化石というゲート
「遅いぞ永介! 十時に来いと言ったのに一時間も遅刻とは、いい度胸してるじゃないか? あぁぁん?」
永介は着替えるために家に戻り、やっと博物館に到着したところだった。
あの帰り道の虚無感とドン引きした姉貴様の目を決して忘れることはないだろう。
「そーだなぁ、遅れた理由としては犬のフンを踏みつけたか、巨大なジャングルに飲み込まれたってとこかな?」
耳を疑った。今この、全身探検隊の格好をしているおじさんは確かに『ジャングル』と言った。
「そーだよ! その通りだよ! なんで知ってるんだよ!」
「ふ、踏んだのか」
「いやちげーよ! 踏んでねーよ! ジャングルだよジャングル! おじさん、なんか知ってるのか!?」
おじさんはニターッと笑うと、見せたいものがあると言って博物館の中に入っていった。
せっかくの夏休みだというのに、博物館の入り口には休館の看板が吊るされている。
「この部屋は入ったことないだろ」
この博物館は小さい頃から遊び場だった。
けれどこの保管庫には一度も入ったことがない。
保管庫は学校の教室くらいの広さで大量の資料や化石や標本で溢れかえっていた。
「ジャジャーン! これこそ見せたい物であり! 永介が体験した非現実的な現象の原因なのだ!」
見せられたのはアンモナイトの化石だった。
触るな危険と書かれたガラスのショーケースに飾られたアンモナイトの化石。
しかし、すぐにあるものが目に留まった。アンモナイトの下に文字が刻まれている。
「ダイナソーへヨウコソー、って書かれてる?」
「その通り、ダイナソーヘヨウコソー、と書かれている」
「いや! なにこれ!!」
アンモナイトの化石の下、ただの岩の部分にカタカナで刻まれていた文字。
”ダイナソーヘヨウコソ―”
まったく意味が分からない。
「ということで、このアンモナイトの化石がジャングルの原因です! すごいだろぉ」
え、なに言ってんのこの人は。
化石が原因?
このアンモナイトの化石が?
「このアンモナイトがいつ発掘されたかは分からない。発掘者も不明だ。世界各国に持ち主がいたが、これを手にした人間はな、なんと恐ろしいことに全員行方不明になっている。まさに呪われたアンモナイトだ」
「絶対嘘だね、呪われてるわけないじゃん。ダイナソーへヨウコソーって……これのどこが呪いの言葉?
それに、それがジャングルとなんの関係があるんだよ」
「まぁ、聞け。あのジャングルはな二週間前から突如として現れたんだ。最初は博物館の中に、それから段々と出現範囲が拡大し続けている。お前も見ただろ? あの植物は中生代ジュラ紀のものなんだが、その最大の特徴は物理的影響が互いに無いってことだ。触って確かめたか?」
物理的影響を受けない。
植物に触れなかったことを思い出した。
「ザックリ言えば触れないということだ。逆に植物も決してワシらに触れることはできない。3Dホログラム的なやつだと思っていい。まぁそんな難しい話は置いといてだな。本題はな、永介! アンモナイトに触ってみろ!」
俺は全速力で保管庫の出口へと走った。
「逃すか!!」
ロープが足に纏わり付き、おじさんの元へ引きずり込まれる。
永介は掴めるものを手当たり次第つかんで必死に抵抗した。
「なに言い出すかと思ったら! そんなよく分からない物に誰が触るか! どーせなんか企んでんだろ!
このサイコ野郎!」
「サイコとは人聞きの悪い! いいかよく聞け? このアンモナイトは恐らく『ゲート』なんだよ! ジュラ紀のジャングルと繋がっているかもなんだぞ……多分。ともあれ世紀の大発見チャーーンス! 行って来い永介!」
「馬鹿なんか!? ゲートとか意味わかんねぇし! 持ち主が全員行方不明になったとか言ってたの覚えてるからな!」
「そこは心配いらん。たしかに行方は不明だが、行方不明になる方法は分かってるんだ。このアンモナイトの化石に触れた人間はなんとビックリ、その場から消えちまうんだよ」
「はぁ!? なんでそんなこと知ってんだよ! てか、なんで知ってんのにやらせようとしてんだよ!」
「実はこれワシが買い取ったんだが、売り手のやつが絶対に触るなって言うんだよ。運ぶ時も大変だったんだぞ? なんせ触ったらアウトだからな」
「誰か消えたの見たのかよ」
「見た」
その一言で永介は意地でも脱出してやろうと全身に力を込めたが、足にからまったロープがはずれることはなかった。
「いやぁ、先週試しにバイトの兄ちゃんに触らせたら。本当に消えちまったんだよ。いやぁ、焦った焦った」
「おまわりさぁぁぁん!!!! コイツを! このサイコパスを逮捕してくださぁぁい!!」
「ちなみに戻ってきてないぞ」
「誰か助けてくれぇぇえ!!」
「つべこべ言ってねぇで行ってこい! 永介!」
ロープを手繰り寄せられ、ついにアンモナイトの化石の目の前まで連れてこられてしまった。
「やめろ!! ショーケースを開けるなぁ!!」
ガンッ、と足がショーケースに当たって、アンモナイトの化石が上から落ちてきた。
それが見事に永介の股間に直撃。
「おぐぅぅっっ!!!」
アンモナイトの化石が光を放ち始め、おじさんはニッコリと笑顔を浮かべながら親指をグッと立てていた。
「じゃ、永介、がんば」
「ふざけんな! このサイコ野郎ぉぉぉ!!!!!!」




