助けるという覚悟
「エースケ……ねぇ、ねぇってば」
夜の手前。昼の明るさと夜の暗さが混ざり合った少し不気味な空をエースケが竜車の屋根の上に寝転がって眺めていた。
青白く輝く一等星を見つめているエースケは反応せず、ツァル子が両手で目隠しをする。
「ん?」
「ん? じゃないわよ、さっきから何回も呼んでるのに」
まだ少しぼーっとしているエースケの横に座ると、数十メートル先でノアとクロスボウの練習をしているレオンが見えた。
話しかけたものの、特に話すことが無くて二人の間に沈黙が続く。
「いよいよ明日だな」
落ち着いたエースケの声。しかしそれ以上の言葉はなかった。
「……うん」
不安と緊張が言葉を詰まらせる。
青白い一等星はアルーゼにも見えているだろうか。
「エースケはさ、アルーゼから過去の話とか、聞いたことあった?」
「ないよ、一回もない。なんか隠してる感じはあったけど聞かなかった」
「そっか……」
アルーゼが自分から暗い過去を打ち明けるとは思っていなかったし、アルーゼでなくとも誰だって自分のトラウマをペラペラと話したりはしないだろう。
「私たちってアルーゼのこと全然知らないんだね。実際、一週間も過ごしてないし……」
「一週間もないっけ? 数ヶ月は一緒にいる気がするんだけど……」
寂しくて、悲しい表情をするツァル子に対してエースケはおちゃらけて返す。
ツァル子が少し微笑んだ。
「なにそれ、どんな感覚してんのよ」
ノアからもアルーゼの過去は深く語られていない。エースケたちが"今"のアルーゼしか知らないのなら、わざわざ”過去”を教える必要はない。もしも接し方が変わってしまったら、余計なお世話他ならないためアルーゼ本人のタイミングに任せた。
「……」
「あいつの過去がどうあれ、俺たちは何も変わんねぇだろ? アルーゼは俺たちの友達で、過去のことはアルーゼが話したいと思った時に聞けばいい。……まぁ、アルーゼの小さい頃の話は興味あるけど、それはおいおい楽しもうぜ」
"過去"や"今"にこだわらず、エースケたちは決心を貫こうとしている。
我ながら小っ恥ずかしくなってこめかみを掻くエースケだったが、ツァル子は笑顔で頷いた。
「あ、そうだ。ノアさんからアルーゼの可愛いエピソード教えてもらったんだけど、これはぁ……おいおい楽しまなくちゃね」
エースケの耳が動いて、口をとがらせて途切れ途切れの口笛を吹いた。
「ま、まぁ、あくまでもって感じ? 絶対に聞きたくないってわけじゃないし……教えてください」
にんまり顔のツァル子に「じょ、じょーだん! じょーだん!」と咄嗟に誤魔化したエースケだったが、言い訳しようのないヒット。ものの見事に釣り針に食いついた。
「エースケってば、やぁっぱりアルーゼのこと好きなんだぁ。好きな人の小さい頃って気になるもんねぇぇ」
ここぞとばかりに集中攻撃を仕掛けるツァル子は、ひゅ〜ひゅ〜、と煽った。
「そそそそんなんじゃねぇし!」
竜車の方から聞こえるエースケの声にレオンが振り向く。
「エースケさんとツァル子さん。何を話してるんでしょうか」
右腕に装着したクロスボウに矢を装填しながらレオンは呟いた。木製といえども重量のあるクロスボウは小柄なレオンにとって持ち上げることすら難しく、リムに張られた弦の硬さに苦戦しながらも、矢の装填を完了する。
発射方法は至って単純。トリガーに中指を通し、拳を握る要領で引き金を引けば矢が発射される。
肝心なレオンの腕前は素人そのものだった。
「あの様子だとアルーゼの話でもしてんだろ。レオンも参加してくるか?」
「いえ、僕はもっと役に立たないといけないので。少しでも力になれるように、練習します」
約十メートルほど先の切り株の上に置かれた水晶に照準を合わせる。
呼吸を整え、クロスボウの重さに苦戦しながらも集中力を高めているレオンの頭をノアが思い切り撫でたため、必死に合わせていた照準があちらこちらに乱れに乱れた。
「このこの! 案外男らしいなぁレオンは! 男の子が頑張ってる姿はノアさんキュンとしちゃうぞ!」
「ノアさん! 照準がぶれちゃいます!」
「あ、悪りぃ悪りぃ。つい嬉しくなっちまった」
レオンは再び照準を水晶に合わせる。丸太の上に置かれた水晶の位置は人間で言えば心臓の辺りだろう。人間に見立てた切り株と水晶に照準がピタリと合えば、引き金を思い切り引く。そうすれば矢は水晶を破壊する。それはつまり命を奪ったということになる。
拳を握る動作が発射に直結し、目一杯に張られた弦が矢を放つ。空気を切り裂きながら水晶の左側を一瞬で通過した矢は、そのままなだらかな放物線を描き、地面に突き刺さった。
そこから数メートル圏内に別の矢が四本、同じく地面に突き刺さっている。五発目の正直とはいかなかった。
「やる気があっても……無理なものは無理ですよね。やっぱり人に撃つのは怖くなってしまいます」
水晶に当たらなかった五本の矢を見つめ、肩を落とすレオンの頭をノアが優しく撫でた。
「やめだ」
「で! でも……」
「護身用として教えるつもりだったけど、迷ってまで持つ物じゃねぇよ。レオンは優しいからな。誰かを傷つけることにモヤッとすんなら、やめた方がいい」
「それじゃぁ、それじゃあダメなんです! もう見ているだけは嫌なんです……弱いままじゃ……」
「ソイツを使いこなせるからって強いわけじゃねぇよ。人にはそれぞれの強さがあんだ。エースケにはエースケの、ツァルコアにはツァルコアの強さがな。私も頼られたから調子乗っちまったけど、レオンだけの強さを突き詰めてみねぇか」
レオンだけの強さ。体格、戦闘力は戦士だけでなくエースケたちとも比べると、やはりレオンは幼すぎる。故にレオンは置いていかれないように無理に背伸びをしていた。
「僕だけの強さ」
「だぁぁぁああ!!!」
突然立ち上がったエースケが大声で叫んだ。
意味不明な行動にノアとレオンとトリケラは目を丸くし、隣にいたツァル子は耳を塞いでいる。
「じっとしてっとおかしくなる! 緊張とか不安でどうにかなりそう!!」
「もうどうにかなってんでしょうが!!」
後頭部に重い一撃を受けたエースケは「あでっ!」と竜車から落ちた。馬鹿正直に自分の心内を吐き出したおかげか、スッキリした顔で立ち上がると、
「師匠! 闘い方とか教えてください!」
「あー、やっぱなんか教えたほうが良いのか?」
首を傾げるノアの元にとんでもないスピードでエースケとレオンが正座でスタンバイした。
「はぁぁ……なんでこう男ってのは強くなりたがるんだか……」
特訓といっても残り半日あるかないか。
しかしながら、エースケはまだしもレオンとツァル子は戦闘技術が皆無なのも事実。
期待の視線にしびれを切らしたノアが「わぁったよ」と観念した。
「でもな、あくまで護身用だぞ。最優先はアルーゼの救出、次に逃げること。闘いは優先しない! わかったな?」
『はい! 師匠!』
「じゃあまず、首の折り方だが……」
「殺人術!?」
エースケたちは、かっこいい必殺技的なものを求めていたが、あいにくノア道場は必殺技専門だった。「んだよ、その目は」と軽引きしている男子二人に不服そうなノア。育ってきた環境の違いが起こす決して分かり合えない感覚に「も少し優しめで」とエースケから注文が入る。
「とりあえずエースケはぁ……目だな。レオンは苦手なことあるか?」
「……僕は高い所が」
レオンは少し恥ずかしそうに答える。
竜車から歩いてくるツァル子をエースケが指さし、
「師匠、彼女は方向音痴兼寝相音痴です!」
聞いてもいない余計な情報を提供、ツァル子が聞き逃すはずもなく、鬼の形相で走ってくるとエースケの両頬を限界までゴムみたいに引き延ばした。
「じゃあレオンは高所慣れするか。ツァルコア、力貸してやってくれ。ついでに速く飛べる練習してみ。二人の能力が合わさって透明飛行ができたら最強の隠密役になれる」
「透明飛行! やってみましょうツァル子さん!」
やる気に満ち溢れたレオンはツァル子の手を握り、行ってしまった。
両頬を赤く腫らしたエースケは捨てられている。
「師匠、目ってなんだよ」
「目は目だよ。レオンからお前の能力は聞いたけど、そのぉ、なんだっけ……エウゥ、エウなんちゃらってやつは獣脚類の能力だろ?」
「エウストレプトスポンディルス、略してエウポンね。能力はよく分かってない部分が多いから何とも言えないけど、師匠が言うなら獣脚類ってやつなんじゃね。一応分かってんのは高い脚力と鋭い爪と牙。視力とか反射神経も上がってる気がする」
「まぁ、獣脚類って考えんのが無難だな」
何気ない会話の途中、ノアの手刀が突如としてエースケの頭に振り落とされ、完全に油断しているエースケは反応すらできずに頭を攻撃された。
「いってぇ!!」
「はい脳天かち割れ、マイナス一点! 次、恐竜化してみぃ」
「なになに! なにが始まったの!?」
驚きを隠せないエースケに間髪いれず、例のデコピンが追加された。
「はい、おでこかち割れ、マイナス一点! 恐竜化の速度も重要だぞぉ」
なんて言葉は耳に届かず、エースケの視界は真っ白になっている。
相変わらずの激痛と熱を生む地獄のデコピンにもだえ苦しむエースケは悟った。このまま好き放題やられたら「死ぬ」と。
「……いいんだな師匠、暴走するかもしれないぜ」
「ばーか、私を誰だと思ってんだ。あのゼアルの元嫁だぞ? エウポンの暴走なんて可愛いもんだよ。いい子いい子して眠らせてやっから安心しな」
ノアの強さを目の当たりにしたのはレオンだけだが、ゼアルの元嫁でアルーゼの母という強烈な肩書きの信頼感は凄まじい。この人ならば何が起きても問題はないと、つい身を任せてしまう。
精神世界でエウポンに出会った時、あれは自分が能力に適応したサインだと考えていた。実際、以降の恐竜化は暴走していなかったが、勘違いだったと気づいたのが先日のこと。
アンペ・エウロパ戦での敗北。
本能をフル活用した暴走状態は非常に強力だが、このままでは肉体が壊れる。しかし理性を保っていれば迷いや躊躇いが生まれ、正直なところ弱体化している自負があった。
「……って、んだよ、ちゃんと意識保ってんじゃん」
銀色の竜麟をまとった青年は鋭利な爪を見つめ、尻尾をしならせる。
そこへ再び躊躇なく繰り出されるノアの攻撃。今回は手刀よりも威力のある右ハイキックだったが、エースケは左腕で素早くガード、我ながらいい反応ができたと師匠の誉め言葉を期待した。
「ぶぶぅ~! 左腕粉々、マイナス一点! なぁに、すごいでしょ、って顔してんだよ。獣脚類の能力の特徴は脚力! 多少強化されているとはいえ腕力に頼るなんて、今のがゼアルだったら左腕はおしゃかになるからな、回避を優先しろ」
記憶に焼き付いて離れないゼアルの巨人化と一撃で敗北を喫した隕石のような巨拳。あれを受け止めるポテンシャルはエースケにない。
不甲斐なさに落ち込む暇も与えず、今度は左ストレートが飛んでくる。
左ストレート、右ハイキック、後ろ回し蹴り。怒涛の連続攻撃がエースケを襲い、二撃目までは瞬時に後退して回避したが最後の後ろ回し蹴りは間合いから抜け出せず、脇腹に直撃した。
「あ、もろに入っちまった」
エースケは脇腹を抑えたまま膝とおでこを地面につけて土下座のような姿勢になった。
プルプル震えている姿にノアは「あちゃ〜」となんとも言えない表情になる。
「な……な、なんのこれしきで……ダウンする俺じゃないわいっ。さぁ、もういっちょ……もういっちょぉお!!」
痛みを叫びでかき消し、気合い注入。目をかっ開いてノアの一挙一動に反応できるよう神経を研ぎ澄ます。
あくまで回避優先、防御も受け流しもせず、カウンターも狙ってはいけない。
特に四肢に意識が集中する静寂の三秒間。そのたった三秒間にエースケの思考は目まぐるしく回転した。
「(拳か、蹴りか。なんで動かない、いや、俺が動くべきか。動くならどっちだ。左右、後ろ、最善の回避ルートを考えろ。師匠が恐竜化してきたら。その可能性は低いか。まじでなんでこの人、動かねぇんだっ! なに考えてやがる!)」
ブルルルルッッ!!!
聴覚が意図せず捉えた謎の音。それは一瞬のことで、即座にトリケラが鼻を鳴らした音だと理解するが、同時にエースケの眼球スレスレにノアの人差し指と中指が突きつけられた。
「…………」
全身に鳥肌が立ち、反射的に体が数メートル後退する。ゆっくりと腕を下ろすノアに絶句し、無意識に恐竜化が解除されていく。
張り詰めた緊張の糸を僅かに揺らしたトリケラの鼻息によって、エースケはまんまと敗北した。
「ほんの一瞬だけトリケラのこと考えただろ。まだまだだなぁエースケくぅん、よぉく見とかなきゃ」
「全然見えなかったんですけど……」
「それは単に集中不足。トリケラにまんまと惑わされやがって。それに目潰しが来るなんて思ってなかったろ? せっかく良い目があんのに活かしきれてねぇなぁ」
ノアは立ち尽くすエースケの目をぐっと広げた。
「人間が情報を得る時はほとんど目に頼ってんだ。お前は目潰しが見えなかったんじゃなくて、見てなかったんだよ」
眼球に「ふぅ〜」と息を吹きかけられたエースケは潤いを求めてノアを振り切り、超高速でまばたきを繰り返した。
「見てなかったって……ばっちり見てたんですけどね」
「いぃぃや見てないね、トリケラの鼻息に気が散って視線がズレてた」
気が散ったとはいえ、ノアから目を離さなかったのは事実。それでも反応できなかったのは単にノアの技量が圧倒的だからで、もはや感覚論に等しく、エースケがノアの発言を理解できないのは当たり前と言っていい。
「とにかく気を散らすなってことでいい?」
「いや、たまには気を散らせ」
「どっちなんだよ……」
「相手に集中する。そんなの相手が格上だったら無意識に行うもんだ。でも、そーすると周りが見えなくなる。暴走して本能で戦うのなら奇襲とか不意打ちとかに反応できるかもしれないが、お前は全くの素人。戦闘で臨機応変に対応できるかっつったら、そう上手くいくもんじゃない」
「集中しつつ周りをよく見る……たしかにツァル子とかレオンのことはずっと気にしてるなぁ」
「まぁ今回は私がいるからな、お前はツァルコアたちの心配をしなくていい。その代わりアルーゼに気ぃ張っとけ。エースケになら任せていい」
戦いに集中するだけで精一杯のエースケは常にツァル子たちを気にかけていた。敵を倒すよりもツァル子たちを護ることを優先しては戦闘スタイルも大きく変化する。
ノアの存在はエースケの戦闘スタイルに余裕を与え、ツァル子たちの生存率は間違いなく大きく上がった。エースケとしても不安の種が減るのはウェルカムだが、ノアがアルーゼを任せたと言ったのは予想外だった。
「おう! アルーゼは俺にお任せあれ!」
「ったく、実の母親の前でよくもまぁ照れずに言えるもんだよな」
ノアは頭の後ろで手を組み、そのまま大樹へと歩いていく。一メートル離れ、二メートル離れ、三メートル、四メートルとエースケから離れていく。
「え、あれ? 師匠? 特訓は?」
「終わりだけど」
「終わり!?」
「暗くなってきたし、今から強くなるなんて無理だし、明日に備えて寝たほうがいいし。ま、大丈夫っしょ」
「大丈夫って……」
「アドバイスはしたからな、目だぞ目! あとは作戦通りに動けばいいだけ、作戦はちゃーんと頭に入ってるよな?」
これにてエースケの特訓終了。激短の特訓で強くなった実感はゼロだが、「目かぁ」と良いこと教えてもらったなぁと一応納得したエースケであった。
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アルーゼ救出前夜。緊張した表情の四人が差し出されたエースケの右手を凝視している。
握られた四本のクジ。今夜、誰が誰とどこで寝るかが決まる。
「せーの!」
『ほい!』
先端が白色のくじを引いたのはノアとレオン、赤色を引いたのがエースケとツァル子。
「くそぉぉお!!」
「くそぉってなによ!」
「なんで毎回お前と一緒なんだよ!!」
「私のセリフよ!!」
安心してレオンが「ほっ」と息を吐くと、「レオンくん?」とツァル子が微笑んだ。
「きゃぁ怖い。レオンぅ、私と一緒に寝ようなぁぁ」
白色クジを引いた二人は御者台に移動し、ノアの膝枕でレオンは眠りについた。
一方、赤色のクジを引いたエースケとツァル子は荷台で寝るわけだが、もちろん気が気ではない。
「方向音痴と寝相音痴だけで腹いっぱいなのに、脱ぎ癖まであったなんて胃もたれするわ。明日の朝、全裸で上に乗っかってるとか絶対にやめろよ」
「ぜぜぜ全裸になるわけないでしょ!? 変態!」
お互いナニされるか分からない、安心できない睡眠時間。
寝相音痴によってエースケは幾度となく理不尽にぶん殴られてきたが、全裸で寝相音痴が発動したら……。
「……悪くないか」
「馬鹿!!」
「っぶねぇ!」
ノアのアドバイスを活かして、ツァル子のパンチをかわす。
連続パンチを見事にかわしきって、ツァル子の息が上がり、エースケの勝利。
「はぁ、はぁ、やるじゃない」
「ツァル子は寝相ならゼアルにボロ勝ちだな」
「あんただって変態さならゼアルにボロ勝ちよ! エースケって名前はエロとスケベって意味なんでしょ?」
「誰の名前がエロスケベでエースケだ!」
「誰が全裸方向寝相音痴よ!」
無駄に火花を散らす二人。「明日頑張ろうな」とか「あんたのこと信じてるから」みたいな会話になる訳がなく、緊張感のない痴話喧嘩、もとい馬鹿喧嘩が繰り広げられていく。
そんな二人が大樹の近くに現れた人影に気が付くはずもなかった。
「寝不足になったらどうすんだよ!」
「あんたが変なことしないか心配で眠れないのよ!」
「ツァル子さんが裸にならないように見張ってあげてるんですけどぉ?」
朝、目を覚ますとなぜか脱いでいて、レオンに裸を見られたことを思い出してツァル子の顔が真っ赤になった。
「おやぁ? どったのかなぁ?」
ツァル子は小声で、
「その、はだ……脱いだ記憶が無くて……」
その時、エースケは思い出した。
昨夜、ツァル子は”酔っていた”。ノアが酒を持ち出して、ツァル子がなぜか泥酔。
そのままノアがお持ち帰りしたが、その後をエースケは知らない。
「師匠にお姫様抱っこされたの憶えてるか? 飛び降りて、お前が絶叫してたんだけど」
「絶叫、したのはなんとなく憶えてるけど……」
「その後は」
「ノアさんが、えぇと……」
「……」
エースケは何かを察した。
「体が熱くなって……ノアさんが……あ」
ツァル子は思い出した。
ふにゃふにゃ喉を鳴らすツァル子を可愛がって、楽しんで、最終的に服を脱がした真犯人。
「ツァルコアは可愛いなぁぁ」
酔った眠り眼で見たノアの表情。
聞こえた声は期待と欲望に満ちていた。
「ノアさん!」
ツァル子が御者台の覗き窓を開けて叫んだ。
「私のこと脱がしたでしょ!」
膝枕されているレオンは熟睡し、ノアは人差し指で「しぃぃ」とやった。
事の発端。脱ぎ癖ではなく真犯人がいた。
「柔らかかったぁぁ」
囁き声で感想を言うノアは反省ゼロ。
酔った女の子を脱がすという完全アウトなノアだが、全員が未だ、大樹に近づいてくる男の存在に気づいていない。暗闇の中を一歩一歩着実に踏み締め、男は立ち止まる。
アルーゼ救出前夜に突如現れた人影。月光が照らしたシルエットはただひたすらに屈強な鍛え抜かれ一切の無駄がない肉体。
最強。最恐。最凶。力を奮い、数多の名で呼ばれる男の真名はゼアル。再び因縁の場所に現れた王の肉体は月を掴むかのように巨大化していった。
月下に降臨した巨人。握りしめられた巨拳が生み出すのは破壊、ただ一択。かつて大樹は王の一撃を耐えた。だがしかし、王に二度はない。
怒りによるものか、敬意を払ったのか、容赦なく本気で放たれた一撃はアルーゼの大切な思い出である大樹を完全に破壊した。凄まじい衝撃が亀裂となって大樹を引き裂いていく。
轟く破壊音は大樹の断末魔のようにすら聞こえる。人力で切り倒すことなど不可能に近い巨大樹はへし折られ、その生涯に幕を下ろした。
「……やっぱ来たか」
轟音と振動にエースケとツァル子の気が張り詰める。
ノアが音の方向を眺めていた。
「師匠、今のって」
「あぁ、出発して正解だったな」
緊張しているトリケラが鼻を鳴らす。
さっきまでテンションの高かったツァル子もエースケの傍に座っている。
一時間ほど前までいた大樹にゼアルが現れ、破壊の限りを尽くしている。
もしあの場にいたら……。
「そうじゃなくてさ、あそこはアルーゼと暮らした大切な場所なんだろ。なんつーか、大丈夫かなって……」
「大切な場所……ま、そりゃぁちょっと寂しいけど……」
「俺、見張りするよ。やっぱ師匠たちは荷台で寝てくれ」
ノアは断ったが、気が休まないエースケは屋根の上に移動した。
座って、暗闇に意識を向ける。気が済んだのか、いないと分かったのか、轟音と振動が静かになる。
転移の水晶によってエースケたちは大樹からかなり離れた場所にいる。しかしアルーゼや戦士のいる集落付近に転移したため、ゼアルから離れていようと戦士に出会う可能性はゼロじゃない。
「転移の水晶、便利だけどまさかあんな副作用があるなんて……思い出しただけで、また吐きそうに……」
初の転移の水晶体験。妙にノアがニヤニヤしていると思った矢先に車酔いの究極を味わったエースケ。レオンとトリケラもグロッキーだったが、ツァル子は飛べるからかケロッとしていた。
「……」
不思議と恐怖がない。緊張しているけど逃げたくない。ここまで勢いで突き進んだ奇跡の道のり。冷静に考えれば雲を掴むような可能性がノアの協力もあって現実味を帯びてきた。
「待ってろよ、アルーゼ」




