水晶ジィという恩人
窓から差し込む陽の光でアルーゼは目を覚ました。
窓を見て舌打ちしたのは、朝陽に苛立ったのではなく窓の鍵が潰されていたのが見えたからだ。
布団が一枚あるだけの狭っ苦しい自室は埃まみれで何も変わっていない。
掃除しようかと考えたが窓が開かない。アルーゼは二度目の舌打ちをして部屋を出ていった。
「あらアルーゼ! よく眠れたかしら? あなたの部屋、すごい埃まみれだったでしょう?」
なら掃除しといてくれよ。なんて言おうとしたが、「あぁ」と一言つぶやいて家を出た。
会いたい人なんているわけもなく、ふらふらと懐かしい場所へと向かった。
集落のはずれ、人なんて滅多に来ない木の頂上。ゼアルに捨てられ独りで生きていた頃、よくここで時間を過ごした。ご飯を食べたり、眠ったり、泣いたり、アルーゼにとって特別な場所で、それに初めて恐竜に襲われた場所でもある。
「爪痕……まだあるじゃん」
幼いアルーゼを襲ってきた肉食恐竜の爪痕が樹皮にうっすらと残っていた。
そんなピンチから救ってくれたのが師匠だった。
ジャングルのどこにいようと大樹の家までの道のりは分かる。今でもどこに隠された転移の水晶があるか、どの転移の水晶同士が通じているかも覚えている。
今だって、逃げるチャンスはいくらでもある。
だが、周囲に監視がいることに気づいていないアルーゼではない。いざとなったら潰せばいいだけの話だが、ゼアルに交換条件を持ちかけた以上、目立った行動は首を絞める。
「……覗きなんて趣味悪いぜ!」
と言っても反応はない。うーむと後頭部を掻いているアルーゼはいきなり走り出した。
できるだけ予備動作を最小に、なるべく自分を見失わせるように樹々で姿を消しながらまるで忍者のようにジャングルを駆け抜けていく。
自然を巧みに利用して相手との圧倒的な差を見せつけようとするが、しかし相手も戦士。簡単に振り切れはせず、アルーゼはさらにスピードを上げた。
葉を散らし枝をしならせて妨害し、右に飛んだと見せかけて左に飛び、アルーゼは戦士を見事に翻弄した。
時間は三分程度だったが、アルーゼは開いた差を見て足を止めた。
「二人脱落かよ」
アルーゼは全く息が上がっていない。
どうにか食らいついた一人は未だ姿を見せない。
上がった呼吸と声で女だと分かったが、別に心配する義理もないとアルーゼはその場から立ち去った。
監視に良い気はしない。どうせあのクソ親父の命令に決まっている。
「腹へったな」
ムカつくことだらけで、腹が減る。
家に食べ物があるか考えたが、母親と二人きり、もしもゼアル含めて三人になった時にはそれこそ地獄となって耐えられないため、帰る気のないアルーゼは食べ物を探し始めた。
「こいつはダメ。こいつはイケる。こいつもイケる。こいつはダメ」
師匠が教えてくれた知識をアルーゼは完璧に覚えている。
「いいかアルーゼ!この果物はな!いいかアルーゼ!簡単な火の付け方はな!いいかアルーゼ!あの恐竜の名前はな!いいかアルーゼ!」
毎日が楽しかった。晴れの日も雨の日も暑い日も寒い日も朝も昼も夜も幸せだった。
師匠が今どこにいるのか、なにをしているのか。
会いたい。
人生で最も一緒にいたのが師匠で、そんな師匠と同様に会いたい人たちがいる。
「エースケとツァル子に会いたい……」
師匠といた時間と比べればティルルにいた時間はあっという間の短い期間だった。それでもアルーゼにとっては最高の時間であり、エースケたちは人生で初めての友人だった。
十六年生きて初めてできた友達。これがアルーゼにとってどんなに大切な存在なのかは言うまでもない。
特にエースケは初めて怖くないと、信頼できると思った同世代であり、異性でもある。ゼアルや戦士たち、これら全員が幼いアルーゼにとって恐怖の対象だった。故にアルーゼは男性に対して多少の恐怖があった。
だがエースケとあともう一人、恐怖を感じない男性がいた。アルーゼは集めた木の実を食べながら恩人のことを考えた。
********************
ゼアルが大樹の家を襲撃した直後、師匠はアルーゼを転移の水晶によって逃がした。
「おい! 師匠!」
手渡された水晶がどんな能力を秘めているのかアルーゼはすぐに理解した。
転移の水晶の副作用である浮遊感、三半規管の混乱に目眩と吐き気を感じながら、自分はどこに転移するのだろうかと考える。
感覚が正常に戻った頃には転移の水晶は粉々に割れ、転移場所も身に覚えのない森の中だった。
転移の水晶は二つで一ペア。この二つがどれほど離れていようと片方に触れれば片方の水晶の元へ転移するという仕組みだ。そして、片方が破壊されればもう片方も壊れる。
アルーゼは師匠との繋がりが切れたこと、師匠がゼアルに殺されてしまう不安に襲われた。
「ふざけんな!」
悲痛な叫びが師匠に届くことは決してない。
そんな事はアルーゼだって理解している。それでも師匠を呼び続けるのは、不安でどうにかなってしまいそうだからだ。
そんな中、アルーゼは手に握る紙の存在に気づいた。
白色のクシャクシャの紙には、ティルルで合流だ! と書かれていた。
「ティ、ルル?」
師匠が何度か教えてくれた大きな街の名前。
たくさんの人がいて、たくさんの食べ物や服や水晶が売られていて、いつかアルーゼにも見せてあげたいと言っていた街。
「お嬢ちゃん」
あまりに突然の呼びかけにアルーゼは勢いよく振り向いた。
褐色肌の老人もアルーゼに驚いている。
頭に水晶を置き、それをターバンで巻いて固定している不思議な老人は敵意はないと両腕を上げながらアルーゼから離れていく。
老人の後ろには一頭の四足恐竜と荷車があった。
「まさか本当だったとは」
老人は荷台に乗ると何かを探し始めた。
大人しそうな恐竜があくびをしている。
「ちょっと待たれよ。ある人からの伝言でな」
老人の声とともに荷台から水晶や麻袋などの荷物がほいほい投げ捨てられていく。
「あぁ、あったあった、これじゃこれ」
老人の頭上の水晶がキランと光ると、アルーゼは白い封筒を渡された。中身をすかしたり匂いを嗅いだりした後、恐る恐る開けてみると手紙が一枚入っていた。
『アルーゼへ』
師匠の文字と分かるとアルーゼの不安は少し晴れ、落ち着きを取り戻した。
老人は再び両腕を上げて敵意が無いアピールをしているが、アルーゼ自身も老人への敵意はもう消えていた。
アルーゼへ
この手紙を読んでるってことは、アルーゼはいま一人だよな、ごめんな。
そこにいるじぃさんは水晶ジィだ。悪い人じゃないから安心してくれ。
まずはティルルに行くこと。水晶ジィがどうせこの手紙を盗み見していることだろうから連れて行ってくれる。頼んだぞ水晶ジィ。
一人で不安だよな。でも必ず会えるから安心しろ。私を探したらダメだからな!
一人になったってアルーゼは負けないって信じてる。なんたって私の自慢のアルーゼだからな!
愛してるぜ! ちゅっ!
「お嬢ちゃんがアルーゼじゃな」
アルーゼの目に涙が浮かんでいた。
「アンタは……師匠と、知り合いなのか」
「師匠……? そうか師匠と呼んでいるのか、そうじゃよ師匠とは顔見知りじゃ。お嬢ちゃんをティルルへ連れていく。ささ、乗りなさい。送り届けてあげよう」
水晶ジィは緊張するアルーゼの気持ちをほぐそうとずっと両腕を上げ続け、警戒されないように、少しでも気が楽になるようにと配慮していた。
「いつまで手上げてんだよ」
水晶ジィは御者だというのに手綱も握らずにずっと腕を上げていた。呆れるアルーゼだったが、水晶ジィの作戦通り、すっかり緊張感が無くなった。
「ほほっ、顔が師匠そっくりじゃの」
頭に乗せた水晶がキランと光ると、恐竜が鳴き声を上げ竜車が動き出した。
少しの揺れで荷物はガタンと大きな音を立てる。
アルーゼがまともに異性と話すのはこれが初めてだった。ヒョロヒョロの体型から身の危険は感じないが、やはり男性と話すとなるとゼアルが脳裏をよぎる。
師匠に拾われた後もアルーゼの話し相手は師匠ただ一人のみ。それに、ティルルのような街に行くのも初めてで、師匠の安否も心配で、アルーゼの思考回路はパンク寸前だった。
「ワシは水晶売りでの。お嬢ちゃんの師匠はな、ワシの数少ないお客だったんじゃよ。……数年前だったか転移の水晶をあるだけ売ってくれなんて言われての。そりゃぁ、驚いたもんじゃよ」
頼んでもいないのにニコニコと話し始めた水晶ジィを横目に、アルーゼは積まれた荷物のほとんどが水晶であることに目を丸くしている。能力ごとに分けられていて、何種類か知っている水晶があった。
水晶ジィの言う転移の水晶とはジャングルを移動するために師匠が使っていた物で、こんな大量の転移の水晶をどうやって集めたのだろうというアルーゼの長年の疑問がたった今解決した。
「そしたらお嬢ちゃんの師匠はな、こんだけ水晶買ってやったんだから一つ願いを聞けと言ってその手紙と転移の水晶を一つ渡してきたんじゃよ。何年経とうとこの手紙と水晶は大事に保管しておけ。最初はさっぱりじゃったが、まさかお嬢ちゃんが転移してくるとはの」
「……」
アルーゼは沈黙したまま俯いていた。心配が膨らんでいく。自分はこのままティルルへと向かっていいのだろうか。葛藤がアルーゼを苦しめていた。
水晶ジィはてっきり本人が転移してくるものだと思っていた。しかし実際に現れたのは師匠によく似た子供一人のみ。なんらかの事情があることは察しているが、盗み見した手紙の内容からしても、アルーゼをティルルへと送り届けることが最優先だと竜車は着々とティルルに近づいていた。
「なぁ! やっぱり……」
戻る提案を途中で止めてアルーゼはそのまま俯いてしまった。師匠を助けに行きたい。その思いは水晶ジィに伝わっているが、竜車が方向転換することはない。
第一、水晶ジィはノアやアルーゼの明確な事情を知らなかった。巨竜の民であること、父親が大陸中で恐れられている犯罪者だということ、アルーゼは事情を説明しようとしたが、結局言えなかった。
「お嬢ちゃんの師匠に転移の水晶を売った数日後にな、男たちに竜車を囲まれたことがあるんじゃよ」
アルーゼはその男たちがルゼアチノの戦士であると確信した。
師匠を助けに行くか行かないかという葛藤に、水晶ジィを巻き込んでしまう可能性が加わってアルーゼはさらにどうすればいいのか分からなくなってしまった。
「そりゃぁ強そうな見た目と怖い顔でな、金髪の女を知らないか、と詰め寄られての。数人の男たちが一人の女性を探してるなんて怪しいじゃろ? 雰囲気からしても普通じゃない、だからワシは思い切って嘘をついたんじゃよ」
「嘘?」
「ドキドキの嘘じゃ。あえて知っとる知っとると言ってな。うんと遠い場所にある街の名前を言ってやったんじゃよ。そしたら疑いもせず行っちまっての」
ゼアルによって追放されたノアはアルーゼを助けようと奮闘していた。監視の戦士たちから追われてもアルーゼを取り戻す意志が潰えることはなかった。
「ワシは頑固で鬱陶しいほどのお節介焼きじゃ。だからの。彼女が望んだ通りにお嬢ちゃんを必ずティルルに連れていく。それがたとえお嬢ちゃんの望みじゃなくともな。……子どもを危険な目に遭わせたくないというジジィのわがままを許しておくれ」
申し訳なさそうな水晶ジィの横顔を見て、アルーゼはもう一度師匠からの手紙に目を通した。綴られた文章が師匠の優しい声で繰り返さていく。
不安要素は考えたらキリがないし、考えたくなくても次々に溢れ出てきてしまう。それなのに希望やプラスな思考が勝手に溢れてくることはない。師匠からの手紙はそんなアルーゼの心に希望の光を灯してくれるのだった。
今のアルーゼは幼い頃の弱々しいアルーゼではない。
アルーゼは強くなった。肉体的にも精神的にも師匠に教わった全てを受け継いでいる。もうゼアルだって怖くない。自分より何倍も大きな恐竜にだって勝てる。
全て師匠のおかげだ。その師匠が信じていると言ってくれた。
「私も師匠を信じるよ」
覚悟とともに見えてきたのは巨大な街だった。
眼下に広がる見たこともない世界は、アルーゼの不安を煽るどころか興味を引かせた。遠目からでも分かる色とりどりの屋根を見てどんな場所なのかどんな人がいるのかとアルーゼの目は輝いている。
アルーゼの興奮は声となり笑顔へと変わっていく。
「なぁ! あれってなんだ!」
ティルルの上空に浮かぶ小さな城。
建物が浮かんでいるという異様な光景と見たことのない建造様式にアルーゼの興奮はさらに高まっていく。ホールケーキのような城壁や円柱の柱、三角柱の屋根。ちらほらと植物の緑色が広がり、鳥の群れが飛び立っていく。
悠然、それでいて優美な空中庭園は探究心をくすぐり、アルーゼはしばらくその城を眺めていた。
「あれはの"ダイナソーファング"じゃよ。特別な水晶によって導かれた転移者と呼ばれる者たちの始まりの場所。この世界の入り口とも言えるの」
「転移者?」
「いつの時代か、とある強力な水晶の力によって突如二つの世界が繋がってしまった。誰の仕業でもなく、かと言って原因も分からない。転移者とは繋がってしまったもう一つの世界からやってくる異世界人のことじゃよ」
「なんか面白そうだなその話!」
「その強力な水晶によって、この恐竜界の住人が何人も異世界に飛ばされた。もちろん人間だけじゃない。恐竜も植物も、様々な物が異世界に飛ばされていった。世界が繋がってしまった当初は水晶の力もそれはそれは強大で、大陸や海の一部すら異世界へ飛ばしてしまったらしい」
アルーゼは言葉を失った。師匠にすら聞いたことのない壮大な話だ。アルーゼは水晶ジィに「それでそれで」と話を急かした。水晶ジィもアルーゼの反応があまりにも面白く、それに気を良くして頭上の水晶をキュキュッと磨いた。
「恐竜界の人々は自然すら消してしまうその水晶を恐れた。だが、時とともに水晶は段々と力を失っていき、完全に力は消えなかったものの、人々は安堵した。だがそんな時、恐竜界におかしなことが起きた。ちなみにだがお嬢ちゃん、転移の水晶の特徴を知っているかの」
「転移の水晶は二つで一ペアってやつだろ」
「そのとおり。まぁ、言ってしまうとな、人々を恐怖させた強力な水晶の正体は"転移の水晶"なんじゃよ」
「……言われればそっかってなるけど、当時のやつら、よく転移の水晶だって分かったな」
「理由は単純じゃよ。異世界に飛ばされたはずの男が戻ってきたんじゃ。みなそれはそれは驚いた。男は異世界のことや自分が見てきた光景を話した。すると次の日、今度は十人以上の人間が恐竜界に戻ってきた。だがその者たちは見たことのない鎧や服を着ていたという」
「それって……」
「その者たちは恐竜界の住人ではなかった。みな困惑し、混乱した。しかし発見もあった。異世界へ飛ばす転移の水晶を、"恐竜界を飲み込む"と表現するならば、異世界人が出てきた水晶は"恐竜界へ吐き出す"能力と言える。ここで重要なのが、この二つの水晶は一方通行ということじゃ」
「一方通行?」
「本来なら転移の水晶はどちらも出入り口の役割を持っているじゃろ。しかし、発見された二つの水晶は入口専用、出口専用と分かれていた。試しに転移者が出てくる"吐き出す"水晶に触っても、異世界へ飛ばされなかった。だから一方通行と言われている。ちなみにその恐竜界に"吐き出す"水晶がダイナソーファングにあるぞい」
「"恐竜界を飲み込む"専用と"恐竜界へ吐き出す"専門。"転移一方通行の水晶"ってことか。つまりこの二つ同士は繋がってないんだろ?」
「ちゃんと分かっておるな。では転移者の世界を"人間界"として我々の世界を"恐竜界"として、
恐竜界を飲み込む水晶→人間界へ吐き出す水晶
恐竜界へ吐き出す水晶←人間界を飲み込む水晶
矢印は一方通行で縦の繋がりはない。つまり、”世界を繋ぐ水晶は四つある”ということじゃな。どうじゃ? 転移の歴史は面白いじゃろ?」
様々な話を聞いているうちに、ティルルが目と鼻の先に迫る。
天に浮く城ダイナソーファングが目線を高く上げないと全体像が見えないほどにアルーゼたちはティルルへと近づいていた。
初めての竜車、初めての街。それらはアルーゼを笑顔にさせた。それでも、師匠への不安が消えたわけではない。
「大丈夫。大丈夫じゃよ」
「うん……ありがとな水晶ジィ」
「さてと」
ティルルはもう目の前に迫ったところで竜車は止まった。
なにかあるのかと首を傾げるアルーゼに、申し訳なさそうな顔の水晶ジィが両手を合わして、
「すまんのお嬢ちゃん。ワシはこの荷物を次の街に届けなきゃいけないんじゃ。ここまで連れてきて無責任なのは分かっておる。本当にすまないが」
「そんな謝んないでくれよ。むしろこれ以上優しくされたら甘えちまう。ありがとな」
そんなアルーゼの笑顔が師匠にそっくりで、水晶ジィはなぜか泣きそうになっている。水晶ジィは大慌てでアルーゼに小さな麻袋を渡した。
「少ないが使っておくれ」
「……これが、お金ってやつか」
「まずは集会場に行きなさい。きっと色々なことを教えてくれるからの。困ったことがあればちゃんと人を頼りなさい。困っている人がいれば助けてあげなさい。そうすればきっとお嬢ちゃんのことを多くの人が助けてくれるよ。……すまんの偉そうで」
「偉そうなんかじゃない、水晶ジィは私にとって先生だよ」
「先生か。じゃあ今度は他の歴史を話そうかの。それまで達者でいるんじゃぞ」
「水晶ジィもな!」
ピシャンと手綱が音をたて、竜車が方向を変えると同時にアルーゼはティルルへと歩き出した。草原を吹き抜ける風に背中を押されながら新天地へ近づいていく。
眼下に広がっていた街は眼前となり、ついにアルーゼを包み込んだ。聞いたことのない音、見たことのない景色、知らない食べ物、着てみたい洋服、話してみたい人々。
白い壁の家、黒い壁の家、赤色の屋根、青色の屋根、笑う大人、走り回る子ども。興味を片っ端からじっくりと堪能したい、この街の全てを五感で感じ取りたい。アルーゼは真っ直ぐに伸びていく石畳の道の真ん中で思いっきり息を吸い込んだ。
この時ばかりは感動と興奮で思考回路が満杯になり、高揚感が胸を満たしていく。アルーゼは全身で自由を感じていた。
「――待ってるぜ。師匠」
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アルーゼはジャングルで集めた木の実を食べ終えると、寝っ転がり空を眺めた。雲ひとつない晴天がティルルに繋がっていると考えると、飛べる鳥たちが羨ましくなった。
「エースケたちのこと水晶ジィにも教えてあげてぇな。水晶ジィの言葉が役にたったぞって」
ティルルに到着したアルーゼは早速集会場でマイカードを作り、水晶ジィから貰った資金で街中の食べ物を食べまくっていた。
少ない資金は見事にアルーゼの腹に溶けていき、ベロニカに頼んでレポートを紹介してもらっては日銭を稼ぐ日々が続いていった。
そして運命の日が訪れた。
エースケが噴水に落下してきたのである。
現場を目撃したアルーゼは、上空から猛スピードで蹴りを炸裂させたツァル子のことも、それによって気絶したエースケもバッチリ見ていた。
気絶したエースケの姿を見て、水晶ジィに言われたことが何度も何度もリピートされていた。
「困ってる人は助ける。そしたらそいつは私を助ける」
ピコンとアルーゼの頭の上の電球が光り、悪いニマニマ顔でエースケに近づいていくと、軽々とエースケをお姫様抱っこして一言。
「これで私はコイツの命の恩人だな」
ツァル子はすでに飛び去ってしまったが、アルーゼはその時から既にツァル子を「あいつも面白そうだな」とロックオンしていた。
そのままエースケを医療場へ運んでいき、応急処置などは他人に任せ、エースケには私が助けたんだと言い放ち、アルーゼの命の恩人作戦は見事に成功してしまった。
そんな楽しい記憶も今となっては遠く感じる。アルーゼはどうしようもない現状に唇を噛み、帰りたくもない家へフラフラと歩き始めた。
「ちっ」
三度目の舌打ちは自分に対してだった。




