6.いざ領地へ
かくかくしかじか、と経緯を説明すると、マクスウェルさんはどんどん微妙な顔になっていった。
「それは災難で……いや、よかった、んですかね……? 私は先行き不安ですけども……」
「そうですよね。引き継ぎもしていませんし……ですので、これを」
仕事をしなくていいのは嬉しいが、起きるだろう混乱を思えば心苦しくもある。
だから昨夜、思い出せる範囲で引き継ぎ書を作っておいた。誓約書の提出のため王宮を訪れることはわかっていたから、渡す機会もあるだろうと思って。
誓約書の受け付けをしてくれた書記官長にも事務まわりの引き継ぎ書を渡した。
アーネスト殿下にも「シャデリア王国の王妃殿下へお見舞いの品を」と言付けを頼んだし。
「こちらは騎士団向けのものです」
「ありがとうございます……まあ騎士団と殿下の接点は決まりきった決裁ばかりですから、大丈夫だと思いますが」
それはどうだろう、と思ったものの、変に怖がらせてもよくないと私は口をつぐんだ。
私がしてきた仕事は第一王子アーネスト殿下にも共有している。いざとなればアーネスト殿下がなんとかしてくださる……はずだ。
「あら、お先に失礼いたしました。どうぞベネディクト様のご用件を」
考え込んでいた私は一歩下がってベネディクト様をうながした。
騎士団庁舎に行くと言ったのはベネディクト様だ。ベネディクト様も騎士団に用事があったはず。
「ああ、そうだ。マクスウェルとあなたが知り合いなら話が早い。マクスウェル、そういうわけで俺は彼女と結婚したから、彼女にも俺の状況の共有を頼む。サーラ嬢……いや、サーラ……」
ベネディクト様は少々照れくさそうに私の名を呼んだ。
「はい」
「俺は今夜には王都を出発する。連絡をとるには騎士団の馬を使うのが最も早い。もし緊急事態が起きた時にはこのマクスウェルに……」
「えっ」
「えっ」
私とマクスウェルさんの声が重なった。
「私を王都に残して領地へ行くんですか!?」
「奥様を王都に残して領地へ行くんですか!?」
私とマクスウェルさんの剣幕に、ベネディクト様は驚いたようだった。
でも私とマクスウェルさんの非難は違う。マクスウェルさんはもっと王都にいて新妻との時間をすごせと言いたいのだろう。けれど、私が望むのは、
「私も領地へ連れていってください!!」
王都からの、脱出!
「しかしゼンコールド領は一週間以上もかかる」
「好都合じゃないですか」
王都とのやりとりにそれだけ時間がかかるなら、面倒くさがりのダレル殿下やレティアは私との連絡を諦めてくれるかもしれない。
私の置かれた状況を思い出したのだろう。ベネディクト様は「そうか……そうだな」と呟いている。
「では、今夜と言わず、このあと屋敷に戻ったらすぐの出発でもいいだろうか」
「えっ!?」
「はい、問題ございません。先ほど実家に寄った際に、荷物をゼンコールドのお屋敷に送ってくれるよう執事に頼んでおきました。私の私物はほとんどありませんから、もう届いていると思います」
「ええっ!?」
ベネディクト様と私が口を開くたびにマクスウェルさんは驚きの声をあげていたが、やがて信じられないものを見る目をして口をつぐんでしまった。
ベネディクト様、本当はすぐにでも出立したいのを、私のために夜まではいてくださるつもりだったのね。
どうやら夫となった人は、気遣いのできる優しい方だ。
世間一般とは少し認識がずれるかもしれないけれど。
こうして、婚約破棄の翌日には、私は結婚の手続きをすませ、王都をあとにすることができたのだった。
良き理解者にめぐり会えて、本当によかった。
ダレル殿下、レティア、ありがとう。
遅くなったけれど私からもふたりに祝福を。どうぞお幸せに。




