41.想いは 後半
入室の許可を待っていたら、ドアは向こうから開いた。しかも出てきたのはベネディクト様だ。
私の顔を見るなり、気まずそうに視線を逸らす。
「体調は……」
「大丈夫です。ブーちゃんの回復魔法が効いたのかもしれません。少し寝たらすっきりしました」
「そうか、よかった」
そう言いながらも、ベネディクト様はドアの前を動こうとしない。部屋に入っていいのか、いけないのか。
「お話し中でしょうか?」
「ああ、いや、話は終わったんだ。だが君の顔を見たら……サーラが行くというのなら、俺に口を出す権利は……だが、しかし……」
ベネディクト様は、視線を私に戻してじっと見つめてきたが、「なんでもない」と私を部屋に入れ、ご自分は廊下へ出ていった。
心なしかベネディクト様のお顔が赤かったような気がするけれど……まさか過労による発熱……? お体の具合が……?
あとでジェイスに確認しなくちゃ。
室内にはアーネスト殿下がひとりだけ。内密なご用事なのだとは察したものの、そのお話は私の想像をはるかに超えるものだった。
「……私を、アーネスト殿下の婚約者に、ですか……?」
「そう」
目を丸くする私とは反対に、アーネスト殿下は静かに頷くだけ。
「話したとおり、私の婚約は円満に解消された。国内で妻を娶るなら、最も優秀な女性がいいだろう」
「……お褒めの言葉、ありがとうございます」
「ダレルのことは申し訳なかった。王子としての能力と自覚が欠けていた。やはり国のためには、優秀な者だけが上に立つべきだ」
なんと言っていいかわからない私の前で、アーネスト殿下は一枚の板のように姿勢を正して立っている。
「もともと君をダレルの婚約者とし、王家の一員とするよう父上に推薦したのは私だ。君も『国の役に立てるなら』と了承してくれた。条件はあの時と変わらない」
私は眉をさげてアーネスト殿下を見つめた。
アーネスト殿下も私を見つめ返す。その視線にはなんの含みもない。アーネスト殿下は本心から私の能力を認めてくださり、私が国政に参画することが国を発展させることにつながると信じてくださっている。
そのためには王太子の婚約者、ゆくゆくは王妃という地位が一番いい。
――それ以上でも、それ以下でもないのだ。
私は王宮での日々を思いだした。
王宮で一番働いていたのは、私ではなく、アーネスト殿下だ。
睡眠は一日に数時間だけ、睡眠というよりは仮眠では?という短さで、あとは回復薬を常飲して補っていた。
真面目な顔で「試算の結果、1日に3本までなら短期的に見てもポーションの価格を私の生みだす価値が上回る」とおっしゃるのを初めて聞いたときは正直引いた。
ただ、たしかにアーネスト殿下がとんでもない勢いで決裁を進めてくださるおかげで、王宮内のすべての部署において政務がはかどっていたことは事実だ。
ダレル殿下の婚約者となった私も、そんなアーネスト殿下を見習って、仕事に追われ、あちこちの折衝に入り、国の発展のために働いた。楽しかったし、やりがいもあった。
でも、そのために置き去りにしてしまったものもある。
ゼンコールド家に来て、ベネディクト様や領地の状況を知って、私はそのことに気づいた。
「私は……考え方を変えました」
「ほう?」
「優秀であればそれでよいとは思いません。他者への気配りがなければ」
実は、帳簿つけを引きとったとき、使用人たちのフォローにまわったジェイスに、各自がどれだけ働いているのかもチェックしてもらった。
結果は……指示系統がうまく機能していなかったために、ほとんどの使用人が夜更けまで働き、もしくは自分の専門外の作業まで手伝い、無理をしていた。
ベネディクト様のお話では、騎士団の部下たちにも余裕はなかった。
そのときに思ったのだ。
もしかして、王宮も同じ状態だったのではないかと。
ベネディクト様を助けようとゼンコールド家の皆が働きすぎていたように。アーネスト様に見出された私が仕事漬けになってしまったように。
アーネスト殿下や私の部下として働いていた人々も、無理をしていたのでは、と。
私たちは、そのことに気づいていなかった。
最適化されすぎた組織は視野が狭くなり、これでうまく進んでいるのだからとリスクを放置し続けてしまう。
そしてある時バランスが崩れると、問題が噴出する。
また一方で、私から仕事を取りあげられていたダレル殿下が暴走したのも、根の部分は同じかもしれない。
私は……心のどこかで、ダレル殿下を見下していた。『お父様と同じで、仕事もできないのに偉そうにする男』……と。
……まあそれは、今でも事実だと思うけれど……。
「今と同じやり方で国政を進めるのは問題があると感じます。私にもまだ答えは出せていませんが……変わる必要があるのです」
アーネスト殿下に意見をするのは初めてのことだ。
緊張に手に汗をかいてしまう。
でも、これは言わなければならない。
初めての、私の――サーラ自身の気持ちを。
「そのお手伝いなら、私はよろこんでいたします。けれど、それはサーラ・ゼンコールドとしてです。アーネスト殿下の婚約者としてではありません」
私の言葉に、アーネスト殿下は軽く目を見開く。
それから、よくわからないという顔で首をかしげた。
「どうして?」
「えっ?」
「国を変えていくなら私の妻になるのが最も合理的なはずだ。ゆくゆくは王妃としての権限を持つと思えば皆が従うからね。王都に住み、国の情報も入ってくる。ゼンコールド公爵夫人の座を守る必要はないだろう」
「あっ、そ、それは、そう、なのですが」
私の一世一代の決心は、速攻で論破されてしまった。
たしかに、さっきの私も自分でそう思った。王太子の婚約者、ゆくゆくは王妃という地位が一番いい、と。
「あの……わがままを申しますが、私はゼンコールド領にいたいのです。ベネディクト様の妻でありたいと思います。これは、国とは関係のない、私自身の気持ちでして……申し訳ありません」
肩を落として言うと、アーネスト殿下は「ふむ」と顎に手を当て、さらに首をひねった。
「それはつまり、ベネディクト殿を愛しているということ?」
「ええっ!?!?!?」
思わずすっとんきょうな叫びをあげてしまい、私は慌てて姿勢を正し、「失礼いたしました」と頭をさげる。
けれど、顔をあげても、頬は火を噴いているように熱い。
いえいえいえいえ、ベネディクト様は私のことなんて、捨てられていたから拾ったペットとしか思っていらっしゃらないのよ。
愛しているなんて、言えるわけがない。
(あら、言えるわけがないということは、言えるのなら、言いたいのかしら、私は……?)
というか、アーネスト殿下には、「ベネディクト様を愛しています」と言ったほうがいいのよね? 本当の夫婦らしく見えたほうが王都に戻されることもないだろうとベネディクト様もおっしゃっていたし。
ああ、でも、嘘でそんなことを言うなんて……。
「では、その件はまたあらためよう」
私の激しい狼狽に、結論が出ないとわかったのだろう、アーネスト殿下はそう言って、テーブルの上にあった小さなベルを振った。
チリンと鳴った音と同時に、ドアが開く。
そこにいたのは、廊下を去っていったはずのベネディクト様だ。
「!?!?」
声にならない悲鳴をあげる私を置いて、アーネスト殿下は「終わったよ」とベネディクト様に告げた。
それから、私を振り向いて、ふっと笑う。
「私の婚約者の座はしばらく空けておく。結論が出たら報告してくれ」
出ていくアーネスト殿下を、私はぽかんと口を開けて見送ってしまった。
ジェイスが慌てて駆けつけ、アーネスト殿下を賓客室へと案内する。
見間違いでなければ、いまのはアーネスト殿下の笑顔では……?
殿下、笑えたんですね……。
アーネストは、本人なりに国のためを思って動いてるんですけど滅私奉公がいきすぎて逆に人の気持ちがわからないタイプです(ダレルの逆)。




