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雄叫びという宣戦布告

 結局、エースケはトリケラと一緒に丸まって眠った。

 早朝に目が覚めて、一人、竜車の屋根の上でジャングルを見渡す。太陽の光はまだ届いていない。ノアが言うに、ジャングルに生息していた恐竜や大型哺乳類は狩り尽くされているらしく、襲われる心配はいらないとのこと。

 しかしここはルゼアチノ集落付近。昨夜、万が一を考えて転移していたエースケたちだが、案の定、ゼアルが大樹を破壊しに現れた。

 刺客を送ったが帰還者は一人もいない。それはエースケたちの生存を意味している。 

 ゼアルは大樹に残された生活の跡からノアがいることも、エースケたちを助けた可能性も理解したうえで、集落で待ち構えていた。


「……」


 アルーゼの笑顔と声を思い浮かべる。

 会いたい、ただその一心でここまで来た。

 思い返せば奇跡が連続した道のりで、今も自信なんてない。ゼアルには一撃で倒されているし、戦士にも敗北している。エウポンの暴走によって切り抜けてきたが、それは正気の状態で勝利した経験が少ないことを意味している。

 しかし、ゼアルよりも弱いと確信しながら、逃げる気など一ミリもない。

 恐怖はある、勝機もある。

 仲間がいるからここまで来れた。しかと生きている。

 エースケは深呼吸して、同時に、ジャングルに眩しい朝日が差し込んできた。



 ********************



「さぁ諸君、いよいよアルーゼは目と鼻の先だ、なんなら鼻の先に当たってると言っても過言ではない」


 竜車を隠し、エースケたちは集落へさらに接近していた。


「いいか? アルーゼを助けたら、即集合、全員で竜車に転移するからな。戦闘は極力避けること、常に逃げることだけ考えとけ。特にエースケ、お前は感情的になって暴走なんかするなよ。アルーゼ救出は"ファーストプラン"で完遂すっからな」


「俺が死にかけなきゃエウポンは顔出さねぇし、逃げる優先なら死にかけることもない……つまーり! 俺が暴走することはない! ツァル子とばっちり撹乱すっから、レオンとトリケラは大船に乗ったつもりでアルーゼを回収してこい!」


「任されました! 僕、絶対にアルーゼさんを助けます!」


「元気なのは大変結構だが、正直、戦士の数は分からんし、ご丁寧にアルーゼを護衛してる可能性もある。やばかったらすぐに閃光の水晶で合図しろよ、油断と慢心だけは絶対にしねぇことだ」


「はい」


 レオンが閃光の水晶をポーチにしまった。トリケラとのタッグ、この隠密組がアルーゼ救出の要になっている。

 ノアは地面に集落をざっと描いた。その外周に右から回り込む矢印を追加する。


「アルーゼがいんのは集落の一番奥の建物だと思う。レオンは初対面だけど、トリケラなら面識あるんだろ?」


「あいつならトリケラだってすぐに気づくよ。レオンをいきなりぶっ飛ばすことは……ない、はず」


「いきなりぶっ飛ばされるんですか!?」


 エースケの冗談を本気にしたレオンに、ツァル子がため息混じりに答えた。


「大丈夫よ、アルーゼはそんなことしないから。もう、こんな時にふざけてる場合じゃないでしょ、バカエースケ」


「緊張をほぐそうかなと」


「って言ってるお前が緊張してんじゃねぇか、足震えてんぞ」


 ノアの指摘にエースケが両膝を押さえる。

 覚悟があっても怖いものは怖い。


「エースケとツァルコアは私と一緒に集落に突入するけど、念押しな、逃げるの優先だぞ。戦士の数が分からない以上、どんな戦闘になるかも分からん。エースケ、タイマンだとしても闘うなよ? 絶対に闘うなよエースケ、闘うなよ?」


「お、おう……」


 まるで戦闘狂みたいな扱いだが、こっちも戦うのはごめんだし、戦士からのリンチなんて考えたくもない。ましてゼアルとタイマンなんて確実に殺される。


「ツァルコアは上空から水晶でサポートな、転移のタイミングは常に意識してくれ」


「はい!」


 ツァル子のポーチには転移の水晶が一つ、他にも数種類の水晶を携帯している。

 転移の水晶は二つで一ペア。ツァル子が持つ転移の水晶はノアの持つ転移の水晶と繋がっている。

 そして、ノアはもう一つ、竜車に転移するための転移の水晶を持っている。


「エースケ、私はツァルコアとレオン、トリケラを護るために行動するからな」


「りょーかい、アルーゼにはゼアルですら指一本触れさせねぇよ。きっとアルーゼも俺を護ってくれる!」


「あと、攪乱で重要なのは目立ちまくることだ。景気の良いやつかませよ」


「目立ちまくるね……それつまり俺が一番危なくね?」


 ついに準備は整った。突如としてアルーゼが連れ去られ、危険を顧みずティルルを飛び出したあの日。人間二人と恐竜一頭の旅は仲間を増やし、奇跡のルゼアチノ到達を成した。

 

「それでも結局やってくれるエースケの優しさを私は知ってるかんな。お前はやるときゃやる男だろ」


「さっすが師匠、よくお分かりで」


 ウゴォォォオオ


 早くしろ、はたまた開始の合図か、トリケラがゆっくりと咆哮を響かせた。もったりと体内に振動していく低音がエースケたちの意識を集中させる。


「トリケラくんがお急ぎを所望です」


「エースケのお喋りが長いからよ」


「お喋りが特技なんですぅ」


 それぞれが役割を持って挑む救出作戦。

 危険性は承知のうえ、心の準備完了。


「アルーゼを絶対に助けるぞ」


「おう!」

『はい!』

 ウゴォ!


「作戦開始だ!!」



 ********************



 走り出すエースケとノア。大翼を広げたツァル子が飛び立つ。

 レオンの透明化によって完成した"見えない戦車"がジャングルを猛進していった。

 

「がんばろうね、トリケラくん」


 ウゴォ!


 早速、ツァル子が上空から集落を視認。

 警鐘の音もなく、人影もない集落は不気味なほど静かだった。

 一方の地上二人。入り組んだ樹々をかわし、時に足場にして軽やかに進んでいくノアに対し、エースケは草木をゴリ押しでかき分けて疾走していた。


「師匠! あとどんくらい!」


 作戦開始からわずか十数秒後、視界の左上にいたノアが消えた。

 返答と姿がない疑問。思考がほころんだ瞬間、眼前に現れる黒い影。その直後に響いた破裂音に近い衝撃音。

 生い茂った植物に視界を遮られていたエースケには気づくことのできなかった殺意がノアの跳び蹴りによって防がれた。


「ッ!?」


 思わず足が止まる。

 瞬間的な数多くの情報にエースケはなにが起きたのか理解できていない。

 一人の若い男の戦士が樹にめりこんでいた。


「私がいる前で奇襲たぁ、いい度胸してんな小僧。エースケ、先に行け! 反応できなかったのを説教してる暇はねぇからな! いいか目だぞ! 目!」


 思い知らされた。

 戦士たちは既に至近距離に迫っていて、急襲の機会を常に狙っている。常に自分は命を狙われている。血の気が引いて、ノアの言葉で戦意を取り戻した。


「タイミングよく目にゴミが入っちまっただけだ!! つーか師匠、戦闘は極力やらないって話は!?」


 ノアはぐったりした男の手首を掴んで引き寄せると、顔面に渾身の頭突きをぶち込んだ。

 たまごの殻のようにぐっしゃりと潰れた鼻とへし折れた数本の歯。激痛と衝撃で気絶した男が投げ捨てられる。

 真っ赤な返り血がノアの顔を染めていたが、ノア自身にダメージはない。


「今ので忘れた」


 あれだけ戦闘は極力しないと言っていた本人が開口一番、戦士一人をぶちのめした。


「早く行け!」


 血気迫る血まみれの顔で叫ぶノアに「怖い怖い怖い!!」とエースケは逃げるように走り出した。

 ノアは動かない。

 周囲にいる戦士三名も動かない、いや、動けなかった。


「もっとわんさか出てくると思ってたけどよぉ、まさか人材不足か? 三人でなにができる」


 若い男女の戦士はノアの放つ圧にゼアルと似た雰囲気を感じていた。

 ゼアルからは詳しい説明もなく、侵入者を殺せとだけ命令されている。


「戦闘は避けるっつぅ作戦をよくも私に破らせやがったな。おかげで師匠のメンツ丸潰れだ馬鹿野郎ども。ちゃぁんと責任とってくれんだろぅなぁ、あ?」


 ノアから逃げ……ノアの言う通りに走って、一分足らずでエースケはジャングルの終わりにたどり着き、急ブレーキをかけた。

 眼下に広がる人工物。三百六十度をジャングルに囲まれた、大自然の城壁を構えた集落の全貌をエースケはついに視認した。

 ツァル子が上空を旋回しているのが見えて、攻撃されている様子はない。

 エースケの役割一、レオンとトリケラの隠密行動の支援、つまり目立たなくてはいけない。


「目立つってもなぁ、んな簡単なことじゃねぇんだよなぁ。目立つ、目立つ。みんなが俺に注目する方法……」


 そんな時、景気の良いやつかませよ、とノアの言葉を思い出した。

 背の高い樹の頂上に登り、ゆっくりと深呼吸する。集落の全貌を見下ろせるが、一番奥の建物ですら距離は遠くなく、よほど視力が悪くなければ集落のどこからでもエースケを見つけることができるだろう。


「よし決めた……すぅぅぅぅぅぅぅぅぅ」


 目立つ場所でエースケは限界まで空気を吸い込む。腹に力を込め、集落に照準を定める。

 限界まで吸い込んだ空気を大音声と共に解き放った。


「ァァァアアアアアルルゥゥゥウウゼェェエエエ!!!!!!」


 目立つとは叫ぶこと。そんな至極単純な思考で実行された最短の存在証明は長い旅路で積もったアルーゼへの思いを乗せながら見事に集落へ降り注ぎ、全員の耳に届いた。

 ゼアルにとってエースケの登場は想定内。エースケはなんとしても、ゼアルの想定外であるレオンをアルーゼの元へ到達させなくてはならない。

 

「ちょ、アンタ、そんな方法ある!?」


 呆れた顔でツァル子が安全圏から降りてきた。


「これでヘイトは俺に集中するってわけよ……って、なにその真っ赤な水晶」


「ノアさんから貰ったトウガラシ入り水晶」


「トウガラシ!? ま、まさか戦士に投げつけるんじゃ」


「うん」


「殺人兵器だろ……」


「他にも色々あるわよ。上からぽいぽい投げるからちゃんとかわしなさいね」


「頼むから俺のところにトウガラシ爆弾落とすなよ」


「ちゃぁんと戦士を狙って落とすから大丈夫よ、任せなさい!」


「そのにっこりスマイルが逆に怖いんですけど!」


 野球ボールよりも少しだけ大きい真っ赤な爆弾を手に持ったまま、ツァル子が再び空へ飛び上がる。

 随一の機動力があるツァル子の主戦場は空中。いくら巨人になれるゼアルでも空を飛ぶことはできない。

 ツァル子が上昇していくと同時に、エースケは足音と植物が揺れる音を聞いた。

 爆音のアルーゼコールに呼び寄せられた二人の男戦士が跳び上がってきた。


「来やがったな!」


 ポイッ


『ん?』

 

 三人の男の視界に映る真っ赤な球体と湧き上がる不穏な予感。

 顔面蒼白になったエースケは本物の爆弾から逃げるように大急ぎで樹冠から飛び降りたが、戦士二人からすれば意味不明の物体だったため、落ちてきたトウガラシ入り水晶をただ眺めていた。


「いきなりポイするやつがあるかぁぁ!!!」


 ツァル子はトウガラシ入り水晶を柔らかい葉っぱに落としても激辛物質が噴出するか心配だったが、無問題。モブ戦士二人は超刺激的な粉末に包まれた。


「ぐぉゔあぁあああ!!!! ぬゔぁぁわぁあ!!!」


「目がぁぁ!! いだいぃぃ!!! 灼ける!! あづいぃい!!」


 目、鼻、口、耳に炎を流し込まれるような熱さと激痛が走り抜け、悶え苦しみ、呼吸をすれば体内を破壊される逃げ場のない地獄に襲われる戦士たちは、絶叫しながら落下し意識を失った。

 心なしかトウガラシ粉末を浴びた樹の葉っぱが急に萎れてきているようにも見える。

 なんとか回避したエースケは風に舞う粉末に巻き込まれないよう、既にかなり離れた位置にいた。


「ムッキムキに鍛えられた戦士すらも失神させるって……こらぁぁあ!!! ツァル子ぉぉ!! 降りてこいやぁぁ!!! 絶対に俺を狙ってただろ!!」


 しかし、ツァル子も既に天高く上昇していて、エースケの怒りの声は届かなかった。

 今は怒っても仕方がない。エースケは痙攣している戦士二人を見た。


「って……二人だけかよ、もっと大人数で襲ってくると思ったのに」


 集落はすぐ目の前で、人生最大の爆音で叫んだつもりだったが、現れたのはたった二人。実際に大人数で来られても困るのだが、いざ二人だけだと出鼻を挫かれた気分になる。


「んー、待てよ。これはあれか」


 顔が真っ赤に腫れた戦士二人を見ながら、過去に戦った戦士たちを思い出す。とても街とは呼べない小規模な集落に目を向け、屈強な戦士たちが巣食うにはあまりにも静かなことから、ノアと似た仮説を立てた。


「戦士、在庫切れじゃね?」


 正門に死体が吊るされていたり、建物が血に塗れていたり、全員がキマッているような集落のイメージが大きく覆される景観と雰囲気。大混戦になるかと思いきや、アルーゼがいるだろう建物まで安全に徒歩で行けそうだった。

 そして気がつく。


「まじか……」


 物音一つなく、気配もなく、それでいて圧倒的で、同じ人間であることが不思議に思えた。

 エースケがとった行動は恐竜化ただ一択。迷いのない臨戦態勢。逃げられないことは分かりきっていた。

 アルーゼの真横にいなかっただけ不幸中の幸いと言える。

 戦士の王はエースケから視線をそらさず動かなかった。


「どしたぁ!! まさか王様がビビってんのかぁ!? こいよ! リベンジマッチじゃゴラァァ!!」


 ゼアルと闘うなんて吐きそうになるが、レオンたちが安全ならそれでいい。

 さぁ、どうするか。

 ゼアルを見ることを意識する。

 ノアは手加減していたが、ゼアルは一撃必殺。油断すれば間違いなく殺される。

 風の音、葉が揺らぐ音、ゼアルが跳躍したことで屋根が削れた音。

 急接近、見えている。

 握られた拳、見えている。

 軌道が、見えた。


「――!!」


 ボクサーのような顔面すれすれの回避ではなく、大胆にしゃがむ大雑把な回避。

 弱腰上等。かつて一撃でノックダウンしたエースケは間一髪でゼアルの拳をかわした。

 即座に体をひねって、横に転がる。

 不格好な回避だったが命は繋がった。


「うぉぉぉぉお!!!」


 肉食獣から逃げる草食獣のように走り出し、なんとかその場から離脱する。平屋の裏に隠れて、走り続け、どうにか時間を稼ぐしかない。

 しかしゼアルは平屋の土壁を粉砕して、猛進してきた。


「はぁぁ!? あんたの辞書に壁って文字はねぇのかよ!!」


 撒こうにもゼアルは建物をぶち抜きながら最短距離で追いかけてくる。

 恐竜に追いかけられるような恐怖感。エースケは絶叫しながら全力で走っていた。


「ゼェアァルゥ!! オラァァアア!!!」


 微笑ましくない地獄の鬼ごっこに割り込んだ金髪の戦闘狂。

 容赦ない跳び膝蹴りをゼアルは瞬時に両腕で防御したが、凄まじい威力に押し飛ばされて後方の平屋に直撃した。

 

「師匠!」


「調子よさそうだなエースケ!」


 元嫁ノア参戦。彼女の爽快な声音はエースケの抱いていた恐怖すら吹き飛ばした。

 すぐに瓦礫の山が動いて、二人が構える。

 錆びたような金色の髪と縦長の瞳。黒革を腰に巻いて、肉体は筋肉で武装されている。敗北者の血を吸ってきた褐色の肌には古傷が刻まれ、その一挙手一投足に圧倒的な殺傷能力が込められている。

 絶殺の徒手空拳。ゼアルが静かに息を吸った。


 巨大化能力なしに二メートル近い身長のゼアルだが、隆々とした筋肉を搭載しているため数字以上の迫力がある。それでいて決して愚鈍ではない。強靭な脚力による瞬発力、高速の急接近はその場から消失したと錯覚する。

 エースケは二人の衝突をはっきり目視していたが反応はできなかった。


 ゼアルの初撃、右腕の振りをノアが左裏拳で弾き、そのまま右ストレートを腹部に叩きこむ。ゼアルの堅牢な腹筋によって手応えは皆無。ゼアルはバックステップで間合いを広げ、中段蹴り。ノアは両腕を恐竜化して防御力を高め、防ぎ、踏み込んだ力を活かして高く跳躍し、跳び蹴りへ繋げた。

 頭の上から降ってくる強烈な蹴り。ゼアルはノアの右足首を掴んで、そのまま地面に叩きつけようとしたが何かを察知して、振り下ろす途中で手を離した。当然、ノアは投げ飛ばされる結果となり、平屋の壁に直撃した。


「……」


 エースケがいないことに気づく。

 しかし特に抱く感情もない。ゼアルは投げ飛ばしたノアのいる方向を見た。

 その時、エースケが平屋の扉を盾にしながら、


「ぉぉぉおおらぁぁあ!!」


 ゼアルの真後ろから突撃していった。

 まるで暴徒を鎮圧する特殊部隊の様相だったが、単独かつ、盾は木製である。

 不意打ちとしては最低最悪。寒気を覚えるほどに弱い。

 ゼアルはエースケに不快感を抱いた。


「自身の死を予測できないとは、実に哀れだ」


 容赦なく繰り出された蹴りが扉を木っ端微塵に粉砕する。

 エースケは真正面からゼアルの蹴りを受けてしまった。本当は扉を投げておとりにし、横に回り込んで脇腹に蹴りを一発ぶちかます算段だったが、ゼアルの攻撃速度に目が慣れても体が反応しなかった。

 全身の恐竜化で防御力は上がっているが、重たすぎる威力にエースケは空中に飛ばされた。


「死を悟れない者は弱者である」

 

 空中で無防備になったエースケは同じ目線にゼアルがいることに驚愕した。

 跳び上がり、二発目の蹴りの構え。

 一発目は扉のおかげで威力を殺せていたが、今回ばかりは威力で殺される。


「(やべぇ!)」


 丸太のような右足から生み出される破壊力がエースケに直撃する。筋肉、骨、内臓に響く震動と激痛とともに視界が乱転し、エースケの意識が大きく揺らいだ。

 命に響く最悪の一撃。不幸中の幸いだったのは、サッカーボールのように蹴られたエースケがこれから描く放物線の軌道上にノアがいたことだろう。

 これはゼアルも想定外だった。

 空中でエースケとノアが衝突し、二人は猛スピードでジャングルに落下した。



 ********************



「……ぃ、いってぇ」


 腹部の強烈な痛みに表情を歪ませながら目を開けると、ノアが覗き込み、エースケの脇腹をつねった。

 恐竜化が解除されていたため人肌に激痛が走る。


「いってぇぇ!!」


「受け止めてやったんだぞ、感謝しやがれぃ」


「……あ、あざっす……とりあえず降ろしてくれませんかね」


 十七にもなって年上女性にお姫様抱っこされるのは、さすがに恥ずかしい。


「ん? 何照れてんだよぉ! はじゅかちぃんでしゅかぁ? どぉでちゅかぁ? ほらぁエースケちゃぁん、くるくるぅ!」


「ちょ! 速い! まわ! すのが! はやい! って!」


「たかいたかぁぁい!!」


 エースケはそのまま普通に投げ捨てられた。

 地面に後頭部を強打して悶絶する。


「ゼアルよりも師匠のせいで死ぬわ!」


「ったく、よく生きてたな。運が良いのか悪ぃのか、いきなりゼアルとはね。エースケ持ってんなぁ」


「いや感心しないで? 死ぬかと思ったよ? まだ蹴られたとこ痛いよ?」


「戦士がやたら少ねぇのと関係してんのか、私たちに相当お怒りか。こりゃセカンドプランに変えた方がいいか」


「戦士がいないって、ほとんど師匠が倒したんでしょ」


「ここに来てから五人もやってねぇよ、どうなってんだまじで。人口減少? にしても戦士が少なすぎるし、しかも超弱かったからな。もっと大軍団と相手する予定だったのによ、みんな追放されたのか?」


 エウロパ、アンペ戦でノアは違和感を覚えていた。エースケたちから道中で出会った戦士の情報も聞いていたが、まったく脅威を感じず、作戦開始の直後に戦った戦士もあっけなく倒れ、試しに集落周辺を探しても戦士は見当たらなかった。

 精鋭を複数人用意すればエースケたちは一瞬で排除できる。それをしなかったことでエースケたちはルゼアチノに到達した。いくら格下となめていても、あまりに愚策極まりない。


「え、まさか戦士全員でアルーゼ守護ってるとかじゃないよね、さすがにないよね」


「この様子じゃ護衛なんていねぇだろうよ。おいおい、こりゃセカンドプラン成功すんじゃねぇか」


「セカンドプラン……。聞いた時は吐きそうになったけど、この状況なら成功すると思う。俺、アドレナリン出てんのかな、誰にも負けない気がしてきた。今ならゼアルをぶっ倒せる気がする」


 間違いなくアドレナリンが出まくっているエースケだが、ノアは冷静に状況を判断している。原因は不明だが異様なまでに戦士が少ない、これは明らかな好機だ。

 相手はゼアル一人、こちらは三人。

 エースケの体も温まってきた。


「じゃあエースケ。お前のそのやる気、全力でサポートすっからな。いまさら挫けんなよ?」


「やってやんよ! ゼアルぶっ倒して! アルーゼ助けてやんよ!」


 リベンジマッチ。先攻はくれてやった。あとは反撃あるのみ。

 エースケとノアの全身恐竜化完了。

 戦士の王を引きずり下ろすため、最愛の娘を、最高の友人を助けるためにここまで来た。

 弱腰上等、元旦那上等。最終戦、セカンドプラン開始。


「いくぜ師匠!」


「あぁ! 勝つぞ!」

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