宴という締め括り
「………」
気まずい空気になるかもしれないと予想していたが、あまりに空気は重く、最初の一言を誰も発せずにただ車輪の転がる音が聞こえているだけの空間となった。レオンが不安げにエースケたちの表情を一人ずつ見ていたが、しばらくするとノアのように俯いてしまった。
「……んっんー」
耐えかねたエースケがゆっくりと立ち上がり、屋根のふちに手をかけ、敵地を塹壕から除く兵士のようにゆっくりと顔を上げていった。もし泣いていたらやるべきことは、と慰めの言葉を考えながらアルーゼを確認したエースケ。
しかし直ぐに頭を引っ込めてきたエースケに三人は疑問の視線を向けた。今にも泣き出しそうなノアは前のめりになってエースケに迫る。
「えっと、なんつーか」
「やっぱ、泣いて」
「人ってあんなニヤニヤできるんだって思うくらいニマァァって顔してたんだけど…」
エースケが見たアルーゼは落ち込んでいたり、泣いているどころか最高の幸せに浸っている状態だった。不安が一瞬で冷めきり、むしろちょっと引くくらいのニヤァ顔にエースケの表情は死んでいた。
「絶対疑ってるだろ。試しに見てこいって、すごいぞ。女の子が人様に見せてはいけない表情だぞ、あれは。宝くじ一等当たっても俺はあそこまでニヤけないと思うわ」
エースケに抱えられたレオンがひょこっと頭を出すと、スライムのようなデロデロになっていくアルーゼがそこにはいた。
「レオン、報告せよ」
「と、溶けてます…。あ、ふへへぇって言ってますよ!強そうなアルーゼさんからは絶対に想像できない姿です!」
予想とは真逆のアルーゼに重たい空気は一変。ツァル子の表情は明るく、目には涙が浮かび、ノアは全身の力が抜けていきその場に寝転んだ。今すぐにでも抱きしめたいと体に力を入れたが、よほど緊張していたのか体がピクリとも動かない。
「ったく、何してんだよ師匠。ほら」
レオンに起こしてもらい、エースケの手を握ったノア。立ち上がった勢いそのままに屋根へと飛び上がると、そこにはこの世界で一番大切な存在が座っていた。
物心つく前に別れてしまった我が子に再会した時、あの瞬間の喜びと罪悪感をノアが一生忘れることはない。ゼアルによる傷を抱えたアルーゼを見るたびにゼアルではなく自分自身が許せなかった。
アルーゼに全てを捧げる。食べたい物、欲しい物、愛情、人生、自分にある全てをアルーゼのためにと誓った。しかし再び親子は離れ離れとなった。
思い通りにならない現実を憎む時間すら無く、ただひたすらにアルーゼの元へ走っていた。ゼアルに連れて行かれたと言われ、絶望は限界に達し、そんな最中に出会った見知らぬ子供たち。
そして今、宿願は果たされた。師匠と弟子ではなく親子として再会した二人。共に過ごした記憶が駆け巡り、様々な感情が溢れ出す。
「…怒らないのか」
「そりゃぁ驚いたけど、嫌なことでもなんでもないしさ。むしろサプライズって感じだよ。…なんか照れるな」
少し目線を逸らしたアルーゼをノアが抱きしめる。二人で暮らしていた時、ノアはアルーゼにハグをするのが日課になっていた。一体頭の中で何回アルーゼを抱きしめただろうと、会えなかった日々の苦痛がやっと満たされていく。
「…大好きだぞ、アルーゼ」
「あぁ。私も大好きだよ、ししょ…ぉ、じゃなくて…」
「いつも通りでいいんだよ。そこはアルーゼに任せるから」
優しくアルーゼの頭を撫でながら、二人はそっと寝転がった。慣れない呼び方が気恥ずかしかったのか、アルーゼの頬が少し桃色になっていることがあまりにも可愛らしくてノアの心は爆発寸前になる。
「いや、ちゃんと言うよ」
頬を染めながらも真剣な眼差しでノアを見つめたアルーゼ。少しだけ目を瞑り、そっと目を開ける。
「私も大好きだ。…お、おかあ…さん」
やっぱり照れくさくて最後は少しだけ目を逸らしてしまったが、それでもノアへの衝撃は凄まじかった。超高速で脳内リピートされ、思考はアルーゼ一色に染まり、幸せすぎてもはや無になり、そして再び幸せの衝撃波に身を打たれる。
「ニヤけすぎだろ」
「完璧すぎる!言い方!表情!声のトーン!全て完璧ドストライク!やっぱりアルーゼは世界一可愛い!ほんっとに可愛い!これがおかあさんと呼ばれる感覚なのかよ!なぁもっかい!もっかい言ってくれぇ!!」
「おかあさん」
「はい!おかあさんです!!」
ムギューっと抱きしめられているアルーゼは十分すぎるほどノアの愛情を注入されていく。しかしテンションぶち上げとなったノアはもう止まらない。
「次はママ!ママって!!」
「…ママ」
「きゃぁぁぁぁぁあ!!!!!」
その下ではエースケ、ツァル子、レオンがこちらもまた幸せそうに二人の声を聞いていた。屋根壊れねぇよなぁと少々心配になっていたが、抜けたら抜けたで問題は特にない。
「一時はどうなるかと…」
「私はアルーゼのこと信じてたわよ?」
「ほんとかよぉ…」
「本当よ!」
「ま、とりあえずは一件落着ってことで」
「はい!」
「そうね」
パァンッ!!
三人のハイタッチは軽快な音をたて、一行はゆっくりとルゼアチノ領地を進んでいくのだった。
********************
数日後
ゼアル確保という衝撃的な情報は各騎士団を通し、ギガン大陸全土へと広がっていた。友を失った騎士は涙を流し、ルゼアチノから離れた街の人々は「へぇ」くらいで収まり、その反応は様々だった。
その中でも集会場ティルル、特に受付嬢ベロニカは安心のあまり腰を抜かしていた。
「…そうですか。よかった…本当に、よかった」
「連絡が遅れてすみません。恐らく彼らの到着は本日中か明日になるかと思います。全員無事、無傷ではありませんが特に問題はないかと」
ベロニカがその場に座り込んでしまったため伝達の水晶越しに顔が見えなくなり、一瞬ロキの顔に非常に僅かだったが焦りが出た。
その一瞬を隣を走っていたユタが見逃さず、ププッと口に手を当て明らかにロキを馬鹿にしている。
「んん、我々も現在ティルルへ向かっています。直接お教えたいことが一つ」
「教えたいことですか」
「"竜滅会"がゼアルと繋がっていた可能性があります」
再び伝達の水晶に映ったベロニカの表情が驚いたまま固まる。
「詳細は後ほど話します」
「…わ、分かりました」
水晶から光が消え、乗っているユタラプトルに装着された鞄に入れると
「ベロニカさんのことほんっと大好きだよねぇ。正直なところ剣騎会議よりも彼女が目的でしょ?ねぇねぇ、そうでしょ?」
「…斬るぞ」
「うわ怒った」
団長、副団長が集まり開かれる剣騎会議。ゼアル確保、及び竜滅会との関係性についてが議題となって緊急的に会議が開かれることとなり、ロキとユタはティルルの南に位置する"フィードル"に招集された。しかし日にちに余裕があったため一度ティルルに行くことにしたのだが、ロキの本心は……。
クロトや部下たちは後追いの別騎士団らに説明や調査続行のためルゼアチノに滞在している。
「はぁ。あの会議退屈すぎて飽きるんだよなぁ」
「剣騎会議だけはクロトに任せないな」
「当たり前でしょ。行かないと"スーさん"怒るんだもん。あの人に怒られるのは勘弁だし、それにたまには副団長風吹かしとかないとね」
「毎度言うが絶対に寝るなよ」
「あー、うん。寝ない寝ない」
行くはいいものの、毎回爆睡で終わるユタの適当な返答に軽くため息をつき、真面目なクロトを副団長にしてしまうと会議に招集された時にユタがラプトル騎士団の責任者になるため、そんなジレンマにロキはもう一度ため息をついた。
「あ、じゃあ僕が先にティルルに着いたら寝ていいってのは?」
「寝ていいわけないだろ」
「よーーい!ドーーン!」
ラプトル騎士団の移動手段はユタが手塩をかけて育てたユタラプトルで、ユタが騎士団としての仕事で唯一まともに行なっているのが、これらの飼育である。
ラプトル騎士団で乗竜が最も上手いユタの加速は見事なもので、ロキを一瞬で後方に追いやった。まるで子供のようなユタに対し部下たちがいればいつも通りあしらうのだが、意外に負けず嫌いなロキは即座にラプトルを加速させ、ユタの横につく。
「めずらし」
「どっちにせよ寝させないがな。一応勝ちは頂いておく」
「負けず嫌い発動してるねぇ」
長距離移動用に訓練されたユタラプトルは驚異的な速度を保ちつつ長時間走り続ける野生個体以上のポテンシャルを持っている。
最初に白熱していたレースも時間が経つに連れラプトルを気遣った最高速度で拮抗し
「あの木がゴールね」
「あぁ」
わずか一日半でティルルを視界に捉えた二人は最後の直線を駆け抜けていた。その距離約五百メートル。阻む障害は無く、二頭のラプトルが風の如くティルルへ迫っていく。
「飼育係の意地ぃ!」
ユタが頭一つ分抜け出し、ゴールは目前になっている。差し迫る、会議で寝るか寝ないかの決着は
「今回は絶対に寝るなよ。ユタ」
飼育係の意地を団長の意地が勝り、ラプトルの頭を撫でながらゆっくりと速度を落としていく。
「思った以上になんかすげー悔しいぃ!!」
ラプトルの上でバタついているユタを無視してロキはティルルの門へと向かっていく。競争の熱は嘘のように冷め、門下でラプトルを預けると早速集会場へ歩いていった。
「…すぐ熱くなるくせに、冷めるのも早いよなぁ」
スタスタと足早に行ってしまうロキへ追いついたユタは集会場ティルルの扉を開けながらそう言った。
頭骨や絵、旗が壁に飾られた大空間と存在感を放つ巨大な伝達の水晶。久々に訪れた集会場ティルルはどことなく盛り上がっているように見えた。
「…なんか賑やかじゃない?」
「ロキ!ユタ君!」
雑踏の向こう側から必死に手を振って位置を知らせている青髪の美女。受付嬢ベロニカはロキとユタとの再会に嬉しそうに笑顔を浮かべていた。
「おかえりなさい。待っていましたよ」
「全速力で来ちゃいましたぁ!!ベロニカさん元気そうでなによりです!」
まるで子犬のようにはしゃいでいるユタの顔をロキが無慈悲に押さえる。
「詳しい話は後ほどでもいいですか」
「えぇ、もちろん」
ロキがユタの首根っこを掴み、向かったのは集会場と隣接している医療場。そこには大浴場が完備されており、といっても疲れを癒すためではなくシャワーを浴びる程度で二人は出てきた。
「ラプトル騎士団の団服用意されてあるのすごいよね。これもベロニカさんのおかげなんだろうけど」
「だろうけどではない。彼女のおかげだ」
「はいはい」
集会場ティルルは医療場ともう一つ、食事場が隣接してある。この三つは上から見ると正三角形の並びになっており、二人は先ほどからやけに騒がしい食事場へと向かった。
********************
「……なんだ…これは」
食事場へ続く通路に倒れる何人もの男たちを見つけたロキはすぐさま顔を持ち上げ、症状を確認する。全員顔が赤くなり、半目開きの者やろれつが回らず何を言っているのか分からない者が何人も倒れていた。
「酒くさっ!この人たちもれなく全員酔い潰れてんじゃん」
「おらぁぁぁ!!!!もっと酒持ってこいゴラァァ!」
「誰かぁ!医者ぁ呼んでこい!!」
「いやぁぁぁ!!!!」
大食堂に近づけば近づくほど、怒号や悲鳴、皿の割れる音に笑い声など明らかに穏やかではない状況が伝わってくる。
「エェーースケェ!!もっと飲めやぁ!!」
「うるへぇ!もう飲めねぇって言って…!ブボッ!ゴボボボボ!やめっ、マジ飲め、ボボッボボッ!」
「はぁぁん!れおぉぉんくぅぅぅん!」
「あははは!ツァル子さんのおっぱい!あははは!!!!」
ウゴォォ!!
木製のテーブルに寝かせられ、馬乗りのアルーゼに強制的にアルコールを流し込まれているエースケ。ベロッベロのツァル子はレオンを襲い、ベロッベロのレオンはそれを受け入れている。ノアの後ろには筋骨隆々とした男たちが酔い潰れて山のように積み重なっていた。
「これはぁ…地獄かな?しかもなんでトリケラトプスがここにいるわけ?」
「お?お!おぉ!あん時の騎士野郎じゃねぇかよ!名前、なんだっけ?ほらエースケ見てみろよ!」
「あた、あたまを動かすな…」
顔が変な色になっているエースケに馬乗りなっているアルーゼが軽やかに飛び降りるとヤンキーのようにロキへと迫っていく。
「なんか言いたげな顔してんなぁ」
「なんだこの有様は」
「宴会に文句つけよってか?あぁ?」
「さっさと片付けろ。ここは公共施設だ、貴様らのようなチンピラがいるとティルルの品格が疑われる」
「チンピラだぁ?この前私たちに貴殿とか言ってただろ!敬意を払え敬意を!」
「大馬鹿か貴様!いいからさっさと片付けろ!」
「な……」
ロキの声に少し力が入った途端、完全にチンピラだったアルーゼの目に涙が浮かんでくる。
「わぁぁぁん!こいつキレたぁぁ!!」
「うっわロキ、女の子泣かしたよ」
「あ!アルーゼ泣いてるぅ!」
「あぁ!?愛娘泣かしたの誰だゴラァ!!」
ウゴォ!!!
レオンをポイっと捨てて、アルーゼを抱きしめて頭を撫でるツァル子とロキの顔面ギリギリまで迫り、メンチガン切りのノア。何故か隣にいたユタも「いけないんだぁぁ」とウザすぎる顔で何度も指差している。
エースケとレオンはその場に倒れたまま全く動かなくなり、ロキを助ける者は一人もいない。酔っ払いとアホに囲まれロキのストレスゲージは即座にいっぱいになった。
なによりも腹が立っていたのはアルーゼが全く泣いておらず、悪魔のような笑顔で見てくることだった。
「…今すぐに」
「あ、キレた」
「解散しろ!!」




