7.新婚初夜
実家から届いたわずかな私物を馬車に詰め込み、出発してから一週間後、私たちはゼンコールド公爵領についた。
ゼンコールド公爵領は広大で、中途の町々でベネディクト様が仕事をしていたこともあり、領地に入ってから国境沿いの領主屋敷のある町まで行くのにさらに丸2日を要した。
領主屋敷と町と言っているが、実際には国境の山深くにある山城と、麓の要塞、と言ったところだ。
通りを歩いているのは半数が騎士や兵士、それに軍馬。すれ違う一般人も彼らをまったく怖がっていないので、身近な存在だというのがよくわかる。
防衛を目的に領地を下賜されて十二年、ベネディクト様はこれほどの町を作りあげたのだ。
……考えてみると、領主としての仕事と騎士としての仕事を同時にこなすのはなかなかたいへんなことではないかしら?
私もダレル殿下の補佐をしながら家政の手伝いもしていた。とはいえ事務処理や社交は王宮の仕事に似た部分もあるのに比べて、魔獣の討伐と家政はまったく違う。
(いまさらながら、とんでもない方と結婚してしまったかもしれないわ)
領主屋敷の玄関前には、使用人たちが勢ぞろいしていた。
「あらためまして、執事のジェイスと申します」
王都からいっしょだった執事、ジェイスが頭を下げると同時に皆深々と頭を下げる。
皆、いまジェイスから話を聞いたばかりなのでしょう、表情がものすごく動揺している。
主人がなんの前触れもなく王都から妻を連れ帰ってきたのだから当然だ。
「サーラだ。王都で出会い、価値観の一致により結婚した。俺と同様に忙しいご令嬢だったからな、しばらくゆっくりさせてやってくれ」
マクスウェルさんにしたよりはマシに思える、しかしなんとも言えない紹介に、玄関ホールには重苦しい沈黙がただよった。
私は女主人ということになる。女主人は屋敷の差配をし、雇用にも口を出すから、私がどんな人間かは気になるだろう。
「サーラです。よろしくね」
私はにこりと笑顔を向けた。
敵対したいわけではない。むしろ私はできるだけ長くゼンコールド領に引っ込んで、快適な暮らしを送りたいのだ。
「ベネディクト様の妻として、ゼンコールド家のために働きたいと思っているわ。なにかあれば遠慮なく言ってちょうだい」
いまの状況を変えるつもりはない、ということを表明しておく。あと、働くつもりはちゃんとある。
けれど、返ってきたのは微妙な反応だった。使用人たちは互いに目配せをし、私のほうをちらりと見て……なぜか緊張した空気をかもしだしている。
なにかしら、この空気。
「お心遣い感謝いたします、奥様」
ジェイスが言うと、使用人たちはもう一度深く頭を下げて、それぞれの持ち場へ戻っていった。
「では、俺もたまった仕事を片付けてくる」
「はい、いってらっしゃいませ」
ベネディクト様は気にならなかったようだ。あっさりと玄関を出ていく――。
「えっ、奥様を屋敷に残して巡回へ行かれるんですか!?」
ジェイスがマクスウェルさんのようなことを言って驚いている。
「いいのよ、ジェイス」
これは契約結婚なのだから、ともにすごさない時間を責めるつもりはない。
……と思ったけれど、そういえば入籍したその日に王都を出てずっと宿暮らしだった。
ゼンコールド家の屋敷で眠る今夜は、結婚初夜になるのかしら?
ジェイスも声をあげるはずだ。
ただ、ジェイスの声はベネディクト様には届かなかった。
用意されていた馬にひらりとまたがると、ベネディクト様はこちらに何度か手を振って、門への道を駆けていってしまった。
「だ、旦那様……申し訳ございません、奥様……」
「まあいいじゃない。私も今日は休ませてもらうわ」
おろおろとするジェイスに私は笑った。
公爵夫人としての仕事にはおいおい慣れていくことにして――。
まずはのんびりするわよ!
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