42.時々はゆっくりと(完)
アーネスト殿下が部屋を出て、残されたベネディクト様と私はそっと顔を見合わせた。
私の顔はまだ赤いだろう。一方のベネディクト様のお顔は――。
え、蒼白?
「王都へ戻るのか」
ベネディクト様はさげた両手をこぶしににぎりながら言った。
「えっ、どうしてですか」
「婚約者の座は空けておく、とアーネスト殿下が」
去り際のアーネスト殿下の台詞を思いだす。たしかにそうおっしゃっていた。
しかも部屋の中の私が顔を真っ赤にしていたものだから、求婚を受けたと思われて……?
ん? なぜ私がアーネスト殿下の婚約者になると、ベネディクト様が顔面蒼白になるの……?
「王都には戻りません! アーネスト殿下の婚約者にもなりません!」
考え込んでいるうちにベネディクト様がぷるぷると震えだしてしまったので、私は慌てて一番重要な点を否定した。
捨てられた子犬のようになっていたベネディクト様が顔をあげる。
「そうなのか」
「はい。だって、私はゼンコールド公爵夫人……ベネディクト様の妻ですよ」
「だが、俺たちは愛のない契約結婚で……」
「今さらそんなことを言うのですか? ずっとゼンコールド領にいるなら白い結婚を守らなくていい、とおっしゃったのはベネディクト様ではありませんか」
つい責める口調で言ってしまってから、
(あら? いまの台詞、いろんな意味に受けとれてしまうわね?)
と気づく。
ベネディクト様もハッとした表情になった。
……かと思えば、ベネディクト様のお顔も、どんどん赤くなっていく。
ベネディクト様が私の手をとった。
手の甲に口づけが落とされる。
そのまま上目遣いに私を見るベネディクト様の視線には、たくさんの感情がこもっていた。
「これを」
私の手をとるのとは反対の手を、ベネディクト様がさしだした。
握られているのは一輪の花――ピンクの秋バラだ。
「庭の花だが、デルクとカレンに言って一番きれいなものを選んでもらった……リシャが、君は花が好きだと言っていたから」
ベネディクト様は少し勘違いしている。
花は、ベネディクト様からいただいたから、大切にして、好きになった。
本来は収穫できる野菜のほうが興味があるものね。
でも、そんなことを言う必要はない。
受けとったバラは淡いピンクで、可憐な花びらを七分咲きに開いている。甘い香りが鼻をくすぐって、私は思わず笑顔になった。
「ありがとうございます」
顔をあげれば、ベネディクト様も目を細め、幸せそうにほほえんでいる。
「ずっと、ここにいてほしい……俺の隣に」
「……はい」
私は頷いた。
(もしかしてこれもまた紛らわしい台詞の一部かしら)
そんな一抹の不安がよぎったけれど、
「ありがとう。……嬉しい」
笑顔になったベネディクト様が苦しいくらいに強く私を抱きしめたから、どうやらその心配はしなくてよさそうだ。
◆◇◆
アーネスト殿下は、ダレル殿下とレティアも王都に連れ帰ってくださった。
ふたりとも、「逃亡しないように」と外から鍵のかかる格子窓の馬車に押し込まれていたけれど……あれ……罪人護送用馬車かしら……?
まあ、緊急事態だから指示に従うようにと言われていたにもかかわらず、ベネディクト様の指示を無視してドラゴンの討伐作戦を混乱させたので、軍法会議にかけられてもおかしくはない。
彼らの処罰がどうなるかは、アーネスト殿下のみぞ知る。
私には関係も興味もない。
ちなみにダレル殿下はドラゴンの火焔をわずかに受け、体のほうは魔鉱石の鎧のおかげで問題なかったらしいが、髪の大半が焦げてチリチリになってしまった。
どうやら顔を見せるために兜を外していたらしく……どこまでバ……いえいえ。
ダレル殿下、最期の言葉が「話が、違……っ!!」とか「なにが聖女の加護だ!!」とかにならなくて、本当によかった。
そんなダレル殿下が回復魔法をかけろと慌ててレティアに迫ったせいで、レティアの髪にも鎧の熱の名残が移り、レティアの髪もチリチリに。
一応ブーちゃんに、「回復してあげる?」と聞いたものの、
「ブゥブゥ!」
足ダンダンつきの、そんな返事だった。
「クソクソって言ってますね」
遠慮のなくなったリシャが通訳してくれたけれど、してくれなくても私にもそう聞こえた……かな。
アーネスト殿下の滞在中、ダレル殿下とレティアは客間に閉じこもり、中からは罵り合う声が聞こえていたらしい。
出られない馬車に閉じ込めなくても、ふたりとも出てこなかったかもしれないわね。
◆◇◆
「……さて、王族の方々も帰られて、ようやくひと息つける……と、言いたいところですが」
久しぶりのキャロットケーキに舌鼓を打ちながら、私は小さく肩をすくめた。
私の向かいに座ったベネディクト様も、「そうだな」と頷く。
舌の上ではニンジンのやさしい甘さと紅茶の芳醇な香りがまざりあい、部屋にはブーちゃんがニンジンをかじるカリカリカリカリという音が響く。
最高の午後……なのだけれど、話しあうことはたくさんある。
まず、ドラゴンが残した素材の処理。
ルクマイヤは涙を流さんばかりに大よろこびで、王都から来ていた魔道具工房の職人たちも思わぬ幸運に沸いていた。
あの人たち、まだまだ帰らなそうね……。
一方で、魔獣はぱたっと出現がやんだ。
ドラゴンに追われる形で大移動をしていた魔獣たちは、そのドラゴンが討伐されたことで、わざわざ国境の山を越えてゼンコールド領に入る必要がなくなったのだ。
しばらくゼンコールド領には、ドラゴンの大量の魔力が残る。
その魔力に魔獣が引きよせられるのではと思っていたものの、高位魔獣の魔力は低位魔獣を恐れさせるそうで、むしろ今のゼンコールド領は結界に守られたような状態だという。
「サーラが最初に言ったとおりだったな……魔獣が半分以下になったら、ゼンコールド領は赤字に転落する、と。実際には半減どころかゼロになってしまった」
途中で増員をやめ、罠に切り替えていたために、赤字幅は小さい。
その赤字も、いまや王都だけでなく国中でヒット商品となっている魔狼のケープでしばらくは補える。
「ゼンコールド領は国境警備も担っておりますし、大幅に兵を削減する必要はありませんね」
「ああ、希望する者には紹介状を書き、王都や別の領地の騎士団を紹介する。魔獣はまた何年かすれば増える可能性もあるからな」
「せっかく落ち着いたのですし、これまでの資金が残っているうちに領内の産業に投資をしなくては」
指折り数える私に、ベネディクト様は笑い声を漏らした。
「頼もしいな。サーラがいてくれれば、大丈夫だと思える」
「ええ、ベネディクト様の妻ですから」
私もにっこりと笑い返した。
まだしばらく忙しい日々は続きそうだけれども。
ベネディクト様の隣でなら、それも楽しいに違いない。
でも、時々はゆっくりとお茶をしましょうね、旦那様。
これにてひと区切りとなります~!
連載追いかけてくださった皆様、いいねや感想などたくさんありがとうございました!
おかげ様で走り抜けることができました。
想定外に多くの皆様に読んでいただき、ドキドキなのですが…楽しんでいただけていれば嬉しいです!
ピンクのバラは、花ことばいろいろあるのですが、
「感謝」「幸福」「愛情」「思いやり」「満ち足りた気持ち」などなど。
そしてバラを渡すときの本数にも意味があり、1本なら「あなたしかいない」だそうです。
庭師デルクとカレンはわかって選んでいますがベネディクトとサーラはわかっていません…笑
ベネディクトとサーラのその後はもう少し書きたいので、番外編など更新できればと思っています。
ブクマはそのままでお待ちいただけると嬉しいです!
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