間接キスという探究心
「なぁツァル子。お前やっぱまだ寝とけよ。誰よりも顔色悪いぞ、なんかゾンビみたいになってんぞ」
「うんぅ、そうする…」
テンション最低のツァル子はフラつきながら出口へ向かっていく。同じくテンション最低のレオンだったが、ツァル子を心配して介抱役として立ち上がった。
「あれは途中で共倒れするパターンだな。アルーゼェ?ママがいなくても寂しくないかなぁ?大丈夫かなぁ?」
「あー、さっさと行ってやれー」
無事キャラ崩壊しているのは酒のせいではなく、ただの親バカ。冷たくあしらわれても、それもまた嬉しくてニッコニコでノアはツァル子とレオンを宿へ送りに行った。
「なぁエースケ。お前いつまで母親のことママって呼んでたよ」
「……え」
アルーゼの言葉が左耳から右耳へ通り抜けて、全く記憶に残らなかった発言を体調悪そうに聞き返した。
「ったく、お前もまだ寝とけって」
「いや、全てをリセットしてくる…」
アルコールゾンビは今にも倒れそうな足取りでトイレへと消えていった。
ユタはとうに席を外して仕事中のベロニカに色々とたわいもない質問をしていて、静かに座っているロキにアルーゼが
「悪りぃな、親父のことは何も知らない。色々変わった事もあるんだろうけど、それもサッパリだ」
「…そうか」
特に話すこともなく、目を瞑って動かないロキに一方的にやりにくさを感じ気まずくなったアルーゼは一人ソワソワし始めた。
何か適当な会話を始めようとした時、ロキが立ち上がった。
「どこ行くんだ?」
「医療場だ、二日酔いに有効な薬を取ってくる」
「優しいんだな」
「普通のことだ」
淡白な態度の中にある確かな優しさを垣間見ると、空気を読んだわけではない素の優男気質のロキは医療場に向かった。
「親父のやつ、なんか企んでたのか…?」
木製テーブルの傷をそっと撫で、周りに視線を向ける。居住地とは違い決して孤独ではない。行き交う冒険者全員と知り合いではないし、話したことだってないが、明らかに居心地の良さがあった。
「ちょっと質問いいかな……やっぱりダメかな」
緑色のローブを羽織った眼鏡をかけた少年がアルーゼに声をかけた。今さっき起きたようなボサボサの茶髪に若干の猫背、本を手に持ち羽ペンが一本胸ポケットにさしてある。
見るからに学者。というのもティルルに戻ってから何人か同じ服装の学者がアルーゼに話しかけていた。
「昨日のおっさんにも言ったけどよ、面白い話なんて一つもねぇって」
「面白さは関係ないんだ……やっぱりあるかも」
「どっちだよ」
「ルゼアチノは歴史も土地も謎だらけ。危険すぎて暴かれなかった謎が君によって解明されるんだ……やっぱりされないかも」
「どっちだよ!!」
アルーゼの声にその場で固まった少年。綺麗に丸くなった目の中央で黒目が点になっている。
「はぁぁ。学者ってのはみんな同じリアクションするのかよ。昨日のおっさんも立ったまま気絶してたぞ。……ったく、ゼアル、親父のことでもいいか」
「ぜひ!」
断り続けるのも癪な気がして、というより何度も来られるのがクソダルくてアルーゼは話せそうなことを考えてみる。
すぐさま意識を取り戻した人騒がせなボサ髪学者は目を輝かせて羽ペンを抜き取った。
「できれば歴史を含ませて、彼の思想や人格とかも、もしくはルゼアチノの社会構造、固有の伝承はあった?食生活や娯楽はどんな感じだったかな、それとあとは」
「………おい」
はっと発言にブレーキをかけて一歩下がる。目を細めて睨みつけているアルーゼの気迫にもう一歩下がる。
「お前の名前を教えろ」
「な、名前?そ、そうだね名前、名前を言ってなかったね。僕はドードー。民族学者…と言っても産まれたての卵なんだけど……やっぱり違うかも」
いちいち最後に否定してくるドードーにイラッとしつつ
「待てよ、昨日来たおっさんの名前って」
「僕の父さんだね、名前はドード。界隈では結構有名な民族学者だよ」
「…父さんね」
がっつり、おっさん呼びしていた事に目を逸らすアルーゼだったがドードーが気にしている様子はない。むしろドードーの父親はドードという名前が気になって仕方ない。
「じゃあ昨日女風呂でルゼアチノについて聞いてきた人は」
「僕の母さんだね。名前はドドー」
ドードーにふざけている様子はもちろん無い。だって名前を言っているだけだもの。
「じゃ、じゃあ夜飯食ってる時に一緒に酒飲もうって言いながらルゼアチノについて聞いてきたやつは」
「兄さんだね。名前はドッド」
「(小ちゃいツありなんだな…)」
是非、親戚の名前も教えて欲しかったがドードーとしては単なる名前であり、今すぐにでもルゼアチノについて聴きたくて仕方がない様子はアルーゼにしっかりと伝わっていた。
二歩下がったはずなのにいつの間にか目の前に座っているドードーは話を聞く準備万端になっている。期待大で目をキラッとさせているため、アルーゼは「うーん」とゼアルを頭に浮かべる。
「正直言って歴史とかは知らん。でもゼアルっつー男はな」
ドードーは目を見開き唾を飲み込んだ。
「実の娘をジャングルに置き去りにしたくせに、成長したら勝手に迎えにきて子供を産めって言う、嫌われ自己中クズ野郎だ。もう一度言うぞ?嫌われ自己中クズ野郎だ」
速書きが得意なドードーは見事にアルーゼの言葉を一語一句間違えずに完璧に書き記した。聞いた内容と書いた内容を照らし合わせるために声に出して読んでいく。
「…嫌われ、自己中、クズ野郎…?」
んぅと深く頷いているアルーゼ。一切の偽りなく、誇張もない。最強だとか戦士の王ならではの伝説が聞きたかったのだろうが、そんなのはお喋り上手な戦士にでも聞いてくれ。
「こ、これだけですか?」
再び、んぅと頷いたアルーゼはグッと親指を立てて
「マジでこれ以上のネタは無い!限界まで絞り出したからな!」
あまりにも自信満々のせいでドードーは「もっとあるでしょ」なんて聞けなかった。砂漠で水を掘り出そうとするような感覚、多分出てくるんだろうけど無駄な試みに終わりそうな、そんな感覚にドードーはそっと本を閉じて羽ペンをポケットにさした。
「ありがとうございました…」
「おう!」
ドードーはさらに猫背になっている。そのまま一歩、二歩と進んだが
「あの、やっぱりぃ」
「無い!それとお前の家族にもちゃんと伝えとけよ!」
力強い一言に「ですよねぇ」と今度こそ去っていったドードー。これでもう来ることはないだろうと伸びをしているアルーゼに、一連の光景を見ていたユタが
「学者殺しですね…あの子」
とベロニカに呟いた。さすがのベロニカも苦笑いを浮かべていると、トイレに行っていたエースケがキリッとした表情で戻ってきた。
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「なんだ今の超絶猫背男は。アルーゼの知り合いか?」
「なわけねぇだろ」
アルーゼは頬杖をついてため息を吐いた。目の前にエースケが座り、ドードーがいないかもう一度すれ違った場所を見ている。
「一目惚れされたか」
「あんなナヨナヨごめんだわ」
「だよなぁ、アルーゼは俺が好きだもんなぁ。なんたってチューしちゃったからなぁ」
拳を見せつけて威嚇しているが、顔が赤くなっているせいで怖いどころか可愛くなっているアルーゼに「落ち着けって。どうどう、どうどう」と言うエースケ。
「馬鹿にしてんのか?」
偶然にもどうどうがドードーと被り、不機嫌な表情になるアルーゼに何が地雷が全く分からず、エースケは?と首を傾げた。
「つーか、もう体調平気なのかよ」
「そりゃあ全てをリセットしたからな。もう俺を苦しめる要素は綺麗さっぱり流れていったぜ」
つい先程のグロッキーダウンは何処へやら、爽やかな笑顔になっているエースケ。アルーゼもほぼ回復し、二人とも本調子に戻りつつある。
「騎士団長のやつが薬取りに行ったから一応飲んどけよ」
「そういやいねぇな」
ロキを待つ、特にすることもない時間にアルーゼはテーブルの傷を撫でている。すると、エースケがジッと自分を見ていることに気づいた。
「…なんだよ」
「いや、今となっちゃルゼアチノに行ってゼアルと戦ったなんて夢みたいだなぁって思ってさ。考えてみるとこっちの世界に来てから激しい毎日を送ってるし、改めて俺ってばよく生きてんなぁって」
異世界転移してから一ヶ月も経っていないが何度も死にかけて今に至る。どこぞの巨大マンモスなんて一生のトラウマになってもおかしくない。一人だったらアルーゼを取り返せたはずもなく、目の前でムスッと頬杖ついているアルーゼと会話をすることもできなかった。
「あの時お前が壁ぶち抜いて入ってくるまで、私も夢だと思ってたよ」
「ゼアルにぶん殴られたとか、水晶の中に封じ込めたとか誰も信じてくれなさそうだよな」
「私だけは信じてるから」
「なにその殺人の疑いかけられてる奴の彼女みたいな発言」
「それはよく分からん」
いつかに見たドラマのシーンから例えて発言したが、アルーゼは冷たい反応。と言っても、思えば恐竜界にドラマや漫画があるのかという話で、ましてやアルーゼなのだから無理もない。
「あ、あのぉ」
「また来やがった!」
退屈そうにテーブルに右耳をつけて伏していたアルーゼは、本日二回目のナヨナヨ声の登場に飛び起き、エースケが振り返るとそこには先ほどすれ違った茶髪ボサ頭のドードーが立っていた。
「あー、さっきの」
「てんめぇ!いい加減しつけぇぞ!」
番犬のように唸り声を上げて、さっさと追っ払おうとするアルーゼにドードーはあからさまにビビっている。アルーゼが先日から同じような緑色のローブを羽織った人たちから話を聞かれていたのは目にしていたが、エースケは内容をよく知らない。
「まぁまぁ、そんな怒んなって。アルーゼに用か?」
「バウバウバウ!!」
「アルーゼ!ハウス!」
騒がしい番犬アルーゼを抑えるために指をさすと、エースケの人差し指から粉砕音が響く。
「いだだだだだだだだ!!!!!」
第二関節より上はすっかりアルーゼの口の中に収まり、女の子に指を咥えられるという初めての体験は一切の興奮なくただひたすらに激痛だけがエースケを苦しめた。
「マジ痛い!冗談抜きで痛ぇって!!アルーゼさん!?千切れる!本気で千切れる!!おい!!アルーゼェ!!」
「うぅぅぅぅ!!!」
「うぅぅぅ!じゃねぇ!!なに犬スイッチ入れてんだ!マイフィンガーイズノットジャーキー!!!」
なぜか全く口を開けないアルーゼに遂にエースケは最終手段を使った。
「俺さっきのトイレで手洗ってねぇぞ!!」
その発言を聞いた瞬間のアルーゼは実に速かった。真実か嘘かはどうでもよく、一秒でも早く口を濯ぐために凄まじい速度でエースケたちの前から姿を消した。
残ったのはくっきりとした歯形と涙目のエースケ、そして放心状態のドードーだった。
「(こ、これが巨竜の民…。なんて恐ろしいんだ…)」
「よくぞ千切れなかったな俺の可愛い人差し指ちゃん…」
エースケは悲しげに自分の人差し指を見つめている。ドードーも同情の視線を向けているが即座に驚愕の視線へと変わる。動作チェックをして血が出ていないことを確認すると、エースケはアルーゼに食われた人差し指を自身の口へと持っていった。
「何しようとしてるんですか!!!」
「え?」
声にどこか弱々しさがあるドードーも今回ばかりは力の入ったストップをかけた。
「え?じゃないですよ!なにちゃっかり咥えようとしてるんですか!?」
エースケの行動にドン引きのドードーは自分の発言をすぐに否定して話す癖がなくなっていた。
「いや、血をだな、」
血が出ていたなら分からなくもない。指から血が出た時につい反射的に傷口や血を舐めてしまうことはある。だがしかし
「一滴も出てないですよね!あなた完全にテイスティング目的でしょ!」
エースケの人差し指には舐める要素が全くない。百歩譲って痛いからならまだしも、ドードーは横顔からでもはっきりと分かるエースケの下心満載のニヤニヤを見てしまった。
「テテテテイスティング!?き、君!人を変態みたいに呼ぶんじゃないよ!これは立派な防衛本能だよ!」
「めちゃくちゃニヤニヤしてたじゃないですか!」
「痛みで顔が引き攣ってたんだ!」
あまりに苦しいエースケの言い訳を無視して、ドードーはハンカチを取り出してエースケに突きつける。
「これで拭いてください!血がついても構いませんから!」
「くっ…」
全く必要ない優しさにエースケの表情が歪む。まさか邪魔が入るとは思わず、なによりこれ以上自分の痴態を叫ばれるわけにはいかない。
渋々、本当に渋々とハンカチを受け取るとピンッと立てた右手人差し指にハンカチをそっと持っていく。しかしハンカチはピタリと人差し指やや手前で止まった。
「な、なんで拭かないんですか」
「君……その見た目からして学者かね?」
エースケの声はなぜか低くなっており、なんとなく老人を思わせるような口調でドードーに語りかけた。
「ま、まぁ、一応学者ですけど…」
状況に全く関係のない質問にドードーは戸惑っているが、エースケは人差し指を反り返るくらい立たせたまま話を続けた。
「学者…か。私はね、学者というのは探究心の塊だと思っている。世界に潜む謎、膨大な分野の中から一生をかけて何かを探究し、解明し、知識を極める。君も…この広い世界を探究する者の一人、そうだろう?」
実に茶番。当然始まった芝居とムカつく語り口調にアルーゼだったら今度こそ指を食い千切っているだろうが、ドードーは不思議とエースケの芝居に吸い込まれて
「探究する者…ですか」
「遥か遠い星を探究する者もいれば、我々人間を探究する者もいる。膨大な未知、故の探究者。探究とは自由、故に!」
「…故に」
「女の子の唾液をテイスティングするのも探究なのだ!」
「学者なめんなぁ!!!」
いるわけがなく、ナヨナヨドードーとは思えない綺麗なアッパーが入り、テーブルの上に倒れたエースケの人差し指がハンカチでゴシゴシと拭かれた。
「あぁ!俺の探究心!」
「なにが探究心ですか!ルゼアチノのことを聞けなかったから、次は転移者のあなたから話を聞こうと思ってたのに!ただのヤバい奴じゃないですか!」
さっさと拭き終わると、結局何も聞かずにドードーは再び去ってしまった。アルーゼとエースケに翻弄されたドードーは「(二度と関わらないぞ!)」と心に誓うのだった。
一方のエースケは
「あ」
「騒がしいと思えば、何をしているんだ」
逆さまになったロキと目を合わせていた。




