水晶という必需品
「んっんぅ!あー、あー、チェックチェック。こちらエースケ、音声チェック中。あー、あー」
異世界だというのになぜか、スマートフォンやパソコンなんかで見られるメガホンのような音声マークが内部に刻まれている水晶球をエースケは口の前にかざしていた。
時は三分ほど前
「そーいやお前、確かに私は目立てって言ったけどよ。まさかデカイ声出すとは思わんかったぞ。私のとこまでしっかり聞こえてたからな、あれ」
「いやぁ、我ながら見事な雄叫びだったと思うよ」
「言ったらこれ貸してやったのに」
ノアが腰ポーチから取り出したのはメガホンマークが刻まれている水晶だった。
「なにこれ」
「その名も拡声の水晶!こっちの広い口を外に向けて声を出すと音が大きくなって、口の狭い方を外に向けて声を出すと音が小さくなるという便利水晶であーる!」
「そんなピンポイントな能力の水晶あんのかよ…。つーかタイミング良すぎだし」
そして再びエースケはルゼアチノ居住地に向けて爆音を放つのだった。
「聞こえるかぁ!貴様らは既に包囲されている!!無駄な抵抗はよして投降しなさぁぁい!!」
「なんだよそれ」
「とりあえず犯人に言ってみようランキング一位のおまじない。まさか思いっきり叫べる時がくるとは」
「ゼアルのやつ、すんげーこっち見てるぞ」
戦士の王とはっきり目を合わせるのは初めてではない。王の視線は見下ろしているはずが、見下されている、生物として危機を直感する、鬼迫そのものだった。しかしエースケはさらに一歩足を踏み出し、ゼアルに思い切り人差し指を突きつけた。
「娘さんを!!!貰いに来ましたよ!!!お義父さん!!!」
ルゼアチノにこだまするお義父さんという単語。白目で口をぱっくり開けて固まるツァル子は改めてエースケという男が理解できないことを痛感した。さすがのノアもこの発言には固まってしまっている。
「貴様の遺言。それで構わないな」
「遺言?遺言ですってよお義母さん」
エースケの脳天に強烈なチョップが食い込む。
「あだっ!!!」
「なにがお義母さんだバカ!!事前に言っとけよ!お義父さんとかお義母さんとか!おま、気がはっえーよ!」
「ちょ、ちょっと前まで俺がアルーゼのことどうのこうので盛り上がってたじゃん…。なんで師匠が赤くなってんの、なんでチョップなの…」
自分の前で余裕を見せたからか、弱者の雑音に腹が立ったからかゼアルは堅く拳を握りしめ、腕に太い血管が浮かび上がる。合図などあるはずもなく、ゼアルは獲物に喰らいつく獅子が如く飛び出した。目の前の殺気剥き出し大男の行動に、さすがのエースケも気づかないはずがなく、二つ隠し持っていた水晶のうち一つを居住地に思い切り投げ込む。
ノアはゼアルの目線と軌道からターゲットがエースケだと確信した瞬間、あえて動かずに急襲対策として恐竜化した。エースケを助けなかったのは投げられた水晶の能力を把握していたからだった。
恐竜化せずとも巨体なゼアルだが、高い身体能力によってカバーされた移動速度は常人でないことをものがたっている。そんな超人の彼が、二人を射程圏内に捉えた時に感じた違和感。全身恐竜化しているノアと、転移の水晶を手に持った状態で恐竜化どころか全く防御する様子が見られないエースケ。
「俺を捕まえてみろ」
そう言い残したエースケはその場から跡形もなく消え去った。なにかを察したゼアルが居住地へ投げ込まれた水晶へ視線を向けると、木造の屋根の上から「来やがれ」と言わんばかりに手で煽るエースケを目で捉える。プライドの高いゼアルに対しての挑発行為は問答無用の抹殺対象となるため、即座に再びエースケへ襲いかかるゼアルだったが
「すげぇ。ほんとに師匠の言う通りじゃん」
二度目も防御する様子無し。ノアが「ツァル子!!」と空中へ水晶をぶん投げるとエースケは木造屋根から空中へ転移した。転移の水晶自体は転移せずその場に残るため、ノアは木造屋根に残されたもう一つをゼアルに破壊される前に回収しようと全速力で走り出す。
「よし、ナイスキャッチだ。だが、あのトウガラシテロは絶対に後でお仕置きしてやるからな」
「あれはちゃんとした援護でしょ?」
上空約二十メートルでツァル子に回収されたエースケは黒い点になったゼアルを見下ろしながら転移の水晶をしっかりとポケットに押し込み、
「オロロロロッッ!!!!」
「いやぁぁぁぁぁぁああ!!!!!」
転移の水晶の副作用である乗り物酔いを何倍にもした三半規管への強烈なダメージによって、体内の物までは押し込めなかった。
「いきなりなにしてんのよ!!!」
「新必殺技……レインボーシャワー、だっ…」
「バカじゃないの!?」
「うぅ、きぼびわるいぃ」
「ったくぅ。服とかに着いてない?大丈夫?」
「軌道は完璧なのだよ、ツァル子君」
「腰のとこに水あるから使いなさいよ」
「ありがとぉぉ」
水を含み口を濯ぎながらふと下を見ると、さっきまでの黒い点との距離が明らかに縮まっていた。確実に近づいてきていると分かるスピード、つまりゼアルが恐竜化していることは一目瞭然だった。大急ぎで水を一気に噴き出すと
「ツァル子!!上!アップアップ!!」
そこでツァル子が「なんでよ」と聞いてこなかったのは現状を見ずともエースケの声色で危機を察したからだろう。事実大いに危機。人間なんて簡単に握り込めてしまう巨大な右手が二人を殺そうと上昇してきている。
「やっぱお義父さん怒ってるよな…」
「あのゼアルにお義父さんって呼んだの、後にも先にもアンタだけよ!」
「いや、アルーゼがいるだろ」
「なんで冷静なのよ!!」
エースケを抱えながら全力で上昇するツァル子に迫り来る王の右手。エースケが空中へ転移したとともに恐竜化を発動したゼアルを横目に、ノアが木造屋根に残された転移の水晶を回収する。
「私よりエースケ狙いとは、つれねぇなぁ」
転移の水晶を手に取った直後、木造屋根から空中へ転移したノアの突然の登場にエースケは抱きかかえていた水晶を危うく落としかけた。
「ちょっっと!おんもおぉいいっ!!」
ノアが足首を手すり代わりに掴んだことで上下から引っ張られているエースケは「ちぎれるちぎれる!!」と絶叫している。
「おいおい、このままじゃ追いつかれんぞ。エースケェ、お前はなんのために転移の水晶持ってんだ?」
「だってこれ気持ち悪くなるんだもん!」
「大丈夫。安心しろ。私がついてるからな」
「いやだぁぁ!!!」
********************
「おい、止まれ」
鬱蒼と生い茂るジャングルの中、まさかここまでハッキリ存在を特定されるとは、レオンにとって全くの想定外だった。レオンの能力である透明化は自身の体色を自然に溶け込ますカメレオン本来の能力ではなく自身そのものが透明になるため、人間の視界にまず映ることはない。恐竜化による視力の上昇をしたとしても温度探知等の特殊能力が無い限り、視認することは難しい。
「(トリケラ君を透明化させても誤魔化せないですか…)」
しかし透明化といえど物体が与える影響まで消すことはできない。振り向いたレオンの目線の先にはトリケラの足跡や倒れた植物があった。
それでも透明化は解除できない。たしかに若い男戦士二人はレオンへ視線を伸ばしていたが、目が合うことはなかった。
「おい、ジェール。なんか恥ずくなってきたぞ」
「黙ってろ」
「やっぱなんもいねぇよ。気のせいだ気のせい。誰もいねぇのに話しかけてんの馬鹿だと思われんぞ」
「おい待てパウロ!ちっ、エウロパさんに言いつけるぞ!」
「姉貴は関係ねぇだろ!それに何言いつけんだよ!侵入者相手にすんの面倒だから二人でサボってましたってか?」
存在を気づかれたと思えば、今度は仲間割れをし始める若い男二人組。ジェール、パウロは戦士としての屈強な戦闘的肉体というよりも細身で引き締まった、言わば見せるための筋肉をまとっていた。
「気配感じるだろ!」
「んなもん感じねぇよ!寝ぼけてんじゃねぇのか!」
「お前よりは寝ぼけてない!」
「んだとごらっ!!おめぇの方が寝ぼけてるだろうが!」
パウロはジェールの髪を思いきり握りしめ、そのまま遠心力を使ってレオンの方へ「うらぁ!!」と投げ飛ばした。レオンは突然のことに飛んでくるジェールを見るだけしかできなかったが、トリケラは都合が良いと言わんばかりに四肢に力を込め、両角をまっすぐジェールへと向けた。
二人からすればそこは何もない場所。しかしジェールだけは確かに気配とやらを感じ取っていた。トリケラの両角はジェールの背中を捉え、目下串刺しコース。
「くっっ!!」
トリケラの角を伝っていく鮮血がパウロには空中に血が浮いているように見えた。何もないはずの場所で苦痛の声をあげたジェールに思わず「なんだ?」と首を傾げる。しかし、苦痛の声あげていたジェールは笑っていた。
「寝ぼけてんのはアイツだったな」
恐竜化による肉体の硬質化はトリケラの角さえも拒み、ダメージは無傷に等しい。痛みが行動制限になることはなく一瞬にしてトリケラの至近距離かつ真正面でジェールは見えない何かに対して攻撃態勢に入る。空中を伝う自身の血液によって見えない何かの大体の大きさは把握したが正体は分かっていない。しかし、それが攻撃を躊躇う理由には決してならない。相手が人間、もしくは人外だったとしてもジェールが最初に破壊する場所は脚部一択、相手の行動前に自称戦士最速の下段蹴りがトリケラに迫った。
「ちっ」
空を切った右足は言葉通り打撃ではなく斬撃のような鋭さでトリケラの下角やや手前を通過する。透明化による間合いの見誤りによって生まれた絶好の反撃チャンスにトリケラはジェール同様一切の躊躇なく全力で激突した。
苛烈な生存競争が繰り返される生息環境が肉体を構築する遺伝子に強靭な戦闘形態の形成を促すことで、古代生物の戦闘力は生物史上全盛と呼べるほどになった。しかしその繁栄は驚異的な自然環境によって崩壊したが、恐竜界では現在進行形で遺伝子が洗練されている。より大きく、より速く、より強くなっていく恐竜の進化に人間の対抗策"恐竜化"は、生物としての圧倒的な力の差を埋められなくなっていた。
「……ッ!?」
トリケラの下角が直撃した腹部は完全に恐竜化していたものの、全力の激突に耐えられるほど耐久力はなかった。過去、エウロパに大ダメージを与えたように恐竜化による耐久力の上昇など関係なく、トリケラの突進は単純に強いのである。急所への攻撃や罠を使用されればトリケラといえど敗北するが、透明化というアドバンテージによって全く予期しなかった腹部への強烈な衝撃はジェールを遥か後方へ吹き飛ばした。
直後、トリケラが激突の勢いそのままに走り出すと「はっ」とレオンが急いで手綱を強く握り、居住地を左に見ながらアルーゼがいるであろう場所へと調整する。
「(すごい!すごいよトリケラ君!!)」
「おいおい、お前さっきから一人で何やってんだよ。忙しねぇやつだな全く。あれか?なんかやばい植物でもキメてんのか?」
「っっ、いるんだよっ、侵入者がっ……」
「あーあー、血ぃ吐いちゃってぇ。ちゃぁんと首から上も恐竜化しねぇからだよ、バカジェール」
「殺す!!」
伏しているジェールの拳を余裕でかわしたパウロが自分の唇を前へ引っ張り「うぃ〜」と馬鹿にすると、今度は一発目より速い拳が飛んできたが容易く片手で受け止めた。
ジェールの能力ニジェールサウルスは横に広がる嘴のような広い口が特徴で、恐竜化にもその特徴が反映されるためジェールが首から上を恐竜化することはほとんどない。
◯ニジェールサウルス
体長約10メートル 白亜紀前期アフリカ大陸生息
意味「ニジェールのトカゲ」
「はやく、追えっ…」
「はぁ?それが面倒でサボってたんだろうが。つーかお前が行けよ。侵入者とか?アルーゼとか?まじでくっそどうでもいいし」
「パウロ…。いい、から、殺してこいっ」
「…ちっ。お前のそーゆーとこ、嫌いだ」
結局気配を感じることはなかったパウロだったが、見えずとも足音と植物の揺れ動く場所からおおよその見当はついていた。
「まぁさか透明になっちまう生き物がいるとはねぇ」
何かの種をすり潰して作った染料で深紫色に染まったギシギシの髪を掻きながら、面倒くさそうに硬く細い植物の茎を何本も折っていく。あえて先端が鋭くなるように折った茎から余分な葉をむしり取ると、見えない何かがいるであろう場所に向かって広範囲に投げ飛ばした。
「…ッ!?」
レオンは左肩、左脇腹に走る鋭い痛みによって手綱から手が離れバランスを大きく崩した。トリケラも後ろ足や尻尾に痛みを感じたが止まるほどのものではなかったため速度を落とすことはなかった。透明化には精神的な安定も必要になる。動揺や痛覚は透明化を乱す大きな要因であり、左上半身への突然の痛みによってほんの一瞬だけトリケラとレオンの姿がパウロの目に映ってしまった。
「見ぃぃっけぇぇ」
と言いつつもパウロがトリケラを追わなかったのは
「……うぅ」
痛みだけでなく痺れによって手綱を握る力どころか体を支える力を失ったレオンがトリケラの背中から崩れ落ちることが分かっていたからだった。違和感に気づいたトリケラはゆっくり停止し、レオンの様子を伺いながらパウロを睨みつける。
「侵入者ってのはトリケラトプスとガキだったのかぁ。おいおいそう睨むなよ。まぁ、そいつ暫くは動けねぇぜ。おらジェール、あとはお前がなんとかしやがれ。俺ぁ、あっちで小便してくっからよ」
その時、パウロやトリケラは居住地に現れた巨大なゼアルが空中へ手を伸ばしている姿を見た。
「おぉ、あっちもあっちで盛り上がってんなぁ。おいジェール殺すんだろ?サボってんのバレたら俺たちが踏み殺されんぞ」
内臓のダメージによって口から血を流しながらゆっくりと立ち上がったジェールが「あぁ」と一言呟くのを聞くと、パウロは手伝う素振りもなく立ちションしに行った。
ウゴォォ
「だ、だいじょーぶだよ、トリ、ケラく…」
歯を食いしばり左肩に突き刺さった茎を引き抜く。トリケラは迫ってくるジェールに追撃するか迷っていた。その歩みはゆっくりだったが殺意と復讐心に満ちた眼力から、まだこの男は死なないと察したトリケラは先程の突撃とは打って変わって一目散に走り出した。
「…なっ!ま、待て!おいパウロ!…がはっ」
真正面から立ち向かってくると思っていたのか、血を吐きながら膝をついたジェールは距離が開いていくトリケラを眺めていた。そして段々と額やこめかみに血管を浮かび上がらせ戦士のプライドが、たかがトリケラトプスに負けるなどと壊れかけた肉体に怒りというガソリンを注いでいく。パウロに馬鹿にされた悔しさや、子供の能力に出し抜かれた事実に血塗れの腸が煮えくりかえる。
「絶対に殺してやる」
恐竜化してしまえば抱えたダメージが大きくとも通常時よりは体を動かせる。トリケラとは決して追いつけない距離感ではない。今のジェールに後に自身を襲うであろう激痛など考慮している暇はなかった。直ちに追いつき直ちに殺す。そんな集中力が突拍子もなく現れた人影に対しての反応を大幅に遅らせた。
ドゴンッと頭から鈍い音を立て、非力に倒れたジェールはその人物を見て目を見開き、口を金魚のようにパクパクさせ言葉も発せないまま気絶した。
「……俺ッチが…護るッチよ」
********************
「やばい…吐きそう」
「絶対吐かないでよ」
再び地上へ転移したエースケは一人、転移の水晶の副作用に苦しんでいた。「そんなに酔うの?」と飛行能力によって三半規管が強化され一切酔っていないツァル子が背中をさすっている。
「エースケ、拡声の水晶よこせ」
「え、あぁ、はいこれ…」
「もっと転移の水晶持ってくりゃよかったな」
転移の水晶を使えば水晶のみその場に残るため一つが現在落下中であり、それが壊れればペアの水晶も勝手に砕け散って先程のような緊急回避は行えなくなる。
「エースケ、ツァルコア。ゼアルが元の姿に戻ったら"セカンドプラン"やるぞ」
「ほんとにやんの!?」
「言ったろ、ゼアルを倒すならセカンドやるって。改めて見たら、逃げられるかもなんてのが馬鹿馬鹿しくなった。アルーゼを助けてもアイツはどこまでも追っかけてくるだろうし、やっぱアイツはここで倒す!」
エースケとツァル子は互いの目を見て「くすっ」と笑みをこぼした。
「な、なんで笑うんだよ」
「極力戦闘しない!とか逃げる優先!とか言ってたくせに、自分が真っ先に作戦無視しまくってんだもん」
「結局セカンドプランやるんだろうなぁって思ってましたよ」
見透かされていたことにノアの頬が少し紅くなる。
「俺はセカンドプラン大賛成」
「私も大賛成」
呼吸を整え、転移の副作用を抑えたエースケはもう一つ隠し持っていた三つめの水晶を取り出し、ツァル子もポーチから全く同じ真っ白な水晶を取り出した。
ファーストプラン、セカンドプランが発表されたのはエースケとレオンが朝チューを除いた後の事……。
「その作戦とはぁぁぁ!!ドゥルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル!!ばばん!!」
ノアが真っ白い二つの水晶を空に掲げながら
「題してセカンドプラン!『保管の水晶』でゼアルを捕まえちゃおう大作戦!!」
目を点に「は?」「嘘でしょ?」「これが作戦ですか?」と各自様々なリアクションをとる。一般人が到底叶うはずのない戦士を束ねる男を捕まえようと言うノアに全員が?マークを頭に浮かべた。
「レオン君、これとはなんだねこれとは」
「つーか師匠、なんでセカンドなんだよ。最初に発表したのにセカンドって…」
「ファーストプランはアルーゼを助けよう大作戦!エースケとツァルコアが撹乱して、レオンとトリケラがアルーゼを救出、私は全体的にお前たちを護衛する。ま、重要なのはセカンドだから頭の片隅にでも入れといてくれ」
セカンドには力が入っていたのにファーストは全く力なく機械のように説明されたため、エースケたちはさらにキョトンとした。
「君たちが偶然持っていたこの二つの保管の水晶はとってもレアな水晶で、しかも結構な訳あり水晶でもある。食べ物を入れると腐らなくなるという素晴らしい能力をもっているのだが、度々人間が保管されてしまう事故が起きるからって集会場やら騎士団やらが回収しちまったのだ」
人間が保管されると聞いて、急に真っ白い水晶に禍々しい恐ろしさを感じる三人。安易に扱っていたら森の中、三人仲良く水晶に閉じ込められていたかもしれない。
「使い方分かるか?」
「何回か擦ればいいんですよね」
「おぉレオン君、よく知っているね。キュキュっと擦ればご覧の通り」
擦られると水晶の内部で白色の渦巻きが発生し、その直後ノアが腕から一気に水晶の中へと吸い込まれた。
「なっ!!!!」
「この通り、吸い込まれちまうんだぁ!!」
壁越しに聞いているような籠った声が薄いシルエットから発せらている。「出してくれぇ!」と言うとレオンが急いで保管の水晶を擦りまくった。
「ふぅ。な、事故が多発した理由が分かったろ?なわけでこれを利用してゼアルを閉じ込めます!」
エースケは孫悟空に出てくる金角と銀角が瓢箪に吸い込まれる話を思い出した。
「俺たち結構雑に扱ってたんですけど…」
「運が良かったんだな」
「食べ物が腐らないってことは人間が入ったら…」
「どうだろうなぁ。そんなの試したやついないし。中真っ暗だから頭おかしくなるんじゃねぇかな」
ということで結局実行することとなったセカンドプランはたった二つの保管の水晶によって命運を分けるハイリスクなものだった。人一人余裕で吸い込まれるが、さすがに恐竜化した巨人ゼアルを保管するのは不可能と思われる。つまり捕まえるにはゼアルを人間サイズに戻さなくてはならない。
「ゼアルは強いだけで頭は良くない。ムカつくとすぐ向かってくるし、デカくなりゃ良いと思ってるし、水晶の知識も全くないから欺くことは簡単だぞ」
誰よりもゼアルを理解しているノアの説得力は凄まじく、実際にエースケはゼアルから最初の不意打ち以外で攻撃を受けていない。
「さぁ!セカンドプラン!開始といこうか!」
巨大化の弱点としては視野が広すぎるため、圧倒的に小さい人間を見つけにくい点がある。まして転移によって視線で追うことができなければエースケたちを見つけるのに相応の時間がかかる。
作戦開始、ノアは落下した転移の水晶を確保するために木造屋根から姿を消し、ペアはツァル子が持って大翼を広げる。全力で走り出したエースケの後を低空飛行で追いかけ、「変身!!」と恐竜化した全力疾走の男に呆れたため息をついた。
「あんたそれ、ほんっとに恥ずかしいからね」
「馬鹿野郎!変身は男の醍醐味だろうが!!」
ゼアルがエースケを発見し踏み潰そうと右足を上げる。ツァル子は閃光の水晶を握りしめて急上昇していき、一方のノアはかなりの高さから落下したはずの転移の水晶が割れずに無事回収できたことに「出だし最高」とポーチに押し込めゼアルに向かっていく。
踏み潰しは絶対に逃げられないほどのものではない。巨人といえど足の大きさは人間に比べれば遥かに巨大だが、体長と比べてしまえばかなり小さい。問題は脚の稼働範囲であり、そこから脱しない限り危険に晒され続ける。自分の治める場所を容赦なく踏み潰すゼアルに油断は許されない。飛んでくる瓦礫と突風に耐えつつ、戦士の王に巨体が逆効果だと教えてやらなければならない。
「人の家をあーも簡単に踏み潰せるかね、なんて恐ろしいお義父さんだこと」
その時、上空で花火のように閃光が瞬いた。至近距離ではなかったがそれなりに目潰しになっただろうツァル子の攻撃は、ゼアルの目線で丁度水晶の能力を発動させるタイミングのセンスに尊敬すらしてしまう。
「うぉぉぉぉぉおおおお!!!っらぁぁっっ!!!」
右足を上げた状態で若干停止したゼアルの左膝にノア渾身の飛び蹴りが、全身恐竜化かつ重量増し増しによって推定百トンの衝撃となり骨肉を破壊せんと撃ち込まれる。
しかしゼアルもまた恐竜化によって堅牢な肉体となっているため「かっってぇぇぇ!!!」と転ばすまでには至らなかった。
「こっちは行かねぇほうがいいか」
後方にアルーゼがいるであろう建物があるため、ゼアルにはなるべく視界に入れてほしくない。アルーゼの状況が分からない以上、レオンとトリケラに一任するしかないが戦士の残数も自分たちに関する情報も全てにおいて疑問が残る。
「(本当に戦士は在庫切れなのか?トリケラがいないことを疑ってないのか?俺たちに集中しすぎてないか?アルーゼはあそこにいるのか?てかなんでゼアルのゼアルを隠している衣類まで巨大化してんだ?)」
疑わしいことはメタいことも含めて山ほど湧いてくる。しかし今はゼアルに全神経を集中しなくてはならない。
「ぬおっ!」
攻撃を仕掛けたのはツァル子とノアだったが、狙われたのはエースケだった。右足の落下速度を見たエースケは全速力で安全地帯であろう方向へと走り抜けていく。
「あれはヤバい!!!」
力任せに大地を踏み砕いたことで倍の瓦礫が風を追い越す速度で周囲に飛散し、巨大な地割れを発生させた。崩れた家の残骸に身を隠したエースケだったが、見えているぞと言わんばかりに真上に現れた右足を見て「それは聞いてねぇ!!」と残骸から飛び出す。
しかし二度目の怒り任せのスタンプはついにエースケの至近距離に落とされてしまった。反射的に頭を守ったものの散弾のように飛んでくる瓦礫群を真正面から受けたエースケは激痛に襲われた。
その数秒前、嘘みたいに木をしならせたノアがゼアルの右手目掛けてパチンコ玉のように空中へ飛び出していたものの
「…しくったな」
ゼアルは空中へ飛び出してきた瞬間に右拳を払い上げ、真正面で受け止めてしまったノアが威力も合わさったことで居住地からジャングルのど真ん中へと一気に吹き飛ばされた。
ほぼ同時に二人が状態不明に陥ったことでツァル子へと視線が向いた瞬間、ゼアルの視界はまたもや眩い閃光によって阻まれた。
「強いって言われてる割には何度も同じ手に引っかかるのね!」
最後の閃光の水晶が炸裂し、見事に視界を奪ったとしても光で王は倒せない。それが分かっていながらもツァル子はあえてゼアルの攻撃範囲内であるエースケの元へ急降下していった。
「調子に……乗るな!!」
激昂した王の怒号。憤怒の表情は殺意以外を感じさせず、充血した眼球が赤一色に見えるほどにゼアルの感情は怒りで満ち溢れていた。しかし既にツァル子はそこにはいない。不完全な視界がさらに怒りを増幅させ、血管がより濃く浮き上がり筋肉はさらに堅牢と化す。
常に空中から二人の位置を確認していたツァル子は四つん這いから今まさに立とうとしていたエースケを回収した。
「エースケ!!」
「…あぁ。も゛んだい…ねぇ」
生身であれば最悪死んでいるダメージを負い、声もうまく出せなかったがエースケの意識は異常なほどにはっきりしていた。慣れない激痛は泣きたいくらいだが、目も耳もちゃんと情報を届けてきている。
「師匠に…合わせてくれっ」
ゼアルを指差し、ツァル子のポーチからある物を取り出す。
「任せなさい!」
超人的な速度で居住地へ戻ってきたノアは同じ方法でゼアルへと飛びつき、皮膚をボルダリングのように握りしめて選手顔負けのスピードで登っていく。触覚は正常であるため振り払おうとするが、ノアは強力な遠心力にも負けず片手にも捕まらず目的である右耳に接近していった。
「どんだけ強くなろぉともよぉぉ!!体の中までは鍛えられねぇよなぁぁあ!!!!」
メガホンマークが刻まれた水晶球をかざし、ありったけの空気を体内に押し込む姿は先刻のエースケのそれと全く同じだった。
「うぅぅううらぁぁぁああああああああ!!!!!!!」
恐竜化による筋力の上昇は発声にも多大な強化を施し、エースケの雄叫びよりも数倍の大きさで放出された爆音が拡声の水晶によって人体を破壊できるほどの音撃に膨れ上がり、ゼアルの神経を激震させた。
ノアは即席の耳栓をしていたが頭に耳障りな高音が響き、エースケとツァル子の鼓膜は壊れなかったが同じく脳内に高音が駆け巡っていた。しかしツァル子は決して減速することなくエースケの指さした場所に到達。
「体の中までは鍛えられねぇよなぁ!パートツゥゥ!!」
音撃によって大ダメージを受けたゼアルへの追撃として鼻の穴目掛け投げ込んだのは真紅の爆弾。ダメ押しのトウガラシ入り水晶はド派手に死の粉末を鼻腔で撒き散らし、疑似マグマとも呼べる超刺激によって遂にゼアルが意識を失った。
恐竜化が解除され三十メートルの巨体が体勢を崩しながら縮小し、荒れ果てた居住地の真ん中にゼアルが一人倒れ伏している。本来は巨大化した状態に攻撃し続ける、もしくは回避し続けることで普通サイズに戻るよう誘導する狙いだったが、結果はもっと素晴らしいものとなった。
本命であるレオンは痺れ毒に苦しみながらも目標建造物に到着し、後はアルーゼを救出し逃げるのみとなった。
トウガラシ入り水晶は『保管の水晶』ではなく『吸収の水晶』を使用しています。違いは取り入れた物を取り出すと『吸収の水晶』は砕けて使えなくなります。どちらもレア水晶です。




