再会という終結
「あーらら。まさかゼアル様が負けるとはねぇ」
ルゼアチノを治めるゼアルが倒れたにも関わらず他人事のように居住地の様子を眺めていたパウロ。深紫色の髪を掻きながら呑気にあくびをするほど状況に動じておらず、ジェールのことも少しも気にしていなかった。
「つまり姉貴もザコマメンチもあいつらにやられたってわけか…。親父たちが丁度いねぇ時に来るとは、運の良いやつらだねぇ」
荒れた居住地と沈黙するゼアルを鼻で笑い「さてと」と呟いたパウロは、改めてエースケの顔を記憶に焼き付け、ジャングルへと姿を消した。パウロに捨てられたジェールは自作の葉っぱマスクを付けた「ッチ」という語尾が口癖の何者か(仮称マメンチ)によって気絶させられ、レオントリケラペアは遂にアルーゼがいるであろう場所に到達したが、レオンはパウロの攻撃によって左腕が麻痺しているため、アルーゼ回収に踏み切れていなかった。
ジェールの追撃を恐れていたトリケラだったが、感じた殺意とは裏腹に追手らしき姿は確認できない。しかしトリケラはパウロが去ったことやジェールの気絶を知らないため緊張感は未だ張り詰めていた。衰弱したレオンを背中に乗せている以上、アルーゼを助けるために建造物へ突撃する訳にはいかない。エースケたちに助力を求めたいところだが救援要請用の閃光の水晶をトリケラではどうすることもできない。
「…大丈夫。…大丈夫だよ、トリケラ君」
麻痺によって宙ぶらりんの左腕に手綱を巻き付けて固定し、右手で力強く手綱を握ったレオン。
「こんな痺れすぐ治るよ。エースケさんたちが全力で戦ってるんだ。僕だって…任されたからには…絶対に突き通すよ!」
ウゴォ!
「…え」
トリケラとしては仲間が衰弱しているのならば大事をとるが、そうでないなら容赦なく走り出すスタンスであり、レオンがまだ平気だと感じた瞬間に建造物めがけて猛突進を開始した。つい力が入っているのは嗅覚によってアルーゼを感知していたからで、レオンを気にかけているとは到底思えないほど速度を上げていった。
「俺の仲間を返して貰おうか!」とレオンの悲鳴ガン無視で木造の壁に激突するとともに粉砕される木造の壁。アルーゼのいる部屋だったらどうすんだよ、なんて一切気にせずに大胆すぎる突入を実行したことにより背上のレオンは気絶しかけていた。
激突する寸前にトリケラの後頭部にある襟飾を壁代わりにしなければ今頃は昇天していたことだろう。
「ぼくが乗ってること…忘れてる……?」
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時は少し戻り、ゼアルが倒れた頃。縮小しながら倒れていくゼアルを器用に滑り降りていったノアを追うようにツァル子が降下していく。
「どこ見てるの?」
「なんか誰かに見られてる気がすんだけど」
「怖いこと言わないでよ」
視線の主であるパウロの姿はもうそこには無く、意識はゼアルへと向けられる。ツァル子はどこか安心していたが、未だ二人の緊張は解けていなかった。
「(これでくたばったとは思えねぇ)」
「(ボスキャラの復活ってのはよくある話だよな)」
音撃とトウガラシ爆弾によってゼアルが地に顔をつけるという前代未聞の光景となっているが死んではいない。故にノアは様子を伺うよりも早急な保管を優先した。
「エースケ」
保管の水晶をノアへ投げ渡した時、エースケとツァル子がほんの一瞬固まった。その不可解な反応にノアの視線はゼアルへと戻る。うつ伏せに倒れていたゼアルが手をつき立ち上がろうとする姿に「ちっ!」と全速力で走り出したノアと、もう一つの保管の水晶をツァル子のポーチから強引に取り出して万が一のためにゼアルの後方へ回り込もうとするエースケ。
状況に懐疑的だった二人の反応速度をトウガラシ爆弾によって眼球に大ダメージを負ったことで視覚が機能していないゼアルは捉えきれておらず、右耳の鼓膜が完全に破壊されていると踏んだノアが左回りで接近したため保管する絶好のチャンスは未だ継続中だった。
現状、ゼアルが最も危険だと感じていたのは使用される水晶で、過去に幾多の騎士団と戦闘しているゼアルの経験上水晶はそこまで脅威ではなかった。騎士団の使用する水晶に全く苦戦しなかったはずが、今回エースケたちの使用した水晶が全て未知の能力だったためゼアルはまさしく翻弄された。
「………」
ノアの予想通りゼアルの右耳は完全に機能を失っており、左耳も半壊と呼べるくらいのダメージを負っている。燃えるような目と呼吸器官の激痛はゼアルが今まで受けてきた痛みの中でも異質な苦痛を伴っていた。
だがゼアルには焦りも恐怖も、まして怒りすら湧き上がっていなかった。自身も驚くほどに冷静な心境。戦闘時以外は元より冷静かつ冷徹な人間ではあるが、王たる人生において最大の窮地と屈辱を味わっているこの瞬間、本来ならば怒り狂って凶暴の限りを尽くしているだろう。
目も見えず音も聞こえず、暗い箱に閉じ込められたような感覚によって必然的に行われた周囲への驚異的な集中。激痛を抑えるため呼吸を止め、自身に向かって来ているだろう存在に気を散らすことなく精神世界に己を落とし込む。
毛髪の一本一本、触れている空気の流れ。異常な集中力とはいえ微細な感覚ですら一瞬で理解してしまうのはこれまでの鍛錬が身を結んだとしか言いようがない。決して誰もが到達することの出来ない世界にゼアルは遂に足を踏み入れた。
「……ッ!!」
仁王立ちで全く動く気配の無かった戦士の王が突如として振りかざした拳は完璧にノアを捉えていた。全速力で至近距離まで近づいてしまったことが予想だにしないゼアルの反撃態勢によって仇となったのは明白で
「師匠!」
「ノアさん!」
保管の水晶の特徴は擦ることが開閉の方法となり、問答無用で生物無生物関係なく保管してしまう。つまり水晶にさえゼアルが触れれば良いのだが、押し当てるとなるとノアも保管されてしまう危険性があった。
「んな甘ぇこと言ってられねぇよなぁ!!!」
ノアにとってその選択に迷う必要など微塵もなかった。水晶球を握りしめた右腕を恐竜化させ、振り下ろされるゼアルの右拳へ押し当てようと力を込める。本来ならば身を翻して胸あたりを狙いたかったが至近距離まで迫った拳に真正面以外の道筋は全て絶たれていた。
かつて愛し合ったはずの二人。しかし既に愛など消え果て、たった一人の娘のために全身全霊を拳に乗せる。父親の拳と母親の拳、雌雄を決するとはまさにこの事を言うのだろう。
ゼアルの拳が保管の水晶に触れた瞬間、双方に肉体を引っ張られる感覚が伝わった。翻弄した者と翻弄された者。力でねじ伏せる強者と強者を欺く知恵を持った強者。
「…なにっ…!?」
希望であった保管の水晶は容易く砕け散り、力を持った強者の拳が知恵を持った強者を大地に叩き込んだ。その光景は、ねじ伏せる、ただその一言で表現できる衝撃的かつ凄惨な数秒間だった。
保管の水晶が破壊されたことノアが絶望的な状態に陥ったこと、頭は真っ白になり、思考する間もなく反射的にゼアルへ立ち向かおうとした無謀な一歩を踏み出したエースケを止めたのは、アルーゼがいるであろう建造物で響いた轟音だった。
「……!?」
左耳に残った最低限の聴力ですら聞き取れた破壊音。
「(このタイミングで何が起こってんだよ!レオン!)」
トリケラが壁をぶち破った音だとはその場の三人は誰一人として分かっておらず、レオンが襲われているのか別の理由があるのか検討もつかない突然の轟音にエースケが出した判断は
「ツァル子!行け!」
とレオンとトリケラが戦闘不能になるという最悪の場合を想定した現段階で送ることのできる最大の支援だった。すぐさま大翼を広げ、急行するツァル子と目を瞑っているはずなのに音の方向へ顔を向けているゼアル。
「…なんだ」
視覚が機能停止していなければ確実に終わっていた。エースケは少しでも意識を背けさせようと、音の出所とは別の方向から
「聞こえてますか!お義父さん!!」
そしてまた少し移動して
「なに第六感的なもんに目覚めてんすか!チートですか!」
再び移動して
「いくら元奥さんとは言えどもね!このご時世にDVなんて完全にアウトォォ!!ですからね!逮捕ですからね!」
腹の底から叫んだメッセージが、これが見事に全文ゼアルの耳に入り込んだ。色々と印象に残っているエースケの声に反応したが至近距離にいないからか周囲を見回している。
「(この距離なら混乱するだろ!)」
しかし今度は声を小さくして
「ばーかばーか!筋肉ゴリラ!いい加減子離れしろよ金髪頑固親父!あんな思春期真っ只中の娘に親父が好かれるわけねぇだろ!もっとアルーゼに嫌われてしまえ!」
小さく叫んでいたはずがゼアルは視界が復活したかのようにエースケの位置をドンピシャで当ててきた。
「(バレとる!!)」
すると再び例の建造物からドゴォォン!!と破壊音が鳴り、今度は木片らしき物が飛び散っているのと若干の煙が見えた。
「(なにやっとんだアイツら!俺のせっかくの撹乱が無意味じゃねぇか!!)」
もちろん原因はトリケラで、その全貌をツァル子がしっかりと見ていた。一回目の破壊音はトリケラがアルーゼ宅の壁を突破したことによるものだが、そんな絶好調のトリケラは目の前で尻餅をついている女性を睨みつけていた。
「なななな何ですかお前たちは!!」
耳を塞ぎたくなる高い声がボロボロになった空間に響く。人語は全く理解していないが、その声のトーンにイラッとしたトリケラが鼻を鳴らして威嚇した。
「人の家になんてことを…!ゼアル様ぁ!侵入者ですわ!」
ウゴォォ!
「ひぃぃぃ!!アル…!アルーゼ!なにしてるの!早く!早く母を助けなさい!アルーゼ!!」
アルーゼの存在についに確証を得たレオンは痺れた左腕など気にもせず
「トリケラ君!僕はアルーゼさんを!」
トリケラから飛び降りると割れ砕けた壁の隙間から隣の部屋へと急いでアルーゼを探しに行った。その直後にツァル子が「どうなってんのよ…これ」と現れたのだが、威嚇するトリケラの目の前には見たこともない女性がいてレオンの姿は見えず、建物はぼっろぼろなのだから言葉を失うのも無理はない。
「次から次へと!この野蛮人!早くここから出ていきなさい!ゼアル様ぁ!ゼアル様ぁ!」
「…ねぇトリケラ?この人は?」
「恐竜に話しかけるなんて気持ちの悪い女ね!あの大声で叫んだバカ男と言い!やはり野蛮人ね!」
ノアよりもやや歳上に見える、おばさんほどではないが喋り方といい古さを感じるこの人物"アマル"が幼少の頃のアルーゼの母親代わり(代わりであって母親らしいことは一度もしていない)アルーゼが実の母親だと思っているとは全く分かっていない。
「アルーゼ!なぜ来ないのですか!!母を!母を助けなさい!…なんて使えない娘だこと!」
「……母?…娘?」
全く理解できない発言にツァル子は混乱した。突然のアルーゼの名前に驚いたのもそうだが、実の母親のノアを知っているツァル子にとって、この黒髪の女性の母という言葉が尋常じゃない違和感を感じさせる。
「アルーゼのお母さんはノアさ…」
「やっぱりアルーゼを連れ戻しに来たのね!あんなもの早く連れて行きなさいよ!あいつがいなければこんなことにならなかったんだから!ほら早く!あんな出来損ないなんていらないから!」
だから私には何もするな。そんな交換条件を持ちかけられているようで、アマルの口から止めどなく吐き出てくるアルーゼへの罵倒がツァル子の心にどす黒い不快感を与えてくる。殴りたくなるほど腹が立つと同時に深い悲しみも溢れていった。
「……あなたに」
「あんな使えないだけの!」
「あなたに!あんなに優しいアルーゼの母親だなんて名乗る資格は無い!」
トリケラはツァル子の怒りと悲しみの矛となり、容赦なくアマルに突撃するとそのまま壁をぶち破り、二度と声が届かないように力一杯遠くへ吹き飛ばした。
ツァル子の心の叫びはレオンに届き、レオンの目の前に無気力に崩れているアルーゼにも届いた。
「…はじめまして。ようやく会えましたね。アルーゼさん」
まるで鎖に繋がれたように動かないアルーゼをゆっくりと起こし、まるで力の入っていない手をしっかりと握った。
「お前誰だよ!って感じですよね。エースケさんじゃなくてすごく申し訳ないんですけど…。あ、でもツァル子さんがもうすぐ来てくれますよ。それと…ノアさんも来てるんです。…トリケラ君…だっています。……みんな。…みんながあなたを……」
目頭が熱くなり、雫が頬を伝っていく。全員のそれぞれの想いを知っているからこそアルーゼが生きているだけで涙が溢れてくる。
「…僕が泣いたら…だめですよね」
「………いや」
確かに聞こえた小さな囁き。頬へ伸びる手は細くとも力強く、それでいて優しい手だった。親指が頬をなぞり、伝う涙を拭う。優しく微笑む顔はノアに似ていて、後頭部に手を置きそのまま抱き寄せられたレオンは突然のことに顔を真っ赤にした。
「アルアルアルアルアルーゼさん…!」
強引に引き離すわけにも腰に手を回すわけにもいかず、エースケが見たら発狂するであろう不可抗力によって胸に顔を押し当てた状態になってしまったレオンは、ただ無力に体を委ねた。
「レオンくーん。アルーゼ見つかっ……た……?」
孤独に苦しみ、旅路に苦しみ、互いに辛い時間を過ごした二人の待ち望んだ再会。ほんの一瞬の沈黙の後、存在を確かめるように抱擁し大粒の涙を流すツァル子の頭を優しく撫でているアルーゼは自分自身を縛る重たい鎖が砕けたように感じた。
「ツァルツァルツァルツァルツァル子さん…!」
前はアルーゼ、後ろはツァル子というエースケが見たら発狂どころか憤死するであろう幸せサンドイッチにレオンの破廉恥許容度は限界点をいとも容易く突破した。しかしツァル子は再会の喜びで言葉として完成していないまま何かをアルーゼに言いながら涙で顔をぐっちゃぐちゃにしており、レオンを挟み殺し寸前に追い込んでるなど気づいていない。
「会いたかったぞ…ツァル子」
「わ゛、わ゛だじもっ…あいだがっだぁぁっ」
やつれたアルーゼの姿にもっと早く来ればと後悔や悲しみが溢れ、それでもまた会えたという喜びで様々な感情が混ざり合った涙が滝のように流れ出ていく。
「怪我してないか?」
「…うんっ」
もう二度と離れ離れにならないように力強く抱きつくツァル子は「こいつが死んじまうぞ…」と言われ、やっと圧死しそうなレオンに気が付いた。ずびずびと鼻を啜り、ひぐっひぐっと泣きべそをかいているツァル子があまりにも可愛くて「(もう一回くらい…)」と心がキュゥンとしているアルーゼはレオンが気を失っていることを再確認すると
「辛抱ならん!」
結局我慢できずにツァル子をむぎゅぅっと抱きしめた。地獄のような幼少時代、ノアに救われるものの再び孤独になってしまったアルーゼにできた初めての友達は快くアルーゼを受け入れた。
そんな感動の時間、再会の幸せに浸っていた空間に割り込むように壁を粉砕しながら入室してきた何か。あまりの突然のことに二人とも呆気に取られ固まっている。
「…いっってぇぇ。やっぱ無闇に近づくんじゃなかった…。あんの親バカ筋肉ゴリラめ、第六感とかズルすぎんだろ…」
砕けた木片に手をかけ、ゆっくりと立ち上がる人影と聞き馴染みの声にアルーゼの目頭が熱くなる。
「つーかこれで何発目だよ…。エウポンの耐久度すげぇな。…いや待て。すぅぅ、!痛い!息すると痛い!うっわ、これ絶対に肋骨折れてるじゃん。すぅぅ、!どーしよ!すんげー痛い!」
一人、肋骨骨折の可能性に盛り上がるエースケに危険人物を見てしまったような感覚になる二人だったが、これがいつも通りだよなと、つい笑みをこぼしてしまう。
そして危険人物はアルーゼの視線に気づき、寄り添い合うツァル子を確認し、何故か気絶しているレオンを見つけ、中々のカオスに物理的に目が点になったエースケ。
「よ、久しぶりだな」
心臓を奪われたような喪失感を味わったあの日。必ず救ってやると誓いを立て、旅に出たあの日。血を流し、命を削り、死と隣り合わせだった旅路は決して楽なものではなかった。それでもたった一つの目的を原動力にして到達したルゼアチノ。新たな仲間と力によってエースケの大願は遂に叶った。
「なにが久しぶりだなだよ、お転婆ヒロインめ。最後の最後でロメンティッックな再会を果たそうと思ったんだけどな」
「会えて嬉しくねぇのか?」
「ばーか。思いっきし抱きしめたいほど嬉しいわ」
「私のアルーゼは渡しません!」
「なんでだよ!みんなのだろうが!」
ほっぺたをくっつけて自分のものアピールするツァル子に満更でもない反応をするアルーゼに「おい!」叫んでいるエースケ。いつもの日常が帰ってきた瞬間に、むくっとレオンが気絶から復活した。
「………ッ!!!」
「んだよレオン、何驚いてんだよ」
「平和な空間が広がってるなって思って…」
と言いつつもアルーゼとツァル子の胸に怯えているとは口が裂けても言えないレオンだった。
「お前、レオンっていうのか」
「ひゃ!ひゃい!」
「俺たちの新しい仲間ってわけよ。よーく聞けよアルーゼ、なんとレオンの能力は姿を消せる、すなわち透明化なのだよ」
「よし仲間決定な」
「早っ!!」
透き通った白髪をガシガシと撫でるアルーゼは相当お気に召したようだった。
「さてと。ほーらエースケ。今日は特別にここに飛び込んでくることを許してやるぞ」
迎え入れるように腕を伸ばしたアルーゼだったが立ち上がって尚引っ付いているツァル子が「うぅぅぅ」と威嚇している。何をしでかすか分からないツァル子の威嚇に負けたのではないが
「まだやる事があっからな。ハグはお預けにしといてくれ」
エースケにしては不可解すぎる返答にレオンですら「この人は本当にエースケさんだろうか」と疑っていた。
「その代わり、やる事が終わり次第、ハグプラスチューを所望する」
「やっぱりエースケさんですね」
「ま、考えておいてやるよ」
「まじで!?」
砕けた壁を崩し外に出ると幸いにもゼアルはその場でじっと息を整えている最中だった。調子に乗ってノアを助けようと近づいた矢先にぶっ飛ばされたエースケだったが、ダメージよりも恐竜化の持続が問題だった。
「そーいやエースケ。お前普通に恐竜化してんな」
「旅は人を強くするのだよ。まぁ、感覚的に十分保てるかどうかなんだけどね」
ウゴォォ
「おぉ!トリケラッッ!!ちょっとデカくなったかぁ?元気そうだなぁ!」
恐竜化を褒められるかと思いきやトリケラによって見事に阻まれたがトリケラの長い舌に「くすぐってぇ!」とすっかり元気になったアルーゼを見ていれば嫌な気なんて一つもしない。だからこそエースケはゼアルの近くで倒れているノアを見せたくない気持ちがあった。
「あれって…」
ノアを助けようと接近した時、生きていることはちゃんと確認した。それでもアルーゼのショックは見たくないと色々な言葉を思い浮かべる。
「あのなアルー」
「師匠じゃん!なぁにやってんだよ全く!おーーい師匠!!言いたいこといっぱいあんだからよ!さっさと起きろって!」
むしろ笑っているアルーゼに素朴な疑問が湧き、それが顔に出たのか逆にアルーゼが不思議そうに
「だって師匠だぜ??」
ノアとの過去を振り返り、その言葉に全員が「確かにぃ」と納得したが、エースケがニヤつきながら
「じゃあもう逃げる?」
「いやいや、私たちゼアルからとんでもなく恨みかってるわよ」
「じゃあシンプルに親父狩りといくか!」
「アルーゼ、それだと意味変わってくるぞ…。それに狩らないから、健全な方法で捕まえますから」
取り出された保管の水晶を見たアルーゼが「なるほど」と作戦をなんとなく察する。がしかしゼアルは視覚聴覚を失えど到底油断できる相手ではない。事実、ゼアルは極限状態によって周囲の気配を過敏に察知し正確に位置を特定する能力を会得している。
「ほんとしつけぇ親父だよ。それにしても頼もしい限りだな。下手したらエースケとか私より強くなってんじゃねぇの」
「だろ?頼もしくなったろ?」
「あぁ、なったよ。なんでここまでしてくれるんだろうって思うくらいな」
「そりぁ、命の恩人様に恩を返すのは当たり前だろ?」
「まだ覚えてたのかよそれ…」
恩を返すと言われてもツァル子なら分かるが、エースケに関しては飯奢ってもらうためだったため、エースケという男の純粋な優しさにアルーゼはほんっの少しだけ罪悪感を感じたような気がしなくもなかった。
「いよいよファイナルラウンドってわけだが。君たち、覚悟はできてるかね」
「エースケこそね」
「俺はとうに腹ぁ括ってる!アルーゼ、ツァル子、レオン、トリケラ!最後の一踏ん張り!かますぞ!」
『おう!』
ウゴォ!
ゼアルがまず感知したのは地面の振動だった。トリケラが先陣を切ることで索敵能力は大きな振動へと集中し、ゼアルは迫ってきているであろう大きな衝撃に備える。だがトリケラがあえてゼアルの周囲を旋回したことで、不自然に接近してこない振動に意識が集中した。その瞬間、僅かに感じた風圧と背後からの気配にゼアルは状況を整理する。
風圧、飛行能力者、ノアの回収、無視すべき。
背後の気配、水晶による攻撃の可能性、優先すべき。
「なっ!」
超反応から繰り出される回し蹴りがアルーゼの腹部を掠め、火傷のような痛みが走る。後方へ跳ぶのが少しでも遅ければ内臓を破壊されている可能性に背負われているレオンが「やっぱり透明化しても気配は消せませんよ!」と叫んだ。
「気合いでも無理か?」
「無理ですよ!」
透明化にウキウキしていたアルーゼは強引にレオンを背負って人生初透明人間を楽しんでいたが、盲目状態かつ異常な気配察知能力を覚醒させたゼアルには無意味だった。
「…アルーゼか」
走り出した時、エースケから視覚聴覚が機能していないことを言われたはずがゼアルはアルーゼの声に反応した。元より左耳の聴力が僅かに残っていたが、時間経過とともに段々と回復し始めていた。
ゼアルが最も危険視しているのが水晶による特殊攻撃。それを危惧して反撃したが予想外のアルーゼの登場に、ノアとエースケたちにとどめを刺さなかった過去を僅かに悔やんだ。
「(まさかここまでやられるとはな)」
「まさかここまでやられるとはなって思ってるだろ!」
見事に思考を読み取られた不快感に人生で初めて左耳を潰したいと感じたゼアルはノアの気配を執拗に探った。ツァル子に回収され「はっ!!!」とすぐさま復活したノアはトリケラの背中に立ち、ゼアルを見下ろしている。
「こんくらいの声なら聞こえるだろ!ゼアル!もう諦めてお縄に…お水晶に入れ!」
今からは会話の時間だ!という雰囲気が漂い始めた最中に超慎重に近づいていたエースケが瞬発力全開で保管の水晶を押し当てようとしたが、気配察知を怠ることのないゼアルは容易く回避した。
「かわせんのかよ!!」
「かわされんなよ!!」
清々しいほどの不意打ちを失敗し、保管準備完了した水晶を「ひぃ!」と急いで投げ捨てる。作戦の要、しかも最後の保管の水晶が手放された今、ゼアルがなんとしても破壊するために腕を巨大化させようとしたが
「させるかよ!」
アルーゼの巨腕がゼアルを掴む方が早かった。しかし全力でも握りつぶされることなく反発してくる剛力にアルーゼが苦悶の表情を浮かべる。
「ツァルコア!水晶リセットさせるぞ!」
「はい!」
トリケラ!とゼアルの方へ走れと指指し、自身は保管の水晶へと走り出す。躊躇なく保管準備完了した水晶に触れて取り込まれたノア。一瞬でツァル子がノアを解放し、保管の水晶のリセットが完了する。
「エースケ!転移の水晶だ!受け取れ!」
あえて転移の水晶と強調したノアに疑問を浮かべながらもエースケは水晶を受け取った。
ウゴォ!!
アルーゼの握力をこじ開けたタイミングに合わせたトリケラの衝撃は凄まじかったが足音と振動、気配によって防御姿勢をとっていたため致命的なダメージは与えられていない。
「レオン!舌噛むなよ!」
「透明化しても意味ないんですよ!?」
「別にしなくてもいいよ」
「僕背負う意味ありますか!?」
「いや、なんか弟ができたみたいで気分上がる」
「なんですかそれぇぇえ!!」
渾身の踏み込みによる初速は呼吸すらできないほどの風圧を発生させ、レオンの髪型をあっという間にオールバックへと変貌させる。速度をそのまま威力にした飛び蹴りがゼアルの横腹に突き刺さり、崩れた体勢と弱まった力を好機にトリケラがハリボテとなった家屋へ全力で押し当てた。
「下がれトリケラ!エースケ、お前の番だ!」
「へいよ!」
「でもってアルーゼ!保管の水晶は任せたぞ!」
「おう!!まかせ……ん??」
これまた強調して叫ばれたノアの声。走り出したエースケも「行くぞアルーゼ!」と強調するように叫んだ。瓦礫から立ち上がるゼアルにエースケは背後、アルーゼは前方から接近していき、背負われているレオンが度々絶叫している。
感知した三つの気配の内、危惧するべきは『保管』と呼ばれる何かを持つ前方のアルーゼ。ノアに反撃した時、硝子のような物質を破壊した感覚を思い出すと
「封じ込めるなど不可能だぞ」
「それはどうかな!!」
もう一つゼアルの思考に引っかかっていたのが『転移』という単語。自身の攻撃を悉く回避された瞬間移動のタネを今ようやく理解したゼアルは気配が迫る最中再び状況を整理する。
「(司令塔を潰す)」
刺客を送り込んだはずが全くエースケたちの死亡報告を受けなかったことや、かつてノアとアルーゼが暮らしていた巨樹に生活の痕跡が残っていたことから薄々感じていたノアの存在。助力としては充分だということをゼアルが最も理解している。所詮はノアいてこその強さであり、司令塔を失えば瞬く間に弱体化するとゼアルは結論を出した。
前方、保管してくるであろうアルーゼに向け地面を蹴り上げることで目潰しの石礫を飛ばし、間髪いれずに後方のエースケへ獰猛な殺気を敢えて剥き出しながら右腕を伸ばし、狙っている物へと意識を集中させる。繰り出された拳はエースケが瞬発的に回避できる速度を遥かに上回っていた。故に
「逃がさん」
エースケが転移して回避するとゼアルは先読みしていた。そのため繰り出した拳は速度を落とし、読み通り指先に触れた硝子の物体をがっしりと握った。転移する場所に確信はないが、付近にノアがいる可能性は高いため司令塔を即抹殺できるとゼアルの殺意が膨れ上がる。
「ゼアル。お前はもう少し水晶について勉強しておくべきだったな」
ノアが小さく呟くと、ゼアルは右手に猛烈な引力を感じた。
「娘さんは貰っていきますよ。…お義父さん」
感覚は容赦なく全身を飲み込んでいき、抗おうにも全く抗えない引力にゼアルは歯を食いしばる。
「…貴様っ…!貴様ァ!!」
まるで子供騙しのような簡単な嘘、転移の水晶と偽られた保管の水晶はゼアルの肉体を取り込んでいき、最後、足先が見えなくなった瞬間にゴトッと地面に落ちた。
見つめること数秒、エースケがゆっくりと拾い上げ天高く白色の水晶を掲げ、息を吸い込む。
「…作戦成功だぁぁぁああああ!!!!!」
「っっしゃぁぁあ!!!!!!!」
全員が高々に拳を掲げ、歓喜の叫びを天空へと叫んだ。瓦礫散らばる、破壊し尽くされたルゼアチノ居住地に響くトリケラの咆哮は闘いの終結を知らせるようにジャングルへと伝わっていく。
力が抜け、背中から滑り落ちたレオンは膝をついてそのままへたりこんでしまい、抱きついたツァル子をノアが頭を撫でて満面の笑みを浮かべている。
「見たかアルーゼ!俺だってやるときゃやるん………っ!」
「っっっ!!!」
ツァル子、レオン、トリケラ、ノア。この三名と一頭が人生でここまで驚いたことはないと語り継がれる光景。
エースケの頬に添えられた手。そっと目を瞑り、重ねられた唇にエースケの呼吸が止まる。時が止まったかのような三秒間、疲労も痛みも消え去り、ただ胸に熱さだけが残った。
「アルー、ゼ、さん…?」
「…終わったら、チューしてくれって言ったのは…エースケだろ。か、考えておいて、やったぞ…」
少しだけ頬を赤く染め、恥ずかしそうに小声になってしまうアルーゼと人生初のキスに完全に思考停止したエースケ。一方の三人と一頭も目を点にしながら思考が停止していた。
「お、おい!もうほら!さっさと帰ろうぜ!お前らどうしちまったんだよ!」
「…オレ。オレモウシンデイイ」
「何でそうなんだよ!」
ノアに至っては「マゴガ、マゴガウマレル」とバグり始め、ツァル子も「ナマエハ、アルースケ」ととんでもなくバグり始めている。(レオンは言葉を発せないほどバグった)
人生最高の報酬を受け取ったエースケはしばらくの間、幸せの余韻から戻れなくなっていた。




