転移という奇襲
「騒がしいと思えば、何をしているんだ」
医療場から薬を持ってきたロキのなんとも冷たい視線からエースケは逃げるように目を逸らした。それに加えてテーブルの上で仰向けになっている人間への周りの視線も冷たい。
「見ないで…」
「いいから早く降りろ」
態度も冷たく、エースケはそっと席に座る。ちんまり収まった姿勢で、ささっと机上を手で払うと正方形の灰色の紙が置かれた。ロキが持っていた試験管を十字の折り線が入ったティッシュより一回りほど小さい紙に傾けると、真っ白い粉末が山型に積もっていく。
出来上がった白い山は砂糖のようにざらついている。そんな白い山にエースケが目を細めたのはどことなく、非常にどことなく飲んではいけない気がしたからだった。
「…これは?」
「二日酔いに効く。飲め」
「…鼻から吸うんじゃなくて?」
「鼻…?」
出し方が良くない。ロキの反応を見てその言葉を口の中で止めた。むしろ砂糖であって欲しい、薬、もしくはクスr…、のはずは無いが、異世界初薬にやはり躊躇いは生まれる。
「安心しろ、悪い物は入っていない」
「分かってるけどよぉ…」
とか言いつつも紙を折り曲げ口元へと運ぶ。一呼吸置いて目を瞑り一気に流し込み一気に飲み込むとエースケの表情はまさに苦悶の表情となった。
「…にっっっがぁぁ」
大体こんな流れの時は苦いのがお決まりだが、予想通りの味であっても苦味の度合いは予想外だった。顔中に皺を作って下を外に出すが苦味が消えることはない。
「良薬こそ甘い味であれよ…!」
良い薬かは知らんが、とりあえず良薬は口に苦しだなんて言った奴に理不尽な怒りが湧く。それと同時に目の前の青髪騎士団長は実は名前通りの悪戯好きという隠し設定があるのではないかと、皺だらけの顔で睨みつける。
「………」
しかしロキは試験管を医療場へ戻しに行ったためエースケは一人、集会場で顔中に皺を浮かべて誰かを睨んでいるやばい奴になっていた。
金剛力士像と言えば聞こえはいいが恐竜界の人々が知るはずもなく、その場にいる全員が
「(あの転移者に関わるな)」
そう思うのだった。
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「ちと聞きたいことがあるのじゃがぁ…よいかの?」
エースケへの関わるな宣言がされて物理的にも精神的にも距離が離れた最中に未だ金剛力士像状態の変人に話しかける老人。
「あ?」
金剛顔で振り向くと老人の頭の上に水晶が乗せてある異様な光景が目に入る。振り向き金剛からの驚き金剛…にはならず、普通に「は?」とエースケは言ってしまう。
エースケがドン引きされている最中に話しかけるという中々に理解し難い行動に加えて、水晶頭乗せというこれまた理解し難い見た目の老人は返答を待っていた。
「聞きたいことって……俺に?って、ん?」
エースケは水晶を頭に乗せた老人の後ろに少女が隠れていたことに気がつく。話している途中で視線が少女に逸れたが老人は気にせず話を続けた。
「他に誰がいるんじゃ」
水晶はターバンで巻かれて固定されている。しかしエースケは実にひょうきんな見た目の老人よりも、背中に隠れている少女が気になっていた。
「(隠れてるってことは恥ずかしがり屋ってことだよな…)」
老人の見た目はターバンに白い髭とよれた服。エースケの元いた世界でいうインド辺りを彷彿させる格好だった。しかし少女の格好は老人のシンプルな格好とは打って変わってド派手そのもの。
ピンク、青、黄緑と様々なビビットカラーのインクを叩きつけたようなダボダボで厚手の服を纏い、あまりの大きさでズボンを履いていないように見える。少女だとなんとなく思ったのは華奢な足を見たからで、しかしレオンという例外もいるためエースケは未だ確信を持てていない。
ポケットに手を突っ込み、顔は巨大なフードを被って下を向いているせいで全く見えず、唯一見えているのは細い足のみ。レオンと同い歳に思えるが、これまた派手な厚底靴によって身長が高くなっているため推測は非常に難しい。
「(目ぇチカチカするんですけど…。なんでド派手な格好してんのに隠れてんの?)」
疑問が表情に出たのか、老人は少し体を傾けて
「ワシの孫じゃよ、名前はモナ。ほれ挨拶せい」
「………」
見事な無視。エースケからすれば一生縁のないファッションに身を包んだ子供はモナという名で、女の子ということが判明した。
「えーと、こ、こんにちはぁ」
「………」
見事な無視。エースケならまだしも祖父の声も無視するのは、なんでお前ここにいるんだよとつい言いたくなってしまう。
「すまんのぉ、昔から恥ずかしがり屋でワシの前だとあまり話さないんじゃよ」
「恥ずかしがり屋…ねぇ」
「………」
ワシの前ってのがミソな気がするが、無理に話そうとするのも気持ち悪いと思いエースケは老人に視線を戻した。
「それで聞きたいことってのは」
「人を探していてな。アルーゼという名の女の子なんじゃが、知らんかの。恐らくこのティルルにいると思うんじゃが」
見知らぬ老人の口から知り過ぎている名前が出てきたことでエースケは「アルーゼ??」と驚きながら聞き返してしまった?
「知らないか」
「いやいや!知ってる知ってる!すんげー知ってる!」
だがすぐにエースケは「あ、ちょっと待って」とドードーを思い出して手をかざした。
「じぃちゃん、学者か?」
学者のストレスで指をまた噛まれるのはごめんだ。もし学者だったりアルーゼに質問攻めするようだったらお引き取り願いたい。
「ほっほ、学者か。ワシが学者に見えるかい?見ての通りしがない商人じゃよ。少し前に彼女をここに送ったんでな、そしたらゼアルが捕まったなんて聞いたもんじゃから急いで来たというわけじゃよ」
「送った?」
つまりアルーゼをティルルに逃した恩人ということになる。
「お前さんはあれか?彼氏か?」
「唐突だな…。まぁでも彼氏と言われればぁ」
エースケは唇の感触を思い出しながら、自分の唇をなぞり
「彼氏DAZE!!」
「…キモ」
キメ顔で彼氏宣言したエースケはぼそっと聞こえた悪口に左右を見た。たしかに聞こえたが誰が言ったかは分からず、老人の孫であるモナに視線を向けたが「まさかな」と苦笑いを浮かべた。
「そうか彼氏か。よかったよかった」
目頭を熱くしている老人のためにエースケはゆっくりと周囲を見渡して金髪がいないか確認する。急いで口を濯ぎに行って、そろそろ戻って来るかなと思った矢先、偶然にもアルーゼがロキと一緒に戻ってくる姿が見えた。
「ナイスタイミングってのはまさにこのことだな。おーいアルーゼ!お客さんだぞ!」
手を振るエースケにアルーゼは「お客?」と首を傾げた。まだエースケしか見えていなかったため言葉の意味が分からなかったが、そんな疑問は水晶オンザヘッド老人を見て一瞬で消え去った。
「水晶ジィか!?」
それなりに離れているがハッキリ聞こえるデカい声。自分をティルルへ送り届けてくれた恩人の登場にアルーゼは驚きを隠せていない。
「元気そうじゃな」
「うっわ!まじで水晶ジィじゃん!」
あれから約一ヶ月。一人でティルルに送り出したことを水晶ジィは常に心配していた。商人とはいえ納期を無視すれば良かったかとも思ったが、元気そうなアルーゼを見て杞憂に終わった。
「わざわざ会いに来てくれたのかよ!」
「ルゼアチノで色々あったようだから心配でとんできたんじゃよ。師匠とは会えたか?あれから戦士が来たり…」
「それが結構色々あってな…。戦士来るどころか親父来ちまったし」
親父という単語に水晶ジィは「親父?」と聞き返す。
「そ、親父。つーかそこに隠れてるド派手っ娘は孫か?悪ぃな、話に置いてけぼりで退屈だよな」
意外に気遣いができるチラ見せお姉さん発言にエースケが「意外ぃ」と正直に声に出した。
「………」
「ん?ド派手っ娘にしては無口だな。おーい」
深追いしなかったエースケとは違い、顔を覗こうとアルーゼはしゃがみ込んだ。そこは気遣いなしでズカズカ踏み込まれたことでモナは半歩下がってしまう。
容赦ねぇなとエースケが心の中で呟いたが、予想とは裏腹にモナが初めて声を出した。
「てめぇがアルーゼ?」
透き通った少女の声とそれに似つかわしくない言葉遣いにエースケ、アルーゼだけでなく実の祖父である水晶ジィも疑問符を浮かべる。
今まで無口かつ微動だにしなかったド派手っ娘はそっとポケットから右手を抜き、エースケを指さした。パープル色に塗られた爪は星や小さな宝石で装飾され光を反射させている。
「んで、てめぇが転移者エースケで間違いねぇよな?」
鼻と唇を貫通している無数の銀色のピアスを覗かせたモナはアルーゼへの透き通った少女らしい声とは正反対の低く脅すような声でエースケの名を呼んだ。
歯の矯正のための金属ももはやアクセサリーのように感じてしまう無数の銀色に三人は言葉を失った。
「答えろよ、グズがっ」
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そこからの出来事はあまりに一瞬のことだった。三人が言葉を失う最中、そんなことは無視してモナは左ポケットから水晶を六個床に捨てると、半分が勢いよく白い煙幕を噴き出し半分が眩い光を炸裂させた。
「なっっ…!」
捨てられた水晶はビー玉ほどの小ささだったが煙は一瞬でエースケたちを包み込み光は確実に視界を奪うほどで、サイズからは想像できない威力を持っていた。
三人は全く反応できず即行動不能に陥る。思考もままならない中、三人のみならず集会場にいた者たちも何一つ理解できない状況に一瞬でパニックに陥り、困惑と悲鳴が飛び交う大混乱状態となった。
「エースケ!!!」
「アルーゼ!!!」
突然の煙幕と閃光にしゃがみ込む者、走り出す者、ぶつかり、転び、物が倒れる音があちこちで響く、収拾のつかない突然のカオス。
エースケは必死に手を伸ばし、なにも見えない空間からアルーゼを見つけようとする。唯一の頼りである聴覚は人々のあらゆる声で意味を持たず、ただひたすらに名前を叫びながら手を伸ばし続けた。
距離はそこまで離れていない。故にエースケとアルーゼは最後の光景を頼りにすぐ手と手が触れ合った。その一瞬を逃さず、エースケはすかさず自分の元へ体を引き寄せる。
抱き寄せ、水晶ジィではないと胸の感触で理解するが興奮している暇など全くなく、なんとしても護るためにエースケは恐竜化しようとする。
「イチャついてんじゃねぇよ、ゴミがっ!」
たった数秒で集会場を大混乱に陥れた少女のどす黒い悪口が聞こえた瞬間、エースケは強烈な乗り物酔いの感覚に膝をつきそうになる。
この感覚にエースケは覚えがあった。決して初めてではない、全く慣れることのない感覚。
「(転移の感覚…だと!?)」
ティルルの街を歩く人々は集会場の混乱に気づいていない。それはツァル子、レオン、ノアも同様だ。そして巻き込まれた人々はエースケとアルーゼがその場から消失したことに気づくはずもなく、なんとか我が身を守ろうと無我夢中になっている。
その渦中、悪辣な笑みを浮かべる者が一人。
そしてその少女を制圧するために鬼気迫る表情の騎士が一人いた。




