仲間という絆
それはモナが水晶を床に投げ捨てる直前のこと。
試験管を医療場に返したロキは廊下でアルーゼと合流した。しかし合流といっても偶然にアルーゼが前に現れただけで、間も空いていたし言葉を交わしたわけでもない。
特に話すこともなければ、これ以上の用も無く、奇抜な老人と話し始める二人を見たロキは姉であるベロニカとユタの元へ方向を変えた。
「仕事の邪魔をするな。って言うでしょ」
「自覚があるならなぜ邪魔をしている」
「ベロニカさんが邪魔って思ってないからだよん」
一切の悪気無し。力の入っていない身勝手な意見にロキは眉間に皺を寄せたが、ユタの態度は今に始まったことではなく昔から慣れている。
「大丈夫ですよ、ユタ君と会話していても仕事に支障は出ませんから。それに今日出発なのでしょう?できるだけお話したいではありませんか」
姉が言うならロキは従うのみ。別にベロニカが怖いとかではなく、ただ純粋な尊敬からくる忠誠のようなものだ。それでも、そんなベロニカの優しさを理解しているからこそとことん甘えるユタには鋭い視線を送っている。
「怖い怖い。僕だって一応弁えてるんだから、子供みたいに邪魔するとでも思う?」
「無自覚なだけだ」
「ひっどーい」
一連の件を伝え終わり、二人がティルルにいる理由は無くなった。あくまで目的は剣騎会議の出席。実のところ今すぐに出発しても良かったが、ロキはエースケたちの元にいる一人の少女が気になっていた。
目に止まりやすいド派手な服装。集会場にて見た目で一番目立っているのは間違いなくモナだが、ロキは見た目ではない自身の肌をピリピリとさせる雰囲気を感じ取っていた。
「……ユタ」
騎士の勘、内在する危機感知能力、合理的に的確な判断を下すロキもそういった言葉にし難い感覚は信じている。
違えばそれで良い。間違えれば誠意を込めて謝罪をする。純潔たる騎士道精神が具現化したなのような男は一歩、また一歩とエースケの元へ歩いていく。
ユタはこのような光景を何度も見てきた。ロキの勘は鋭くよく当たる。それを知っているからこそ、ユタは崩していた姿勢を正してベロニカを守るように立ち塞がった。
「ユタ君?」
ベロニカの声とほぼ同時、ロキの勘は見事に的中してしまった。エースケを指さした少女から放たれた確かな殺気にロキの行動は実に早かった。
ビー玉サイズの水晶を視認すると躊躇いなく
「伏せろ!!」
煙幕と閃光が放たれたのはそう叫んだ直後のこと。爆発の可能性も思考を駆け抜けたが、最短かつ出来るだけ被害を抑えるための警告が限界だった。無論、その警告に反応できたのは集会場でユタ一人のみ。
ユタが「すみません!」とカウンターを飛び越え、ベロニカを強引にしゃがませるのとロキが腕で目を覆い隠すのは同時のことだった。
「!!!!!!」
心臓に衝撃がくるほどの人々の叫び。大混乱の火蓋は切って落とされ、ロキが目を開けた時には真っ白な煙が今まさに天井を飲み込もうとしていた。目を覆い隠して僅か三秒足らずで目の前にいたはずのエースケは完全に見えなくなっており、後方のカウンターもシルエットが薄ら見えるだけとなっていた。
ありとあらゆる物事を整理し、分析し、最適化する。誰もがパニックになる状況でもロキは冷静に剣を握った。この時、ロキの頭の中ではありとあらゆる仮定、想定、解決法が考え出されて
「雷馬!」
いたわけではなく、一瞬で不可能を切り捨て最優先を問答無用で実行に移すのだった。
ロキの声に反応するように剣から青白い光が音を立てて弾けると、右手から一瞬で両足へ伝導する。言わば帯電。剣から伝わった青白い電流はロキに圧倒的な加速力を与える。
しかし既にこの時エースケとアルーゼは集会場から消失してしまっている。無論、ロキも気付いていない。
「最っ高」
モナは悲鳴響く集会場の様子に笑みを浮かべていた。手に持っているのはエースケの感覚通り転移の水晶。目的を果たし今まさに自分が転移する直前も直前、後は転移先で水晶を破壊して道を断つのみ。
そして遂にモナが消失する刹那、帯電によって青髪を逆立てたロキが煙幕を貫き、ほんの僅かにモナの視界に映った。
「……っ!!」
特に視界の悪い煙幕の中心部へ突入したが、雷馬による超加速が引き起こした風圧でロキはモナを視認した。しかしそれも一瞬のことで、モナは直後にその場から消失した。
「(転移の水晶か)」
現段階でエースケとアルーゼの姿は見えない。モナがただ集会場に煙を充満させるだけが目的でないことは当然気づいている。
ロキは何の躊躇いもなく、どこに飛ばされるか不明な転移の水晶へ手を伸ばす。こんな状況でも心情に混乱がなく冷静でいるロキはもはや異常と言っていい。
「―――――」
全身を引き寄せられる引力に身を任せ、ロキもまた集会場から消失した。エースケ、アルーゼ、モナ、ロキの消失に全員が気付くのは混乱が落ち着いてすぐのこと。誰も行方を知らず、アルーゼ救出から時経たずして再び不安な日々が訪れてしまうのだった。
********************
パニックに陥った人々は真っ先に集会場の外へ出ようと扉だけでなく窓もこじ開けたため、煙幕は時間とともに晴れていった。立ち昇る煙に火事だと騒ぐ者もいたが多くの野次馬を集めただけに終わり、集会場職員を中心に事態はゆっくりと終息していった。
「…酷いですね」
倒れたテーブルや椅子、散乱した雑貨類を拾いながら呟いたベロニカの声は悲しみに濡れていた。死者や重傷者が出なかったことは幸いだったが、それでも怪我人は多く出てしまった。
行方不明者は四人。たった四人かされど四人か。何もできず、ただ無力のまま大切な人を失った。
「きゃー!」
医療場から聞こえた悲鳴にベロニカは急いで向かった。何かが倒れる音がして、男たちの怒号のような声も聞こえる。
嫌な予感に駆られ、足早に医療場へ向かったベロニカ。その予感は想像した最悪の光景となって的中する。
「知ってること全部吐け」
ユタが水晶ジィに馬乗りになり、首元に真剣を当てていた。
「ユタ君!!」
力強く叫ばれた自分の名前にユタは間を置いてゆっくりと振り向く。ベロニカの背筋に寒気が走ったのはユタの目から尋常ならざる殺気を感じたからだった。
「…ワ、ワシは、なにも」
「…なにも?」
真剣は水晶ジィが耳を切り落とされたと錯覚するほど至近距離に突き立てられている。暗く冷たい眼に容赦はなく、まだ死んでいないことが奇跡のように思えるほどだった。
「あれはお前の身内なんだろ?なのに何も知らないなんて、そんなのが通ると思ってんのか」
殺伐としたユタを誰一人止めるおろか、近づくことすらできず棒立ちで眺めていた。しかしベロニカは果敢に間合いに入っていく。
「ユタ」
怒り。ベロニカはただ純粋に怒っていた。いつも優しくて頼りになる、冒険者の心の支えである受付嬢ベロニカの怒りに周囲の人々は驚いている。
「彼をここで斬ることは私が絶対に許しません。今すぐに剣を納めなさい」
「………」
突き立てられた銀色の剣が音を立てて鞘に納められる。
誰の声も届かないような狂気溢れる騎士はベロニカの声に容易く応じた。本当に呆気なく引き下がったユタに水晶ジィは驚きを隠せていない。
「ご老人の手当を」
「ワシは大丈夫じゃよ」
深く頭を下げるベロニカとは違い、水晶ジィを睨みつけるユタの狂気の目は引き下がっても健在だった。しかし今のユタを咎める者は一人もいない。謝罪せず医療場からユタが出ていくと、全員緊張の糸が切れて深く息を吐いた。
ベロニカも追うように医療場を出ていくと
「てっきり頬でも叩かれるかと思いましたよ」
口だけが笑っていて、目は未だ怒りに震え憎悪を帯びている。こんな目に恐怖しない一般人はとんでもない精神力の持ち主と言えるだろう。無論、ベロニカは恐怖していたが、逃げ出したり声を上げる恐怖とはまた違うベクトルだった。
「そんな事をしてもロキは見つかりません。今は怒りを抑えて落ち着くべきです」
「僕は別にロキが消えたことに怒ってるんじゃない」
「えぇ、勿論分かっていますとも。ですが今のあなたは怒りに身を任せています。こんな状況下で怒るなとは言いませんが、怒りに身を任せて誰かを巻き込むのは筋違いではありませんか」
ロキと同じ青髪の女性の言葉をユタは無言で飲み込んでいく。いくらロキの名を呼んでも反応がなく、無駄と分かっていても集会場と食事場と医療場を探したユタは最後に立ち寄った医療場で水晶ジィを見つけ、怒りを爆発させた。
騎士という肩書きを忘れて真剣を抜き、確信のない人間に刃を向けたのだ。到底許される行為ではないし、紛れもなく除隊及び罰則が課せられるとユタも分かっている。
「…ですが」
ベロニカの視線が少し落ちる。
「ティルルを襲撃した彼女は間違いなく竜滅会関係者」
竜滅会。その言葉にユタの瞳が縮小し、上がっていた口角が元に戻る。
「ですからユタ君が怒るのも無理はありません。正直なところ、私もあのご老人を受け入れることに異論が無いわけではありませんから…」
ユタの行為を否定しつつも心情には同調しているベロニカの視線は弟の友人を見る目とは異なっていた。ユタとベロニカの関係はロキと同じく幼い頃から築かれている。
それでも今のユタのベロニカへの視線は冷徹なものだった。
「ならさっさと追い出せばいい。これで奴らがティルルを襲撃したのは"二度目"です。明らかな宣戦布告、戦争しようっていう意思表示でしょう?僕は先手を打たれ続けるのはもう勘弁ならない」
怒鳴り散らかすわけではないが声には段々と力が込められ、感情の昂りが聞いて取れる。
「落ち着きなさいと言ったはずです。現状、エースケ様たちの捜索は不可能、竜滅会を見つけようにもこちらも不可能。ユタ…あなたがすべきことは剣騎会議で応援を求めること。ご老人を責めることではありません」
ティルルの被害は伝達の水晶によって既に各集会場へ知れ渡っている。ましてラプトル騎士団団長ロキ消失の情報は剣騎会議が開かれる街『フィードル』にいち早く伝えられた。
「"竜王"の力を借りることができれば状況が打開できる可能性は大いにあります」
竜王。ユタはこの人物をよく知っているしベロニカの言っていることに少しも間違いはない。
しかし水晶ジィが竜滅会のメンバーならばユタが決して許すことはない。判明次第直ちに切り捨てるつもりでいる。
「彼のことは私に任せてくれませんか。あなたはここにいたら精神をすり減らしてしまう。それでも許せないのなら…」
「…分かりました」
ベロニカの言葉を遮るようにユタは許諾した。ユタ自身、怒りに身を任せても無駄なことは気づいている。それはロキが最も嫌うことであり、ベロニカと言い合いをするつもりもない。
決して無気力でも自暴自棄になったわけでもない。胸中はどす黒い感情で溢れて、嘘でも竜滅界のメンバーだと名乗る奴が目の前に現れれば斬殺してしまうだろう。
それなのに
「…あなたは」
医療場の扉が開けられ、水晶ジィが現れた。怪我はないが大事を見て医療場にいた水晶ジィは首謀者モナの実の祖父で、疑われても仕方のない立場にいる。
「…大丈夫ですよ、ベロニカさん」
水晶ジィの少し前に立つベロニカは右腕でこれ以上はお互いに近づいてはいけないと無言で伝えていた。それにユタも水晶ジィも素直に従っている。
「で?僕に何の用が」
「すまなかった」
老人は頭に乗せた水晶を腕に持ち、深く頭を下げた。唐突な謝罪にユタは少しも驚いていない。むしろ歯を食いしばって舌打ちをした。
「何の真似?それで許してくれって話ならお門違いにもほどがあるよ」
「許しを請うわけではない。今回のことはモナを連れてきてしまったワシの責任じゃ。仕事でろくに会わん孫が珍しく付いていきたいと言った違和感に気づかなかったワシが悪いんじゃ」
ずるい言い方だ。ユタはそう思った。ユタは全責任を負えばそれで終わると勘違いしている老人の無責任さにもう一度舌打ちをした。
「あんたからすれば彼女は可愛い孫だとしても、僕からすれば竜滅会に入ってれば年齢性別に関係なく悪なんだよ。責任は間違いなく彼女にある」
「…モナが竜滅会になんて」
「それが演技なのか本当に知らないのか、ましてあんたも竜滅会に加担しているのか…」
水晶ジィの反応を元に竜滅会に加担しているかいないかを確定させるのは無理がある。時間をかけても確信は得られないだろう。ましてユタには時間をかける暇はない。
「とりあえず僕はあんたの事をベロニカさんに任せることにしたよ」
不安はある。むしろ不安しかなかったが、ティルルでじっとしているよりも動いていた方が気は紛れる。いくらロキといえども転移した場所が未知の地では永久に無事を確保できる可能性は低い。
ユタは早速出発しようとベロニカと水晶ジィに背を向けた。
「一つ聞いてもよいかの」
質問によっては無視して行こう。とユタは背を向けたまま水晶ジィの言葉を待った。
「なぜそこまで竜滅会を嫌う」
水晶ジィは竜滅会がどのような組織かを知らないわけではない。事実、モナが引き起こしたことは死人が出なかったものの最悪の場合テロにつながる。
ユタは息を吸い込みそっと吐き出すと、ゆっくり振り向いた。
「…家族を殺したやつらを嫌いにならない理由がある?」
あの時のユタの表情の理由、なぜあそこまで憎悪を帯びた目になるのか、水晶ジィは点と点が繋がったからこそ深く悍ましい闇を覗いてしまった。ドス黒い感情が生まれるためにはドス黒い現実を受け止めなくてはならない。
「だからさ、もしあんたが嘘をついていたら」
水晶ジィは空気が冷えるのを肌で感じた。
「必ず殺すから」
「……っ」
「本当に関係がないなら全力で身の潔白を証明してよ。そしたら僕の首をはねるなり、なにをしてくれても構わないからさ」
暗い目をした銀髪の青年はそのまま別れの言葉も残さずティルルを出発した。
家族が殺された。その事実を突きつけられた水晶ジィの感情は大きく渦巻いている。そしてベロニカも複雑な心境を表情に浮かべていたのだった。
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一方、エースケとアルーゼ消失の悲報がツァル子たちの耳に入ったのはユタが出発してから少し時間が経った頃だった。
ティルルの人々の心境が反射したように空はいつのまにか灰色の雲に覆われていた。
「………ぇ」
言葉にならず、力無い音として吐かれた愕然の感情。宿で眠っていたツァル子とレオン、看病は大袈裟だが介抱していたノアがティルルに現れたのは全てが終わった後のことだった。
「……嘘…ですよね…?」
喧騒に誘われて外に出てみれば集会場はこの有様。三人に気づいて出てきたベロニカから放たれた衝撃の事実に言葉を失った。
開いた窓や扉から見える集会場の様子と多数の野次馬。いつものティルルとは明らかに違う空気感と、なによりもベロニカの表情から嘘でないことは分かりきっている。それでも素直に認めたくない事実にレオンは震えながら聞き返した。
「エースケ様、アルーゼ様、弟のロキの消息は完全に不明です。実行犯であるモナという少女も同じく姿を消しました。現在は集会場の機能を継続しつつ対応に追われているため応援を待つ状況です」
やけに淡白に報告しているのはユタも見送り、現実を受け入れて冷静になったから。伝達の水晶で常に情報共有が行われ、現在進行中で対応に追われているベロニカに悲しみに浸る時間はなかった。
衝撃はもちろん大きい。朝、会話をしていたはずなのに突如として会えないどころか場所すら分からなくなるなんて誰が予想していただろうか。
「副団長であるユタ君が既にフィードルに出発しましたが、それで現状を打開できる可能性は未知数で……っ!」
ベロニカは言葉を詰まらせた。ツァル子の表情にベロニカは罪悪感で吐きそうになる。情報と感情の混乱で涙は流れず、ただ目の前の絶望にツァル子の瞳から光が消えていく。
時に真実は人を苦しめる。しかし隠すわけにもいかず、されど事実を語れば絶望を与えてしまう。ベロニカは自分が損な役割とは思っていないが、心が闇に沈んでいく感覚にツァル子を抱きしめたくなった。
「……どう…して?」
泣き出しそうなツァル子の声に胸が締め付けられる。不条理、理不尽、訳もわからず置いてけぼりにされる悲しさと怒りに
「どうしてよ!ねぇ!どうしてアルーゼなの!?どうしてエースケなのよ!」
激情を吐き出すツァル子にロキやモナのことは頭になく、ただひたすらに突きつけられた現実へまとまらない感情をぶつけた。
「アルーゼとエースケが何したっていうの!?折角これからみんな一緒にって……。どうしてよ!!」
野次馬の視線も気にせずツァル子は感情をあらわにしていく。地団駄を踏み、唾を飛ばす彼女の姿はまさに子供のようだった。
誰への問いか、何への怒りか。意味がわからないと嘆いても既に起きてしまった事が変わることはなく、ツァル子は冷静さを失っていた。
「……申し訳ございません」
ツァル子が納得する答えを出すことなどできず、ベロニカは深く頭を下げることしかできなかった。そんなベロニカの姿にツァル子は
「……ぁ」
と言葉を失う。弟であるロキも行方不明になりベロニカの心境はツァル子たちと同じ、それを知っているのに故意でなくとも責めてしまった。
体の力が抜けて棒立ちになるツァル子は必死に弁明しようとしたが、その前に頭に手が置かれ、右手が少し震えた白い手に握られた。
「顔を上げてくれよ。あんたが謝る必要なんてどこにもないぜ」
ツァル子を撫でながらノアは言う。この事態に最も取り乱してもおかしくないノアだったが、その声は落ち着いていた。
ゼアルに奪われたアルーゼをやっとの思いで取り戻した矢先、今度は誰かもわからない人物に愛娘を奪われる。こんな残酷な現実、精神に異常が出たっておかしくない。
「とりあえず座んねぇか?中、まだ片付いてなかったら手伝うからさ、な?」
悲観的になるどころかノアはむしろ微笑んでいた。もちろんアルーゼが消えたことに対する感情が無いわけではない。
「…ノアさん」
「ん?…あぁ、そりゃ思うことはあるぞ?暴れ回っていいんなら今すぐにでもってくらいムカついているぜ?」
軽やかな口調でツァル子やベロニカ以上の怒りを語るノア。その口調とは裏腹に胸中はいてもたってもいられなかったが、対応策が今のところ思いつかない以上は出鱈目な行動をとるわけにはいかない。
「まぁあれだよ。最年長としての振る舞いってやつだ。そりゃすんげーーー心配だぞ!マッジで心配!!いやほんっと心配!!」
言い始めると止まらなく溢れてきた不安をムギュっと抑えて、なんとか弱音を喉元で止める。
「……考えたくもねぇけどさ。最悪の場合…ってのが頭をよぎるし、不安のデカさはぶっちゃけゼアル以上のもんだ…」
微笑みが消え、ほんの一瞬だけだったがノアの表情に悲しみが現れた。しかしすぐに明るい雰囲気を取り戻し
「親がこんな無責任なこと言うのはどうかと思うけどよ。アルーゼはちゃんと強ぇし、エースケだってゼアルに立ち向かっていけるくらいの気合いある男だ」
二人の強さを特に知っているのはツァル子で次にレオン、ノアという順で、ベロニカは闘う姿は見たことないが活躍の情報はしっかりと頭に入っている。エースケの成長を見ているツァル子はノアの言葉にほんの少し不安が和らいだ気がした。
「…だからさ。とんでもなく不安だけど、頭の片隅では大丈夫なんじゃねぇかって思ってんだよ」
ツァル子は右手を握る小さな手に力が入るのを感じた。
「僕は…」
「…レオンくん」
「それでも…エースケさんたちを助けたいです」
迷った末の発言ではない真剣な本心にレオンの震えは止まる。しかし痕跡は何も無く、向こうからこちらへ位置を伝えられる可能性はかなり低い。言うなれば絶望的、不可能。
それでもノアは笑顔で答えた。
「よく言った。ただ信じてるだけなんてのはごめんだからな!レオンの言う通り、エースケたちはなんとしても見つけてやる!」
方法は今のところない。それどころか何から手をつけていいかも分からない。それでも、分からないから無理と諦める気はさらさらなかった。
「祈って助けられるなら寝る間も惜しんで手ぇ合わせるけどな。生憎世界はそんな甘かねぇ。ひたすら行動あるのみ!足掻いて足掻いて足掻きまくろうぜ」
ノアは熱くみなぎっていた。不安感は払拭できていないが、それに押し潰されるつもりは毛頭ない。アルーゼを一度失い、再びルゼアチノへ向かう最中は本当に救えるのかという半ば博打ともいえる心境だったが、今回は違う。
ノアもツァル子もレオンも不可能に近いアルーゼ救出作戦を成功させた実績がある。ゼアルを倒したことは間違いなく自信になっているし、行動しなければなにも変わらないことを知っているのだった。
ツァル子の頭を撫でていたノアの手は自身の熱を分け与えるかのようにツァル子の背中を叩いた。
「ちょっとは楽になったか?」
「おかげさまで…。さっきは取り乱しました…」
「礼は私じゃなくて小さな王子様に言えよ?」
目線の先、ツァル子の右手を優しく握るレオンは二人を「?」と見つめ返した。エースケなら鮮血を噴き出したであろう可愛さにツァル子は手を繋いでいたことも含めて
「…王子…さま」
とわかりやすく紅潮した。
「どうしましたか?」
「ん?レオンが男らしくてかっこいいって話してたんだよ」
「僕が…かっこいい!?」
こちらもわかりやすく照れている。ほんの少し前までどん底だった空気をノアが変えてしまった。まるで太陽のような女性にベロニカは胸の中で渦巻いていた闇が晴れていくようだった。
「あんたも少しは楽になったかな?」
「…えぇと、その」
「涙ならこの胸でどうぞ。なんなら今夜一緒に過ごすか?」
今夜一緒に過ごすという単語にレオンの耳がピクピクと反応し、いつの日かに見たノアとツァル子のえろすぎる朝チューを思い出して鼻から血が垂れてきた。
「レオンくん!血!」
「違います!違います!」
なにが違うのかはさておき、ノアの誘いにベロニカは
「お誘いありがとうございます。ですが私も涙を流している暇はありませんので」
「いいねぇ。強い女は好きだぜ」
状況は何一つ変わっていない。空を覆う灰色の雲も未だ陽の光を遮っている。
それでも心持ちは変わった。間違いなく後ろ向きの感情が小さくなった。闘いはこれから、恐らくスタートラインにすら立っていないが、それでもツァル子たちは不可能と思われる現状を打開すべく集会場ティルルへ入っていく。
「恒例の作戦会議といこうか」




