5.実家へ報告
その晩は、ゼンコールド公爵家に泊めてもらった。実家のマイリット侯爵家からはとくに連絡もなく……まあ両親は、ダレル殿下とレティアの婚約をよろこぶのに忙しくて、私のことなどどうでもいいのだろう。
翌日には、婚姻誓約書は両家当主の署名入りで王宮へ届けられ、つつがなく受理された。
受付の書記官長は昨日の騒ぎを知っていたらしく、「大変ですね……お幸せに」となんともいえない表情でお祝いの言葉を述べてくれたけれども。
それよりも、実家でのやりとりのほうがいたたまれなかった。
ゼンコールド公爵家の当主はベネディクト様だ。だから誓約書にはベネディクト様がサインをすればいい。
けれどマイリット侯爵家の当主はお父様なので、私の結婚にはお父様の署名が必要になる。
「本当に結婚などと言って殴られないだろうか」
と心配するベネディクト様に私は首を振った。
「いえ、あの人たちは私のことに興味がありませんから」
私が婚約破棄された昨日だって、当然両親も広間にいた。ただし彼らが見ていたのは婚約破棄された姉ではなく、新たに第二王子の婚約者となった妹だけ――。
「えっ、あれ君の妹なのか」
そういえばベネディクト様、前半は寝ていたのだった。
さすがのベネディクト様も目を見開いて驚いている。
「とにかく会えばどういう人たちかわかります。サインだけもらってすぐに帰りましょう」
私はそれだけ言った。もしかしたら目が虚ろだったかもしれない。
そして両親とレティアは、予想を裏切らなかった。
「これはこれは、ゼンコールド公爵閣下……うちの娘と、本当に? ええ、もちろん異論はございません」
「そんなことより聞いてくださいますか閣下。レティアはダレル殿下から指輪をいただいたのですよ。こんなに大きなダイヤのついた……この子は昔から愛嬌があってかわいらしくて。ダンスもとても上手で」
「やめてよお母様、公爵閣下はお姉様と結婚なさるのよ? よかったわねお姉様、引き取り手がすぐに見つかって」
「そうだよお前、レティアを紹介して、閣下がレティアに心奪われては困るだろう」
「いやだあ、お父様ったら」
(すごい。ベネディクト様、目を開けたまま寝ていらっしゃるわ)
薄く目を開け、真剣な表情で頷いているように見えて、船を漕いでいる。どうやらベネディクト様は、話がどうでもいいことになると睡眠を優先するようだ。
婚約破棄の場でもこの状態だったのだと私は合点した。
私は馬車で眠るベネディクト様を見たから違いがわかる。起きている時のベネディクト様は騎士らしく背すじをまっすぐにのばしているけれど、眠ると少しだけ背をかがめるのだ。
最後まで家族の誰も気づくことはなく、さんざんレティアの自慢話をしてからお父様は上機嫌で誓約書にサインをした。
その瞬間にベネディクト様は目覚め、
「ありがとうございます。では失礼します。一刻も早く王宮へ提出せねばなりませんので」
と立ちあがり、私をエスコートしてマイリット家を出た。
……うん、思い出すだけでも顔が赤くなる。
ベネディクト様がほとんど話を聞いていなかったことが救いだけれど……どこの世界に姉の結婚相手に妹の結婚相手を自慢する親がいるのよ。
馬車に乗ったベネディクト様は、時刻を確認し、自分が妙に元気になった理由――マイリット家で小一時間ほどの仮眠がとれたことを知った。
かつ、私がそのあいだ、自分が寝てしまうほどにくだらない話を聞かされ続けたということも。
「申し訳ない。君を残して寝入ってしまった」
「いえ、お気になさらず」
「結婚したら、本当によく休んでくれ」
今度は笑顔ではなく引き気味の顔で、私は労られてしまったのだった。
……笑顔がよかったな、なんて。
*
さて、婚姻誓約書が受理されたあと、ベネディクト様は私を連れて王宮に併設された騎士団庁舎に足を向けた。
そこで私は、騎士団の副団長マクスウェル・ベイカーさんに引き合わされた。
実はマクスウェルさんは知り合いだ。会うのは初めてだけれども、ダレル殿下のかわりに騎士団とやりとりをする時はマクスウェルさんが対応してくれていた。
マクスウェルさんは子爵家の次男。文武両道で剣術にも経理にも優れ、騎士団の調整役だ。
「サーラ様? サーラ・マイリット様ですか?」
私の名を聞いて、マクスウェルさんは動揺と困惑の表情になった。執事と同じ顔だ。
彼にとって私はダレル殿下の婚約者で代理人。その私が突然、騎士団長とともに現れたら、粗相があったのかと思うだろう。
「あ、いえ、サーラ・ゼンコールドになりました」
「え????」
しまった、否定する箇所を間違えたわ。
「先ほど、結婚した」
「は????」
ベネディクト様が補足してくださるけれど、マクスウェルさんは困惑を深めただけだった。




