水晶ジィという老人
作戦会議。と言っても何から手をつけるか。偶然にもエースケたちが座っていた椅子に腰掛けたノアたちは、まだ少しだけ散らかったティルルを片付けようかと周囲を見渡した。
「やっぱ片付けんの手伝おうか?」
集会場職員たちが奔走しているなか、ベロニカは白い風呂敷をノアたちの前に置いて
「大変ありがたいですが、職員の手が足りそうなので今はこれを」
風呂敷に包まれていたのは砕けた硝子質の欠片。大小さまざまで歪に割れ砕けたそれが水晶であったことをノアたちはすぐに察した。
「エースケ様たちが消失した原因はこの転移の水晶かと思われます。発見した時点で既に割れ砕けており、追跡は不可能でした」
簡単に手で触れることのできる水晶は決して手の届かない場所にエースケたちを転移させてしまった。ゼアル戦で重宝した転移の水晶が、まさかこんな形で自分たちに影響を及ぼすとは、ノアは破片を一つ手に取り複雑な心境で見つめた。
「モナっていうのは何者なんだ?」
「派手な服装に身を包んだ、レオン様ほどの女の子です」
レオンに視線が集まり、派手な服装のレオンが想像されるが一同はピンとこず、レオン自身もモナという少女が全く想像できなかった。
「彼女のお祖父様が現在医療場で休んでおられます。共犯…とは今のところ断定できていませんが、一応冒険者の方々に付いてもらっています」
「…軟禁ってわけか」
「えぇ。あまりこのような事はしたくないのですが…」
「いや、正解だぜ。むしろ共犯を疑わないほうがおかしいくらいだ。 そのじいさんはどんなやつだ?」
「…その、アルーゼ様とお知り合いでした」
アルーゼと知り合いという言葉に三人は目を合わせた。ツァル子とレオンは「?」と分からないことが表情に出ていたが、ノアは違った。
アルーゼが社会というものに触れたのはノアと別れた後のこと。その期間はノアにとって空白のため、アルーゼがどういった生活をしていたのかは分からない。しかしアルーゼの知り合いで老人、これに関しては一人だけ思い当たる節がある。
「…そのじぃさんってよ、頭に水晶乗せてねぇか?」
「ノア様もお知り合いでしたか」
「……まじかよ」
共犯者かもしれない人物はノアもよく知る人物だった。ルゼアチノ鎖国化反対派の中心人物であったノアは反対派の戦士と共に追放され、追放者たちは各地へ散り散りになった。しかしノアはアルーゼを救出するべく、そしてルゼアチノの地で生き抜くために水晶をかき集めた。能力によっては高値になる水晶を安価で売る水晶ジィと偶然知り合い、一番の顧客となったノアはルゼアチノを脱出した後のサポートを水晶ジィに頼んでいた。
本来ならばノアとともにティルルへ向かうはずだったが、実際はアルーゼ一人だけになってしまった。それでも水晶ジィがティルルに送り届けたことでアルーゼはエースケたちと出会うことができた。
「水晶ジィに孫がいるってのは初耳だが…。こいつは色々と聞かなきゃいけねぇなぁ」
アルーゼとノアにとっての恩人。しかしその孫がアルーゼに牙を剥いた。その事実にノアの心境はどんどん複雑になっていく。
「あの青髪の騎士さんがベロニカさんの弟っていう情報で十分驚いたけど、私たちの知らないことまだまだありそうね」
「…そうですね」
置いてけぼりをくらっているツァル子とレオンは派手な服装のモナや頭に水晶を乗せている老人など次々に出てくる関連人物に、怖いもの見たさから医療場に続く廊下に視線を向けた。
「水晶ジィも参加させた方が良さそうだな」
「大丈夫でしょうか」
「逃げようとしたら恐竜化してでも捕まえっから」
ノアの恐竜化はアルゼンチノサウルス、及び竜脚類系の特徴である肉体の巨大化ができず、その代わりに体格を保ったまま体重を増幅させることができる。
水晶ジィという老骨に百トンに迫る圧力が耐えられるはずがなく、身体能力を含めてノアへの信頼度は非常に高い。
「あまり暴力は…」
「わぁってるよ」
「レオン君レオン君、ノアさんどう思う?」
「あれは水晶ジィという人を開幕アッパーする目ですよ」
内に潜む凶暴な一面が隠しきれていないノアの態度にツァル子とレオンは耳打ちしている。アルーゼ大好きノアが水晶ジィに開幕アッパーする未来が二人にはハッキリと見えていた。
「だぁれが開幕アッパーだってぇ?」
眉間に皺を寄せ、声を上擦らせながら二人を見下ろすノア。隠れる場所もなく、二人は急いで机に突っ伏してあらゆるコミュニケーションを遮断した。
「はぁぁ。さっき言ったろ?今の私は最年長としての振る舞いをする素晴らしい大人モード!大人気ないことはしねぇって」
強い口調でふんぞり返っているが表情は真剣そのもの。さすがのノアもまだ少し空気が張り詰めている状況でさらに騒ぎを起こす人ではないだろうと、
「では、お呼びしても」
「あぁ」
医療場にこっちが行ってもよかったが、他にも休んでいる人がいることをしっかり頭に入れているノアはどっしりと座り直した。
「…ゼアルの元妻ってのはやっぱ野蛮に見えんのかな」
ベロニカが医療場へ続く廊下に消えたのと同時にポツリと呟かれた小さな声に突っ伏していた二人は顔を上げた。愚痴でもなく、悲しそうでもない素朴な疑問に二人は目を見合わせる。
「野蛮に見える?」
「いえ全く」
ノアの女性らしさを垣間見た気がした二人は「可愛い」と声を合わせて言った。
「エースケとアルーゼがこんなことになっちゃって、むしろ怒らない方がおかしいわよ。ねぇレオンくん」
なぜかレオンから賛同を求めるツァル子に、案の定レオンが「え?あ、はい」とまるでぼろが出たような微妙な反応をしてしまった。
「レオン?」
「いやいやいや!誤解です誤解です!野蛮だなんてこれっぽちも思ってませんよ!?」
早口弁明に目を細めるノアにレオンがあたふたしていたが、ツァル子は全く助け舟を出さずに
「来ましたよ」
ノアレオンのやり取りガン無視でベロニカと水晶ジィが向かってきているのを告げた。水晶ジィ初見のツァル子とレオンは特徴である水晶を頭に乗せていない水晶ジィの姿に「なぜ水晶ジィなんだろう…」と疑問符を浮かべる。
背の低い茶肌の老人は罪悪感を胸に、視線を少し落として立ち止まった。それを少し後ろで見守るベロニカは静かに佇んでいる。
「……よぉ」
アルーゼを救うために多くの水晶を提供してくれた恩人。しかしアルーゼと暮らしていた数年の期間は一度も合わず、実に数年ぶりの再会だった。
空気最悪の再会に最初の一声を投じたノアは気まずさを隠すように少し微笑んでいた。
「………」
「なんか言ってくれよ。気まずすぎで息すんのも忘れちまうわ」
「あ、あぁ…」
言葉にすらなっていない、重い感情を吐いたような深いため息の返事にさすがのノアも返す言葉が見つからなかった。放っておけば数時間でも沈黙が続きそうな予感にツァル子たちはなんとか打開を試みるが
「……お嬢」
水晶ジィが口を開いたことで、思いついた言葉は飲み込まれた。「お嬢」という単語にノアは困った表情で小さくため息をつく。
「その呼び方は性に合ってねぇからやめろって言ったろ?」
先程は言葉になっていないため息だったが、今回の返事、しかし返事というにはあまりにも衝撃的な光景に四人は言葉を失った。
「本当にすまない…っ!」
額を地面につけて小さく収まった、ひどく弱々しい老人の姿に一同は絶句する。言葉にできない胸中を行動で示した結果、最大の謝罪表現にノアの中で何かが湧き上がった。
爆発的な怒りではない。悲しみでもない。屈辱を与えたいわけでも、ましてや殺意でもない。時間にして約五秒ほど、ノアは何も言わず静観し
「…もう充分だ」
膝をついて水晶ジィと同じ目線になり、顔を上げさせた。
「…本当に、本当にすまないっ」
それでも水晶ジィは地面に額をつけようとする。
「もう充分って言っただろ」
「じゃが…」
「…許した、ってのは違うがよ。まぁ、納得はしたっつーか…。いや納得したってのもちげーな。とりあえず気持ちは伝わったってのが…正しいのか…?」
自分でもよくわからない感情に、それに対しての正確な言葉が見つからない。故にノアは最も気がかりだったことを聞いた。
「たしかに気持ちは伝わった。だからよ…水晶ジィ。今のは自分が共犯っていうことに対しての謝罪か?」
実行犯であるモナは水晶ジィの実の孫。共犯を疑われてもなんらおかしくない。しかし水晶ジィがそんなことをするような人物でないことを、この場にいる四人の中でノアが一番知っている。
だが、恩人であっても人格の全てを理解しているわけではない。所詮は確信に近いようで、会話と人柄から固定概念化しているだけ。
「あんたは私とアルーゼの関係を知ってる数少ない友人だ。私も世話になったし、なによりアルーゼをティルルに送り届けてくれた恩人だ」
アルーゼがどんな人生を送ったか、ノアがどんな思いで水晶について学んでいたか、水晶ジィはそれを知っている。それでも頭をよぎるのは可愛い孫であるモナの顔だった。
水晶専門の商いは各地を巡る移動式で、モナが生まれた当日も水晶ジィは遠い街へと出ていた。娘が生まれる時ですら、金を稼ぐためだと妻に任せっきりで仕事に奔走していた。
正直なところ妻からも娘からも冷たい視線を感じていたが、それでも水晶を各地で売り歩く日々。案の定、娘に懐かれずに金を入れるだけの存在となって二十年弱。
それでも家族のためだと家に帰らず各地を巡った。久しく帰れば娘が男を連れていて、久しく帰れば娘が妊娠していた。しかし水晶ジィは今度は孫のためだと、商いの姿勢を変えることはなかった。
「…ワシは」
孫に会うために帰ってくる頻度は若干上がったが、水晶の発掘から販売まで幅広く携わっていたため、再び間隔は開いていきいつも通りになってしまう。娘が夫と離婚したことを知ったのも離婚してから長い月日が経っていた頃だった。
モナの反抗に娘と妻が手を焼いている時も、モナが顔にピアスをつけた時も水晶ジィはどこかで金を稼いでいる。初めてモナの金属で装飾された顔を見たときは驚いたものの、少しだって怒ることはなかった。
「あなたは確かに良い人ですよ。でもね…私はあなたと家族になってしまった事を少しだけ後悔してしまうのです」
出会った時から随分と歳を重ねたはずが妻の涙を見たのは初めてだった。しかしその涙を水晶ジィは理解できなかった。家族のために金を稼ぎ続けた数十年。自分の行いは何一つ間違っていないと、静かに言った水晶ジィに妻と娘は深く落胆した。
「本当に関係がないなら全力で身の潔白を証明してよ。そしたら僕の首をはねるなり、なにをしてくれても構わないからさ」
冷たい目をした騎士の言葉を思い出し、妻の言葉を思い出し、ろくに会話もしたことのないモナの顔を思い出し、アルーゼの顔を思い出す。
「ワシは…なにも…知らなかった」
モナの責任を自分が背負いたい気持ちはある。それでも水晶ジィが真実を口にしたのは、なによりもノアを裏切りたくなかったからだった。
この言葉だけで水晶ジィがシロだということが確定するわけではない。しかしノアは、複雑に絡まった言葉にできない感情が纏まっていくような感覚になった。
「まさかこんなことになるなんて…。ワシが…モナを止めていたら…」
「起きちまったことにたらればは意味がねぇよ。んな泣きそうな顔すんなって。大丈夫だよ、なんたって私の娘だぜ?それに私の娘が認めた男もついてる。あと優秀な騎士団長もだ」
もう水晶ジィに疑いはない。というより疑うことを辞めた。今は言葉を信じてノアは気持ちを切り替え、水晶ジィをゆっくり立ち上がらせた。
「水晶ジィ。もう一度私を助けてくれねぇか」
力強い母親の手。水晶ジィはその右手を両手で握ると
「お嬢」
「だから、その呼び方私に似合ってねぇんだって」
「ワシにとっちゃ、お嬢はお嬢じゃよ。……お嬢、本当にすまなかった。この責任は必ず果たす。…必ず、必ずじゃ」
最初の暗く重たい空気は既に消え去った。ツァル子もレオンもベロニカも水晶ジィに異議はない。
そしてついに、ベロニカは"竜滅会"について口を開くのだった。
*********************
事件発生からティルルはようやく落ち着きを取り戻し、現状、レポートの受注は停止し各集会場との連絡のみとなっている。エースケたちの目撃情報はゼロ。無論、モナの目撃情報もない。
「これはロキが皆様に順を追って説明しようとしていたことですが、私の独断で話させていただきます」
ベロニカは改めて真剣な表情になる。
「今回の一件、アルーゼ様とエースケ様が標的となったことは確かですが、このような集会場ティルルへの攻撃は二度目なのです」
「二度目?」
ノアとレオンは覚えのない表情だったが、二度目と聞いてツァル子には心当たりがあった。
「…それって」
「はい。半年前に起きた食事場の毒物混入による大混乱。当時、医療場医師長Dr.シノルによって引き起こされた集団食中毒事件」
ツァル子は「…やっぱり」と当時の光景を思い出していたが、ノアは全くの初耳で水晶ジィは風の噂程度の確かそんなことがという反応だった。
「当初の発症者が十数人だったこともあり対応は順調だったのですが、水道水にも毒が混入していたことで被害は街にも及び、発症者が四百名を超えたティルル史上最悪の事件です」
「四百!?」
そんな中、レオンが何かを思い出したように声を出した。
「僕、そのことをお父さんから教えてもらったことがあります。あれは人のやる事じゃないって、自分が見てきた中で一番酷い光景だったって」
「レオン君のお父さん、丁度ティルルに来てたのね」
「いえ、お父さんは医者なんです」
これまた初耳情報にノアは「情報過多すぎる」と頭の中を整理し始めた。
「あの時はロキたちラプトル騎士団もいたのですが、それでも手が足らず、付近のお医者様を呼ぶほどでしたから。なんとお礼を申したら」
「いえいえ!お礼はお父さんにお願いします!僕は何もしてませんから!」
とか言いつつ父親の顔を思い出して誇らしくなっているレオンだったが、話が脱線したことでノアが「んで?」と話を戻した。
「大勢の協力もあり、幸いにも死者はでませんでした。……というより死者があえて出ないようにDr.シノルが仕向けたという方が正しいかもしれませんが」
「仕向けた?」
「この事件は即ち、ティルルは人間が即死もしくは致死率が恐ろしく高い毒物を入れられてもおかしくないというDr.シノルからの警告だったとロキは言っています。もしそうであったら発病者=死者数になりますから…」
「あえてってことかよ。でもなんでわざわざ」
「言うなれば存在の大々的な宣伝。あれはDr.シノルただ一人ではなく彼が所属していた組織……『竜滅会』が引き起こしたものです」
その組織の名を一度目のティルル襲撃を噂程度でしか知らなかった水晶ジィですらはっきりと知っていた。その悪名、悪行、それらは既にギガン大陸中に知れ渡っている、現状最も危険視されている組織。
「……竜滅会?」
のはずが、全く知らない者が一名。シリアスな空気を歪ませた金髪が「お前らみんな知ってる感じ?」と完全に置いてけぼりをくらっていた。
しかし完全に外界と断絶されていたルゼアチノで幼少期を過ごし、追放されてもアルーゼ救出のために全力だったノアが竜滅会を知らないのも無理はない。
「竜滅会とは恐竜絶滅を推奨し、人類繁栄を目的とする違法指定危険思想組織の名称です」
「なんか物騒だな」
「えぇ、その実は恐竜のみならず多くの生物を殺めている最悪の組織です。絶滅が危惧される生物種を増加させ生態系を崩壊させているのですが、設立や重要人物の情報が非常に少なく、その被害を抑え込めていないことが問題になっています」
しかしノアからすればベールに包まれた悪名高い最悪の組織に娘であるアルーゼが連れ去られる理由がさっぱりだった。それはツァル子たちも同様で、そんな疑問をベロニカは見抜いたように話を進めていく。
「私はエースケ様達を連れ去った彼女こそ竜滅会の構成員だと疑っています」
「…そんな」
小さく声を出した水晶ジィにもちろんそんな心当たりなどない。
「なんといっても竜滅会は各地に脈を張っていると思われ、それはルゼアチノにも及んでいました」
「なっ…!」
今回は全員が知らないうえに加えて強い驚愕の反応。この間までいた場所に竜滅会のりの字もなかったため、ノアたちは耳を疑った。
「やはり知りませんでしたか。騎士団が後の調査である物を見つけたのです。実物はありませんが、これくらいの大きさの黒い短剣が一本、ゼアル様の家から見つかったと」
「おいおいゼアル様なんてやめてくれ。あんなやつ呼び捨てもしくはクズで良いんだよ。カス親父でもいいぞ」
短剣よりもそっちが気になってしょうがないノアにツァル子が「まぁまぁ」と宥める。
「その短剣がなんなんじゃ?」
「竜滅会の構成員、特に幹部と呼ばれる人物が所有しているのがその短剣なのです」
「え、あいつ竜滅会に所属してたってわけか?あんなプライド摩天楼男がぁ?ずばり元妻から言わせてもらうとだな、実に信じ難い話だ!」
しかしゼアルの自宅から竜血の短剣は見つかった。それはつまりゼアルが竜滅会と何らかの繋がりを示すものだが、ノアはまだ腑に落ちていなかった。
「だってゼアルは水晶ん中だぜ?それにその竜滅会ってのがアルーゼを狙う理由も分からんし、まずモナってのが竜滅会だって証拠はあんのか?」
「でも、ゼアルが竜滅会と繋がってたとして、その子が竜滅会の関係者なら私的には狙われてもおかしくないように見えますよ?狙われる理由を聞かれたら、うーんって感じだけど」
「僕くらいの女の子がエースケさんたちを狙う理由ですか…」
三人は首を傾げなら悩みに悩んで
「エースケを狙う理由、つまりエースケにはいいところがあるってわけだが。諸君、どうかね?」
「ど変態」
「お、面白いところですかね」
「よし、つまり狙われたのはアルーゼってわけだな」
しかし依然狙われる理由は不明のままに変わりはなく、モナが竜滅会であれなかれエースケたちがどこに転移したかも不明。何一つ進展しないまま一向は夜を迎えてしまった。
モナという少女。竜滅会。そしてゼアルとの繋がり。ノアたちは何一つ明確な答えを知りえなかったが、当事者であるエースケたちは既にその真相に辿り着いていた。




