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気絶という休息

 竜車の車輪の音。トリケラという引き役を失った竜車をエースケが死に物狂いで引っ張っていた。

 縄を離さないよう腕に巻いて、走って走って走りまくって、マンモスの鳴き声が聞こえないほどに走り抜けたエースケは疲労で地面に倒れた。


「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ」


 心臓だけじゃなく脳もバクバクと音を立てている。

 

「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、もぉ、むりだ」


 暴走状態での体力を無視した戦闘。その戦闘でのダメージ。

 そして、トリケラの代わりに竜車を引きながら全力ダッシュしたせいで、遂に限界がきた。

 山ということもあって酸素が薄い。

 

「息が、しずれぇ、はぁ、どっか、はぁ、安全な場所、行かなきゃ、トリケラァ、どこいったぁ」


 霞んだ視界で必死に周囲を見渡す。

 木、木、木、木。

 休めそうな場所なんてない。


「だぁ、くそっ。こんなとこでへばってる場合じゃねぇ……」


 息を整え、足に力を込めてなんとか立ち上がる。

 今すぐにでも休みたいところだが、アルーゼのことを考えたら動かずにはいられなくなる。

 まずはトリケラを見つけて、ツァル子を探さなくては。


「こんなとこで休んでる暇はない! ん?」


 さっき周囲を見渡した時は座っていたから見えなかったが、立ち上がると近くに建物らしき物があることに気付いた。

 

「よし! あそこで休もう!」


 見た目が汚いぼろい建物。

 それは盗賊団のアジトだった。

 

「あれぇ、もしかして盗賊団のアジト的なやつか?」


 重すぎる竜車をうめき声を上げながら引く。

 汚い壁の向こう側、ぴょこっと出ている角の先端を見つけたエースケの表情が変わった。


 ウゴォォ


「……」


 ぽってりしてるがゴツさもある四足歩行の子トリケラ。

 我らの可愛いペットがのそっと顔を出した。


「ぉぉぉぉおおおおまぁぁぁああええええええ!!!!!」


 ウゴ?


「なにがウゴ? だ!! よくも先に逃げやがったな!! 竜車も置きっぱで!! 危うくマンモスに殺されるとこだったんだぞ!?」


 ウゴォォ、ウゴ、ウゴウゴ


「エウポンもトリケラもなぁんで人間と会話を試みようとしてくるの!? 無理だよ? 一生分からないからね!?」


 ウゴォォ


「てかお前、ツァル子知らねぇか!」


 トリケラは建物に向かって首を振った。

 どうやら中にいるらしい。

 なんだかんだで会話が出来ている。


「ほこりっぽくね……入りたくねぇなぁ」


 ウゴ


「分かったよ、呼んでくりゃいいんだろ」


 アジトに入っても人がいるような気配はない。

 一応、盗賊団のアジトだが、トリケラがやけに落ち着いていたから新手の心配はいらないだろう。

 

「ツァル子ぉ?」


 扉を開けるとトイレだったが、もちろん無人だった。


「ツァル子さぁん」


 今度は物置だったが、ここも無人。


「ここか! ここか? ここだな! いやここだ! こっちか! そこかぁ! そこと見せかけてここか! ……どこだぁ!!」


 テーブルの下、棚の後ろ、引き出しの中、鍋の中、瓶の中、コインの裏、パンツの中。どこにもいない。

 エースケが窓を開けて叫ぶ姿を見たトリケラが鼻で笑った。

 

「ツァル子ぉ、ギブぅぅ」


 エースケは椅子に腰掛けた。

 木製のテーブルになにか文字が刻まれている。


 オドンのばしょ


「わりぃな。座らせてもらうぜ」


 突然、小瓶が床に落ちて大きな音が部屋に響く。


「ふぉっ!! ……なんだよ、瓶かよ。焦ったぁ……」


「わっっ!!!!!」


「!!!!!!!!」


 ツァル子は背後からエースケの肩に手を置いて大声を出した。

 エースケのファーストビックリは小瓶が原因だったため油断していた。所詮は、自然落下。その安心と油断の直後、ツァル子によるセカンドビックリをエースケは耐えることが出来なかった。

 人は驚きすぎると声が出ないんだとツァル子は知った。

 エースケは声も出せず、泡を吹きながら白目を向いて気絶した。


「あれ? エースケ?」


「……気絶しちゃってます」


「あちゃぁ、ちょっとビックリさせすぎちゃったわね」



 *******************



 その頃、集会場ティルルでは受付嬢ベロニカが伝達の水晶を使って男性と会話していた。


「事情は把握しました。では我々はこのままルゼアチノへ直行します。問題のマンモスは討伐してもよろしいですか」


「はい、構いません。エースケ様たちをよろしくお願いします。御武運を」


 とある捕獲レポート、巨大マンモスの目撃場所がエースケたちの通る場所に近いことに気づいたベロニカは騎士団に連絡していた。


「ありがとうございます。では」


 伝達の水晶に映っている人物はベロニカと同じ青い髪と瞳で、端正な顔立ちをしている。

 映像が切れ、ベロニカが小さくため息を吐いた。一安心、というわけではないが、相手は信頼できる人物である。


「我々はこのままルゼアチノを目指す」


「はっ」


 騎士団は馬ではなく小型の獣脚類に乗って移動する。

 ベロニカが会話していたのは『ラプトル騎士団』団長ロキ。

 ラプトル騎士団はベロニカが最も信頼を置く騎士団であり団長ロキは最も信頼している人間の一人である。


「ねぇねぇロキィ」


 統率の取れた陣形で進むラプトル騎士団。その中央部にいる団長ロキに銀髪の男が企みの表情を浮かべて近づいてくる。


「なんだ。ユタ」


 ユタはラプトル騎士団最年少で幼い顔の美少年だ。


「こっからマンモスのとこまで、頑張っても一日はかかるっしょ? もしエースケって人が怪我してたら手遅れになるかもしれないじゃん? それは大変なことだ! 一体どうすれば!」


 ロキがため息をつく。


「僕が先に行ってマンモス倒してくるよ!」

「お前が先行してマンモスを倒しに行く。と言いたいんだろ」


 ロキの発言はユタと息ぴったりだった。


「おぉ、さすがロキ。僕のココロ丸わかりじゃん」


 ユタは手を双眼鏡のようにして目に当てた。


「却下だ。お前は副団長だ。指揮を乱す行動は慎め」


「むむむぅ〜! ロキの意地悪!」


「そんな顔してもダメなものはダメだ」


 ほっぺを膨らましたユタは銀色の髪をくるくる指に絡ませながら良い作戦はないかと考え始めた。

 騎士たちを見回してみると、「あっ!」と声を上げた。


「おーい! クロト〜! こっち来て! こっちこっち!」


 ユタに呼ばれたのは黒髪の大柄な男だった。

 乗っている恐竜もひとまわり大きい。


「えぇ、コホン。クロト君! 君を今から副団長に任命する!」


「え?」


「じゃあロキ! 僕は今日からただの団員ね! それでは団員ユタは危険がないか偵察しに行って参ります! クロト"副団長"はロキをしっかりサポートしてあげてね!」


 満面の笑みでユタは陣形から飛び出していった。ロキはもう一度ため息をついた。


「いつもすまないな」


「別にいいよ。団長殿」


 団長ロキに気軽にため口で話すのはユタとクロトの二人だけで、ユタの突飛な行動に振り回されるのは慣れていた。


「頼んだぞ。副団長殿」



 ******************



 騎士団に連絡を終えたベロニカは、本当にエースケたちを行かせるべきだったのかと考えていた。

 相手は最悪の犯罪者ゼアル。

 不安は日に日に大きくなっていた。


「ちょっと話があるんだが」


 女性の声に振り向くと、ベロニカは目を疑った。

 布で頭を覆っている女性。顔ははっきりと見えないが、どことなくアルーゼに似ていた。


「……アルーゼ、様」


 アルーゼがここにいるはずがないと分かっていても、つい声に出てしまった。


「アルーゼのこと知ってるのか!」


 金色の髪を見てベロニカはさらに驚く。

 現れたのはアルーゼの師匠、ノアだった。

 アルーゼを逃した後、予想外にも絶海の孤島に転移してしまったノアはなんとかティルルへ到着していた。

 大海を泳ぎ切り、長方形のギガン大陸その中央部に位置するティルルまで、すなわち大陸の半分を横断したノアはアルーゼが連れ去られたことを知らない。


「その……アルーゼ様は」


 ベロニカはノアの反応からして事情を知らない事を察し、真実を言うべきか迷った。

 いつものベロニカなら上手く迷いを隠せただろう。

 しかし様々な不安を抱えているせいか、ノアはすぐに異変を察してカウンターに身を乗り出した。


「ゼアルが来たのか」


 不安、焦り、怒り。ノアは思い切り叫んでやりたくなった。

 うまくいかない現実が苦しくてたまらない。

 

「……一つ、よろしいでしょうか」


 ベロニカは誰も危険な目にあってほしくないという思いでいっぱいだった。

 たとえ初めて会った人だとしてもそれは変わらない。

 でも今、この人を必死に止めたとしても自分のことを殴ってでもアルーゼ様の元へ行くだろうと、そう感じた。

 

「あなたはアルーゼ様とどういったご関係ですか」


「家族だ」


 嘘偽りのない真実の言葉。

 根拠はどこにもない。しかしベロニカは確信した。


 ラプトル騎士団、ノア、新たな勢力がエースケたちを追いかけ、ルゼアチノへ迫っていく。

 そんな最中、エースケは、


「ねぇねぇエースケってば」


「だめです。完全に気絶してます」


 気絶していた。

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