34.砦へ
『とっとと来てとっとと帰ってもらう』という当初の方針どおり、ベネディクト様はゼンコールド領の地形や魔獣の出現ポイントを簡単に説明すると、
「では行きましょう」
とダレル殿下とレティア、待機していた兵たちを連れて砦に向かった。
「えっ? え、ついたばかりだぞ?」
「そうよ、少し休憩を……」
「先ほども申しあげたとおり、予断を許さぬ状況です。殿下とレティア嬢にはすぐにでもお力添えいただきたい」
ふたりは文句を言いかけたものの、険しいお顔のベネディクト様にきっぱりと言われ、意外と素直に従った。
(普段は地位を利用して無理を押しつけているから、忖度してくれない相手だと弱いのね)
だからダレル殿下はアーネスト殿下にも弱いのだ。ベネディクト様、いまは目が据わっていて有無を言わさぬ迫力があるし。
私ももっと強気で言えばよかったかも……と思ったけれど、強気で言うと魔法で威嚇されるのだった。『加護なし』はつらいわね。
ちなみに、その『加護なし』の私も砦に向かっている。
出立前、ふたりが「絶対についてこい」と言ったからだ。
お見送りをしようとした私を、ダレル殿下とレティアは両側から挟み込むように立ち、言った。
「お前は内心で俺たちを馬鹿にしていたな、サーラ」
「自分こそどれだけ役立たずか教えてあげるわ。わたくしたちの活躍を指を咥えて見ていなさい」
「それで、魔獣討伐のあとに話がある」
「逃げないでね、お姉様」
ふふ……とレティアが不敵な笑みを浮かべているけれど、こそこそと話しかけてきたのはダレル殿下とレティアのほうだ。
要は、『加護なし』の私の自信を折り、なにかしらの要求を突きつけたいが、いまベネディクト様の前で話すと確実に怒りを買うのでこっそり言いたい……そういうことみたい。
しかし私はベネディクト様の妻であり、ゼンコールド家の女主人であり、魔法の使えない非戦闘員だ。
「ベネディクト様の許可なく同行はできませんよ。尋ねてみないと」
「あくまでお前のわがままでついていきたいと言うんだ!」
ということだったので、ベネディクト様にはすべてをお伝えした。
「そうか……」
「はい」
「どうするか、…………」
「…………」
ベネディクト様のお顔がどんどん険しく、顔じゅうのいろんなところにシワが……。
「……同行を許可する」
「はい。では同行いたします」
「砦にも危険はあるが、サーラを残していって、彼らが帰りたいと言ったときに俺が魔獣と戦闘中の場合、屋敷で彼らとサーラだけになる……それよりは俺のそばにいたほうが、いろいろと安全だろう……」
今度は声がどんどん低くなるベネディクト様。
様々な状況を考慮したうえでの苦渋の決断なのだ。
「ルクマイヤに魔狼の毛皮でコートを作ってもらったのです。魔法耐性がどれほどのものかはわかりませんが、それを着ていきますね」
部屋に戻ってリシャに事情を説明し、着替えをして荷物を詰めてもらう。動きやすいドレスとブーツ、魔狼のコートと……荷物には、数日分の衣類と替えのブーツ。
「あの方々が、奥様のおっしゃっていた『王都のクソクソ』ですか……?」
「『ノリクソ』は実家のことだったけれど……まあクソクソで間違っていないわね」
到着からのほんの数十分でリシャはドン引きしてしまったらしく、ダレル殿下とレティアが私の同行を求めていると知ると、
「ベネディクト様から離れないようにしてくださいね」
と何度も念を押された。
最後にブーちゃんに別れの挨拶を、と思ったら、バスケットにブーちゃんはいなかった。
「あら? ブーちゃんは?」
「いませんね。さっきまでいたのに……」
「ブーちゃーん?」
近ごろ脱走という特技を覚えたブーちゃんは、勝手に私の部屋を歩いたり、すごい時にはキッチンまで行って野菜をもらったりしている。
呼べば出てくるので、飼われていたにしても賢すぎるような……と思いつつ好きにさせている。
「あとでキッチンを見てみますね」
「ええ、お願いね」
――というわけで、私はいま、砦のベネディクト様のお部屋で、荷ほどきをしている。
私を迎えた騎士の若者が、「団長の奥様ですね! うかがっております!」と案内してくれたのがベネディクト様のお部屋だったからだ。
私の馬車は最後の到着で、ベネディクト様はすでにお部屋にはいらっしゃらず、ダレル殿下とレティアを連れて魔獣の出現ポイントに出発していた。
私がふたりに関わらなくていいようにしてくださったのだろう。
が、たぶんそのせいで、新人らしい若者は私をベネディクト様のお部屋に連れていったのだ。
(そうよね、私はベネディクト様の妻なのだものね……屋敷での寝室が別だなんて、騎士団の人たちは知らないし)
団長とはいえ部屋は簡素で、クローゼットがひとつと応接用のテーブルセット、書き物のできる執務机、そしてベッドしかない。
ベッドも……ふたりが眠れるほど大きなものではあるが、寝返りを打てば触れてしまいそうなサイズでもある。
(……まあ、ベネディクト様が戻っていらっしゃったら相談してみましょう)
クローゼットを勝手に開けるのもはばかられて、結局荷ほどきはリシャが入れてくれたものを確認するだけに――。
「わああっ!?!?」
寝間着の生地越しに柔らかく温かな感触を覚えて、私は悲鳴をあげた。
私の叫び声に驚いたのか、その『なにか』もぴこっと耳を揺らして後ろ足で立ちあがる。真っ白な美しい毛並みを持つ、その姿は……。
「……ブーちゃん……」
「クゥ」
「……もしかして、カバンの中で寝てた?」
「クゥ?」
ブーちゃんは首をかしげた。それから周囲を見まわし、そこが私の部屋ではないことに気づいて目を見開いた……ような表情をした。目はもふもふの毛の向こうに隠れてしまっているので、本当のところはわからない。
「ブウゥ!」
「ああっ! ダンダンしないで! 服が破れちゃう!」
私は慌ててブーちゃんを抱きあげた。
何枚も重ねられた私のドレスは、いつもの毛布よりも心地よかったのね。しかしぐっすり寝ているあいだに知らない場所へ連れてこられたブーちゃんは、怒り心頭のよう。
「連れて帰ってあげたいけれど、そのためだけに人をお願いするのはちょっと……」
「ブゥ」
「お野菜がもらえるか聞いてみるわね」
「プ」
「あ、でも、これで部屋を分ける口実ができたかも……ペットのウサギがついてきてしまったから世話のために部屋を別にしたいと言えば、不自然じゃないわよね」
野菜と言われただけで胸に期待があふれたのか、ブーちゃんが口をもぐもぐとさせている。
ブーちゃん、もしかしてお手柄かもしれないわ。
おいしい野菜をもらってあげなきゃ。




