エースケという悪魔
巻き上がる土煙と草花。
その度に地面にはクレーターが作られていく。
「なんつーパワーしてやがんだよ!」
恐竜化したキブラは優に三メートルを超える巨人となっている。
キブラは竜脚類の特徴である巨体と力強さを存分に発揮し、エースケたちを追い込んでいた。
エースケは反撃のタイミングを伺いながらも、暴力に対して葛藤していた。
「逃げてばっかだなぁ!」
自我を保った恐竜化は初めてじゃない。しかし対人戦闘において自我を保った恐竜化は初めてだ。
暴走状態より戦闘力は確実に低くなってる。現実問題、盗賊団との闘いはマンモスの乱入があったから生き残れた。
今は正真正銘、エースケたちだけの闘い。
こいつを倒せなきゃ、アルーゼに手は届かない。
「ブラックションッ!!」
傷つけることにビビっている。だから爪を立てられない。
今、自分が倒れたら、傷つくのはツァル子たちだ。
「ブラックションッ!!」
「……」
元の世界では人なんて殴ったことないし、喧嘩だって口喧嘩くらい。
臆病者。エースケは自分をなじった。
アルーゼを助けたい。死にたくない。みんなを護らなきゃ。そのためには……。
「ブラックションッ!!」
「さっきからうるせぇなぁ!!」
「え?」
「え? じゃねぇよ! なんだよさっきからブラックションって!」
「……くしゃみだけど」
「んなの分かってるわ! わざわざ自分のキャラにブラキオ要素ねじ込んでくんなよ!!」
「んなこと言われてもよぉ」
「こちとら色々迷いに迷って覚悟決めてるとこなんだよ! 強引なブラキオ要素のせいで集中できねぇわ!」
鼻息荒く、興奮状態のエースケに対してキブラは自分の前髪を指差し、前髪を少し持ち上げた。
「ほら、俺って前髪パッツンじゃん? しかもブラキオサウルスって鼻が頭頂部にあるだろ? 恐竜化すると俺はデコに鼻の穴ができるんだよ。ほら見てみ。俺のキュートパッツン前髪が見事に鼻の穴にかかって、ついくしゃみが出ちまうんだよね」
その瞬間、キブラの眼前にエースケが現れる。
高速の接近。それは暴走状態のエウポンが得意とした急襲であった。
エースケは限界まで身をよじり、爪をたて、横に一閃。
「くそどぉでもいいわぁぁぁ!!!」
パッツン前髪の破片がキブラの目に映る。
恐竜化し巨大化していたキブラの前髪は実に狙いやすく、まるで散りゆく桜の花びらのようにゆっくりと地面に落ちていく。
一本だったり、束だったり、死にゆくキブラの前髪たちは草原に吹く風に飛ばされていった。
キブラの体がみるみる小さくなり、元の大きさに戻った時には両膝を地面につけ、呆然と空を見ていた。
「なにが……起きたんだ……」
キブラは理解していた。理解していたからこそ理解していないふりをした。
そっと自身のデコに手を置く。いつもあるはずの感触が無い。サラサラでツヤツヤの毎日手入れを欠かさなかったチャームポイントが無くなっている。
フス―と、額にある鼻の穴から空気が放たれる。痒くない、呼吸がしやすい。
熱い雫が頬を伝った。
「隙ありぃぃ!!」
暴力がどうとか、人を傷つけるのがどうとか迷っていたエースケの迷いなきパンチがキブラの顔面を撃ち抜いた。
一切、防御せずに真正面からくらえば素人の攻撃だろうと脳は揺れる。
キブラは倒れ、エースケは容赦なく髪を掴んで顔を持ち上げた。
「おら、ルゼアチノどこだ、言えこの野郎。早く言わねぇと前髪だけじゃなく残りの髪、全部切り落とすぞ」
「き、貴様ぁ。俺の、俺の宝をよくも……」
前髪が消え、とっても変な髪型になってしまったキブラの声からはショックの大きさが伝わってくる。
だがそんなのお構いなしにエースケは悪魔のような形相で爪をキランと光らせる。
「前髪失ったところで、結局はまた生えてくるからいいだろうが。こちとらな、失ったら二度と取り戻せない宝を救いに行くんだよ。おら、ルゼアチノの場所早く言え」
正気に戻ったツァル子はレオン、トリケラと一緒にドン引きしながら見ていた。
「エ、エースケさん、さすがにあれはやりすぎじゃ……」
「人の前髪をあんな躊躇なく切るって。私だったら確実に号泣するわ」
ウ、ウゴォ
「早く言えよ、ルゼアチノはどこだ」
「戦士の誇りにかけて! それだけは言わん!」
「えぇ? いいのぉ? 床屋エースケ開店しちゃうよぉ?」
エースケの鋭い爪がじわじわとキブラに伸びていく。
まさに悪魔の右手だった。
「あの森を抜けたらルゼアチノ領地です!!!」
キブラの指差す方向には深緑色の森がある。
ここで嘘をつくこともできたが、キブラは正直にルゼアチノへの方向を指さした。もちろんエースケはそれを疑っている。
「前髪に誓ってだな?」
「前髪に誓ってです!!」
自身の髪と戦士の誇り。キブラの天秤は戦士にあるまじき結果に傾いた。
エースケは爪で半泣きのキブラの髪の毛を撫でている。
「もう一度聞くぞぉ、前髪に誓えるな?」
「はい! 前髪に誓って!」
キブラはエースケに服従してしまった。
まるで手下のようにエースケに敬礼している。
「ツァル子! レオン! 出発だ!」
「……ツァル子さん。僕、エースケさんと目を合わせて会話できるか不安です」
「安心してレオン君。私もよ」
エースケはキブラに背を向け、竜車へと歩き始める。
この時、不意打ちすることも可能だったが、キブラは攻撃できるほどの精神状態ではなかった。
なにせ自身の最も大切な物を奪われたのだから。
「そういえばよ……」
キブラがその横顔を決して忘れることはないだろう。
自身の大切な物を奪った張本人が見せた、その悪魔の横顔を。
「前髪無くなったのに、どうやって誓うんだよ」
まさに生傷に塩を塗る一言。
ツァル子とレオンは、盗賊団のアジトにてエースケを驚かして気絶させたことを絶対に言わないと、自身の前髪に誓った。
「あいつ、悪魔ね」
「ですね……」
エースケはそのまま高笑いしながら竜車に乗り、さすがにキブラが気の毒すぎてツァル子がじっとりした目で見ている。
「ん? なんだよツァル子」
「エースケってエウポンじゃなくてクズポンだったのね」
「クズポン!?」
「あれ、女の子だったら全員泣くわよ?」
「へへっ! ツァル子の前髪も切ってやろうか!」
「ち◯こ切り落とすわよ♪」
「やめて!?」
男子二人はツァル子の笑顔に震えた。
ツァル子さんも同じくらい悪魔なのでは、と考えたレオンだったが、切り落とされないように口には出さなかった。
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夜。吸い込まれそうなほど暗い闇に包まれた森の中に小さな光が灯された。
オレンジ色の光を放つ正体は『光の水晶』。柔らかい光が竜車に座っているエースケたちを照らした。
「まるでLED電球だな」
「えるいーでぃー?」
「おぉ、異世界転移にありがちなやつじゃん」
「他にも色々とアジトから持ってきたんです」
レオンが次々と物を並べていく。
麻袋から物を取り出す姿はまるでクリスマスの日にプレゼントを開ける子供のようだった。
「クロスボウの矢に、ナイフとロープです」
「キブラ縛って人質にすればよかったかな」
「あんたキブラ気に入りすぎよ」
レオンが次に取り出したのは『水晶』だった。
大きさがソフトボールくらいの真っ白な水晶球が二つ、エースケに手渡された。
「これは?」
「これはですね『保管の水晶』といって、その名の通り、物を保管できる水晶です。こんな風に食べ物の保存によく使われますね」」
レオンが真っ白な水晶をキュキュッと擦ると中から果物やソーセージやパンなど、大量の食料が出てきた。
ソフトボールくらいの大きさしかない球体から食べ物が次々と出てくる光景は異様なものだった。
「うお! なんだこれ!」
「やったぁ! お腹ぺこぺこだったのよね!」
早速ツァル子は食べ物に手を伸ばしている。
エースケがもう一つの『保管の水晶』を魔法のランプのように擦ってみる。
「こんなのも入ってんのか」
「基本的には食料保管に使われますからね」
もう一つの保管の水晶から出てきたのは酒瓶だった。
合計で十三本。かなりの量の酒だ。
「さすがに飲むわけにもいかんしなぁ」
「ふふぇぇぇぇぇぇ」
顔を真っ赤にしたツァル子がエースケの膝にパタンと倒れる。
エースケとレオンの目線の先には空っぽになってゴロゴロと転がる紫色の瓶がある。
そしてもう一度ツァル子を見る。
「あぁ! えーーすけぇぇらぁぁ」
「いつ飲んだぁ!?」
水晶から酒瓶が出てきて、一本開けて、この酔い潰れ。
全部のスピードが速い!
「うわぁ! えーすけいっぱいいるぅ」
「……」
起き上がったと思ったらエースケの髪をわしゃわしゃと撫でたり、ほっぺをつまんだりして、またポテッとエースケの膝に寝転がった。
「レオン」
「は、はい」
「もしものことがあったら、その水晶で俺の頭をぶち砕いてくれ」
「もしものことって! 何する気ですか!」
「あ! レオンくんら!」
ヘイトチェーンジ!
素面でもレオンに対して可愛いだの抱きつくだのしているツァル子が酔っているなんて、何しでかすか分からん!
「おーいツァル子! ほらほらぁ、美味しい果物だぞぉ?」
どうにか食べ物で釣ってみるものの、そんなのフル無視でレオンのことを抱きしめた。
「エースケさん! 助けてください!」
「れおんくんかわぁぁいいい」
「エーースケさぁぁあん!!!」
「レォォォン!!! こんなのツァル子パパに絶対見せられない! パパさぁん! お宅の娘さん! 歳下の男の子にとんでもないことしてますよ!」
ぬいぐるみのように抱きしめられているレオンに羨ましさを感じつつ、しかしツァル子は止まることを知らない。
魔性の手がレオンの全身を這う。
「あ! ツァル子! それだけはダメだ !絶対に超えてはいけないラインってのがあるんだ!」
「ふへへへへぇ、れぇぇおぉぉんくぅうぅん」
「やめ! ツァル子さん! あ! あぁ! ぁぁぁぁぁあ!!!!」
「……」
ぱたっと、まるで充電が切れたかのようにツァル子は眠ってしまった。
レオンは左耳に当たるツァル子の寝息にソワソワしながらも一安心で深いため息を吐いた。
エースケはツァル子にデコピンした。
「ハレンチ娘め」
「一時はどうなることかと」
エースケは一安心しているレオンにチッチッチッと指を振る。
「いいかレオン。残念ながら危機は去っていないぞ」
「そ、そんな。まだなにかあるんですか」
ツァル子が眠る。
それすなわち……。
「今からツァル子の寝相の悪さと格闘だ」
ふとレオンは、アジトを出発した後、竜車でツァル子と二人で眠ってしまった時に感じた苦しさを思い出した。
とてつもなく柔らかい物に窒息させられそうになった感覚だった。
「……身に覚えがあります」
「今晩は大丈夫だ、俺がちゃんと護ってやるからな」
まずはツァル子をはじに寄せ、周りを出来るだけ荷物で囲む。
エースケはツァル子に背を向け川の字で寝ることで荷物という第一防衛ライン、エースケという最終防衛ラインが完成し、レオン防衛戦が開戦した。
光の水晶を消し、暗闇になったことでトリケラのいびきや服の擦れる音など一つ一つの音に反応してしまう。
聴覚だけではない。嗅覚も敏感になっている。
故に誤算が生じた。
「(レオンめっちゃ良い匂いするぅ!)」
小さくて華奢な体。
肌の温度や質感、吐息など、レオンに対して神経が集中していく。
たしかに最初は女の子だと思っていた。でもちゃんと男だって確認したし、それに今はツァル子の寝相の悪さから防衛しなくてはならない。
「(落ち着けぇ、一旦深呼吸だ……すぅぅ、はっ! しまった! なんだ今の香りは! 花園!? カメレオンの花園にいつのまにか誘われていたと言うのか!)」
エースケの中の悪魔が囁いている。
何を迷っている、自分に正直になれ、と。
「エースケさん。くすぐったいですぅ」
「あぁ、ごめん。ごめんな」
「(だめだぞ俺! これはレオン防衛戦なんだ! 最終防衛ラインが自ら崩壊するなんて許されない!)」
「なんかちょっと恥ずかしいというか、照れちゃいますね」
「照れちゃう? 仲良く寝てるだけだろ?」
だがしかしここで非常に良くないことが起きた。
月明かりが竜車に差し込んだのだ。
それと同時にレオンが寝返り、エースケと目が合った。
「僕、兄弟とかいなくて……お兄ちゃんと寝てるみたいで、嬉しいです」
「(可愛いぃぃ!! ツァル子ぉ! 今だ! 今来い! 最終防衛ラインは攻撃体制に入ったぁ! お前が俺を止めてくれ!!)」
「おやすみなさいエースケさん」
「あ、あぁ……おやすみ。いい夢見ろよ」
一時間後。
「(寝れねぇぇ! ドキドキしてぜんっぜん寝れない! 眠くなるどころかどんどん目が覚めていくんですけど!)」
さらに一時間後。
「(寝れん! 全然寝れん! レオンのことが気になってしょうがない! 明日にはルゼアチノ領地に入るんだぞ! 体力を回復しなければいけないんだぞ!)」
さらに一時間後。
「(え、本当に寝れない。どうしようかな、もういっそ全部解き放ってスッキリしてやろうかな……いやいや何を言ってるんだ俺は。冷静になれ、いいから目を瞑れ。鼻ではなく口で呼吸するんだ)」
さらに一時間後。
「(レオン可愛いぃ、すんげー可愛いなぁ、ぷにっとしてて……はっ! やばい! 自制心の最終防衛ラインを突破しそうになった! もうこうなったら寝るのではなく、心を落ち着かせよう。……数だ、数を数えるんだ……トリケラが1頭、トリケラが2頭、トリケラが……)」
さらに一時間後。
「(トリケラが3597頭、トリケラが3598頭、トリケラが3599頭、トリケラが3600頭……)」
********************
「……さん」
いつのまに眠ったのだろうか。
あれから何頭数えたかは忘れたが無事眠ることができたらしい。
「……さん……スケさん」
誰かが呼んでいる。
睡眠時間が短いせいで、なんだか頭が回らない。
「エースケさん……恥ずかしいです……」
恥ずかしい。
その言葉はエースケを一気に開眼させた。
まさか最終防衛ラインを突破してしまったのかと。
「あ、おはよ、レオン」
エースケはレオンを抱き枕のように抱きしめていた。
どうりに温かいわけだ。
「ごめんごめん、苦しくなかったか?」
「苦しくはないですけど……その」
レオンはそっとエースケの後ろを指さす。
エースケはゆーっくりと後ろを見てみる。
ゴミでも見るかのような目だった。レオンを抱きしめているエースケと荷物で囲われているツァル子。
昨夜の出来事をツァル子が覚えているわけない。
「人を端っこに追いやって、なにしてたの?」
「え、いや、これは」
「なにしてたのよエースケェェ!!!」
「誤解だぁぁぁあ!!!」




