって爆発的な加速を生む。
しかしエウポンは獣脚類の中で言えば攻撃力、速度ともに平均的な個体。それでも竜脚類の速度は優に上回り、筋肉男たちが目で追えなかったのはエースケが能力を上手く引き出している証拠だった。ルゼアチノでの経験含め、自分が長期戦ではなく速攻を生かした強烈な一撃による短期戦を得意としているのは理解済み。破壊的な攻撃力がなくとも、急所に入れば大ダメージは与えられる。
つい少し前にアルーゼが筋肉男に膝蹴りを入れたことにツッコんでいたエースケも、普通に躊躇なく飛び蹴りを腹に突き刺しているのだから、喧嘩慣れとは末恐ろしい。しかし筋肉男も一方的な攻撃を許しはしない。
「…ぐぅっ!……あまい!!」
腹部への強烈な痛みに屈することなく巨大な手でエースケの両足を掴むと、そのまま思い切り地面に叩きつけた。
いくら砂浜でも勢いがあれば死ねる硬さ。エースケは咄嗟に頭を守ったが、跳ねるほどの勢いで叩きつけられ視界がまるで酩酊したかのようになる。
「死ねっ!」
追撃の蹴り上げが直撃。エースケはまるで人形のようにアルーゼのいる方向へ蹴り飛ばされた。
「おいなにやってんだエースケェ!」
**********************
八人の筋肉男に囲まれていたアルーゼはもちろん戦闘中。エースケが飛んでくるまでに既に四人の筋肉男を無力化させていた。
少し前、ぶっ倒すと豪語していながらタルボがロキに向いてしまい、八人の筋肉男の邪魔が入ったことでアルーゼは戦闘を余儀なくされた。
「んだてめぇら!邪魔すぎるしむさ苦しいわ!」
アルーゼの言葉を無視して上裸男全員が恐竜化。巨大化しないのは単に幅を取るからで、アルーゼも腕と足を巨大化せずに戦闘スイッチを入れる。
「……ん?」
自身を囲う八人の筋肉男達の恐竜化した姿にアルーゼは眉間に皺をよせた。恐竜化した姿から能力である恐竜の特定は簡単ではない。〇〇類は分かっても個体の特定ができなければ、予期せぬ攻撃を受ける可能性があり、アルーゼは筋肉男たちの能力の個体までは分からずにいた。
しかしアルーゼにはその姿に見覚えがあった。
「……おい」
八人の恐竜化した姿に何か確信を得たアルーゼの低い声に筋肉男たちの動きが止まる。モナを護るために立ち塞がった筋肉男Aが恐竜化した際に両腕が巨大化した時から感じていた違和感。なにも竜脚類の能力は珍しくないがアルーゼからすれば因縁ある能力であり、筋肉質な男というのも偶然にしては若干しこりが残る。
「揃って竜脚類なんて、随分と仲良しじゃねぇかよ」
たとえ個体が分からずとも〇〇類は特徴からなんとなく分かる。しかし今回は決してなんとなくではない。鋭い牙も爪も無ければ立派な角も翼もない、巨大化しなければ見た目に特異性の出ないシンプルな姿。強いて言うなら尻尾が長い……なんてアルーゼからすればどうだっていい。
「こちとらルゼアチノで飽きるほど見てんだわ。てめぇらが竜脚類の能力ってのは言われなくても分かんだよ」
「それがどうした」
「それがどうしただぁ?こっちが聞きてぇこと分かってんだろ?なぁ!クソ親父の手下供!」
先制攻撃をしかけたのはアルーゼ。踏み込みと同時に低姿勢になり、正面に立つ筋肉男もとい戦士に接近、勢いそのまま筋肉男にタックルした。
容易く押し倒すと間髪入れずに腹部へ拳を振り落とし、倒された男の口から唾液と空気が噴き出す。押し倒される直前に残りの七人が反応、倒される男の両隣にいた二人が真っ先に飛びかかり、一人に羽交締めにされたアルーゼの腹にもう一人の拳が叩き込まれた。
「きかねぇよ」
直後、口角を上げたアルーゼの後頭部が羽交締めする男の顔面にめりこむ。一発目で口と鼻から血が吹き出し、二発目で完全に鼻が潰れ歯がへし折れたが羽交締めは解けず、顔面の左側から拳が迫った。
アルーゼに対して男八人。アルーゼの予想通りであれば全員がルゼアチノの戦士、即ち高い戦闘力を持っている。既に一人が倒れ残り七人、羽交締め野郎と腹パン野郎、顔面への不意打ち野郎は特に強くぶちのめすとして、残る四人は控えのつもりか手を出してこない。
「ぐべぇっ!!」
アルーゼが体を前に傾けただけで、横から振るわれた拳は見事に羽交締めする男の顔面に直撃し、やっと羽交締めから解放される。しかしそこで止まることはなく、顔面を狙ってきた男の鳩尾に左肘を打った。
「ぐぅっ!」
ゼアルとノアから受け継いだ戦闘センスは申し分なく発揮されていることをアルーゼ本人が一番理解していた。妙に頭が冴えて、反射的にどこが攻撃の最適解かが見える。アルーゼは相手が戦士だと直感した瞬間からアスリートでいうゾーンに入っていた。
鳩尾への一撃、からの強力なアッパーまで僅か一瞬、防御する間も無く不意打ち野郎をぶちのめした。腹パン野郎は逃げるように一歩二歩と引き下がり、手を出してこなかった四人も完全に止まった。
「おいおい。強ぇ女は嫌いかよ」
金色の髪をかきあげながら、アルーゼは笑っていた。まさに王の血を継いだ強者の風格に、男たちは我らが王の姿を見た。
「てめぇら、ルゼアチノの戦士だろ?色々聞きてぇことが」
そして、蹴り飛ばされたエースケが砂浜を転がりながらアルーゼの視界に映った。
「おいなにやってんだエースケェ!」
八人相手して三人を倒し優勢に立つアルーゼに打って変わって、二人を相手して開始五秒足らずで吹っ飛ばされたエースケ。わりと重いダメージに「うぅぅ」とうずくまっている。
そんなエースケを嘲笑うように向こうから近づいてくる二人の男、アルーゼはエースケの元へと行きたかったが、残りの五人が立ち塞がった。
「なに一丁前に通せんぼしてんだ!おいエースケ!早く立て!」
恐竜化が解除されていないため立ち上がる余力は確実にある。ゼアルとの闘いやツァル子から聞いたエースケの話から、どうやら強くなったらしいなと感心していたアルーゼだったが、何故かエースケが一向に横になったまま動こうとしない。
「エースケ?」
「うぅぅ」
五人の男は構わずアルーゼに迫る。瞬間の一対一を避けるために五人同時に攻めてくる男たちにアルーゼは反撃せずかわしていく。
「エースケ!聞こえてねぇのか!?」
「うぅぅ」
砂の上にうずくまっているエースケはアルーゼの声を完全に無視している。エースケに迫る二人の男とアルーゼに立ち塞がる五人の男、あまりにむさ苦しい敵だが脅威は脅威。何故かエースケが動かないせいでさすがのアルーゼにも少し焦りが出て来た時
ギャグァヤァアガァアアャォォヤァア゛!!!!!
反射的に耳を塞ぐほど鼓膜を乱雑に震わせるタルボサウルスの咆哮がその場にいる者達を貫いた。全員の視線がタルボサウルスへと向き、なにか異様な雰囲気を感じ取ったのは直後のことだった。
*********************
電撃によってモナを気絶させたロキ。迫っていたタルボサウルスよりもモナの鎮圧を優先したが、当然捨て身の行動ではない。
剣に手をかけ抜剣の構え、モナを感電死させないために弱めた電圧を元に戻すどころか、さらに増幅させ、ロキの周囲に青白い電流が弾ける。
タルボサウルスのやや後ろ、背負わなくてはいけないほど大きな水晶球を文字通り背負っている筋肉男は噂に聞いていたロキの姿に思わず息を呑んだ。
「あれが…雷刃ロキ…」
取り巻く電撃は剣が抜かれるほどに音を立てて弾け、青髪は逆立ち、青色の瞳はタルボサウルスを見据えている。まるで近づく全てを拒絶するかのように電流を放っているロキに構わず突撃していくタルボサウルス。体格差など言うまでもなく圧倒的。対するロキは鎧も恐竜化もないラプトル騎士団団服のみの防御力。
アルーゼのアッパーによって牙が数本へし折られているが、殺傷力の減少など皆無で、タルボサウルスはロキを喰い殺そうと頭を下げた。
刃は既に半分ほど出ているが、明らかにタルボサウルスの突進の方が速い。それでもロキは一切の動揺を見せず
「雷狼」
まだ完全に抜剣していないはずのロキは既に剣を振り下ろしていた。それはタルボサウルスにも後ろの筋肉男にも見えない光速の斬撃。
何が起きたか、何をされたか、来るはずの痛みと衝撃は未だ神経が感知せず、時間が止まったような空間が生まれる。そしてついにロキの斬撃からかなり遅れて 鼻、口先に走る痛みと全身を駆け巡る強力な電撃に体を湾曲させながら潰れた鳴き声を出した。
「(な、何が起きた…)」
ロキの刹那より早い斬撃に倒れたタルボサウルスの顔面を見て、男は言葉を失った。剣を抜いたのだから斬っている、これは当たり前のこと。しかし、タルボサウルスに刻まれた三本傷は即ちロキがあの一瞬で三回斬ったことを意味している。
不完全な抜剣から瞬く間に三度斬り、肉体機能を電撃によって破壊するロキの雷狼にタルボサウルスは立ち上がれない。
「…ッ!」
男が背筋に感じた冷たい感覚は、剣の鋒を突きつけられているかのように呼吸を詰まらす。目の前に倒れる肉塊にもう余力は無く、倒れたモナを救出するなど命がいくつあれば成し遂げられるのか。筋肉男の心境は掻き乱れ、冷静な判断をしようとする判断もできない。
「……!…あれがある」
ロキは倒れたタルボサウルスの後ろに男が隠れていることに気づいている。雷馬であれば一瞬で制圧できるが、度重なる仕様によって鍔の中心と剣の先端やや手前に埋め込まれた青白い水晶の光が若干だが弱まっていたため再び電圧を落とした。
筋肉男は背負う水晶の重みにはっと何かを思い出すと、すぐさま手で擦る。すると水晶球の半分だけが白い渦巻きを発生させ、中から金属缶を取り出した。
片手で半周握れる太さと十五センチ程の長さで、目を血走らせた緑色の骸骨のデザインが特徴の悪趣味な金属缶には噴射口があり、ピンが刺さっている。筋肉男は慌てながらピンを引き抜くと、傷が痛々しいタルボサウルスの鼻の穴に投げ入れた。
「(なんだ…?)」
突然後ろから飛び出してきたと思えば、タルボサウルスに何かをしてまた後ろへ隠れた筋肉男にロキは疑問符を浮かべる。そして、ピンが抜かれたことで金属缶がタルボサウルスの鼻の穴の中で骸骨と同様の緑色の煙を噴射した。
「!?」
濃い緑色の煙は鼻腔からタルボサウルスの体内へと侵入していき、相当な量が噴射されているためか口から煙が漏れ出ている。ロキは紛れもなく良い事ではないだろうとモナを回収しようとする。
グルルッッ!
沈黙していたタルボサウルスの覚醒にロキの足が止まった。そしてタルボサウルスの目がカッと開き、ロキと目が合う。電撃によって動くこともままならないはずの体を震わせ、タルボサウルスはゆっくりと立ち上がった。
「あの煙…」
立ち上がる拍子に鼻から落ちた金属缶は中身を出し切ったためか軽い音を立ててロキの足元に転がってきた。血走る骸骨と目が合い、タルボサウルスの眼球も酷く充血していることに気づく。鼻息荒く、唾液と血を地面に滴らせ
そして
ギャグァヤァアガァアアャォォヤァア゛!!!!!
怪しい煙によって覚醒したタルボサウルスの咆哮が砂浜に響き渡った。森を震撼させ、鳥たちが空へと羽ばたいていき、ロキやアルーゼだけでなく筋肉男たちもタルボサウルスの豹変に驚いている。
「なんだ!?」
突然の轟音にエースケが飛び起きる。
「な!おいエースケてめぇ!全然元気そうじゃねぇかよ!」
「あー、うん」
「早く起きろよ!ちょっと心配しただろ!」
「……しくて」
「あ!?」
「余裕出してたら普通に力負けして恥ずかしくて…」
「あ!?」
「だから起き上がれなかったの」
「一生寝てろ!!」
タルボサウルスの突然の覚醒の最中でも通常運転のエースケとアルーゼ。しかしタルボサウルスを連れてきた筋肉男たちは顔を見合わせて、この異変に動揺していた。
「まさかトランス缶を使ったのか」
「Dr.は試験段階って言ってたはず」
「あいつ、モナ様の水晶から取り出したんだ」
ギャアガァアガガギォオオ!!!!!
「あ?トランス缶てなんだよ」
アルーゼから露骨に目線を外す三人の筋肉男たち。残りの二人も一切目を合わせようとしない。
「いや誤魔化せねぇからな?なんだよトランス缶て。タルボどうなってんだ?」
「………」
「おい無視すんな」
ギャァガァギァアォオオ!!!
内から溢れ出す力を解放するように空へ吠え続けるタルボサウルス。ロキはゆっくりと動きながら気絶したモナを回収しようとしている。
「ちっ。まずはモナ様の安全が最優先だ!行くぞ!」
アルーゼに構わず走り出す五人の筋肉男たち、エースケを吹っ飛ばした二人もモナの元へ走り出したため、エースケとアルーゼは置き去りにされた。
「………ん?」
アルーゼは筋肉男たちの背中を見ながら状況に困惑している。エースケもアルーゼと目が合うと首を傾げた。筋肉男七人、興奮状態のタルボサウルス、興奮させた筋肉男が一人。一応仲間のロキに続々と敵が集まっていくのを、アルーゼとエースケはしばらく見つめて、そして気づいた。
『見てる場合じゃねぇ!』
覚醒したタルボサウルスの筋肉に血管が浮き上がり、ロキはなるべく刺激しないようにじりじりとモナに近づいていくが、視界に筋肉男たちが入ったことで眉間に皺を寄せた。
「(ここで使い果たしたくないが…)」
ロキは不満げに柄に手をかける。転移直前から現在までかなり電撃を繰り出しているため、これ以上の放電は今後の戦闘に影響が出てくる。
しかし出し惜しみで死んでは死にきれない。未来を恐れて今を取りこぼしては何の意味もない。
「雷……ッ!」
放電直前に振り落とされた頭蓋にロキは砂に飛び込むようにしてギリギリでかわす。威力は言うまでもなく剛力そのもの。一撃目で止まるはずがなく、叩きつけた頭はそのままロキの元へ振るわれ、鈍い激突音とともにロキは砂浜を乱雑に転げ回った。
「ビリビリ!」
筋肉男の後を追うアルーゼはロキの元へ方向を変え、エースケは倒れたモナを回収するために速度を上げた。
「エースケ!」
「分かってる!」
ロキの搾るような叫びに応えたエースケが筋肉男たちを抜き去る。目を血走らせるタルボサウルスに恐怖は正直あるが、もう情けない姿を見せるわけにはいかない。
ギャァガガィアィガアアッ!!!!
「なんか苦しそうだな」
こんなにもしっかり大型肉食恐竜を目の前にするのはアロ様以来の体験だが、今のエースケにはエウポンがついている。そう、エウポンが。
「ゼアルの攻撃に耐えられるんだからタルボもいけんだろ。…‥い、いけんのか本当に」
自信からの不安の切り替わりが早すぎるが、別に倒す必要はなく、ロキの目的であるモナの回収ができればそれでいい。エウポンといえど速さには自信がある。
左半身を正面に捉え、尻尾から回り込もうとルートを立てた矢先、タルボサウルスを覚醒させた筋肉男が突如、破裂したような音を立てて吹っ飛んだ。
「は!?」
尻尾なら安全だろうと回り込もうと考えたら、それに打たれ砂浜に男がぐったりと倒れているのだから、さすがにエースケは立ち止まった。
「え、いや、グロ。あれ腹裂けてね?映せなくね?」
距離があって遠目だが、筋肉男がなんか赤い。太く筋肉質な尻尾といえど先端は細く、まさに鞭、恐竜が備える武器の一つであり、それに打たれた人間の様なんて容易に想像できるが、いざ生で見るとグロ耐性のあるエースケでさえ直視できない。
「いやいや笑えない笑えない。殺人マンモスに潰されたやつとか、時々グロいシーンに出くわすのは、恐竜界あるあるなのか?」
ピィィィィッッ!!
金属音のような耳を突く甲高い音がエースケの後ろから響く。
ギャグァヤァアガァアアャォォヤァア゛!!!!!
「へ?」
笛を吹いた筋肉男含め、七人の筋肉男たちがエースケを追い抜いていくがタルボサウルスの視線は真っ直ぐエースケに向けられている。
近くにいた筋肉男に尻尾攻撃をしたことから筋肉男に対して仲間意識がある可能性はかなり低いが、エースケを追い抜いた筋肉男たちには全く意識を向けていない。
グルルルルッッ!!
タルボサウルスは一歩、また一歩と踏み出し、徐々に速度を上げながらエースケの元へ向かってきた。
「いやいやいやいやいやいやいや!!!」
筋肉男七人はタルボサウルスと距離を取りつつすれ違う。タルボサウルスにとって笛の音は不快そのもの。誰が吹いたではなく、音が聞こえ、一番最初に見えた者を殺す、ただそれだけである。
「俺じゃない俺じゃない俺じゃない!俺じゃ!!なーーい!!!」
獰猛な生物に対して絶対にやってはいけない背中を見せて逃げるタブーをぶち破ったエースケ。背中丸見えの全力逃走にタルボサウルスも馬鹿正直に全力で追いかけた。
情けないなど知ったことか。今はただ走るのみ。
「こぇぇぇぇええ!!!いやぁぁぁあ!!!!!」
泣きながらあらぬ方向に走っていくエースケは、命の危機を引き換えにロキたちに一時の安全を与えた。まさに好機。筋肉男七人は既にモナの元へ到達し、守るように取り囲み、一人が名前を叫び続けている。
「おいビリビリ。立てっか?」
「当たり前だ」
ロキはビリビリ呼びを無視して、立ち上がりながら柄に手をかけた時に右腕に走った痛みに少し食いしばった。
「痛むか?」
「折れてはいない、心配無用だ」
「ほーん。ま、強がりは嫌いじゃないぜ。んじゃお先に」
「な、彼を助けに」
「エースケ?まずはあのピアスっ娘だろ。ま、大丈夫大丈夫。まじでやばくなったらアイツは戻ってくるから」
手で双眼鏡を作りエースケを見ているアルーゼは「走れぇ!」と叫びながら笑っている。信頼とも楽観的とも言える、アルーゼらしい適当さにロキは言葉を失った。
「お前がピアスっ娘捕まえるって言ったんだろ。てかその剣てまだビリビリするか?それかっけーよな。さっき戦いながら見てたけど、私も使えるか?」
モナを捕まえると言いながら、興味はエースケと同じくロキの 電気属性。エア抜剣しながらジャキンジャキンと振っている、アルーゼのなんと子どもらしいことか。
「使えないことはないが今は放電を極力控えたい」
「控えたい?あぁ、やっぱり水晶か」
「詳しいことは後だ」
「へいよ」
アルーゼの助力があればと抜剣せずに走り出すロキと並走しながら
「つーか恐竜化しねぇの?」
「……しない」
恐竜化しないことに対しての質問から逃げるようにロキは速度を上げて、筋肉男たちの元へ突っ込んでいった。
アルーゼは質問のタイミングを逃し、「ふーん」と呟くと「まいっか」と両手をポキポキ鳴らして突っ込んでいった。
「くるぞ!」
ロキ、アルーゼにそれぞれ二人の筋肉男が恐竜化する。今回は全身の恐竜化だけでなくもれなく巨大化も添えてあった。
「おーう、ちゃんと巨大化すんのかよ。ったく、何サウルスだゴラ!」
『カマラサウルス』
「四人揃って!?」
◯カマラサウルス
体長約18メートル ジュラ紀後期北米生息
意味「空洞のトカゲ」
しかし四人全員大きさは十メートルあるかないか。ゼアルと比較すれば三分の一以下、アルーゼからすれば小さいのなんの。ロキも臆することなく二人の巨人と相対する。
団服を翻しながら巨拳をかわし、巨人の手首を踏み台に肩へと器用に飛び乗ると、再び飛び上がり、あっという間に顔面の目の前にロキが現れる。
伸ばされた左腕に装着された雷輪に埋め込まれた水晶が青白い閃光を放ち、直後、電撃が筋肉巨人の顔面に通電し、一瞬で白目を剥いた。
大抵の成人男性が気絶する電撃よりも少し強めただけで無力化できたのはロキにとって実に好都合。残り一人も同じ要領で終わらせればいいだけ。一方のアルーゼも負けじと空中へ跳び上がり、右腕を限界まで巨大化させた。
「どーせ私がクソ親父の娘だって知ってんだろ?どうだ?これが、てめぇらのボスになるかもしれなかった拳だぜ?」
右腕の大きさが相対する巨人の大きさとほぼ同じ。憎き能力だが、アルーゼが強者である所以でもある巨拳。隕石を彷彿とさせる空中からの拳に二人の巨人はなすすべもなく押しつぶされた。
「まさに一撃必殺!どうだビリビリ!私の方が早いぞ!」
アルーゼの声とほぼ同時に二人目の巨人に電撃をお見舞いしたロキ。無論、一撃で無力化し、アルーゼの豪快さとは違う的確な強さを見せた。
「油断するな」
「わぁってるって。つかお前、放電控えるとか言ってなかってか?」
「……控えたさ」
恐竜化していた筋肉男四人はまさに見掛け倒し。呆気なく倒れ、弱々しく人間の姿に戻っている。アルーゼとロキは倒れた四人など既に眼中になく、普通に会話している姿に残った三人は絶句していた。
「もういい加減大人しくしやがれよてめぇら。大人しくピアスっ娘寄越して、てめぇらが知ってること全部吐きやがれ」
「………」
「無視かこんにゃろう。さっさとピアスっ娘をだな」
「…っ!安易に近づくな!」
説明不要の圧倒的勝利にアルーゼは油断していた。相手に戦意があろうと、不意打ちされようと対応できる。アルーゼはそう思い込んで筋肉男たちに近づいていった。
「!?」
噴射音とともに突如視界に現れる緑色の煙。立ち塞がっていた三人の筋肉男たちの後方から一気に膨張していく緑煙に、ロキはアルーゼの手を強引に引っ張った。
タルボサウルスが覚醒した原因に、ロキは呼吸を止め、アルーゼとともに距離を取る。緑煙は既に筋肉男三人を飲み込み、煙幕のようにモナたちの姿形を隠した。
「吸ったか」
「い、いや、多分吸ってねぇ」
「そうか」
ロキの反応の速さにアルーゼはなんとか煙を吸わずに済んだが、タルボサウルスのようなガンギマリアルーゼになっては、さすがのロキも手に余る。
「体が変だと思ったらすぐに言え」
「わぁった」
ロキは緑煙から目を離さず、柄に手をかけ速攻体勢に入る。人体への影響がどのように出るか、はたまたただの煙幕か。無害な煙幕であれば、ロキの危機回避能力が逆手に取られてしまったわけだが
「やはり同じか」
膨張した緑煙を突き破るように現れた三人の巨人にロキはそう呟いた。
「…ァグァ、アァ」
強制的に力を引き出される苦痛に身を震わす巨人は堅牢な鱗に包まれ、焦点の合っていない眼球を充血させている。
「な!」
その巨人の後方から浮き上がってくるなにか。三人の筋肉男が豹変したのだから、モナも緑煙に飲み込まれているはず。第一、煙の噴射は筋肉男が行っていない。ピンを抜いて時差で噴射された可能性もあるが、ロキは既にモナの意識が戻っていると踏んでいる。
「あれ…!飛んでんのか!?」
占い師の使う水晶とは比べ物にならないほど巨大な水晶。バランスボールよりも少し小さいが、水晶としてはあまりに巨大な球体が浮上してきた。一人の筋肉男が背負っていたその水晶の上、カラフルなビビットカラーの衣服に付いた埃を払いながらモナが座っている。
「くっそ、いてぇな」
ガスマスクを剥ぎ取り、露わになる無数の顔面のピアス。フード越しに頭を乱雑に掻きながら、電撃による痛みに舌打ちをした。
「おいビリビリ。あのピアスっ娘目ぇ覚ましてんじゃんか。しかもなんだあれ、浮遊の水晶か?」
電気量の調整は僅かな差で気絶、感電死に二分されるため、モナが目覚めることは想定内だった。故に早急に回収したかったわけだが、モナは既に空中にいる。
「あぁ、まじでいてぇ。…ちっ、超痛ぇなぁ!!クソクソクソ!このモナ様に!よくもやってくれたなぁ!クソ野郎が!死ねよ!まじで死ねよ!死ね死ね死ね死ね死ね!!」
痛みによってモナの沸点はいつもより低く、ロキに向かって罵声を吐きながら何度も水晶を叩き、踵を打ちつけている。
「おい!能無しのデカブツども!老害クソジジィなんてどうでもいいからよ!さっさと全員殺せ!ぶっ殺せ!折って!潰して!ちぎって!ぐっちゃぐちゃにしてこい!殺せ殺せ殺せ!!」
モナはフードに悪魔的な笑顔を隠して、アルーゼとロキに中指を立てた。
「レオンと同い歳くらいなのに人格正反対だな…」
トランス缶の緑煙を吸っていないのに、この覚醒っぷり。空中に逃げ、最終的に残った三人の筋肉巨人はガンギマリ状態。まだ仄かに緑煙が漂っているため、気絶していた筋肉男たちが覚醒する可能性もある。
「じゃぁなゴミクズども!」
「あ!ピアスっ娘逃げるぞ!」
モナは少し後ろに体重をかけ、水晶は後方に並行移動する。砂浜の先は広大な森が広がり、モナは「死ねぇ!死ねぇ!」と叫びながらロキたちの視界から消えた。
「ビリビリ!」
眼前に三体の巨人。トランス缶による身体強化は未知数。他の筋肉男が覚醒する可能性もある。タルボサウルスも未だ健在。エースケがどこまで逃げたかは不明だが万が一もあり得る。
アルーゼを残しロキが追うか、ロキが残りアルーゼが追うか。しかし一人でどこまで太刀打ちできるか、タルボサウルスが追加されても問題ないか。
逃走したモナは転移の水晶ではなく、浮遊の水晶に乗って移動した。闇雲か、目的地があるのか。移動速度からして走って追いつくことは厳しい。ロキの雷馬なら追いつくが、電力量にも限りがある。
最終的にロキが出した結論は
「全員制圧するぞ」
先決すべきは現状の打破。アルーゼは気合を入れるように拳と掌を合わせた。
「了解!」




