二日酔いというダメージ
ロキたちの到着の前日にティルルへ到着したエースケたちは、まさに英雄のように出迎えられた。多くの歓声と拍手に包まれ、涙を流すベロニカに抱きしめられたエースケは初チュー以来の硬直を見せた。
「…やっと来たか」
大浴場でたっぷり癒された後、すぐさま開かれた大宴会はトリケラや多くの冒険者を加えて爆発的に盛り上がり、止めどなく体にアルコールを入れた一同は決して完全回復とは言えない表情のまま集会場へと入ってきた。
「俺たちが帰ってきてから何日経ったんだ…」
散らかりに散らかった大食堂をロキが片付け、馬鹿騒ぎから一転。集会場と食事場はいつも通りの時を過ごしています。
「あったまイテェェ」
「アルーゼはまだまだお子ちゃまだなぁ」
顔色が悪くふらっふらのアルーゼとは違い、ノアは全くのノーダメージ。
「ししょ、母さんが強すぎんだよ…」
「母さん呼びキタァァ!!」
エースケ、アルーゼ、ツァル子、レオン、ノア着席。そしてノア以外テーブルに額をつけ撃沈。なんと惨めな二日酔い。
「んで何のようだよ。ゼアル捕まえたし、アルーゼ助けたし、まだなんかやる事あんのか…うぷっ」
「…単刀直入に言えば、戦士からの報復の可能性がある」
「お、穏やかじゃねぇな」
「捕縛した戦士が居住地の規模と比べて少なすぎる。非戦闘員に関してはほとんどいない状態だった。現段階で我々は戦士は全滅していないと見ている」
「なにかしらの理由付けて君たちを襲ってくるかもってわけ。でも確証もないから無責任な警告なんだけどね」
アルーゼは顔を上げて、ロキの少なすぎるという言葉に、居住地にいる時は全く人に会わなかったため感じなかった違和感を感じていた。少ないと言われてみれば確かに少なかったような気がする。しかしそんな疑問に当てはまる答えは思い浮かばなかった。
「なにか思い当たる節はあるか」
「非戦闘員ってのは赤ん坊とかじぃさんばぁさんのことだろ?私はあそこじゃほとんど外に出てなかったけど、言われてみれば見なかった気がする」
「あいつどっかに新しい居住地作ったのか?」
「いや、親父はそれっぽいこと言ってなかったぜ」
目標は達成したはずなのに全てが解決したわけではない。しかしどこかスッキリしない引っ掛かりを覚えながらも
「俺たちはもう一度ゼアルが来たってアルーゼを護るさ。それに、アルーゼと一緒にいる理由ができたし俺的にはオールオッケー」
「ストーカーか?」
「なんでだよ!…うぷっ、やばいかも…」
「尋問で新たな情報が手に入ればすぐに伝える。今はそういった可能性があることを忘れずに行動すること、護衛が必要になればいつでも言ってくれ。こちらもできる限りのサポートをする」
あくまで竜血の短剣の発見や竜滅会のことは言わないロキとのやり取りを仕事をしながら見ていたベロニカは昨夜のことを思い出していた。
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集会場ティルルからほど近い場所にあるベロニカ宅の扉を叩く音から数秒後、鍵が開けられ、ロキとユタをベロニカが笑顔で出迎えた。
「僕までお邪魔していいのー?」
「もちろんですよ。ねぇロキ」
「………えぇ」
一人暮らしにしては少し大きい一軒家でも埃一つない整理整頓されたロキ好みの空間に「おっじゃましまーす!」と入っていくユタを見てあからさまにロキが睨んでいる。
「もう、そんな怖い顔をしてはダメですよ。ほら、畏まらずにロキもくつろいで下さいね」
ユタはテーブルに置かれたクッキーを早速食べ始め、ロキは紅茶を淹れているベロニカを手伝おうとする。
「こら。あなたはユタ君とクッキーを食べてなさい」
「そうだぞロキィ」
これから竜滅会について話そうとしているとは思えない柔らかい空気感に真面目なロキは姿勢正しく座ることしかできなかった。
あーんとクッキーを口元に運んできたと見せかけて結局自分が食べたユタの顎と頬を、ロキが不機嫌顔で力強く掴むと
「弟にそんなことしてはいけませんよ」
「…なっ、こいつは弟じゃありません」
白いティーカップに注がれた香り高い紅茶が三つテーブルに置かれ、クッキーで水分を持っていかれたユタが香りなどそっちのけでフーフーと冷まし始める。
「ふふっ、弟はあなたでしたね」
「…その言い方だと俺がユタの弟みたいに聞こえます」
「やーい弟ー。あっち!」
「気にしすぎですよ」
「気にします」
ベロニカは紅茶を一口飲み
「あなたは"私の大切な弟"ですよ。それは私が一番分かっていることなのですから」
ロキと同じ青色の髪に少しだけ触れると、ユタがひゅ〜と口笛を吹いた。
「さてと。竜滅会については私も調べましたが、やはりルゼアチノとの繋がりが分かるものは一つも見当たりませんでした」
唐突に始まった竜滅会についての会話にユタも思わず「いきなりですね」と言ってしまう。ロキは赤黒い短剣を懐から取り出し、テーブルに置いた。
禍々しい竜血の短剣をベロニカはただ見つめることしかできなかった。
「これがゼアルと竜滅会の繋がりの決定的な証拠。竜滅会の所属メンバー、中でも幹部が所持しているこの短剣がゼアルの自宅で発見されました。本人から言質が取れていないですが、彼が幹部である可能性は高いかと」
「…幹部、ですか」
幹部と聞いて、ベロニカは一人の"老人"と医療場での惨劇を思い出した。こだまするうめき声と吐血で染まったベッド、食事も取らずに医療場を走り回った記憶がベロニカの心拍を早めていく。
「…姉さん」
「…あ。いけませんね、大丈夫です。続けましょう」
紅茶を一口飲み一呼吸置く。ベロニカが見た光景はロキもユタも見ているため、あの惨劇の記憶の精神負担は二人も理解していた。
「ルゼアチノ調査は現在進行中、竜滅会についても剣騎会議で大方の作戦を完成させる予定です。また暫くはティルルに顔を出せなくなりますが…」
「顔を見れなくなるのは寂しいですが、それでも止めるわけにはいきませんよ。私の方ではエースケ様達へのサポートと竜滅会への警戒をします。心配せずに行ってきなさい」
しかしロキとしては心配せずにいられない。不透明な竜滅会の動向、社会にどこまで侵入してきているか分からない以上、ベロニカが巻き込まれる事態は最も避けたい。
「やはり護衛をつけま」
「それは断ったでしょう?もしも護衛を付けたとして、それでも私に何かあったら、ロキはその方をどうしますか?」
「殺します」
「だから護衛はいりませんと言ったのです」
真顔で殺意全開のロキにユタは若干引いている。
「やっぱ重症だねこれは…。(かの"雷刃"ロキと呼ばれた男が大のお姉様好きなんてみんな信じないだろうなぁ…)」
「実際に被害が出たんだ。いつ何が起きてもおかしくない。あの時お前も理解しただろ、竜滅会はただのカルト教団じゃないってことを」
「そりゃぁ分かってるさ。あのジィさんにはしてやられたからね。ちゃんと借りは返さなきゃ、こっちの面子丸潰れだよ」
クッキーも食べ終え、手持ち無沙汰になると今度は銀色の髪をくるくるといじり始め、あからさまに退屈そうな表情を浮かべている。
「…飽きてるだろ」
「バレた?いやぁ結局のところ剣騎会議で作戦固めない限り迂闊に行動できないし、ぶっちゃけ今はすることないなぁって」
「…緊張感をだな」
「大丈夫大丈夫。今度あいつが現れたら…殺してでも捕らえるから」
テーブルに手をつき立ち上がると
「泊まっても良いのですよ?」
「それはぜっったいにロキが許さないので素直に帰ります。クッキーと紅茶ご馳走様でした」
ぺこりと頭を下げると、「おやすみなさぁい」と手を振りながら扉をゆっくりと閉め、馴染みの宿屋へ鼻歌とともに向かって行った。
と思いきや再び扉が開きユタの顔がひょこっと出てくる。
「ロキ!ハメ外しすぎないようにね!」
「外すか!」
逃げるように立ち去る姿はまさに悪戯好きの子供そのもので、ロキは呆れて深いため息をついた。
「はぁ」
「可愛いじゃありませんか。弟はあれくらいの元気が丁度良いんですよ?」
「ですから弟では」
「いいえ。確かにあなたは私の大切な弟ですが、あなたにとってユタ君もクロト君も大切な兄弟のはずです。血が繋がっていなくとも、あなた達の絆は堅く結ばれているでしょう?」
「…それは」
「ふふっ、余計なお世話ですね。彼らのことを一番理解しているのはロキですから」
幼い頃からともに過ごしてきた三人の絆はベロニカの言う通り友情だけで繋がっていない。同じ飯を食べ、剣を交え、共に駆け抜けてきた時間はその場にいなかったベロニカでさえ理解している。
「おかわりは?」
「…いただきます」
珍しく照れているロキのティーカップにほんの少し色の濃くなった紅茶が注がれていく。
フルーティーな香りが鼻を抜けて胸に温かさが広がっていくと、ロキは久々の姉弟のティータイムに必要ではないと竜血の短剣を懐にしまった。血管のような赤色の装飾の凹凸を感じながら、立ち上っていく湯気に視線を合わせる。
「…その剣があなたを、そしてあなたの大切な人達を傷つけないことを祈っています」
騎士の扱う銀色の剣とはまるで正反対の暗黒色の短剣。血が通っているように見える鞘は今にも鼓動し始めそうな不気味な生命力を放っている。
「それと、これらの件はエースケ様たちには伝えるつもりなのですか?」
「竜滅会や短剣については少し時間をおこうかと。彼らは一連の中心人物ですし、今後も暫くは関わることになりますから慎重に伝えていくつもりです」
二杯目の紅茶もやがて空になり、伝えるべき事を全て話終えたロキは「では」と立ち上がった。そんな彼にベロニカは不思議そうに首を傾げた。
「もちろん泊まっていくでしょう?」
「え?」
「まさかロキまで帰ってしまうのですか!?久しぶりの再会の夜を同じ家で過ごさないなんて、ロキも冷たくなりましたね」
「そ、そんなつもりは…」
「では決定ですね。あ、久しぶりに同じベッドで寝ましょうか!昔はよく一緒に寝ましたし」
「一緒の……ベッド…っ!」
一歩引いたのはベロニカの発言に引いたのではなく、あまりの衝撃を受け止めきれなかったからであり、ロキの真面目精神をあまりにも大きく揺るがす単語だった。
しかし団長という肩書きが魅惑の誘惑に待ったをかける。誰かに見られているわけではないが、万が一もあり得る。そうでなくとも十九歳の弟と二十二歳の姉が一緒のベッドで寝ることを了承していいものかとロキの拳が強く握られる。
「もちろん冗談ですよ。さすがに恥ずかしいですよね」
分かっていたがショックはある。そんな訳ないだろと頬を殴りたくなる衝動を抑えながらロキはゆっくりと席についた。
「その代わりロキのお話をたくさん聞かせてください」
「………」
「ロキ?」
「あ、いえ」
「ふふっ、もう眠くなってしまいましたか?新しく紅茶淹れますね。クッキーは食べますか?」
「いただきます」
はめ込まれた発熱の水晶の上に可愛らしいやかんが置かれ、木製の皿にクッキーが十数枚盛られる。人が多く賑わうティルルも夜が更ければ静寂となり、穏やかな一時を邪魔するものは何も無い。
一瞬取り乱したがそれもそこまで。騎士団団長と受付嬢という責任の荷を降ろし、今はただの家族として言葉を交わしていく。
また暫く会えなくなる時間を補うように二人は会話を弾ませた。次の日、別れの言葉もなくロキが消えてしまうことなど気づくはずもなく。




