マメンチというッチ
ヒリヒリと赤くなった頬をさすりながら、エースケは不満げな視線をツァル子に向けている。一方のツァル子は反省している様子もなく、プイッとそっぽを向いてしまう。
「なにもビンタするこたぁねぇだろ」
昨夜のツァル子泥酔事件。そんな人災からレオンを護るべく、エースケはレオン防衛の任を遂行していた。
そして今朝、前夜の記憶のないツァル子が見てしまったエースケがレオンに抱きついている光景はツァル子の妄想を駆り立て、エースケに痛烈な張り手をお見舞いすることとなった。
「レオン君にイケナイことしてると思ったのよ」
「イケナイことしてたのはお前だよ」
どう言おうとツァル子は昨夜のセクハラ未遂を覚えていない。これ以上何を言ったとて意味のない時間が過ぎるだけだが、前科があるエースケとはいえ、誤解で引っ叩かれたのには納得がいっていない。
荷台で繰り広げられる、謝罪を求めるエースケと謝罪しないツァル子のやり取りはダラダラと続き、ついにルゼアチノ領地に突入してしまった。
さすがのレオンも手綱を握りながらため息を吐いた。
「お二人とも、もう僕たちルゼアチノに入ったんですよ。いつ戦士に襲われるか分からないんですし、仲直りしてくださいよ。僕は平気ですから」
「そうだぞツァル子。お前が襲われたとしても俺は助けないからな、謝るなら今のうちだからな」
「はぁ……ほんっとしっつこいわねアンタは。分かったわよ謝るわよ、謝ればいいんでしょ。どぉもぉすみませぇん」
「なぁんだその謝り方は! 顔! 声! 態度! その全てが反省とは真反対の方向向いてるじゃねぇか!」
「謝ったんだからいいでしょ」
再びプイッと顔を背けたツァル子に対して、エースケは聞こえるか聞こえないかギリギリのトーンで、
「寝相音痴」
「……あんた、今なんて言った?」
怒りマークが浮かぶ笑顔はレオンの背筋に寒気を走らせた。
対抗するエースケは満面の笑みで今度ははっきりと、
「寝相音痴!」
「寝相音痴って誰の事よ!」
「ただでさえ方向音痴のくせして、寝ている時ですらあっち行ったりこっち行ったりしてるツァル子さんのことですけどぉ~?」
「ねねね寝相は仕方ないでしょ! 不慮の事故みたいなものよ!」
「不慮の事故の常習犯がいてたまるか!!」
フスーフスーと白熱している二人は既に敵地だというのに声を張り上げている。
「ならエースケにもピッタリな名前を考えてあげるわよ! アンタは不慮の事故じゃなくて、ただの性犯罪常習犯だからね! 胸に頭を埋めるわ、わざとおんぶして背中で感触を楽しむわ、ついにはトイレすら覗こうと」
「わぁわぁわぁ! 知ーらない! 覚えがなーい! ツァル子さんてば昨日のお酒が抜けてないんじゃないのかな!」
エースケが焦る理由はレオンにまだそのことを知られていないからだ。レオンにとってエースケは今のところかっこいいお兄さんだが、
「……エースケさん」
純粋な瞳は「嘘ですよね」と語りかけてくるようで、心の痛みに苦しみながらエースケはそっとレオンから目を逸らした。それは真実と告白したと同然だった。その瞬間エースケへのかっこいいイメージが鏡のように割れ砕け、黒く澱んだ汚い泥のような、ニヤリと笑う気持ちの悪い悪魔のような、人を不幸にすることしかできないゴミクズのイメージへと変化していった。
「いや! イメージ変わるにも程があるよね!!」
そんな最中、ツァル子はずっとエースケへのあだ名を考えていた。自分が受けた被害を思い出しては身震いし、怒り、あだ名のヒントにしていく。つけられたあだ名が「寝相音痴」なのだから、それくらいのあだ名をつけてやりたいと頭をフル回転させている。
「そんで思い付いたのかよ」
「痴態人てどうかしら」
「地底人みたいに言うんじゃありません」
「じゃあクズ」
「シンプルで鋭い悪口だな」
「真っ黒な人間性をもじって、まっくろくろスケってのは?」
「いやそれはダメ。絶対にダメ」
「なんでよ、いいじゃないまっくろくろスケ。結構気に入ったんだけど。まぁっくろくろスケでぇておいでぇ、みたいなやり取りもできるわよ?」
「いやダメだから、もう既に揺るぎない本家いるから。てかなんで異世界人のツァル子がそのリズム知ってんの」
懐かしいキャラクターをドンピシャ当ててくるツァル子に軽く感動しているエースケは、「いや感動している場合か!」と思考回路をパンパンにしている黒いポンポンを急いで掻き消した。
よっぽど気に入ったのか、くろスケくろスケと呼んでいるツァル子の口を押さえていると、竜車が停止した。
竜車の停止。それすなわちトリケラがなにかを察知したということだ。「あ、ここルゼアチノじゃん」と今更気付いたところでもう手遅れだった。
ブルルルッ
見えないが確かにいる誰かに威嚇するトリケラ、御者台から必死に敵を探すレオン、エースケは屋根の上に立って周囲からの攻撃に備えていた。
ここはルゼアチノ領地。超広大なジャングルがエースケたちを呑み込んでいる。そんな未知の大自然に暮らす戦闘のプロ。巨竜の民の戦士たちは外部の人間を決して無事では還さない。
「巨竜の牙は常に俺たちの命を狙ってるってわけか」
「いや、巨竜ってアルゼンチノサウルスとかブラキオサウルスみたいな竜脚類のことを言うのであって、竜脚類の歯はティラノサウルスみたいな獣脚類ほど鋭くないし、むしろすり減った平な歯をしてるから、その表現だとあんまり追い詰められてる感が出ないわよ」
「せっかくの決め台詞が台無しになったよ。背中を預けている仲間からのマジレスほど冷めるものはないからね? しかも馬鹿にしているとかじゃなく至って冷静な訂正と注意って……なんかすんごく恥ずかしくなってきた。大丈夫かな、顔真っ赤じゃないかな」
「ぷぷぷっ、エースケのそういうところ、可愛いわねっ」
「だぁぁ!! こうなったのも巨竜の民のせいだ! おらぁ! 早く出てこい! 絶対許さねぇかんな! 謝っても許してやんねぇからな! どこだぁ! どこぞのパッツン野郎みたいにぶっ倒してやるわ!」
「キブラなんてただの雑魚だッチ」
高音の男声。
まずエースケたちに緊張感がないのはキブラのせいと言っても過言ではない。
アルーゼが連れ去られた時に出会った戦士たちはゼアルを筆頭に全員が屈強な肉体や威圧的な声と態度で、暴走エウポンが闘ってやっと勝てたが、キブラとの闘いがちょろかったせいで緊張が緩みきっているのだった。
そんな状況の中、刺客二人目の戦士の語尾が「ッチ」なんてのは闘う気が失せるどころか、アルーゼの誘拐はドッキリなのではと疑ってしまう。
それでも声のした方向を見てみる。
「だッチッチ。お前たッチがアルーゼのともだッチね。キブラを倒したからってチッようしにのるんじゃないッチ」
「チを意識し過ぎて語尾どころか全ての"ち"が、"ッチ"もしくは"チッ"になる呪いをうけてるじゃねぇか。なんなんだよどいつもこいつも、キャラを無理やり会話にねじ込んでくんなよ」
「呪いとは失礼な! これはマメンチのチッヤームポイントだッチ! 馬鹿にすると痛い目にあうッチよ!」
「チャームポイントな。もういいよその喋り方。めんどくせぇよ。聞く方も疲れるわ。ほら戻せ、どうせ普通に喋れんだろ」
黒茶色の枝の上で仁王立ちするスキンヘッドでアホ面の男がいつ舌を噛んでもおかしくない喋り方でエースケたちを見下ろしている。格好も上裸に自作と思われる葉っぱの腰巻きだけというアホ丸出しだった。
図体はキブラよりも大きい。というか、筋肉質ではなく太っている。脂肪の重みが攻撃の威力に加算されると厄介だなと、エースケは敵の観察を無意識に行なっていた。
「つーかマメンチのチは"ッチ"もしくは"チッ"じゃなくていいのかよ」
「細かいことは気にすんなッチ。もうお前に話すことはないッチね。では改めて」
コホンと一回咳払い。
「俺ッチ! マメンチ! 最強だッチ!」
自己紹介とともに勢いよく飛び降りたマメンチ。
やる気、もとい殺る気が満ち溢れ、ふざけた喋り方や見た目だが申し分なく戦士としての気迫を放っていた。
だがエースケたちは決して臆してなどいない。巨大マンモスからの死逃、凶悪な盗賊団との死闘、キブラへの手刀、それらがエースケたちのハートを強くした……のだろうか。
「キャァァァ!!!」
ツァル子の絶叫がジャングルに響く。
レオンは顔を手で隠し、エースケは呆れ過ぎて目が半開きになっている。
飛び降りたことによって腰巻きがめくれ、マメンチのマメンチがこんにちは、否、こんにチッは、してしまった。
「なんだッチ?」
「ガッツリ見えたわ!! 葉っぱだけだから怪しいとは思ってたけどバッチリ見えたわ!」
「マメンチのマメンチ見たッチか!?」
「マメチンの間違いだろ!」
真っ赤な顔になったツァル子のようにマメンチの顔がゆでだこのようになる。
マメンチのスキンヘッドがよりタコ感を増していることはさて置き、マメンチの恥ずかしさはジワジワと怒りに変わっていった。
羞恥の赤タコは憤怒の赤タコへと豹変し、竜車へと走り向かってくる。
「絶対に殺してやるッチ!」
「来やがれ変態タコ怪人! 変身!!」
視覚や嗅覚などの五感が研ぎ澄まされ、皮膚や毛髪に変化が始まり、尻尾や爪や牙の形成が始まる。
恐竜化によって研ぎ澄まされる五感は能力の恐竜本来の感覚になるのではなく人間の感覚にさらに上乗せされている。
エースケは竜車を巻き込まないようにあえてマメンチに接近し、上昇した動体視力と反射神経によってマメンチの腕払いをなんなくかわした。
「お前さえ殺せば、そこのチッこいのと女は楽そうだッチな」
「余裕かましてんじゃねぇよ!」
「虫けら三匹にテンパると思うッチ?」
「……虫けらか」
エースケの中で、鎖が落ちて扉が開いた。
その扉は人の心に必ず存在している。簡単に開ける人間もいるが、中々その扉を開くことはできない。
鎖の名は躊躇い。扉の名は暴力。
「俺も茹でダコ一匹にテンパるわけねぇだろ」
エースケの能力である恐竜の名はエウストレプトスポンディルス・オクソニエンシス。獣脚類の特徴である発達した爪牙と脚力は、まさに獲物を狩るための武器。エースケの横蹴りの速度はマメンチに脚が消えたと認識させ、強烈な衝撃が右腕から全身へ広がる。
文句なし、完璧に入った。
エースケは追撃せずにマメンチから三メートルほど距離をとった。出しきれる最高速度かつ最高威力の蹴りだったが、マメンチは"恐竜化せず"生身で受けた。
「チッチッチ。やはり虫けらッチ」
「なめんなよゆでだこ、これが本気なわけねぇだろ」
マメンチの様子を伺いながら周囲の地形に利用できるものはないかと視線を散らすエースケ。
いかに隙をついて後ろの二人を人質にするか悩むマメンチ。
お互い敵意剥き出しの油断ならない状況が空気をヒリつかせている。
「(痛いッチ! 痛すぎるッチ! コイツ何者だッチ。あの蹴りをもう一度受けたら確実に泣くッチ。今すぐにでも逃げたいッチ)」
「(やばい、どうしよ、超本気だったんですけど……マメンチのやつ平気な顔してやがる……!)」
「なんだッチ? もう終わりッチか? (もう終わりにしようッチ! 腕痛すぎるッチ! 青紫色になってるッチ!)」
「アホが。次は本気でいってやるよ。(これ以上本気出せないから! 強がるなよ俺! やばいやばい! 勝てないかもしれない!)」
互いに睨み合いながらも、近づいて離れてを繰り返しているエースケとマメンチ。エースケが近づけばマメンチが離れ、マメンチが近づけばエースケが離れという情けない光景が繰り広げられている。
「そういえばお前、恐竜化しないのかよ」
エースケが恐竜化しているのにマメンチはしていない。マメンチはその言葉に動きを止めた。その反応にエースケはニヤリと笑う。
「え、まさか、できないの。あんなにマメンチ最強とか言ってたのに? ルゼアチノの戦士にも恐竜化できないやついるんだ~」
「……」
マメンチはその場で俯いたまま固まった。これはチャンスだと脚に力をこめる。狙いを定め、地を踏みしめ、今まさに攻撃を仕掛けようとした瞬間。
「ひぐッ、ひぐッ」
茹でダコは泣いていた。
肩を震わせ、鼻水を垂らしながら大粒の涙をこぼしていた。
予想外すぎる光景に力が抜け、つい一言。
「え?」
「うぅ、ぐずッ、ひぐッ」
いきなり泣き出すマメンチに唖然とするエースケが後ろを振り向くとレオンとツァル子の冷たい視線が貫いた。
「ねぇ、どんだけ人泣かせんの好きなのよ」
前日もキブラの大切な前髪をぶった切って泣かせ、今度はマメンチを泣かせたエースケはまさに"戦士泣かせ"に相応しい。マメンチは敵だが、ツルッとした頭やぽってりとした体で愛くるしいっちゃ愛くるしい。そんなマメンチが幼い子どものように泣いているのを見て、レオンとツァル子は同情してしまったのだった。
「え、俺なの?」と自分に指差すエースケにツァル子は深く頷く。一方のレオンはなんの警戒もせずマメンチに近づいていった。
「歩けますか」
「うぐっ、ひぐっ」
レオンに導かれ、竜車に乗るマメンチ。ほんの数分前は殺してやるとか言ってたはずの戦士は竜車の中でチマッと収まってしまった。取り残されたエースケは孤立した。「え、俺なの?」と今度はトリケラに聞くと、トリケラも深く頷いた。
なんだか悪者に仕立て上げられてた気分だが、恐竜化を解除して仕方なく竜車に乗ろうとすると、
「アンタはそこにいなさい」
ツァル子が乗車を拒否した。奥には泣きべそかいたマメンチがモソモソとレオンから受け取った果物を食べている。
立場逆転。エースケが「はぁ!?」と声を上げた。
エースケは除け者にされたことに「ちぇっ」とふてくされ、不満全開の顔でその場に座りこんだ。
「なんだよお前ら! 急にマメンチの味方して! そんなことするなら俺も泣いてやるよ! わぁぁぁぁぁぁ!! うんぁぁぁぉぉぉぁぁぁあ!! あぁぁああああああああ」
「……」
嘘泣きのつもりが何故か本当に涙が出てきたが、そんなエースケに対して二人はまさかのノーリアクション。
「トリケラは! トリケラは俺のこと大事にしてくれるよな! 仲間だよな! 友達だよな!」
ペッ
食んでいた草を「お前になんて興味ねぇよ」と言わんばかりに吐き捨てたトリケラにエースケの涙腺は崩壊した。
「なっんだよ! もういいよ! みんな絶交だよ! 俺一人でアルーゼ助けに行ってやるよ! 絶対追ってくんなよ! 探すんじゃねぇぞ! 見つけてもらうために樹に印とか書かないからな! ちゃんと真っ直ぐ進めよ!」
ちらちらと振り向きながらジャングルに消えていくエースケにツァル子は顔に手を当てた。
「ひぐっ、なんでマメンチを庇ったッチか」
「私たちはエースケと違って、人の嘘泣きとマジ泣きくらい見分けられんのよ。それにエースケってばアルーゼのこともあるのか、戦士に対してかなり冷たいっていうか。昨日の戦士にも態度がガラッと変わってたし、ちょっとお灸を据えようかなと」
「でもアルーゼを攫ったことは確かだッチ。あいつが怒るのも」
「そりゃ私だって戦士なんて大っ嫌いよ。暴力的で野蛮で、力でなんでも解決できると思ってる脳筋集団に好意なんて持てるわけないじゃない。でもマメンチはなんというか、その」
「怖い人に見えなかった。ですよね」
笑顔のレオンと「そうそう」と返すツァル子。二人からは一切の敵意を感じない。むしろ感じたことのない何かをマメンチは感じていた。
「嘘泣きだったらどうするッチ。お前たッチ、死ぬッチよ」
「嘘泣きくらい見分けられるって言ったでしょ?」
「僕は本当に怖い人を知っています。マメンチさんは、そんな怖い人から逃げられなくなってしまった、それが僕と似ている気がして……」
自分よりも幼い、それなのにこの少年は自分よりも多くの何かを持っていると直感した。この少年のような笑顔を自分はできるだろうか。この不思議な感覚はなんなのだろうか。そう考えた時、マメンチは竜車を飛び出した。
「マママママメンチがお前みたいなチッこいのと同じなわけがないッチよ! なんだかお前たッチといるとフワフワしておかしくなるッチ! 特別に見逃してやるッチからさっさと出ていくッチ! 二度とこんな場所に来るなッチ!」
レオンとツァル子が何度呼ぼうとマメンチは振り返らなかった。マメンチは耳を塞ぎながらジャングルを逃げるように走り抜けていく。
「おい見ろマメンチだ。恐竜化もできないゴミがまだ生きてらぁ」
若い戦士は恐竜化の練習をしているマメンチにあえて聞こえるように叫んだ。
「マメンチは落ちこぼれだッチ!てか?ぎゃははは!」
「そんなこと言ってるとまた泣いちまうぞ?弱くてごめんなさぁい、生きててごめんなさぁいって!」
「笑わせんな!腹いてぇ!」
強者絶対主義のルゼアチノ。
マメンチへの罵声を誰一人として注意しない。それどころかマメンチが弱いせいだと誰もがマメンチに対して冷徹な態度であしらった。
「お、そうだ。この雑魚に恐竜化のこと教えやろうぜ」
「ほぉらマメンチ君。まずは恐竜化したパンチの威力を比べてみようぜぇ。ちゃんと殴られたら教えてくれてありがとうございますって言えよぉ?」
マメンチへの罵声と暴力は毎日繰り返された。己を守れるのは己のみ。弱い者は強い者に食われるのが至極当然の世界。蔑まれ、見下され、唾を吐かれ、殴られ、蹴られ、血を流そうと笑われるだけ。家族はいない。友達もいない。悔しくて辛くて悲しくてもどうしようもできない地獄。見返そうと努力しても相手は遥か高い場所にいる。もがいてもあがいても蹴落とされる。ここでは弱者は永久に弱者だった。
「ぐわっ!」
おぼつかない足取りと霞む視界ではジャングルをまともに進むことはできない。
盛り出る太い根っこに足を絡め取られたマメンチは地面に激突した。
「うぅ、痛いッチ。もう痛いのは嫌だッチ」
どんなに殴られても蹴られても決して痛みに慣れることはない。
マメンチはアルーゼのように逃げ場を見つけることができなかった。
「逃げたらダメだッチ……あいつらを見返すんだッチ。ゼアル様の任務をマメンチが……マメンチが」
エースケたちを抹殺するために用意した四名の戦士をゼアルは未熟者と呼んだ。
キブラはエースケに倒され、マメンチは敗走した。
「マメンチが選ばれたからにはマメンチが任務を果たすッチ! もうあいつらに負けるようなマメンチじゃないッチ!」
過去を乗り越えられるようにマメンチは自分に言い聞かせた。
「これはゼアル様からの期待なんだッチ! やっとあいつらを見返せるんだッチ! マメンチは立派な戦士だって必ず証明するんだッチ!」
それでも現実はマメンチに容赦なく逆風をぶつける。周囲からどんなに弱いと言われても、戦士ではない人間になんて負けるはずがないと思っていたマメンチに立ち塞がったエースケ。逃げたい一心と宣言してしまったプレッシャーがぐちゃぐちゃに混ざりあい、言い放たれたエースケの核心をついた言葉はマメンチの気持ちを破壊した。
決心が揺らいで泣いてしまった。痛くてたまらない暴力に怯え、ゼアル様の任務を果たせないかもしれない不安に圧し潰され、どうしようもない自分の弱さに嘆く。
そんな絶望の渦中で差し伸べられたのは白い小さな手だった。誰かに手を握られた事はない。優しくされたこともない。
少年から手渡された薄紅色の果実の甘い香り。白髪の少年は怯えることなくずっと手を握ってくれた。いつも自分に向けられる視線ではない、優しい目だった。
マメンチは葛藤に襲われた。
殺すか殺さないか。実に単純な選択だが、結果はその後の自分を左右する。この薄紅色の果実を握りつぶすかのように、この少年を。本来なら迷うはずのない選択だった。
マメンチは果実に口をつけ、脱力した。マメンチはこの少年の手の暖かさをもう少し感じていたいと願ったのだった。
「はぁ、はぁ、はぁ。このまま逃げ帰ったらいつもの自分に戻ってしまうッチ。マメンチは変わるんだッチ。もう痛いの苦しいのも嫌ッチ」
ゆっくりと立ち上がり、走り抜けた道を振り返る。まだ追いつける距離。残っているのは少年と女。この任務を果たせば自分は強くなれる、変われるんだと、過去の自分に誓った。
殺せ。殺すんだ。そうすれば……。
「……そうすれば本当にマメンチは変われるッチか」
自分への問い。苦しい現実を変えるために、あの暖かさを握り潰すのか。あの時感じた、感じたことのないフワフワはなんだったのか、失っていいものなのか。
マメンチは泣きながら膝をついた。
「マメンチは……もっと手を……繋いで欲しいッチ」




