40.想いは 前半(ベネディクト視点)
屋敷に戻るまでの馬車の中で、ベネディクトの肩に頭をあずけ、サーラは寝入ってしまった。
そのまま屋敷へついても起きないサーラを、ベネディクトは彼女の寝室へと運んだ。
外にいた格好のままベッドを使ったことをサーラは恐縮するだろうが、疲れていたのだから仕方がない。
(ドラゴンに対峙したのだ、心労も大きいだろう)
と、ベネディクトは思っていた。
実は思わぬ同衾で眠れなかったぶんの疲れもあるとは知らない。
「ブー様、サーラを頼みます」
「プゥ」
「俺は行かねばなりません」
サーラの寝顔をもう一度見て、ベネディクトは立ちあがった。
廊下を歩き、向かった先は応接間。
そこで待つのは、王太子アーネストだ。
思わぬ来訪続きのゼンコールド家は、ジェイスもリシャも魂を飛ばしそうになりながらアーネストをもてなしていた。
「ベネディクト・ゼンコールドまいりました。サーラは眠っておりますのでご容赦を」
「ああ、もとからそれぞれと話をするつもりだったんだ」
アーネストの言葉にベネディクトはわずかに首をかしげた。
アーネストの到着は今朝、つまりダレル到着の翌朝である。
マクスウェルから書状の写しを受けとり、ダレルの暴走を知ってすぐに王宮を出たということだ。
「人払いを」
ベネディクトのひと言に、ジェイスとリシャは頭をさげて退室する。
ドアの向こうでふたりはほっと息をつきかけたが、新たな問題の予感も覚えて顔を見合わせた。
一方、部屋では、アーネストが席を立ち、ベネディクトと向かいあった。
ベネディクトも姿勢を正す。
「ドラゴンの討伐、王家としてまことに感謝する。ありがとう。君は二度も国を救った」
王族は頭をさげることはない――だがアーネストは、まっすぐにベネディクトを見つめるその視線を少しさげ、顔をうつむける。彼の地位が許すなりの、最大限の仕草だ。
ベネディクトは深く頭をさげ、アーネストが表してくれた感謝と敬意を受けとめた。
「もったいないお言葉です」
「王家は君に報いる義務がある。褒賞はなにを望む?」
顔をあげたベネディクトに、アーネストが尋ねる。
ダレルと似た顔立ちだが、アーネストはほとんど表情を動かさない。ただ淡々と、なすべきことをなす、そうした人間なのだとサーラが言っていた。
そのアーネストに、どこまで通用するかはわからないが。
「サーラです。私は討伐の褒賞に、彼女を妻とし続けることを望みます」
背すじをのばし、まっすぐにアーネストを見つめ返して、ベネディクトは告げた。
一瞬、表情のなかったアーネストの顔に驚きが走る。
すぐにアーネストは、軽く見開いていた目を細め、「ふうん」と彼にしては砕けた応えを返した。
「そう来たか」
「許していただけますか」
「ダレルから聞いたのだね」
「はい」
ベネディクトは頷いた。
ドラゴン襲来はあくまで可能性だった。ダレルの暴走も、それだけならアーネストが動くだけの理由にはならなかったはずだ。
だがもっと重要な思惑によって近々アーネストがゼンコールド領を訪れるだろうことを、ベネディクトは撤退の際、ダレルやレティアから聞いていた。
ベネディクトもサーラも、ダレルとレティアはサーラを取り戻しにきたのだと思った。しかし実際には逆で、彼らは王都へ戻らないようにサーラに言い含めるつもりだったという。
サーラを王都へ戻したいのは、アーネストだ。
しかも、自身の将来の妃として。
「サーラは優秀な女性です。王太子妃の器でもあるでしょう。しかし、彼女は俺が晩餐会を連れだすまで、ずいぶん働かされていたと聞きました。まだ若い令嬢が、明らかな疲れを顔ににじませるほどですよ。原因はダレル殿下です」
「ダレルのことは私も反省している。サーラがダレルの婚約者となった途端に政務がうまくまわるようになったからね、放置してしまった」
「サーラがあなたの婚約者となったら、同じことが起きるでしょう」
「……改善はするつもりなんだけどね」
「私はサーラを守ると誓いました。サーラを王都に戻したくない。彼女の能力が稀有なものであることを理解していますが、彼女への愛情もなく、彼女を使い潰すような方のもとへは――」
ふむ、とアーネストは顎に手を当て、首をかしげる。
「では、私がサーラを使い潰すような真似はしないと誓い、仕事の量は無理のない範囲に収め、心を込めて彼女を愛するなら、サーラを渡してくれるのかい?」
「……!!」
「君の論ではそういうことになるよ。サーラを渡したくないのは本当に彼女を心配しているからだけか? 彼女に何不自由のない穏やかな暮らしが約束されても、君は彼女を放したくないのではないかな」
「そ、れは……」
「ん?」
「…………どういうことでしょうか……」
明らかな狼狽を見せるベネディクトに、アーネストは今度こそきょとんとした顔になった。
「うん…………まあ、自分で考えてみることだね」
コンコンコン、とノックの音が鳴る。
「あの、サーラです。アーネスト殿下がいらっしゃると聞いて……」
ドアの向こうから聞こえてくるのはサーラの声だ。
どうやら思った以上に時間がたっていたらしい。仮眠から目覚めたサーラは、リシャからアーネストがきていることを聞き、慌てて身支度を整えたのだろう。
「サーラとも内密な話を、いいかな」
「……どうぞ」
夫としては、断りたい。
だが、王太子からの要請は、私情に優先する。
自分の気持ちを決めきれないまま、ベネディクトはドアへ向かった。




